ABC of 臨床コミュニケーション〜医療をスムーズにする“伝える/聞き取る”技術

ABC of 臨床コミュニケーション

医療をスムーズにする“伝える/聞き取る”技術

  • 坂本 壮,髙橋宏瑞,小森大輝/翻訳,Nicola Cooper,John Frain/編
  • 2020年04月10日発行
  • B5判
  • 143ページ
  • ISBN 978-4-7581-1870-5
  • 定価:3,960円(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり
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Chapter2

診察

Jonathan Silverman
(President of the European Association for Communication in Healthcare, Honorary Visiting Senior Fellow, School of Clinical Medicine, University of Cambridge, Cambridge, UK)

Overview

  • 診察は,注意深い配慮が必要とされる高度な技能であり,複雑で専門性の高い難題でもある
  • 大規模研究によると,特定のコミュニケーションスキルを使用することで医師・患者間でより良好な診察が可能となるとされている
  • 医療面接(インタビュー)は,すべての医療のやりとりに広く適用できる中心的スキルであり,それはさらに多数の独立した行動スキルにはっきりと細分化することができる
  • Calgary-Cambridge guideが概念モデルとして提示されている.そこでは目指すべき診察を分析し,日常の診察の正確性,支持性,効率を担保するために円滑なコミュニケーションが重要であることを示している
  • 安全で効果的な質の高い医療を提供するためには,知識や実践的技能,臨床推論と同様に効果的なコミュニケーションスキルにも注意を払うことが重要である

はじめに



診察は診療の中心であり,医師が患者を理解し,問題を解決するために大切な時間である.医療行為が今後何かしら変化しようとも,質の高い効果的な医療を提供するためには対面での診察が重要なのは確実である.

しかし,診察を正しく行うことは決して簡単ではなく,優れた技術や複雑で多面的な専門的知識を要する.そのため診察には慎重な配慮と計画を必要とする.

効果的な診察を行うためには,医師は自身の全体的な臨床能力を決定づける4つの要素(Box 2-1)を総動員しなければならないが,これらは密に関連している.専門的な知識だけでは不十分であり,コミュニケーションがこれらを結びつける.正確に病歴を聴取し,適切な診断をくだし,患者の悩みを把握し,説明を十分に行い,今後の計画を立てるために効果的なコミュニケーションがとれていなければ,知識やスキルは無駄になりうるのである.

以前は,診察は診断に必要な情報,または患者への説明といったアウトプットばかりに言及されてきた.これはコミュニケーションの内容への言及である.どのように患者と関係を構築するのか,どのように医療面接をするべきかという手段に関しては,それほど注目されていなかったのだ.情報の収集や提供の手段が注目され,コミュニケーションスキルやテクニックが,医師が必要とするデータを集めるのに役立ち,患者の理解や意思決定を促すということで注目を浴びるようになったのはごく最近になってのことである.

従来の診察は,あまりにも限局的であり,懸念事項・期待・感情といった病気に対する患者の考えや見解について情報を集めたり,対処することなく,診断をつけるのに必要な症候や病気のサインのみに焦点をあててきた.

この章では,診察をより広く捉え,コミュニケーションの手段とその内容(生物医学的視点と患者の見解),認知すること(臨床推論と感情),などの異なる要素を統合して考えてみる.これらすべてをバランスのとれた“包括的臨床手法”としてシームレスなものと捉えたモデルを紹介しよう(図 2-1).

根拠に基づくコミュニケーション(Evidence-based communication)


過去30年,診察に対するさまざまな研究が行われてきたが,最も重要なことは効果的なコミュニケーションは“医のアート”,もしくは追加の余計な要素ではなく,医科学というサイエンスの一部をなしているということだろう.実際に,効果的なコミュニケーションスキルによって臨床成績の改善が得られることが知られている.Box 2-2がそのまとめである.

コミュニケーションに対する大規模研究では,特定のスキルを用いることで医師と患者双方にとって効果的な診察となることが示されている.コミュニケーションスキルによって,病歴聴取や問題解決をより正確に行うことが可能となり,患者をより支援しやすくなるのだ.また,コミュニケーションスキルを適切に使用することで,日々の実臨床がより効率的となるほか,患者満足度・アドヒアランス・症状の軽減・生理学的転帰が改善することが研究で示されている.

コミュニケーションはまた,医師側の成果も向上させる.適切なコミュニケーションを実践することによって,医師に対する患者の満足度をあげるだけでなく,医師自身が仕事に対して苛立ちを感じることが少なくなり,医師自身の満足度もあげるのである.効果的なコミュニケーションをとることで患者から不満を言われることも減るのは大きい.

この章では,患者中心の方法論に則り,患者と医療従事者間の連携を促進するコミュニケーションアプローチに関して述べる.ここで述べるのは,主観的な意見や個人的な信念などではない.研究と実践の両者において,医師・患者の関係に影響するスキルは,患者,医師にとってよりよい結果を生み出すことが示されている.

