バイオメディカルの展望を訊く―キーパーソンインタビュー

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分子標的薬開発のいまを語る

~注目のシグナル機構と新薬創製のストラテジー (5/5ページ)

【鼎談】岡野栄之,岩坪 威,佐谷秀行

実験医学増刊号 分子標的薬開発への新たなる挑戦 概論より

オープンなケミカルライブラリーの充実を

岡野 われわれは生命現象のメカニズムを明らかにする研究をしており,そのなかから創薬の標的となるような分子が見つかってくる可能性を常にもっています.しかしその発見を活かすためには,化合物の情報が重要です.ただ,大学のケミカルライブラリーの力はそれほど大きくないので,必然的に製薬企業との共同研究を行わざるをえません.また,FDAで承認されたような既存薬のライブラリーも制約があって使用は困難です.こういったライブラリーに研究者がもう少し自由にアクセスできるようにならないと,折角のよい切り口が創薬になかなか結びついていかないでしょう.

岩坪 最近,文部科学省の「ターゲットタンパク研究プログラム」の支援を受け,東京大学薬学部の長野哲雄先生が「生物機能制御化合物ライブラリー機構」を整備されました.2009年頃からオープンに使えるようになるという動きがあります.

対談風景 岩坪 威先生(左),岡野栄之先生(中央),佐谷秀行先生(右)

岡野 リード化合物を発見する段階までは大学でもできるようにならないと,日本の創薬も活気が出ないのだと思います.その点,長野先生のライブラリー機構には大変期待しております.

佐谷 既存薬ライブラリーにつきましても,私自身が現在慶應義塾大学で構築しようとしています.製薬企業ほどの規模ではないにしろ,しっかりとしたアッセイ系をもった研究者には安価あるいは無償で提供されるようなライブラリーが,今後いろいろなレベルで増えてくるでしょう.

岩坪 国家プロジェクトのなかで,こういったライブラリーへのアクセス法などについて,宣伝活動を行ってほしいですね.また,ゲノム研究の成果として,さまざまな完全長の遺伝子を申し込めばすぐに送っていただけるようなシステムができましたが,低分子化合物についても同様の,なにより研究者が使いやすい仕組みができればよいと思います.

佐谷 アカデミアが薬剤を開発するにあたっての最大のハードルだったライブラリーという問題は,確かに現在解消されつつあります.今日,生物学的なアッセイ系やモデルを製薬企業と比べ多く有するアカデミアから,日本発の創薬の種が出てくるのではないでしょうか.

 しかしその後には,安全性というハードルがあります.現状ではアカデミアでリード化合物が開発できても,そのまま製薬企業が臨床試験に入ってくれることはまずありません.最低でもGMPレベルの薬剤を用意しその薬物動態を解析する,第Ⅰ相試験まではアカデミアで行う必要があるため,そのノウハウの確立が課題となります.また,第Ⅰ相試験を通過した薬剤にだけでなく,優れたアッセイ系をもつ研究者にも積極的に資金を投入して創薬を支援する体制がつくられるべきだと思います.

岡野 アッセイ系に関する大学ごとの知識を集約・活性化するような取り組みも必要かもしれませんね.

新薬創製には基礎研究者・製薬企業・臨床医のコラボレーションが必要

編集部 最後に,研究者としての先生方のご視点から,新薬創製に重要なポイントや課題をお教えください.

佐谷 最終的に薬を上市するためには産業との結びつきが不可欠ですから,研究者は製薬企業の論理を,逆に企業はわれわれアカデミアの信念を理解するという,心理的な交流がポイントではないでしょうか.

 例えば,企業としては特許なしでは絶対に薬を世に出すことはできません.しかし研究者としては,特許の取得自体アカデミズムに反すると誤解してらっしゃる方も多い.こういった意味でも,お互いの背景を理解することがきわめて重要だと考えています.

岡野 企業の協力を得るためにはただ特許が必要なだけでなく,特許として成立するための条件を広くおさえる必要があります.そのためには特定の細胞だけでなく複数の細胞で行うといったように,かなり多くの実験をしなければなりません.一方研究者としては,よい論文を書くためには多くの実験系を用いる必要がありますので,概念的には同じです.論文を書く時には同時に特許を出願するくらいのつもりでいれば,その研究が万人に応用される技術に育っていくのではないかと思います.大学の知財部も,その辺りを意識した出願計画を考えるべきでしょう.

岩坪 また,生命科学・有機化学・物理化学のコラボレーションが何より大切になると思います.最近ケミカルバイオロジーという新しい分野ができたことで,日本でもコラボレーションを意識する研究者が増えてきましたが,これからも研究者自らが積極的にその機会を増やしていくことが,非常に重要だろうと思います.「ターゲットタンパク研究プログラム」による生命科学者と有機化学者の共同チームを促進するような試みも,後押しになるのではないでしょうか.

佐谷 研究者同士の連携の次は,企業,臨床医にどうバトンを渡していくかが大事になります.利益相反(conflict of interest)の問題からも,これら三者は独立して使命を果たす必要がありますが,それだけに三者のうち誰が情熱を失っても,ゴールに到達できなくなってしまいます.だからこそ,研究者・企業・臨床医が薬剤開発に対する愛情を共有することが必要だと思いますね.

岡野 基礎・臨床研究者のコラボレーションは,いかに普段から一緒に研究をしているかに尽きると思います.いざ創薬を目指して不慣れな相手と組むのはなかなか難しいですが,普段の共同研究から生まれたシーズというものは,おそらく自然な形で基礎から臨床へと繋がっていくでしょう.

 臨床研究者の病気を治したいというモチベーションと,基礎研究者のメカニズムを追及する理念を上手な形で合体させていくことが大切です.

佐谷 トランスレーショナルリサーチというのは,基礎の発見を臨床に応用するという方向性で語られがちですが,臨床で生じた問題点を基礎にフィードバックして解決を図るという,臨床から基礎に対しての語りかけが創薬研究には絶対必要だと思います.臨床のニーズを基礎の研究で応えるというアプローチこそが,断然創薬を推進するはずです.

岩坪 かつては臨床医が自ら抱いた疑問を自らの手による基礎研究で解決することが可能な時代がありま した.しかし今は,両者を同時に行う機会はなかなか得られなくなっています.ですから,physician scientist(医者兼科学者)という人材をいかに高いレベルでキープして育てるかというのが,大学医学部にとって,そして「実験医学」的アプローチにとって,重要な課題なのでしょうね.

編集部 貴重なお話をありがとうございました.

文献

  • 1)Ralph, G. S. et al.:Nat. Med., 11:429-433, 2005
  • 2)Dierks, C. et al.:Cancer Cell., 14:238-249, 2008
  • 3)Suemizu, H. et al.:Biochem. Biophys. Res. Commun., 377:248-252, 2008
  • 4)Valente, E. M. et al.:Science, 304:1158-1160, 2004
  • 5)West, A. B. et al.:Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 102:16842-16847, 2005

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