バイオメディカルの展望を訊く―キーパーソンインタビュー

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分子標的薬開発のいまを語る

~注目のシグナル機構と新薬創製のストラテジー (4/5ページ)

【鼎談】岡野栄之,岩坪 威,佐谷秀行

実験医学増刊号 分子標的薬開発への新たなる挑戦 概論より

開かれつつあるブラックボックス?脳神経疾患治療の分子標的

岩坪 既存薬の転用ということでは,がんに対しての効果も知られてきている非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)が,AD治療においてγセクレターゼのモジュレーターとして働くことがわかってきました(第1部2章-2).意外にも,NSAIDsがNotch切断活性を温存しつつアミロイドβ産生活性を選択的に抑えるのです.そこから,NSAIDs自体のシクロオキシゲナーゼ(COX)阻害作用が強いと脳神経変性疾患のような長期療養を必要とする疾患には適用しにくいということで,COX阻害作用の少ないNSAIDs誘導体を用いた治験が行われるに至りました.ところが期待に反して,この治験は第Ⅲ相で失敗が報告されました.NSAIDsが脳に到達できず,脳内での有効濃度が確保できなかったのです.その点さえ工夫すればこのコンセプトは充分に機能するだろうということで,現在も研究が続いています.

 脳神経領域はブラックボックスの部分が多いため,どのように創薬標的を探していくかが肝心です.脳は最終分化が終わっており壊れてしまうと簡単には再生しないという問題があります.壊れる過程にかかわるさまざまな遺伝性の病因遺伝子が解明されたのを受け,その遺伝子産物の機能をターゲットにしようという動きが出てきました.

 例えば,今パーキンソン病ではさまざまな因子が浮かび上がり話題になっています.特に家族例では,ある種のキナーゼの機能欠失ですとか,欧米で多い型ではLRRK2キナーゼの活性上昇が報告されており4)5),それら因子の阻害剤は治療薬となりうるということで,研究が盛んになっています.ただし,まだこれらのキナーゼの特異性は充分に解明されておりませんので,病因となる単一の基質がわかるには,まだ大分研究が必要なのではないかと思われます.

ゲノム・エピゲノム情報が創薬戦略の幅を広げる

佐谷 がんの領域では,ヒストンジアセチラーゼ(HDAC)の阻害剤による臨床試験が進んでいます(第2部2章-5).これは,他領域にもかなりの影響を与える薬だと考えています.

岡野 ただ,ヒストンの化学修飾はゲノム中のさまざまな遺伝子が標的となってしまうため,特に全身投与の場合,転写を誘導したい遺伝子と抑制したい遺伝子の選択性をどうやって出していくかは難しい点だと思いますので,今後の研究を見守りたいところです.

 一方,エピジェネティクス制御薬は,現状でも実験試薬としてはきわめて有用です(第2部2章-5).iPS細胞作製に重要な山中4因子を代替するような化合物が世界中で盛んにスクリーニングされていますが,そのような化合物はすべてなんらかの形でエピ ジェネティクスに関与することがわかってきています.例えばヒストンのメチル化酵素G9aの阻害剤ですとか,HDAC阻害剤のvalproic acidやtrichostatinなどは,iPS細胞の樹立効率を高めるエピジェネティクス関連薬です.

佐谷 また,薬剤そのものの注目度もさることながら,次世代シークエンサーの登場により患者さん個々人のゲノム・エピゲノムの状態がすべてデータになってくることが,薬剤開発に革新的な影響を及ぼすことは間違いないと思います.

 実験的に遺伝子を導入したり発現を抑制したりすることで細胞のゲノム・エピゲノムを変化させ,がん細胞を治療することができるのであれば,理論上同じことが低分子化合物や抗体で達成できるはずだと私は考えています.今後,その遺伝子と化合物の作用のギャップをどれだけ埋めていけるかがポイントでしょう.

モデル生物を用いた次世代の創薬

編集部 先ほどCell-basedアッセイのお話が出てまいりましたが,実際の創薬現場でモデル生物の利用は広がっているのでしょうか?

岡野 まず新しいモデルとしては,幹細胞が考えられます.幹細胞は再生に用いるというよりも,iPS細胞を使って疾患特異的細胞を作製する技術が非常に注目されています.例えばALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病などの難治性疾患のiPS細胞株を樹立して,ドーパミンニューロンのような疾患感受性細胞に分化させます.そうすることで,これまで病理標本でしか手に入らず,終末像しか得られなかった疾患の発症機序が明らかになってくるのです.難治性疾患の研究ツールとしての幹細胞は,非常に有望視できると思います(第2部2章-7).

 さらには,幹細胞技術の発展により,ヒト肝細胞をin vitroで多量に調製することが可能になってきています.加えて,重症度免疫不全のNOGマウスと肝傷害の起きやすい遺伝子導入マウスとを掛け合わせることで,ヒト肝細胞がきわめて生着しやすいシステムを構築できることが,実験動物中央研究所のグ ループによって報告されています4).このようにヒト肝細胞を生着させたNOGマウスを用いて肝毒性を試験するというのは,まさに次世代の創薬モデルと言えるでしょう.さらに,ヒトiPS細胞由来の細胞を生着させて病態モデルをつくるという方法も考えられると思います.臨床研究が副作用により頓挫する不安を考えますと,多少費用がかかっても,このような次世代モデル生物は製薬企業で活用されていくのではないでしょうか.

佐谷 スクリーニングにおいては,低コストで多量の薬剤を扱えるのであれば当然生物を使うのが一番です.その点で魚類は,すでに食品の毒性チェックにも使われていることからも,創薬においてもこれからきわめて有望ではないかと思います(第2部2章-3).

岩坪 ショウジョウバエ,あるいは線虫といった無脊椎動物の遺伝学の系をモデルにして,低分子化合物に関してもヒントを得ようという試みも行われてきています(第2部2章-2).

 少し前には,ショウジョウバエでパーキンソン病の病因分子を過剰発現させるシステムができました.その系を用いた遺伝子スクリーニングにより,シャペロンタンパク質が異常タンパク質の凝集を介した細胞変性をレスキューすることがわかり,ケミカルシャペロン投与による同様の効果が確認されました.

 この検証は,in vitro,細胞レベル,哺乳動物,ヒト臨床試験の間を埋める中間的な検証系・スクリーニング系として,無脊椎動物のシステムも今後さらに有力となる可能性を示していると思います.

佐谷 細胞や生物を用いた場合,当然酵素や分子そのものを用いた場合よりスクリーニングできる化合物の数は少なくなります.ですが,ライブラリーの質がよければ細胞や生物でも充分だということがわかってきました.加えて,細胞や生物は毒性と効果の両方を チェックできるという点できわめて優れているため,そのようなスクリーニング系からどんどん新しい薬剤が出てくるのではないかと思います.

 ただ細胞や生物を用いた場合,どの分子に対して作用しているかを確認しなければならないのが欠点です.その点,製薬企業の研究所や,理化学研究所ケミカルバイオロジー研究領域の長田裕之先生を中心としたグループなどでは,発見した薬剤がどの分子に作用しているかを明確にする手段を開発されています.論理的根拠と薬効の両方を解析できる時代になってきたと思います(第2部2章-4,6).

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