研修医の皆さんへ
日常の外来や病棟において患者さんから「ちょっと手がしびれるんだけど」「最近ふらつくようになりました」など神経疾患を疑わせる相談を受けることがあるかと思います.すぐに神経内科の医師に相談できる状況であればコンサルテーションという形で専門医のサポートを得ることも可能ですが,毎回そのような状況にあるとは限りません.人任せでいいやという気持ちでは患者さんからの信頼を得ることも難しくなりそうです.本稿では,初期研修医の皆さんを主な対象として,日常臨床において役立つ神経診察をわかりやすくイラスト形式でお伝えいたします.
さて,私が脳神経内科で研修していた頃(ずいぶん昔ですが)に以下のような症例の相談を受けたことがありました.
症例
- 【症例】65歳,女性
- 【主訴】今朝からつまずくようになった
- 【既往疾患】高血圧,糖尿病
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【現病歴】
- 高血圧,糖尿病で通院中の患者.糖尿病のコントロールが悪く,教育入院中であったがある朝に「朝起きたら足が変,いつもより歩きにくい」とナースステーションに歩いてやってきた.意識清明で一見すると普段とあまり変わりはないが,患者は「右足が引っかかる」と訴えている.看護師が血圧を測定すると174/90 mmHg であった.
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【入院時所見】
- 意識レベル:Clear,血圧:135/78 mmHg,脈拍:68回/分・整
- 心電図:洞調律,正常範囲内
- 明らかな麻痺・感覚障害なし
病歴聴取
「手がしびれる」「歩きにくくなってきた」など麻痺や筋力低下を疑わせる主訴を聞いた場合,皆さんはどのようにアプローチするでしょうか? 本稿のテーマである身体診察に移る前に,まずは麻痺や筋力低下を疑わせる病歴がないかを確認することが重要です.問診のOPQRSTなどを参考に詳しく病歴を聴くことはもちろんですが,うまく病歴や症状を説明できない患者さんもいますので,そのときには医療者側から積極的に麻痺を疑う症状がないかを確認してみましょう.例えば日常生活において表のような症状がみられる場合には上下肢の筋力低下・麻痺の可能性があります.
| 上肢 | 近位筋 | 洗濯物を干すのがつらい・棚に物を上げ下げするのが難しい など |
|---|---|---|
| 遠位筋 | ペットボトルの蓋が開けにくい・ボタンをかけにくい など | |
| 下肢 | 近位筋 | 椅子からの立ち上がりが難しい・階段の昇降が難しい など |
| 遠位筋 | つま先が引っかかる・サンダルが脱げやすい など |
またバイタルサインに注目すると,入院時に135/78 mmHgであった血圧が174/90 mmHgに上昇しています.一般的に脳梗塞をはじめとする頭蓋内疾患では血圧が上昇しますので,麻痺を疑わせる病歴のある患者さんの血圧が普段よりも高い場合には「いつもより血圧が高い=頭蓋内疾患があるかもしれない」と考えて慎重に診察を進めてください.
神経診察
病歴から麻痺・筋力低下が疑われる場合には神経診察を行って,その有無を確認します.今回は一般外来や救急外来でよく行われる上肢・下肢の筋力低下・麻痺を確認するための診察方法を次ページから解説します.個別の筋群に対する詳細な評価については神経診察の成書を参照してください1,2).
上肢の神経診察
❶ Barré徴候(図1)
まず上肢です.
- ① 閉眼した状態で,患者さんの両上肢を“手掌を上にした状態で水平挙上・保持”してもらい,一般にBarré徴候と呼ばれる麻痺のサインがないかを確認します.
- ② 麻痺がある場合にはイラストに示す通り「手が回内し」,
- ③ 「肘が屈曲・腕全体が下垂」します.ベッドに横になっている患者さんを診察する場合には,両上肢を斜め45°くらいに挙上・保持させて上記と同様の観察を行います.
黄色のあみかけ部分は筋力低下・麻痺を示す所見.
軽度の麻痺では,わずかに回内する・手指の間が開いて屈曲する・手掌が凹む・第5指が外転する(第4指と第5指の間が開く),などの所見がみられますが,診察開始の時点で手指をしっかりと伸ばし・第2~第5指の隙間がないようにピッタリとつけて・肘もしっかりと伸ばした状態で水平挙上しないとわずかな変化を見落とす可能性がありますので注意しましょう.
また一般に「脳血管障害など錐体路障害による麻痺では回内しながら上肢が下垂する」「身体症状症などの心因性では回内せずに上肢が下垂する」と言われていますが,自己免疫性脳炎でも“回内せずに上肢が下垂する”ことがある3)とされていますので,“回内しない=心因性”と短絡的に判断しないようにしてください.
❷ 第5指徴候(図2)
軽度の麻痺を示唆する徴候として第5指徴候や凹み手徴候があります.
- ① 上述のBarré徴候をみる診察方法でも第5指外転や手掌の凹みはみられますが,Alterによる第5指徴候の報告4)では,手掌を下にした状態で手指を伸ばして上肢を水平挙上したときに,麻痺があれば第5指が外転するとされています.
- ② 第5指外転があるかないか,その判断に迷ったときには,そのまま手首を背屈させる(壁を押すような感じ)とより目立つことがあるので,患者さんに「壁を押すような感じで…」と説明して診察してみてください.
