くも膜下出血や椎骨動脈解離のような致死的な疾患はなさそうです.頸部痛もありますが,crowned dens syndromeのような歯突起周囲の石灰化や浮腫もみられません.いったん帰宅のうえ,有症状時には,再受診するようお伝えします.
急性大動脈解離は年間10万人当たり3.5〜6人が発症するとされ,高齢者ほど頻度が高い疾患である.高血圧,喫煙歴,慢性腎不全,慢性閉塞性肺疾患,脳梗塞がリスクとされており,動脈壁の中膜が裂けることにより発症する.典型的な症状は血圧上昇を伴う突然の引き裂かれるような胸痛,背部痛である.上肢の血圧の左右差,脳虚血による神経脱落症状,拡張期心雑音を伴うこともある.女性では男性よりも発症年齢が高く,非典型的な症状で発症し,診断が遅れるため死亡率が高いとされる.脆弱化した動脈壁破綻による心タンポナーデや大血管破裂による急激な循環動態の変化,解離が主要分枝に及ぶことによる心臓,脳および腹部臓器の血流障害を引き起こす1).
一般的に何らかの痛み(90%),胸痛(67%),前胸部痛(57%),背部痛(32%),腹痛(23%),突然の痛み(84%),激しい痛み(90%),引き裂かれるような痛み(39%),移動する痛み(31%)が症状として報告されているが(カッコ内は感度),痛みの訴えが乏しい症例も少ないながら存在する2).本症例では歯痛や両顎部痛にはじまり後頸部に痛みが移行したことが,急性大動脈解離を想起する糸口となりうるかもしれない.しかしながら,痛みの部位が頭頸部に限局しており,発症時期もはっきりせず,痛みも軽度であったため診断に難渋した.なお米国の救急室における検討によると大動脈解離の4.5%が診断されなかったと報告されており,非典型例では診断が難しいことがうかがえる3).
診断には造影CT(感度:100%,特異度:100%),MRI(感度:95〜100%,特異度:94〜98%),経食道心臓超音波検査(感度:86〜100%, 特異度:90〜100%)が有用であるが1),迅速で非侵襲的かつ客観的に大血管全体が評価できるCTが広く用いられている.優れた診断能に加えて,解離の進展範囲,臓器虚血の詳細な評価が可能であるため,急性大動脈解離を疑いCTを撮影する場合は必ず造影すべきであるが,大動脈解離の存在診断は単純CTのみでもある程度可能である.大動脈の内膜石灰化の内方偏位,三日月状の高吸収域(図4→),血管内腔のflap,心膜腔内出血を陽性所見とした場合,90.9%で急性大動脈解離を指摘できたと報告されている4).本例においても,頸部単純CTの最下端のスライスで辛うじて中膜の高吸収域を捉えることができた(図3→).画像を隅々まで読影する姿勢が要求されることを示した教訓的な症例であった.