第2回 地球から細胞が生まれた1 2.有機化合物ができる [分子生物学講義Web中継~生物の多様性と進化の驚異]

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第2回 地球から細胞が生まれた1~

2.有機化合物ができる

図2

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地球上の生命は,どこかで誕生したものが飛来したのではなく,地球上で誕生したと考えられます.海ができて化学反応が可能になると,すぐに,無機物から有機化合物が合成されました.この過程を化学進化といいます(第2回図2).やがて誕生した生物が多様な変化をするのが,生物進化です.

生物の特徴は有機化合物

生物を構成する主な成分は水と有機化合物です.有機化合物とは,炭素を中心に,水素や酸素や窒素などが共有結合によって結合した,一定の原子集団からなる単位です.生物体を構成する代表的な有機化合物は,アミノ酸,糖質,脂質,核酸などです.重要なことは,現在の地球上に存在する有機化合物は,屍骸や排泄物を含めて,生物の体に由来する以外にはほとんど存在しないことです.つまり,地球上に有機化合物がみつかるとき,それは生物がいた証拠と考えられます.生物を物質的に特徴づけると,有機化合物が水とともに存在して一定の構造を作っているもの,ということができます.

有機化合物の非生物的合成を実証する

有機化合物が非生物的にできたのだろうとの考えは,すでにダーウィンがいっていたそうですが,具体的な考察としてはオパーリンが1920年代初頭に発表した『生命の起源』が有名なものです.画期的に重要なことは,遊離の酸素を作り出したのは生き物であって,原始の地球には遊離の酸素がほとんどなく還元的な環境にあり,この環境の中では,還元された炭素の化合物である有機化合物は,浅い海で比較的容易に合成できたのではないか,と考えたことです.還元的な環境下で有機物ができるというオパーリンの考えは,1953年になってミラーが,酸素のない原始地球大気を模した環境で放電のエネルギーを与えて,アミノ酸などの有機化合物を作ったことで最初の証明が得られました.有機化合物がひどく簡単にできてしまったのです.

しかし大気は酸化的だった

これまでみてきた原始大気が還元的であるとの考えは,地球が冷たいものであった歴史をもつという考えによるものです.しかし,現在ではできたての地球はマグマオーシャンがあって非常に熱く,次第に冷えてきて海ができた時にも,海水は120℃とか130℃という高温であったと考えられるようになりました.こういう経過を経た環境では還元的な大気はできず,水蒸気(H2O)のほかは炭酸ガス(CO2)や窒素(N2)など,酸化的な分子からなります.自由な酸素こそなかったと考えられますが,酸化されてしまった物質からなる環境であった,ということです.こういう酸化的な環境では,有機化合物は簡単にはできません.有機物誕生の話は,再び困難に陥りました.

深海の熱水噴出口が生命誕生の場所

1977年に,ガラパゴス諸島の北東320kmあたりの深さ2,600mを超える深海底で,熱水噴出口が発見されました.新しい海洋底が誕生する場所で,海底からしみ込んだ海水がマグマに熱せられ,周辺の岩石から金属イオンを大量に溶かし込んで,350℃にも達する高温の水になって海底に噴出する場所です.

周辺には,噴出する水素や硫化水素やメタンを餌にして,たくさんの硫黄細菌というバクテリアが生息しています.また,大量に存在するバクテリアを共生させたチューブワームをはじめ,それを餌として食べるエビやカニの仲間,さらにはサカナの仲間まで,たくさんの多細胞動物が棲み着いていることも発見されました.このような場所に棲むバクテリアは,光合成能力もなく酸素を利用することもない古細菌の仲間で,この環境下で大いに繁栄しています.

有機化合物を合成するのに必要な条件として,『外部から供給されるエネルギー』とこれまでみてきた『還元性』があります.深海底の熱水から供給できるエネルギーとして『高温と高圧』があり,また,噴出する水素(H2)や硫化水素(H2S)やメタン(CH4)やアンモニア(NH3)などは『還元性物質』です.有機化合物を作る条件はそろっています.もう1つの特徴は熱水が高濃度の『金属イオン』を含んでいることです.金属イオンは,有機化合物を合成する際の触媒として働く可能性が高いものです.熱水噴出口は,その構造からみて高温状態で反応が起き,反応物ができた後はすぐに周囲の低温の水に接するため,できた有機物は分解されにくくなります.現在の熱水噴出口の周辺では生き物が集まっていて,生き物が有機物を合成しているのですが,こういう環境では,生き物がいなくても有機物の合成が起きる可能性が高い,というところが重要です.

実験室内で有機化合物が合成できた

このような環境を実験室で再現する模擬海水をつくり,材料としてメタンや窒素を加えて高温高圧の条件を与えることによって,さまざまな種類のアミノ酸ができることがわかりました.アミノ酸やタンパク質など,生体を構成するさまざまな有機化合物が作れることがわかりました.

現在では,生物がいない環境で有機化合物が合成され,熱水噴出口周辺で次第に高濃度に蓄積していった,というシナリオが考えられています.

最も古い化石は熱水活動の盛んな場所からみつかっている

もう1つ,深海底の熱水噴出口が生命誕生の場であるという証拠は,最古の生物化石として35億年前のバクテリア様化石がみつかったのが,海底で噴出したマグマである枕状溶岩のすぐ上に堆積したチャート(頁岩)という堆積岩からであることです.マグマが海底で噴出する場所,すなわち熱水活動の盛んな場所付近であったと考えられます.

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プロフィール

井出先生 写真
井出 利憲(Toshinori Ide)
東京で生まれて35年間東京で過ごし,昭和53年から平成18年まで広島大学医学部(大学院医歯薬学総合研究科)に勤め,その後2年間を広島国際大学薬学部で過ごし,平成20年からは愛媛県立医療技術大学にいます.講義録をもとにして平成14年から『分子生物学講義中継』シリーズを刊行し,最初のPart1は現在11刷に,5冊目の一番新しいPart0上巻も4刷になっています.今,シリーズ最後(多分)の,私の一番書きたかったところを執筆中です.

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