Smart Lab Life

〜あなたの研究生活をちょっとハッピーに〜

実験医学別冊『あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる』の概論より

それはユートピアか,ディストピアか? 第1回

著/夏目 徹

はじめに―個人をしあわせにしなかったポストゲノムな時代

もはや,ポスト・ポストゲノムとなって久しい.

オミクス研究はマルチ・多層となり,相変わらず大規模・網羅的な研究のトレンドは続く.ビッグデータの是非や,数理システムや理論科学がもたらすサイエンスの変革にかかわる議論が終わる兆しはない.これはもはや既定路線であり,今後のあるべき姿をここで問うつもりはない.私がここで再考したいのは,このビッグデータを生み出すために,現場で働く若い研究者やポスドク・テクニシャンのことである.

少し,回顧する.

それはおよそ16年前のことである.ポストゲノムプロジェクトの目玉として,「タンパク質間相互作用の網羅的なネットワーク解析」が提案された(いわゆるインタラクトーム解析).Y2H法のようなリバース・ゲノム的手法によるインタラクトームは内外で先行していた.しかし,動物細胞にbaitタンパク質のcDNAを発現し,免疫沈降によってbaitとともに同定されるpreyタンパク質(相互作用タンパク質)を,当時急速に存在感を増してきた質量分析によって網羅的かつ一網打尽的に同定するというプロジェクトは,当時野心的で魅力的でかつ私のチャレンジ精神を大いにかき立てた.というのは,私が数年前から開発してきた,ナノLCを備えたLC-MS(液体クロマトグラフィー-質量分析)システムが世界的に見ても結構いけてるのではないか,という密かな自信があった1).また日本は国家的プロジェクトでヒト全長cDNAのリソースが整いつつあり,免疫沈降のためのエピトーグタグもproteome-wideに準備可能だ.あとはやるだけだ.世界が自分の背中を後押してくれているような気がした.

しかし,少し肩に力が入った私の意気込みは,たちまち脆くも破綻する.

質量分析システムの飛躍的な高感度化を達成したため,目標とするような網羅性とスループット実現できそうだった1).しかし,多検体サンプルの調製時の手作業のバラツキ問題は深刻につきまとう.スループットを追求すれば,同時並行処理のサンプル調製容量は極小化し,手作業にとって不利なことばかりだった.つまり,得意の超高感度解析が何の意味もなさないのである.

「あったま悪いな,オレ」.偽りなき嘆きであった.

数年にわたる試行錯誤と,徹底的な品質管理手法をとり入れ(トヨタ生産方式なんて勉強しました2)),大規模解析を開始したが,結局はいわゆる実験の上手な個人が必須であることは避けられなかった.「神の手」という優れた手技の持ち主にひたすら依存する構造となるのだ.この人を仮にAとよぼう.その後,Aさんは2005〜’10年にわたり年間最大1万サンプルをほぼ一人で調製し,このプロジェクトを支えた.その結果,100報以上の学術論文の出版に貢献し,いわゆるNature,Cellとその姉妹誌といったプレミアムジャーナルにも毎年のように掲載されるデータを叩き出した3)〜5)

記録をたどれば,5年間でだいたい1億6千万アミノ酸残基をシークエンスしたようだ.これを10台の質量分析装置で達成したが,もし,これを従来のエドマン分解法によるN末シークエンスを同規模で行ったとしたら? 一残基決定するのに約1時間かかるので,1年365日稼働したとして,1831.5年位であろうか.これを私の質量分析システムはたった5年でやりとげたのである!技術革新の凄みに目がくらむではないか.

しかし,「千八百年前といえば邪馬台国誕生かしらん」,なんてのんきに感慨にふけっている場合ではないのであった.

つきまとう心配事は,Aさん辞めたらどうしようー,体調を崩したらどうしよう…,はたまた引き抜かれでもしたら〜〜……といった,私の矮小な悩みはさておき,私が直面した「知りたくない事実」は,個人をしあわせにしない大規模研究の現場のありようである.Aさんは優れていて,頑張ったがために,このプロジェクトのサンプル調製をずっとやり続けなければならないのである.他のことは一切できず,また学ぶこともできない.

果てなきロボット巡礼

これでいいのだろうか? これが,私が真剣にロボットによる自動化にかかわりだした理由である.

日本が誇るロボット技術を駆使すれば,プロテオミクスのプロトコールの1つや2つ,たちどころに自動化し,Aさんには別のチャレンジをしてもらえると考えたのは,今思えば実に稚拙な考えであった.ライフサイエンスのベンチワークを自動化するのは,難しいのである.どれくらい難しいかというと,「すっごく難しい」のである.

国内ロボットメーカーをすべて行脚し,時には英国ケンブリッジに細胞培養ロボットがあると聞けば,苦手なヒコーキに乗り英国に赴いた.そして,当時のバイオバブルの潤沢な研究費に目にものを言わせ,

じゃんじゃんじゃかじゃか,

ジャカジャカジャカじゃんと,

金と人をつぎ込み,ありとあらゆるロボットメーカーの,あらゆる形式のロボットを,片っ端から使い倒し,思いつくことは全部した.しかし,どれもこれも,うまくゆかぬ.重厚長大・融通が効かず,複雑でグロテスク.ロクな機械は生まれなかった(嗚呼・合掌).

日本の誇る産業用ロボットは,基本的にone job one robotという伝統にのっとり自動化される.それぞれの作業ステップを専用のロボットと治具が担当し,一つひとつの作業を確実にこなし,次のステップへと橋渡ししていくライン生産方式である(図1A).同じものを大量に生産するのには向いている.しかし,多岐にわたるライフサイエンスの作業の各ステップを自動化するために,それこそ一つひとつ専用マシンを各ステップごとに,デザイン・設計・検証し,最後にすべてをつなげるインテグレーションに至るのであるから,いくらお金があってもどれだけ時間をかけても足りぬ.一つの改良が次のトラブル・バグの原因となり,システムエラーの負のサイクルは目眩を起こすほど,速く鋭く回転する.

図1

今では考えられないような天文学的な額の研究費を文字通り「どぶに捨てる」最中,じつは,私にはすでに全く別のイメージがあった.それは既視感とも言えるリアリティを伴っていた.

ヒューマノイドである.

文献

  1. Natsume T, et al:Anal Chem, 74:4725–4733, 2002
  2. 「トヨタ生産方式――脱規模の経営をめざして」(大野耐一),ダイヤモンド社,1978
  3. Nakada S, et al:Nature, 466:941-946, 2010
  4. Kitajima TS, et al:Nature, 441:46-52, 2006
  5. Hirano Y, et al:Nature, 437:1381-1385, 2005

あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる 概論 目次


本記事は以下の書籍からの抜粋です.

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あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる
編集:夏目 徹
出版社:羊土社
発売日:2017年12月05日

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