実験医学:時間生物学からサーカディアン・メディシンへ〜24-hour societyに挑む概日リズム研究のステージチェンジ
実験医学 2019年2月号 Vol.37 No.3

時間生物学からサーカディアン・メディシンへ

24-hour societyに挑む概日リズム研究のステージチェンジ

  • 八木田和弘/企画
  • 2019年01月18日発行
  • B5判
  • 143ページ
  • ISBN 978-4-7581-2516-1
  • 定価:2,200円(本体2,000円+税)
  • 在庫:あり
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概論

リアル・ワールドと向き合う体内時計・概日リズム研究の未来Circadian Rhythm Biology in the “24-hour Society”

八木田和弘
Kazuhiro Yagita:Department of Physiology and Systems Bioscience, Kyoto Prefectural University of Medicine(京都府立医科大学医学研究科統合生理学)

いま,現実の社会に目を向けると,都市機能の24時間化やスマートフォンの普及などのIoT化によって,地球の自転周期に伴う自然のサイクルから逸脱した24時間社会が広がり,生活時間と体内時計とのズレがもたらすさまざまな健康問題が喫緊の社会的課題となっている.一方で,体内時計研究はこの30年で大きな進展を遂げ多くの分子メカニズムが解明されたにもかかわらず,基礎研究の進展が社会に届いていないと言われている.本特集では,24時間社会に向き合い「基礎研究」と「リアル・ワールド」をつなぐ体内時計・概日リズム研究の未来を展望する.

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 はじめに

24時間社会となった現代においては,夜間も明るい光が溢れ,ライフスタイル全体の変化によって「環境時間と体内時計とのズレ」は幅広い世代で常に身近で起こっている.警察消防,医療福祉関連施設に勤務する労働者のみならず,生産ラインを止めることができない工場労働者やコンビニエンスストアに代表される24時間営業の商業施設の多くは夜勤を含む交替制勤務(シフトワーク)に従事しており,シフトワークに従事する労働者は2012年の統計では全労働者のうち21.8%,約1,200万人に達し,その数はさらに増え続けている1).また,成人のシフトワークのみならず,近年では子どもの就寝時刻が遅くなり,慢性的な睡眠不足に陥っているケースも増加している.このような世代を問わないライフスタイルの変化の背景にも,コンビニエンスストアなど終夜営業の店舗の増加やスマートフォンの普及など,24時間社会による社会全体の夜型化が影響していると考えられている.世界中で実施されてきた疫学研究の結果から,シフトワークが睡眠障害や胃腸障害に加え,肥満,糖尿病,高血圧症,心臓血管疾患,うつ,前立腺がんや乳がんなどの悪性腫瘍など,さまざまな疾患リスクの上昇と相関することが示されている1)〜6)

交替制勤務者のみならず,高齢者や子どもにまで影響しライフスタイルを変容させる 24時間社会.

しかし,シフトワークを社会からなくすことなどできない.なぜなら,終夜営業のコンビニエンスストアは地域の安全や福祉を含む生活の砦として重要な機能を担っている.また,スマートフォンなしの生活など,いまや成り立たなくなっている.われわれは,あくまで,このような24時間社会の現実を直視したうえで,そこに暮らす現代人が生涯を通してより健康に生きるためにわれわれ専門家は何ができるのか,という視点が必要だと考えている.この現実を前提とした研究として,生涯健康医学にアプローチする体内時計・概日リズム研究の重要性はさらに大きくなっており,社会的要請も待ったなしなのである(概念図1).一方で,その生物学的特性あるいはその原理の理解なくしては,健康医学的視点からの研究も適切な方向性に導くことができない.

原点回帰:そもそも体内時計・概日リズムとは?

地球上に生命が誕生して以来,地球の自転周期に伴う周期的環境変化への適応は絶対に克服しなければならないハードルであった.体内時計(概日時計)は,このような地球の自転周期に伴う環境変化への適応を担っており,バクテリアから哺乳類および高等植物に至る,ほとんどの生物が普遍的に有している生命機能である.朝や夜が来るのを予測することで先んじて生理機能を最適な状態に調節する「予測的適応」がどの生物にも共通した体内時計の役割である.このような体内時計によって生物は,外界の時間情報がなくても約1日周期の概日リズムをさまざまな生命機能に生み出し,どのような時間帯でも外部環境に対し最適な内部環境にセットすることができる.つまり,体内時計・概日リズムとは,本来,最も根源的な地球環境を生体内に同化した「環境適応機構の起源」ともいうべき生命機能であり,常に「外部環境とのかかわり合い」のなかで捉える必要がある.24時間社会で生じる健康問題のほとんどが,生活時間と体内時計のズレという「外部環境と生体の時間的不適合」に起因することからもその重要性がわかる.

