Smart Lab Life

〜あなたの研究生活をちょっとハッピーに〜

実験医学別冊『あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる』の概論より

それはユートピアか,ディストピアか? 第3回

著/夏目 徹

ベンチワークの近代化

個人の経験やカンに頼っていた,ベンチワークが近代化していくことはもはや必定である.そしてその技術基盤はロボットでありAI(人工知能)であることはほぼ確定的である.そしてその結果,人は,研究従事者は幸せになるのだろうか?

もう一度問いたい.

米国トランプ大統領は,「米国第一主義」を標榜し,国内雇用増大政策をとった.アメリカ国内製造拠点を戻すリ・ショアリング企業には補助金を分配するなどし,2,500万人の雇用を生み出すと宣言した.実際フォード社はじめ生産業は続々とリ・ショアリング(オフショアしていた工場を米国内に戻すこと)を実行し国内に製造拠点を移した.しかし,厳密な調査が示したものは,年間40万人の雇用が失われるという厳しい予測だった.その理由は,リ・ショアリング工場のほとんどがロボットによる自動化を推進し,その結果人は雇用されないのだ6)

ライフサイエンスもしかりである.自動化した結果,研究者やテクニシャンの多くが職を失い,ロボット設備を購入することができる,一握りのリッチで特別な発想と才覚のある研究者のみが生き延びるだろう,という批判がある.サイエンスのみならず,AIロボットが発達普及し,多くの職業を奪い,その結果AIロボットを支配できる資本家層と,AIロボットにより職を失い社会から切り捨てられる労働者層との間に大きな格差が生まれるという議論もある.その一方で,AIロボットにより社会全体の生産性が著しく上昇し,生活のコストが下がるため,適切な経済政策が導入されれば,人はあまり働かなくてもいい世のなかになるという楽観的な展望もある.いわゆるシンギュラリティ後のディストピア・ユートピア議論である.

さて私見である.AIロボットによりディストピアの方向に向かうとしたら,格差社会すら生まれない,と私は予想する.なぜなら,AIロボットも所詮完璧に人を置き換えることなどできないので,いくつかの業種で生産性の著しい低下が見込まれる.また,初期にはAIロボットの導入コストが大きな足枷になるため,グロスの生産性はあまり向上しないだろう.あわてて人をよび戻そうとしても,いったん職を失った人材・技術は散逸してしまい二度とは復活しない.つまり格差はおろか資本家層もじり貧共倒れ状態になり,経済全体が負のスパイラルから抜け出せなくなる,というのが私の予想である.世間が予想しているような甘っちょろいディストピアではないかもしれない.15年以上もロボットの進歩と人間との関係を見てきた者が直感するのである.信憑性はそこそこ高いと自負する.

しかし,私は決してディストピアの到来論に諦観しているわけでもない.逆の事例がライフサイエンスの現場で起きている.

LabDroidは,サイエンスとは名ばかりで,ベンチワークに忙殺されていた研究者を解放する.解放された研究者は,LabDroidが生み出す精度と再現性の高いデータをもとに,真に知的作業に専念できるようになり高い生産性を生み出す,これは確信に近い私の予見である.また,その道一筋のエキスパートにしかできない難易度の高い実験にたちどころにアクセスできるのであれば,それを可能にする研究室には人が集まる.熟練技術のない若い研究者もセンスと独創的なアイデアで勝負することができるようになるため,ロボット化された研究現場は若い世代にとって魅力的な職場となる.外来診察をしている間に,ロボットがデータを出してくれるなら,臨床家が基礎研究により参加できるようにもなるだろう.また,女性研究者が育児を両立することも容易になる.実験をロボットに任せて,保育園のお迎えの時間に帰ればいいのだ.ラボに長時間拘束されることは,もはやない.そして,神の手のもち主は,その優れた手技ゆえに縛り付けられていた業務をロボットにゆだね,自身は別のチャレンジをすることができるようにもなった.だいたい,ロボットが生産的なデータを次々に生み出したら,人はデータを解釈し次のプロジェクトを立案し,その成果を表現し論文化するといった,知的・創造的な作業に忙しく,ロボットが来たことによって,人が不要となったりした事例はないのだ.

