
【鼎談】岡野栄之,岩坪 威,佐谷秀行
(実験医学増刊号 分子標的薬開発への新たなる挑戦 概論より)
編集部 今まさに薬剤標的として開発が進んでいる,あるいは先生方が注目されている分子メカニズムをお教えください.
岡野 これまでの発生学の研究から重要なシグナル分子が多数わかってきています.特に,幹細胞の自己複製にかかわるNotch,Wnt,Hh(ヘッジホッグ)シグナルです.
Hhの遺伝子は1993年にクローニングされました.当時,マウスレベルでcyclopamineがHh阻害剤として働くことがわかっていましたが,近年,GleevecR抵抗性の白血病幹細胞をアタックできるという,画期的な事実が判明してきました2).副作用の問題から,cyclopamineがそのまま臨床薬になるというわけではありませんが,そのシグナル経路に関するアッセイ系ができれば,すでにFDAに認可された薬剤ライブラリーからHh阻害化合物を抽出し,スクリーニングすることも可能です.実際に,抗真菌薬のketoconazoleがHhシグナルを抑えることもわかってきています.
佐谷 かつては酵素など分子を直接標的として阻害剤を取得するのが主流だったのですが,最近では多くの製薬会社もCell-basedアッセイを手掛けるようになりました.細胞に薬剤を添加して,細胞の反応をアウトプットとして薬剤をスクリーニングするという方法論です.この場合,毒性も,細胞透過性も,最終的な薬効も細胞の反応として試験することができます.そのため,新しい化合物を取得するというアプローチのかたわら,既存薬にも応用でき,標的シグナル経路を抑えるとわかった場合,すぐに臨床に用いることができるわけです.
岡野 このようにアッセイ系さえ組めれば,既存薬が分子標的薬として脚光を浴びるという展開がどんどん出てくると思います.
幹細胞の自己複製に関与するシグナル分子群を標的とする薬剤としては,再生誘導薬の開発が今後盛んになるでしょう.しかし,がん幹細胞仮説から言うと,再生誘導薬は細胞のがん化との戦いであることを絶えず意識しなければなりません.その点については,in vitroや動物実験ではうまく効果が得られても,本当に人体に使えるかどうかをはっきりさせるのは,もう少し研究が進まないと難しいと思います.
一方,再生過程は炎症によって強く阻害されるということがわかってきています.また同時に,既存の抗炎症剤が再生効果を有することもわかってきました.ですから,自己修復能を誘導するための抗炎症剤という考え方は,非常に大事になるのではないでしょうか.
佐谷 がん細胞においてはなんと言ってもキナーゼ,特にチロシンキナーゼの活性が非常に高いということもあり,各種キナーゼに対する低分子化合物や抗体が開発されてきた歴史があります(第1部1章-1).非常に興味深いことに,これまでのキナーゼ阻害剤は特異的なものを目指してつくられてきたのに,最近の臨床試験のデータではいろいろなキナーゼを同時に阻害する薬剤の方が効果が高いということが見えてきました.
なぜかと言うと,がん細胞ではいろいろなキナーゼが同時に活性化しているため,それらを総合的に阻害する方がむしろ副作用も少なく,がんだけに集中して効果が得られるということなのです.腎がんの治療薬として最近デビューしたsunitinib(SutentR)などもマルチキナーゼ阻害剤です.ただ,sunitinibにしても想像より副作用が少ないというだけで副作用がないわけではないので,慎重な臨床試験を行わなければなりません.ですが,分子標的というものの“標的”の数は必ずしも1つでなくていい,標的がマルチプルな薬剤の効果が実は高い,という理解から,分子標的薬に対する考え方も新しいフェーズに入ったのではないかという気がしています.
他方,プロテアソーム阻害剤の臨床試験も海外でははじまっています.プロテアソームはさまざまな生命現象にかかわっているので恐ろしい副作用が懸念されたのですが,意外にもかなりがん細胞に特異的に効くようです.それだけがん細胞ではプロテアソームを介したタンパク質分解ががん細胞を維持するうえで重要で,亢進しているということですね.プロテアソーム阻害剤は今後間違いなく上市されてくると考えています.
岩坪 ADの病因分子であるアミロイドβの生成プロセスにかかわるγセクレターゼという酵素があります(第1部2章-2).γセクレターゼは発生プロセスに重要なNotchを活性化するのが,おそらく一番大切な生理作用だと考えられており,ADの治療のためγセクレターゼを阻害すると,オフターゲットな副作用が出てしまうのです.しかし実は,このNotchはさまざまながんにも関与していることもわかっている分子です.そこでMerck社(米国)などは,むしろ副作用を逆手に取ってγセクレターゼ阻害剤をがん治療に用いようと治験を行っています.このように,分子標的薬の開発はさまざまな,意外な方向の発展性があるという実感をもっています.