体内時計・概日リズム研究を発展させてきた2つの視点

古典的な概日リズム研究は,このような「外部環境との関係性」についての研究が主流であり,現象の観察からその背後にある法則を導き出す,といった生理学の王道を進む形で学問体系がつくられた.一方で,全く異なる視点から概日リズムに注目し世界を変えたのが,2017年のノーベル生理学医学賞でも注目された「時計遺伝子」の発見である.1971年にSeymour Benzer(シーモア・ベンザー)らによってショウジョウバエの概日リズム(羽化リズム)がたった1つの遺伝子periodによって規定されていることが報告されて以来7),バクテリアから高等動植物まで,概日リズムがみられる多岐にわたるモデル生物で時計遺伝子が発見され,時計遺伝子が構成する「転写翻訳フィードバックループ」が共通の動作原理として見出された.その後,特に,1997年に哺乳類ではじめて時計遺伝子ClockおよびmPer1が単離され,ショウジョウバエの時計遺伝子がヒトを含む哺乳類まで保存されていることが確認されたことで「体内時計の遺伝子制御説」は揺るぎないものとなって現在に至っている.

細胞レベルで時計遺伝子が中心となった「内的プログラム」による概日リズム制御系が構成される一方,光環境撹乱などの外部環境は階層をくだって細胞レベルの遺伝子発現ネットワークにまで影響を及ぼす「外的リプログラミング」により概日リズム制御系を変容させる.

このように,体内時計・概日リズム研究は,環境との関係性から生物の営みを理解しようとする視点と,遺伝子まで階層を落として還元論的に理解しようとする視点の,大きく2つのアプローチがあった.一方で,ノーベル委員会の委員であるChrister Höög(クリスター・ホッグ)は2017年のノーベル賞発表と同時に次のようなコメントを出している.「体内時計にいつも従わなければ一体何が起こるだろうか?」「自分の時計に従わないことによる影響について,さらに学び続けている」(ロイター通信).さらに,2017年11月2日号のNature誌に掲載されたコラムにも「この30年間にわたる体内時計の分子メカニズム研究の進展にもかかわらず,われわれはいまだに人々の健康のためにどのようにすればよいかを知らない」8)と,これまでの研究が社会的課題の解決につながっていないことが指摘されている.このような現状に対し,筆者は,2つの視点を統合し俯瞰的に捉える体系立った研究展開こそが,現実社会の諸課題の解決にもつながると考えている.概日リズム制御系とは,時計遺伝子を中心とした「内的プログラム」と,環境による変容という「外的リプログラミング」の相互作用によって成立する生命機能である(概念図2).時計遺伝子による内的プログラムと環境による外的リプログラミングの,両方の視座から概日リズム制御系を考えることで24時間社会の克服をめざす.

24時間社会の「リアル」

現代においては,あらゆる年齢層でライフスタイルの変化をもたらし,地球の自転周期に伴う自然のサイクルから逸脱した24時間社会に生きることを余儀なくされている.警察や消防,医療福祉関連施設など公共性の高い業種のみならず,工場労働者のような産業界やコンビニエンスストアに代表される24時間営業のサービス業の多くで,シフトワークは避けられない必要な勤務形態となっている.何度も言うが,現実社会からシフトワークをなくすことはできない.この現実を踏まえた取り組みが求められているのである.そのためには,まず,24時間社会の「リアル」を知る必要がある.そこで,本特集の前半部では,「24時間社会の課題」と題して主に社会医学的立場から研究を進めてきた3名の研究者が24時間社会の現状を分析する.

まず,交替制勤務者の実態だが,前述のように,夜勤を含む交替制勤務に従事する労働者は2012年の統計では全労働者のうち21.8%,約1,200万人に達し,その数はさらに増え続けている(久保の稿1).日勤と夜勤とが比較的短期間のうちに入れ替わるシフトワークにおいて,体内では常に時差ボケと同様のことが起こっていることが推察できる.このような状況から,シフトワーク従事者の健康問題についてはこの20年ほどの間に多くの疫学研究が実施された.その結果,シフトワークに従事して比較的早期に生ずる睡眠障害や胃腸障害などの影響にとどまらず,肥満,糖尿病,高血圧症,心臓血管疾患,うつ,前立腺がんや乳がんなどの悪性腫瘍のリスクの上昇,といった交替制勤務と疾患リスクとの相関は世界中で示されている(久保の稿1)〜6).さらに,「リアル・ワールドの光暴露」が健康にどのように影響するのかは,これまで明確なデータがなく,推測の域を出なかった.これに正面から挑んだ大規模疫学研究が「平城京スタディ」である.リアル・ワールドにおける光環境の撹乱がさまざまな疾患リスクと相関することが明らかになってきた(大林の稿9).また,成人のシフトワークのみならず,近年では子どもの就寝時刻が遅くなり,慢性的な睡眠不足に陥っているケースも増加している.この背景にも24時間社会による社会全体の夜型化が影響していると考えられ,特に「社会的ジェットラグ(時差ぼけ)」とよばれる休日の朝寝坊などはこれまで考えられていたよりも心身への影響が大きいことが疫学研究を通して指摘されはじめている(駒田の稿).このような,24時間社会の「リアル」を通し,現実社会の課題を整理する.

