特別対談 指揮者×救急医 プロフェッショナルに求められるリーダーシップ

レジデントノート2012年5月号掲載

相手の音を聞くところからはじめる

下野竜也氏と岩田充永氏

岩田:私は学生時代にオーケストラをやっていたのですが,救急医療の現場で働いていると,オーケストラと似ているなと感じることが多くあります.医療現場は,医師,看護師,薬剤師,検査技師などそれぞれの分野で技量を磨いている多くのプロフェッショナルが協同して働く場です.特に救急医は,限られた時間のなかでコンダクターという立場で自分より年上の脳外科医や外科医,内科の専門医と協同し,時に指示を出さなければならないこともあります.

 下野さんは,世界の一流オーケストラの指揮台に立たれているマエストロとしては比較的年齢が若い部類に入られると思うんですけれども,そういうなかで,音楽をつくり上げるときに気を付けていらっしゃることは,どのようなことですか.

下野:デビューしてから10年ほどたとうとしていますが,どこのオーケストラでも,やはりまだ自分が一番若いことが多いです.楽団員のかたは経験値が高くて,知識もあって,自分よりもいろいろな引き出しを持っているのは,揺るぎない事実ですね.オーケストラと最初に対峙するときが一番緊張しますが,相手がどんな音を出しているのか,それがどれだけすごいのかを,まず知ることかなと思うんですね.指揮者ですからまず相手の音をよく聞くことを心掛けていますね.

岩田:それは1つの音楽をつくるときに,各楽器のプロフェッショナルは,どういう解釈かということを最初に知るということでしょうか.指揮者として,これは絶対妥協してはいけないということもあると思いますが,プロの相手に従ってもらうときにはどのようなアプローチをされるんですか.

下野:やはり意見が最初から一致することはないですよね.特に海外のオーケストラなどは,こうしたいという希望を強く出してきますし.ただ私は,音楽は作曲家が書いたものがすべて,まずはそこから始まると思うんですね.「それは作曲家の間違いだよ」という意見があったとしても,それも含めてその作曲家の音楽だと思います.とにかく作曲家の考えていることに絶対服従というスタンスがあって,それに対しての自分なりの考えや思いを固めて指揮台に上がるわけです.相手と意見がぶつかったときには,私は“確かに伝統はそうかもしれないけれど,楽譜にはこうあるので,新しい挑戦をしてもらえないでしょうか”と,お願いします.

 若いと技術力や経験の量は圧倒的に少ないですが,私たち若い指揮者の特権だと思っているのは,新しいことに挑戦する怖さがないことです.楽譜への解釈について理論武装して臨んで,オーケストラと意見が分かれたときに,そこで,何を表現したいのかということをきちんと誠意を込めて伝えれば,いい音楽家は否定はなさらないですよね.逆に私も,先輩方がおっしゃるとおりやってみます.音楽のリハーサルの場合は,救急医療のように1秒1分を争うような状況はないですけれども.

岩田:押し付ける一方ではなくて,まず相手の意見を一度尊重しているのですね.

 私は皆に最高のパフォーマンスをしてもらうためにどのように良い雰囲気をつくるかを,考えることが多いのですが,指揮台に立たれていて,気をつけていることはありますか.

下野:プロのオーケストラでは,怒鳴ることは絶対ないですが,雰囲気が悪くなる起因は,だいたいリーダーである指揮者にあるのは間違いないですね.一番良くないのは,明らかに雰囲気が悪くなる原因,もっと言うと人物が皆わかっていて,それを正してくれるのは指揮者だけなのに,それを放置してしまうと,オーケストラの気持ちはどんどん離れていきますよね.だから,気持ちが離れていく原因は指揮者がつくっています.また例えば,オーケストラが疲れていて今ちょっとだれているなというときに,どうやってモチベーションを上げるかということはすごく重要です.もちろん,指揮者とオーケストラが何回も共演していて,ある程度信頼感があるときと,はじめていくオーケストラでのコミュニケーションは全然違って,そのあたりでやり方が相当変わってはきますけれど.

岩田:はじめて客演するオーケストラで,人間関係がまだ築けていないようなところですと,どうされるんですか.

下野:それはもう,本質的な音楽の話だけで持っていきますよね.挨拶もなくいきなり音楽をはじめて,音楽で何を考えているかを,まずプレゼンテーションする.それでオーケストラに自分の音楽を感じてもらって,逆に私たちも,オーケストラから出てくる音でこの人物はどういうプレーヤーか,強いリーダーシップを持っている人なのかなとか,いろいろなことを短時間のなかで見極めていくわけです.言葉が出ないだけで,立った雰囲気,手の動き,体の使い方で,どうしたいかが見える,それがまず最初のコミュニケーションであり,言葉はあとで補う形です.だから,雰囲気が悪くなっているときには,原因を探って,いい音楽ができる方向にもっていけば,解消されていくと思うんですよね.

 結局,何でもそうでしょうが,仲が良ければいいというわけではないと思うんです.パフォーマンスとフレンドシップのバランス,コミュニケーションのバランスが,どっちに振れ過ぎても,組織として成り立たないと思います.そのあたりは,マニュアルがないですよね.

気持ちよくパフォーマンスできる環境をつくる

岩田:それを瞬時にどうするか判断するのも,指揮者に求められる能力ですね.例えば,シンフォニーのなかで,1つの楽器に大切な旋律があるけれど,その奏者がどうしても技術的に望むところではない.けれど,「じゃあ,あなたがやってみろ」といわれると,その楽器のプロではないからできないですよね.やはりそういうときは技術的に指摘をされるんですか.

下野:ソロを任されているパートに対しての指示は,非常に繊細な話で,その人に,変なプレッシャーがかからないようにする環境づくりが必要になります,ですので,私はまずは自分がこうしてほしいとなる状況に,前奏をつくって,間接的に自分が考えている音楽に持っていくようにします.指揮者として,なぜそうやってほしいのかをきちんと説明をするだけの準備はしておきますけれど.例えば意見が違ったとしても,「そういう表現もありだな」と思えることに関しては,私はわりと寛容かもしれません.結果がいい方向に行けばいいと思いますね.職場というのは,良い意味で皆プライドを持っていると思うんです.多かれ少なかれ,指摘された方にしたら「あなたにいわれる筋合いはない」と感じるでしょうね.だから,「これは絶対」ということは限られていると思います.

 この他,失敗したときのリカバリーのしかたや,イメージトレーニングの重要性など,熱い対談が続きます.続きはぜひ本誌でご覧下さい!(後編は7月号に掲載予定です)

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