人と競わないAIロボット

では,トランプのリ・ショアリング政策と,LabDroidは何が違うのだろうか.アメリカの生産現場で起きていることは,単純な人の置き換えである.人とロボットを競わせたら,ロボットの方が安い(効率がいい)ので人は置き換えられてしまった,ということだ.翻ってLabDroidはどうだろうか.人が遂行することが困難・不可能だったことを可能にした.つまり,人がやるにはもともと難しい作業をロボットが手伝ってくれたということだ.すなわち,前者はロボットによる効率化であり,後者は生産性の向上なのだ.また,前者はロボットと人間は競い合う構造であり,後者は人とロボットの役割分担と恊働の構造である.すなわち,もともと人間が不得手であった再現性や作業の可視化をロボットが担当し恊働してプロトコールの最適化・標準化が可能となり,人間はデータの解釈・仮説の生成に専念するという明確な役割分担が生まれる.ロボットは人間の機能拡張と捉えることができる.単なる人の置き換えではない.

図4

研究開発では,ロボットにより生み出されたデータがそのまま結果物(商品)とはならない.人による,解釈と検証を経るサイエンスでは,ロボットと人間がセットとなってはじめて価値を生み出す.したがって,生産現場と異なり,ロボットが生み出すデータの質と量が,人の雇用を生み出すことになる(図4).

このような事例を目の当たりにし,AIロボットを正しく実装するためのキーワードは,人とAIロボットは「競ってはならない」,だ.人と機械には明確な役割分担があり相補的であること.そして,その境界が明確に線引きされていればいるほど技術の社会実装は上手くいくだろうと確信するに至るのである.あるいは,競わず・役割分担を促すAIロボット技術こそが当分は優先されるべきだというコンセンサスが必要だ.

ドラえもんのいない未来をめざしたい

例えば,ユーモラスな手振り身振りで会話しAIからビッグデータを活用し自らを進化させるという謳い文句を引っさげ話題となったロボットの登場は記憶に新しい.このロボットは,ソーシャルロボットという位置づけで人と「競っている」.しかし,今のところ,話題の豊富さや,友人あるいは遊び友達としての役割において,このロボットはまだ人に劣っているらしい.したがって,今のところ,私の身の回りでは,この手のロボットによる大規模な人の置き換えは起きていない.そもそも明確な市場も生まれていない.

アニメの世界に眼をむければ,国民的人気の「ドラえもん」という超有名スーパーAIロボットがいる.ドラえもんは,友達であり兄弟代わりでもあり,時には教師や親の役割も果たす.このアニメ・マンガとしてよりおもしろくする設定であることは百も承知で,ストーリーを眺めると,のび太とメインキャラには兄弟がいないという,少子化の世界がキッチリ描かれている.また,のび太のお父さんもお母さんも,あまり子どもに関与しない.多分両親の生産性が低くそのような余裕がないのだと穿った見方をするならば,ポストシンギュラリティのディストピアの兆しを感じる.だからこのディストピアの時代を生き抜くため,のび太にはドラえもんが必要であり,ドラえもんは親や教師よりも子どもの悩みや問題を解決してくれる.すなわちドラえもんぐらい優れたAIロボットならば,人を,家族を,友人を置き換え可能というわけだ.ドラえもん級のロボットが生産されるようになれば,少子化の日本ではロボットが家族の一員なんて当たり前…

ロボットさえいれば,「人間」の家族は要らない(最近話題になった映画を思い出します).わずらわしい人間関係なんてごめんです.ロボットなら気に入らない,飽きたなら,機種変で一発解決.でも,機種変から1年しかたってないから,買い替えは高く付くな〜,ここが悩みどころ〜〜〜,という時代になる.ロボットに満足しきって,もはや誰も結婚すらしなくなるので,少子化に歯止めはかからないどころか,なーんだ,世界はロボットだけになってしまった(笑).

私は,こんな未来に夢はもてない.

文献

  1. 「週間エコノミスト 2017年10月10日号」p36-37

あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる 概論 目次


本記事は以下の書籍からの抜粋です.

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あなたのラボにAI(人工知能)×ロボットがやってくる
編集:夏目 徹
出版社:羊土社
発売日:2017年12月05日

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