24時間社会の「リアル」から「理解」へ:リバース・トランスレーショナル研究と基礎研究

本特集では,リアル・ワールドと向き合うことでわれわれが直面する課題を整理し,そこから重要な科学的「問い」を抽出し,新たなアプローチや技術でこれを解明していくことをめざした体内時計・概日リズム研究の未来を展望する.筆者は,「体内時計・概日リズム」という1つの生命現象に「リアル・ワールドの課題」と「未解明の生命機能」という2つの視座からアプローチすることでより理解が深まると考えている.すなわち,「疫学研究→リバース・トランスレーショナル研究→基礎研究→橋渡し研究→社会的課題の解決」とつながる新たな生命科学の展開,「概日リズム研究のステージチェンジ」が求められているのではないだろうか.それに挑戦した研究の1つが「概日リズム撹乱のマウスコホート研究」である10)(論文投稿中)(井之川・八木田らの稿).また近年,体内時計・概日リズムが免疫機能と密接に関連することがわかってきた.免疫系もまた外部環境と生体とのかかわり合いの学問であり,概日リズムとの密接な関連は当然とも思える.特に,概日リズム障害と免疫機能異常との関連は疾患リスクや病態メカニズムを理解するうえできわめて重要であり,いま,この点に関するエポックメーキングな研究が展開されている(榛葉・生田の稿11).加えて,シフトワークのみならず近年注目されている「社会的ジェットラグ」が本当に生理機能異常にまで至るのか? この問いに挑んだのが,わずかな周期変化が雌マウスの性周期を撹乱させ妊孕性を低下させることを明らかにした研究である(中村 渉・中村孝博の稿13)

さらに,「“24時間”を創出する原理」「環境周期に同調する原理」など,未解明の体内時計の重要原理は,体内時計・概日リズム研究分野における最重要テーマとなっている.リバース・トランスレーショナル研究はこれらの基本原理にせまる手がかりを探るためにも有用であり,そこから抽出された新たな科学的「問い」の解明をめざすことで24時間社会の課題解決へのさらなる波及につながると考えている.これらの基礎研究面での課題に対しては,これまでの時計遺伝子を中心とした分子細胞生物学的解析アプローチから視点を反転させ,構成論的な体内時計の周期決定原理解明に向けた取り組みが進んでいる12)大出・上田の稿).時計遺伝子が構成する転写翻訳フィードバックループモデルには,なぜ24時間周期になるのか,という根本的な疑問への答えは盛り込まれておらず,生物が有する24時間性を揺さぶる光環境シフトが生体に大きな負荷となる理由も,この答えに集約される可能性がある.その意味で,体内時計の根源的原理の解明をめざす基礎研究も,その先にリアル・ワールドの課題まで連続した延長線上にあるのである(概念図3).

 おわりに

私たちのライフスタイルと生涯を通した健康との関連を担う体内時計・概日リズム研究は,リアル・ワールドと向き合う新たな視点の導入でさらに大きな広がりを見せている.人々が生活している現実社会には,解くべき本質的な「問い」がさまざまに形を変えて現れており,そのリアル・ワールドの実態を教えてくれるのが,ヒトのフィールドワークともいうべき疫学研究である.その疫学研究データに潜む問いを科学的研究テーマとして抽出し,基礎研究へと落とし込んでいくリバース・トランスレーショナル研究,すなわち基礎研究とリアル・ワールドの双方向からのアプローチが24時間社会の生涯健康医学までを見通す体内時計・概日リズム研究の未来をつくると信じている.

文献

  • Kubo T:J UOEH, 36:273-276, 2014
  • Tenkanen L, et al:Scand J Work Environ Heal, 23:257-265, 1997
  • Sugisawa A & Uehata T:J Occup Health, 36:273-276, 2014
  • Megdal SP, et al:Eur J Cancer, 40:22-31, 1998
  • Behrens T, et al:Scand J Work Environ Heal, 43:560-568, 2017
  • Guo Y, et al:PLoS One, 8:1–6, 2013
  • Konopka RJ & Benzer S:Proc. Nat Acad Sci USA, 68:2112-2116, 1971
  • Adams C, et al:Nature, 551:33, 2017
  • Obayashi K, et al:Am J Epidemiol, 187:427-434, 2018
  • Minami Y, et al:Sleep Biol Rhythm, 16:63-68, 2018
  • Shimba A, et al:Immunity, 48:286-298.e6, 2018
  • Ode KL, et al:Mol Cell, 65:176-190, 2017
  • Takasu NN, et al:Cell Rep, 21:1407-1413, 2015

著者プロフィール

八木田和弘:1995年 京都府立医科大学卒業.内科での研修後,京都府立医科大学大学院医学研究科博士課程修了.神戸大学医学部助手,名古屋大学理学部助教授,大阪大学医学系研究科准教授を経て,2010年より現職.体内時計の原理から生涯にわたる健康医学まで,Multi-scopeなアプローチで概日リズムの理解を深めたい.

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