協調性のある間柄という概念があり,それは患者・医師間のより平等的な関係,パターナリズムから相互関係への力のバランスの移行を意味している.この章では,医師が患者の能力を引き出し,よりバランスのとれた関係を築くためのコミュニケーションスキルに関して述べる.

診察のモデル




● 構造の重要性

医師,そして臨床コミュニケーションの初学者や教員には,診察の複雑なプロセスを概念化し,本来非常にダイナミックなそのプロセスを管理できるようにまとめる方法が必要である.モデルとなる構造が何もなければ,診察が無秩序で生産性のないものとなり,経験的コミュニケーション教育は行き当たりばったりで役に立たないものへと簡単に成り下がるだろう.逆説的に言えば,構造はわれわれを自由にする.つまり,枠組み(フレームワーク)があれば,われわれは診察の適切なタイミングを把握することができる.時には柔軟性をもって枠から外れることもでき,また戻ることもできるのだ.

● コアタスクとコアスキル,そして特定の問題

ある程度組織化するためには,医療面接は,すべての医療のやりとりに広く適用可能なコアタスクのセットへと概念化できる.加えて,これらはさらに,それぞれのタスクを実行するためにいくつかのコアスキルのセットへとはっきりと細分化できる.このコアタスクやコアスキルは,さまざまな臨床状況において,医師-患者間の効果的な関係をつくりあげるための構築基盤となる.

コアタスクやコアスキルは基本的で重要なものである.一度それらを身につければ特殊なケースでのコミュニケーション〔怒り,中毒,悪い知らせ(bad news)や雑多な問題点など〕にも容易に取り組むことができる.コアタスクやコアスキルの構築基盤は,すべての課題に対応する主たるリソースとなる.われわれは,課題ごとに新しいスキルのセットを身につけるのではなく,特定のスキルのサブセットを意図的に,より意識的に使用する方法を考える必要がある.タスクとスキル,そして問題間の相互関係は, 学部医学教育における英国臨床コミュニケーション評議委員会(UK Council of Clinical Communication)によって開発されたカリキュラム・ホイールに示されている(図2-2).

教師や研究者によって,さまざまな方法でたくさんの診察モデルやフレームワークが開発されてきた(Further resources参照).ここではわれわれの概念モデル(Calgary-Cambridge guide)に関して説明する.

● The Calgary-Cambridge guide

Calgary-Cambridge guideは,次の7つのタスク構造から構成されている.診察の自然な流れを示し,臨床医がすぐに認識できる5つの連続するタスクと,常に注意を要し,診察中の終始にわたって継続する2つのタスクである(図2-3).

これらのタスクは,達成すべきコミュニケーションタスクにより細分化することができる(図2-4).

Calgary-Cambridge guideにおいては,フレームワークは学習者や医師が行動別に組織化された,根拠に基づいたコミュニケーションプロセススキルを体系化して適用するのに役立つ(図2-5).

実際の例

ここでは詳細に技術を説明するのではなく,自身がイギリスの心疾患を扱う診療所へ付き添った際の事例をもとに説明しよう.

元気な92歳の女性が,狭心症に対する薬を飲んでいるにもかかわらず,最近安静時狭心症に対しての冠動脈ステント術を受けた.施行後4週間は痛みなく,通常通り店へ歩いて出かけることができた.しかし,1週間前から激しい胸痛を認め,地域のクリニックへ受診すると,今回の原因は心臓ではなく筋骨格系もしくは消化不良によるものと診断された.

そのクリニックでは,初対面のインターンが彼女を診察した.彼は親切で,見識に満ち,知的で有能な人物であった.この短い時間で彼はどれほど信頼を得ることができるだろうか.

彼は,彼女の名前を呼び温かく迎え入れ,効果的なアイコンタクトを用いて丁寧に自己紹介をした.しかし,部屋のレイアウト上,大きな机を挟んで反対側にいる彼女を彼は診察しなければならず,コンピューターのスクリーンを見るため,彼女に背を向けなければならなかった.

そして,彼はCalgary-Cambridge guideのスキルに従って,まず初期の関係の確立を行ったが,診察を受ける理由の特定の段になってうまくいかなくなった.彼は,画面上で情報を確認しながら,退院前に彼女に何があったのかを確認した.しかし,彼女が理解できない医学用語を多用したうえ,アイコンタクトをとらなかったため,彼は彼女から手がかりを拾いあげることができなかった.

また,彼は彼女に2つのclosed questionをした.「店に出かけるときに,痛みが増しますか?」,「夜痛みますか?」との質問に彼女は「いいえ」と答えた.「治療後どのように過ごしていましたか?」などのopen questionをしなかったうえに,彼女が何を聞きたいのかも確認したり,問題点を話し合ったりはしなかった.