稀に両側で第5指徴候を認める人がいますが,原著4)では両側に第5指外転がみられた際には臨床的に意味をもたない(病的ではない)とされています.
❸ 凹み手徴候(図3)
- ① 第5指徴候と同じように,手掌を下にして上肢を水平挙上し,その後手首を背屈させます5).
- ② 麻痺があれば,手指が屈曲し母指球が前に出てイラストのように手掌が凹みます.
なお凹み手徴候はフランスのGarcinにより記載6)され,原法では手指を開いて強く反らせると麻痺側では母指が前方に突出して手掌が凹むとされています.
❹ 腕落下試験(図4)
救急外来などで意識レベルの低下した患者さんを診察するときには,腕落下試験を行います.
- ① 両側の上肢を垂直近くに持ち上げて,
- ② 急に手を離すと,麻痺側は抵抗なく急速に落下しますが,健側では筋に緊張がみられゆっくりと落下します.
このときに麻痺側の手で顔面を打撲しないように上肢を挙上する位置に注意してください.
下肢の神経診察
❶ Mingazzini試験(図5)
- ① 患者さんを仰臥位にさせて股関節・膝関節を90°に曲げた状態で下肢を挙上保持し,閉眼してもらいます.このとき,左右の脚をくっつけてしまうと麻痺側の下垂が目立たなくなるので必ず左右の脚が接しないようにしましょう.
- ② 麻痺があれば下肢を挙上保持できず下垂します.
軽度の麻痺では挙上保持はできても左右差があり麻痺側で低位保持となります.ごく軽度の麻痺では左右差の有無がはっきりしないことがありますが,そのようなときには左右の脚を床方向に軽く押してみてください.麻痺があれば健側に比べて麻痺側で抵抗力がなく,軽い力で下肢が下垂します.若い人であれば,より負荷のかかる両下肢を伸展させて45°くらいに挙上保持させる方法で診察してもよいでしょう.
❷ 下肢Barré試験(図6)
- ① 腹臥位で膝関節を90°(もしくは135°)にして両脚が接しないようにして保持してもらいます.
- ② 麻痺側では下肢が下垂します.
胸腹部診察や上肢の神経診察は仰臥位で行うことが多く,高齢者や麻痺患者はベッド上での体位変換が難しいことがあるため,診察の流れや患者の負担を考えて,筆者はBarré試験ではなくMingazzini試験を行うことがほとんどです.
❸ 意思の疎通が困難な患者さんを診察する場合(図7)
- ① 仰臥位で股関節を約45°に曲げて膝立するような肢位に保持して,急に支えていた手を離します.
- ② 健側ではそのまま膝立が可能ですが,麻痺側では外側に倒れたり,
- ②’伸展しながら外旋・外転位となります.
鑑別
麻痺・筋力低下の存在が確認できたら,感覚障害や深部腱反射など他の診察所見と合わせて中枢神経(脳・脊髄)の障害か,末梢神経・筋の障害かを判断します.
中枢性を疑うのなら頭部・脊髄MRIが必要になりますし,末梢性を疑うのであれば神経伝導速度検査や針筋電図などを行って確定診断につなげていきます.
症例のその後の経過
基礎疾患(高血圧,糖尿病),主訴,バイタルサイン(血圧上昇)から脳血管障害を疑い,病室に戻って診察したところ上肢Barré徴候の評価で右上肢が軽度回内,下肢Mingazzini試験でわずかに右下肢が低位保持であったため軽度の右片麻痺と判断した.その後,頭部MRIにて急性期脳梗塞の診断となり治療が開始された.
おわりに
身体診察で重要なのは異常所見を察知できるかどうかであり,そのためには普段から正常所見に触れておくことが大切です.研修医の皆さんには麻痺を疑う患者さんだけでなく,それ以外の患者さんに対しても機会があるごとに身体診察することをお勧めします.また神経診察では所見の有無だけでなく左右差の有無が非常に重要となりますので,今回解説した診察についても常に“左右差の有無”を意識して実践してみてください.
文献
1) 「ベッドサイドの神経の診かた 改訂18版」(田崎義昭,他/著),南山堂,2016
2) 「神経診察クローズアップ 第3版」(鈴木則宏/編)メジカルビュー社,2020
3) 高島 博:自己免疫性脳症の臨床症候学-心因性にされるメカニズム. 神経治療, 37:636-639,2020
4) Alter M:The digiti quinti sign of mild hemiparesis. Neurology, 23:503-505, 1973(PMID:4735466)
5) 「神経症状の診かた・考えかた 第1版」(福武敏夫/著),医学書院,2014
6) GARCIN R:[Cerebello-thalamic syndrome caused by localized lesion of the thalamus; sign of so-called main creuse and its symptomatologic value]. Rev Neurol (Paris), 93:143-149, 1955(PMID:13298330)
小黒亮輔(Ryosuke Oguro)
浜田クリニック 院長,大阪大学大学院医学系研究科 老年・総合内科学 招へい教員,森ノ宮医療大学 客員教授
専門:老年内科,認知症,神経疾患
大阪大学にいたころ「大阪どまんなか」という勉強会を通じて全国の素晴らしい先生方と出会い,その臨床能力の高さや教育に対する熱意に感動しました.そのときの感動が私の教育に対する原動力となっています.これからも当時の感動を忘れずに,読者の皆さんに負けないように日々勉強を続けたいと思っています.
