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日本で革新的技術の特許寿命が短い理由とは?
〜DNAチップの事例から見えてきた特許保護の現状とその問題点

橋本一憲
橋本一憲(Kazunori Hashimoto)
東京医科歯科大学知的財産本部特任准教授.弁理士

ライフサイエンス分野を専門とした1,000件を超える国際的な知財実務経験に基づき,産学連携,人材養成,知財研究などの活動を行う傍ら,数多くのバイオベンチャー企業を支援している.

本年5月にNature Biotechnology誌で発表された論文では,パイオニア発明に関して日本の特許審査は欧米に比して厳格であり,その結果として特許寿命が短いこと,特許範囲が減縮されていることが指摘されている.審査が厳格であることは,欠陥のある発明への特許付与を抑制する一方で,『特許』がそのビジネスモデルの中核をなす多くのバイオテク企業の経営戦略にも影響を与える.今回,論文を発表した東京医科歯科大学知的財産本部の橋本一憲氏に,パイオニア発明をめぐる特許保護の現状と,バイオテク企業がとりうる特許戦略,ビジネスを円滑化する特許制度の理想像について伺った.(編集部 蜂須賀修司)

―日本でのパイオニア発明に対する特許の寿命が短いとの研究を発表されましたが,今回の研究テーマに取り組まれたきっかけは?

東京医科歯科大学知財本部では評価担当技術員制度という制度を設け,学内の学生を知的財産本部に雇用して知的財産に関してOJT(on the job training)教育を行っています.その中で,特定の技術テーマに関して知的財産やビジネスの状況を分析し,本大学知的財産本部発行の『ライフサイエンスレポート』誌に掲載するというプロジェクトがありました.

一昨年,DNAチップを技術テーマとして特許調査している際に,DNAチップの発明からかなりの歳月が経過しているにもかかわらず,エドウィン・サザン博士(英国オックスフォード大学)を発明者とするOGT社のDNAチップの基本特許が日本でようやく成立したことに学生が気付きました.

パイオニア発明の創出と特許保護強化が日本のプロパテント政策(特許保護強化という変化を促進しようとする政策)の重要な位置づけとして叫ばれており,また,各国におけるバイオテクノロジー分野のパイオニア発明の特許保護の現状がこれまで十分に研究されてこなかったこともあって,今回の研究を始めようということになりました.

●バイオテク企業をめぐる特許制度の現状

特許制度は,各国ごとに特許の審査がなされ,各国ごとに特許が成立するのが原則で,これを『各国特許独立の原則』と言います.したがって,バイオテク企業が国際的なビジネスを展開しようとする場合には,ビジネス展開しようとする各国ごとに特許出願を行い,各国ごとに審査を受け,各国ごとに特許を取得しなければならないのが原則です.ヨーロッパ特許などのように,『広域特許』といって1つの審査で複数の国にまたがる効力を有する特許を取得できる場合もありますが,各国ごとが原則です.このためバイオテク企業がそのビジネス領域である国で特許を取得しようとする場合には,多大な人的・経済的負担がかかります.さらに,各国ごとに特許審査が独立していますので,各国の審査方針・審査結果の相違が,国際ビジネスに少なからず影響を与えることにもなります.

(中略)

●パイオニア特許の寿命を縮める厳格・精密な日本の特許審査

―OGT社やアフィメトリクス社のDNAチップの基本特許の例では,具体的にどのような問題が?

橋本 欧米では1990年代半ばにDNAチップに関しOGT社とアフィメトリクス社の基本特許が成立しました.OGT社はDNAチップの根本的な概念について特許を取得し,アフィメトリクス社はフォトリソグラフィーという技術を用いたDNAチップなどの基本特許を取得していました.その後,両社の間の訴訟がなされ,その戦いもOGT社の勝利の下,アフィメトリクス社が莫大なライセンス料を支払うことですでに終わっています.

しかし,両社の日本における特許は最近ようやく出揃ったという状況でした.このため,欧米の基本特許と比較して日本の基本特許では,図1に示すように特許の寿命(存続期間)が大幅に短縮される結果となりました.

(中略)

―DNAチップ以外でのパイオニア発明についても調査されていますね.

橋本 私のグループはこれがDNAチップ特有の状況であるのか検討を行いました.具体的には,日米欧三極で特許が成立していてその方法論に特徴のある「組換えタンパク質生産技術」,「アンチセンス技術」,「ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術」,「遺伝子導入技術」,「リボザイム技術」に関するパイオニア発明について調査を進めました.その結果,これらのパイオニア発明においても,その多くが,欧米と比較して,日本での特許審査が長期化し,特許期間が短縮化されていることがわかりました.

(中略)

●特許実務を熟知し,ビジネス感覚のある代理人やコンサルタントの支援が重要

―バイオテク企業はどのような特許戦略をとれば良いのでしょうか?

橋本 広範な権利請求をしているパイオニア発明の日本における特許審査の過程では,従来技術と本発明との本質的差異で特許請求の範囲を限定することが強く求められます.出願前に十分な従来技術の調査を行い,それと本発明との本質的差異を明確にし,特許出願後に各国特許庁からどのような拒絶理由が通知され,どのように反論するかをシミュレーションし,その対策を必要に応じて特許出願時の明細書に組み込んでおくことが重要です.

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バイオテクノロジー ジャーナル2007年7-8月号掲載
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