彼が注意深く話を聞いたり促したりすることはほとんどなく,患者が何を心配しているかを確認したり,共感することができなかったのだ.非言語的行動が欠如ラポールを形成できなかったことによって,彼女は診察時により受け身となり,おしゃべり好きにもかかわらず黙ってしまったのだ.彼はまた,診察の際に重要な要約手がかり(signposting)という2つのスキルを使用しなかったため,彼女は話すタイミングがわからなかった.

その後,彼は説明と計画のステップにうつったが,話す内容の分割(chunking)確認,患者の出発点の評価などのスキルを用いず,決まり文句や専門用語を多用して説明したため,彼女は理解することができなかった.彼は非常に明るく,「処置は大成功であったため,1年後に再度受診するように」とだけ説明し,彼女に対して質問や懸念があるか否かを確認しなかった.彼はとてもチャーミングで親切ではあったが….

この診察の問題点は,通常であればこの時点で患者が帰ってしまい,次の問題が手つかずのままであったことである.

1.医師は,最善を意図したにもかかわらず,術後の胸痛の再発およびその後の入院という非常に重要な情報を得ることができず,それゆえに不適切な臨床推論や方針決定をしてしまった

2.患者の悩みは解決されていなかった

a.彼女は再入院に対して非常に心配していた.術後,もし彼女に何らかの痛みがあってもそれは間違いなく心臓由来でないと言われたので,重篤な痛みがあったのに助けを呼ぶのが遅れてしまった.しかし,他の病院への入院時には,心臓由来である可能性を考え,もう少し早く来るべきであったと言われた

b.彼女は痛みが再発したらどうしたらよいのか,そしてその原因がなんのかを知りたかった.例えば,もし消化不良が原因であったら,アスピリンは中止すべきであったのか?

3.患者に与えられた情報が不適切であった

4.患者が医師の説明を理解していなかった

ここで非常に興味深いのは,患者と私が診察前に待合室で言いたいことを正確にリハーサルし準備していたことだ.彼女は入院について尋ねたかったし,医師がそのことについて知らないかもしれないということに気づいてはいた.彼女は心配事を説明し,答えてほしかったのだ.しかし,インタビューの形式は想定したものとは全く異なるものであった.また,彼女はまた若い男性医師が有能で知識豊富に見えたため感銘を受け,この時点で診察が上手くいかなかったことに気づかなかった.

私は診察が終わる直前に介入し,患者が思うままに話していいかを尋ねた.結果として,意思決定や説明,今後のフォローアップの計画に影響する新たな病歴が見つかったため,気の毒な医師はすべてのステップをやり直さなければならなかった.私は,もう少し早く介入できたということは別としても,彼が患者の役に立つよう慎重であろうと,とても親切であったため,彼を気の毒に感じた.しかし,医療面接を行うために適切な技術を用いなかったことには失望した.きっと習ったこともないのだろう.実際,診察は病歴聴取の正確性が欠けており,やり直す必要があったため非効率なものとなった.彼女の心配事に対応していない時点で,例え患者がこれを正しく理解していなくても,助けにならなかった.

おわりに

診察は複雑で,1回の短いやりとりのなかに,医学のあらゆるスキルを集約している.昔は,医師は特定の要素にだけ注意を払い,指導者は知識,臨床スキル,および臨床推論に優れていることが質の高い医療の証であると思い込んできた.この章では,これらの要素と同様に,質の高いコミュニケーションが重要な役割を示し,安全で効果的で質の高いケアを達成するためには診察において,効果的なコミュニケーションのプロセススキルを学ぶことにより注意を払うことが重要であることを示した.

謝辞

以前出版した書籍,論文の共著者であるSuzanne KurtzとJuliet Draper,John Benson,彼女らは本章で記載した概念を発展させるうえで非常に助けとなってくれた.ここで感謝申し上げる.

文献:References

  • 1) von Fragstein M, et al:UK consensus statement on the content of communication curricula in undergraduate medical education. Med Educ, 42:1100-1107, 2008

文献:Further resources

  • 2) European Association for Communication in Healthcare (EACH). Website www.each.eu(アクセス:2020年2月)
  • 3) Kurtz S, et al:Marrying content and process in clinical method teaching: enhancing the Calgary-Cambridge guides. Acad Med, 78:802-809, 2003
  • 4) Silverman J:Teaching clinical communication: a mainstream activity or just a minority sport? Patient Educ Couns, 76:361-367, 2009
  • 5) 「Skills for communicating with patients 3rd edn」(Silverman JD, Kurtz SM & Draper J),Radcliffe Medical Press, 2013
  • 6) 「Patient-Centered Medicine, 3rd ed.- Transforming the Clinical Method」(Stewart MA, Brown JB, Weston WW et al),Radcliffe Medical Press, 2013

(坂本 壮)

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