
【鼎談】岡野栄之,岩坪 威,佐谷秀行
(実験医学増刊号 分子標的薬開発への新たなる挑戦 概論より)
編集部 分子生物学的研究から得られた知見が,実際どのように分子標的薬に繋がっているのでしょうか?
岡野 例えばIκBキナーゼ阻害剤の開発では,その阻害剤が抗炎症薬となることが期待される分子について,活性のポイントとなるATP結合領域の構造を既知のキナーゼの構造情報をもとにin silicoで予想し,さらにその阻害化合物を予測するという戦略をとっています(第2部1章-4).すべてのキナーゼに同様の方法が適用できるかは今後の課題ですが,このように構造情報を用いた戦略でいくつかのキナーゼ阻害剤の開発が続くと思います.
また,キナーゼ以外の分子については,今後NMRやX線結晶解析で重要な活性部位の構造が解明され,その情報をもとにした創薬がさらに進むと思います(第2部1章).
岩坪 分子構造をもとにした論理的分子設計による理想的な創薬戦略の観点から,特に受容体や膜プロテアーゼといった膜タンパク質の精密な立体構造解析が進むことが,今後の低分子化合物の開発に非常に大きなインパクトを与えると思いますね.
佐谷 分子標的薬の開発にあたっては,どの分子を標的にするかに加えて,どういう薬剤を使うかということもポイントになると思います.代表的なものは低分子化合物,抗体製剤,そして将来的にはRNA製剤やDNA製剤などの核酸を主体とした薬剤(第2部2章-1)です.核酸についてはまだ体内での安定性などいくつかの問題がありますが,低分子化合物と抗体に関してはかなりの経験が積まれてきたと思います.
低分子化合物は安定であり,コストもきわめて低いため,特殊な医療機関でも小さな病院でも同じ剤形のものを投与できるので,非常に有効だと考えられます.しかし,抗体に比べて特異性が低いという欠点もあり,低分子化合物の安定性とコストの低さ,抗体の特異性とコストの高さをどうバランスするかがポイントとなっています.
岡野 また,抗体製剤は可変領域VDJの組合わせと変異に依存しているところがありますので,抗体ができにくい物質もあります.そのような物質に対しては,in vitroセレクション法によって抗体以上の組合わせを獲得できるRNA製剤も重要な選択肢かと思います(第2部2章-1).
しかし,いずれの薬剤にせよ,やはり副作用が問題となります.副作用には,標的以外の分子を阻害している“オフターゲット”の場合と,標的としたシグナル経路の機能に基づく(mechanism-basedな)“オンターゲット”の場合とがあります.重要なシグナル経路はいろいろな臓器で働いていますので,薬剤の全身投与によって治療標的以外の細胞にmechanism-basedな副作用が起き,予想外の障害が出る可能性が充分ありえます.したがって,今後は投与法やドラッグデリバリーシステム(DDS)まで考え合わせた分子標的創薬が重要なのではないでしょうか.
佐谷 オンターゲット効果自身が副作用の原因となるという場合もありますので,やはり1剤1剤の臨床試験をきっちり行う必要があるのは,間違いないことですね.
岩坪 従来脳では低分子化合物が薬として定番でしたが,がん・免疫領域での成功を受けて抗体医薬が新しく入ってきました.さらに脳ではRNAiなどを含めて核酸医薬が期待されています.実験動物での変異型タンパク質の特異的抑制の成功例も報告されはじめていますが,やはり脳には血液脳関門があり,物質送達の問題が最後まで残ってきますので,DDSの進歩が今後の成果に繋がるのではないでしょうか.
図2 創薬開発のストラテジー(本誌第2部より)