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科学と政治の溝を埋めるには説明責任の確保が必要

山内一也
山内一也(Kazuya Yamanouchi)
日本生物科学研究所主任研究員/東京大学名誉教授

1954年東京大学農学部獣医学科卒業.北里研究所,国立予防衛生研究所を経て1979年東京大学医科学研究所教授.1992年定年退官.日本ウイルス学会名誉会員.ベルギー・リエージュ大学名誉博士.国際獣疫事務局(OIE)学術顧問.専門:ウイルス学.
主な著書:エマージングウイルスの世紀(河出書房新社),キラーウイルス感染症(双葉社),プリオン病の謎に迫る(NHK出版),ウイルスと人間(岩波書店).

2001年に日本でBSEが発生し,BSE問題に関する調査検討委員会が設立され,私は委員長代理を務めました.その委員会の報告書で,食品のリスク分析という手法を取り入れて,政治と経済から独立した科学的なリスク評価の必要性が提言されました.それ以前の審議会では,言うなれば行政の作った方針に科学者がお墨付きを与えるという形式になっていましたが,BSE問題を契機に科学的な議論の場を確保しようとしたわけです.そしてその提言を受けて,2003年7月に科学者による「リスク評価機関」として内閣府に食品安全委員会が設立され,私はプリオン専門調査会の専門委員に任命されました.また,農林水産省と厚生労働省は,リスク評価機関が出した科学的評価をもとに行政措置を決定する「リスク管理機関」になったのです.

我々リスク評価機関の役目は「BSEに関わる安全対策の科学的評価」でしたが,2006年3月に第1期のメンバーが解散されるまでの経緯を振り返ると,当初の設立目的に沿ったシステムが充分に機能したかどうか,疑問に思います.

●科学者と行政の溝

食品のリスク分析では,リスク評価機関とリスク管理機関がそれぞれ,消費者に対してリスクコミニュケーションを行うことが求められます.しかし今回のケースでは,その意見交換会などで行政は我々の科学的判断を説明するだけでした.その科学的判断をもとに,政治・経済の側面も加味して彼ら自身が総合判断を下したということは説明せず,科学者の判断に基づいてやりました,と言うわけです.ここに大きな溝を感じました.

●報道の責任

また,こうした溝がさらに広がっていった原因にマスコミの責任があります.検査月齢の見直しについての報告書案ができあがった翌日,ほとんどの新聞は,プリオン専門調査会が全頭検査緩和を承認したと報じました.我々はそんなことは一言も言っていません.我々はリスク評価を行ったのであって,行政措置を決定したのはリスク管理機関である農林水産省と厚生労働省なのです.

●経験から学び,次に繋げること

今回のような事態を避けるためには,今後,リスク評価機関から諮問内容に修正を要求するシステムも取り入れるべきです.行政からきた諮問自体の妥当性を吟味できなければ,審議の方向が行政に決められてしまいます.そのように自由度が奪われた状況では,審議で十分な意見を出せなくなる危険がありますから. ただ,やはりこういったことは経験に基づいてわかってくることなのです.そして今回,非常に貴重な経験を積んだわけですから,反省をふまえて,リスク評価機関とリスク管理機関,つまり科学者と行政の双方が今後の審議に活かす努力をしていくべきと思います.


バイオテクノロジー ジャーナル2006年7-8月号掲載
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