右上肺野に斑状影と粒状影を認めます.抗酸菌感染症を疑いますが,T-スポット®.TBは陰性なので,非結核性抗酸菌症(NTM症)を考え喀痰検査を施行します.
妊婦に発症した肺結核の症例である.慢性の経過,上肺野優位の斑状影より本症を第一に疑う.NTM症が上肺野に斑状影のみの病巣を形成することは稀.妊娠中は相対的な細胞性免疫の低下が起こり,interferon gamma release assay(インターフェロンγ遊離試験:IGRA)が偽陰性となる場合がある.
T-スポット®.TBはIGRAの1つであり,患者の血液検体中の感作リンパ球から産生されるインターフェロンγをELISPOT法で検出する検査である.結核菌に対しては,国内試験成績にて感度97.5%,特異度99.1%とされている.しかしHIV感染者や高齢者など免疫低下状態では,感度が低下する可能性がある.
妊娠中の母体では免疫状態の変化が起こる.胎児・胎盤は免疫学的に半異物であり,母体はこれらを受け入れて妊娠を継続させるために,胎児に対する免疫反応を低下させることが必要である.特にTh1系の細胞性免疫の相対的な低下(Th2系優位の免疫状態)が重要と考えられている.その結果として免疫低下状態となり,感染症に罹患しやすく,またIGRAについては偽陰性となる可能性が考えられる.
本症例に関して,分娩1カ月後の胸部単純X線写真(図1)では,右上肺野に斑状影の斑らな集合を認め,胸部CT(図2)では,右上葉に散布性の粒状影を認める.1年半の慢性の経過も合わせ肺結核症が考えられる.妊娠直前の胸部単純X線写真(図3)では右上肺野に粒状影を認めるが,その時点でのIGRAは陰性であった.そして今回,分娩1カ月後に粒状影が大幅に拡大し,斑状影となっている(図1).喀痰検体が得られず,気管支鏡検査を施行,抗酸菌塗抹陽性(1+),結核菌PCR陽性,後に培養陽性より肺結核症と診断確定した.抗結核薬4剤による標準治療を開始し,順調に改善が得られた.本症例では妊娠による免疫状態の変化によりIGRAが偽陰性となったと考えた.
妊娠と結核症について追記する.以前より結核は妊娠を機に悪化すること,特に分娩後にその悪化は著しいことはよく知られていた.その要因として,分娩後の免疫のシフト-再構築が注目されている.免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome:IRIS)は,HIV感染症に対する治療中にしばしば遭遇する事態として知られている.抗ウイルス療法開始後の免疫機能回復により,すでに体内に存在している病原菌に対し,回復(再構築)された免疫機能が反応することで,炎症が増悪することの現れであると考えられている.分娩後の結核症悪化の原因としても,免疫再構築症候群と同様の機序が考えられている.妊娠中の母体では細胞性免疫が低下しているが,出産後24時間~4週間で完全に回復するとされている1).本症例においても,免疫の回復に伴い肺結核症が悪化したと考えられる.