胸部単純X線写真上,肺野には特記すべき所見はないが,気管より気管分岐部を超えて左右の主気管支にかけて狭窄所見がみられる(図1→).同時に右傍気管線の肥厚所見はあるが,気管の偏位はない.
同日に撮影された胸部単純CT写真では,気管および左右の主気管支にかけて全周性に気管および気管支壁の肥厚所見が存在する(図2→).縦隔および肺門部のリンパ節腫大はなく,肺野にも特記すべき所見はない(図3).
慢性に上気道閉塞をきたしうる気管周囲の組織の異常としては,甲状腺腫やリンパ腫などの腫瘍性疾患,嚢胞性疾患さらに大動脈瘤などの血管異常が考えられるが,本症例のように全周性の気管狭窄をきたしうる原因としては,アミロイドーシス,悪性腫瘍(甲状腺癌や食道癌)の直接浸潤,気管挿管後の気管の線維化などが鑑別となる.
本症例では病歴聴取により関節炎症状が認められ,臨床症状と画像所見から総合的に再発性多発軟骨炎(relapsing polychondritis:以下RP)が疑われた.RPは稀な自己免疫疾患であり,全身の軟骨やプロテオグリカンを多量に含む組織,つまり,耳,鼻,目,気管,関節,心血管系が再発性かつ進行性に侵される疾患である1).特に気管・気管支軟骨の障害による呼吸不全が重篤な機転をとりえる点において,本疾患の知識に基づいた早期発見が重要と考えられる2).本症例では,気道病変および関節炎症状として表れた解剖学的に離れた2カ所の軟骨炎がステロイドによる反応性を示し,Damianiらが示した診断基準により確定診断に至った2).
本邦での疫学調査ではRPの好発年齢は50〜60代とされ,本邦での症例数は400〜500症例と推定されている1).急性発症が一般的で,耳介軟骨炎による耳介の腫脹,疼痛,発赤が最も高頻度で初発症状として認められる.発熱,全身倦怠感,体重減少などの全身症状もしばしば伴う.気道病変は全体の50%程度に発生し,びまん性で上気道より気管,主気管支,区域支の軟骨が侵される.炎症による気道粘膜の腫脹が生じ,気道の狭窄を引き起こし,気道感染症を併発し,また反復する.臨床症状として,咳嗽,嗄声,呼吸困難感や喘鳴が出現する.RPによる死亡例のなかでは気道病変によるものが最も多く,予後規定因子である1).
本症例では,前述のようにステロイドパルス療法(1,000 mg/日,3日間)を行い,気管から主気管支の拡張効果を得るとともに症状の軽快を得た.RPに対する治療としては中等度〜高用量のステロイド投与が行われることが多い.重篤例では,シクロホスファミド,アザチオプリンなどの免疫抑制薬が試みられる3).急性気道閉塞時には気管切開を含めた外科的治療および呼吸管理が必要となる可能性がある.