実験医学増刊:食と健康を結ぶメディカルサイエンス〜生体防御系を亢進し、健康の維持に働く分子機構
実験医学増刊 Vol.38 No.10

食と健康を結ぶメディカルサイエンス

生体防御系を亢進し、健康の維持に働く分子機構

  • 内田浩二/編
  • 2020年06月05日発行
  • B5判
  • 242ページ
  • ISBN 978-4-7581-0387-9
  • 定価:5,400円+税
  • 在庫:あり
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序にかえて

「医食同源」を解明する食と健康研究の最前線

内田浩二
(東京大学大学院農学生命科学研究科)

「医食同源」は,健康・病気にかかわるさまざまな因子のなかでも食の重要性を端的に表現する言葉である.本書では,食の機能性のなかでも最も解明が難しく,基礎研究が立ち遅れているこの難題を取り上げる.とりわけ,健康とかかわりの深い生命現象として,生体成分の自然修飾と食の予防機能に焦点を当てる.自然現象として避けることのできない健康の衰えに伴いどのような変化が起きるのか,また毎日の食生活がどのように健康増進・疾病予防に関与するのか,これらを解明することで「医食同源」の本質が見えてくるかもしれない.

1.はじめに

1512年春,スペインの探検家フアン・ポンセ・デ・レオンは,“あるもの”を探しにカリブ海に向かった.その探しものは,“若返りの水”.あらゆるものを得て,最後に手に入れたいものはやはり永遠の命.あるはずのないものを求めて,島から島を巡ったが,結局みつけることができないまま断念することになる 1)

このスペインの探検家のように,いつまでも若く元気でいたいというのは,今も昔も変わらない万人の願いである.しかし,残念ながら老いることは避けられない.あたかもプログラムされているかのようにゆっくりと長い年月をかけて.ある人は容貌の変化から実感するのかもしれないし,疲労,運動能力の減退,または聴覚などの感覚機能の変化などで自覚する人もいるかもしれない.多くの人は,こうした変化を実感することにより自分の老いを感じるようになる.また,健康の衰えはがんなどの疾患発症への不安を掻き立てるであろう.このような変化は“自然現象”として理解されているが,その実態はあまりよくわかっていない.

一方,“若返りの水”にその可能性を求めたスペインの探検家の行動は,現在の私たちが食べ物に対し健康の維持・増進効果を求める姿とそれほど変わりがない.健康を維持するには,睡眠や運動とともに食生活が大切であることは今や誰しも理解している.最近では,特定保健用食品や機能性表示食品など,健康増進機能を付加価値にした製品が身近になっている.しかし,その機能の中身(分子メカニズム)はそれほど明確にはなっていない.薬のように,ピンポイントで標的に作用し,病気の治癒により実感できるものとは異なり,食品成分の健康機能性は曖昧なものが多く,摂取後,すぐに効能を実感できるケースはほとんどない.

“医食同源”とは,「病気をなおすのも食事をするのも,生命を養い健康を保つためで,その本質は同じだということ」(広辞苑)とある.もともとは薬食同源を起源とする和製造語であるが,健康における食のかかわりを端的に表現している.しかし,その実態の解明が難しく,基礎研究は大幅に立ち遅れているのが現状である.にもかかわらず,機能性を謳った多くの製品が巷に出続けているのもまた事実である.本書では,こうした現状を踏まえたうえで,“医食同源”というこの難題を,「生体成分の自然修飾」と「食による生体防御系の亢進」という2つの方向から解き明かすことを狙いとしている.

2.“健康の衰え”のバイオマーカーとしての自然修飾

1日あたり6万回.これは1つの細胞の遺伝子が受ける損傷の回数とされている.このような損傷はさまざまな要因によって起きうるものであり,われわれは生涯避けることができない自然現象である.こうした現象の要因の1つに,生体成分の化学修飾(自然修飾)があげられる.生体成分の化学修飾と聞くと,例えばタンパク質のリン酸化やアセチル化など,分子が正常に働くための化学修飾を想像する読者が多いと思われるが,例えば酸化やグリケーション(糖化)など,生体機能を阻害する,つまり健康の衰えに関連した化学修飾も存在する.本書では,リン酸化などの酵素の触媒作用により制御される“能動的”修飾と対比させ,それ以外の非酵素的な生体成分の“受動的”な修飾反応を「自然修飾」と位置付ける(図1).

では自然修飾とはどのように生じるのか.われわれ人類は生きるために食べものを摂取しなければならず,さまざまな天然成分や合成品が体内を巡ることになる.また,呼吸を通して,否が応でも環境中に存在する有機化合物や微粒子などが侵入してくる.こうした外因性化合物や生物の多くは体内に一度は取り込まれても代謝や免疫系により排除されるが,一部の低分子化合物などは代謝活性化により,生体成分との反応性を示す有害成分に変換される場合もある.したがって,食物,環境物質,薬など,生体に入り込む可能性のある化合物には生体成分修飾の要因となりうるものが含まれる.さらに,酸素とブドウ糖という生存に不可欠な分子は,自然修飾をもたらす重要な因子にもなりうる.これらの分子は,そのもの自体がすでに“活性種”であり,生体成分の自然修飾に直接的あるいは間接的に関与することが明らかになっている.酸素はもともとビラジカルという活性化されやすい状況にある分子であり,さまざまな活性酸素種の起源であるとともに,脂肪酸の過酸化におけるフリーラジカル連鎖反応でも重要な役割を果たす(脂質過酸化反応).また,ブドウ糖を含む還元糖はそのアルデヒド性のためタンパク質などの生体成分と反応性を示す(グリケーション).このように,人類は効率的なエネルギー産生のために酸素やブドウ糖を必要とし,その代償として,生体成分の自然修飾を受け入れなければならない.それはすなわち,生体成分の修飾,そしてそれらに伴う健康機能の衰えからは逃れられないことを意味する.

本書の第1章では,健康の衰えや疾病に関連した主要な生体成分の自然修飾に関する最新の研究が紹介される.こうした自然修飾については,疾病との関連での研究が先行するが,病気が顕在化する前の健康状態を評価するうえでの指標(バイオマーカー)ともなりうるかもしれない.

3.食による生体防御系の亢進

一般的に食には3つの機能(一次〜三次機能)があるといわれている.一次機能は,三大栄養素(炭水化物,脂質,タンパク質)のほか,ビタミン,ミネラルなどが担っており,生体構成成分やエネルギー産生の原料として生命維持や身体活動に不可欠な機能を指す.二次機能は味覚,嗅覚,美味しさなどの感覚機能であり,嗜好性に大きく影響する.三次機能は薬理効果に近く,体調調節や生体防御など,健康維持に関連した機能とみなされている.その三次機能は健康や病気とのかかわりから,社会的には注目されているにもかかわらず,その中身がよくわかっていない機能でもある.また,三次機能に関連した食品成分は応用(製品化)が優先されがちで,その本質的な機能や分子メカニズムの解明がおろそかになっているものが多いのも否めない.さらには,その効能が過大評価され,あたかも病気を治癒できるかのような印象を与える製品もある.実際には,薬のような効き目があるのであれば,それはかえって危険かもしれない.内分泌撹乱物質(環境ホルモン)のときのように,次の世代にまで悪影響が及ぶような愚を犯さないようにしなければならない.

そこで本書の第2章,第3章では,「食の三次機能」に焦点を当ててその分子メカニズムに関する現在の最新研究を紹介する.三次機能を発揮する分子として知られるポリフェノールや含硫化合物などは,本来は植物にとって創傷治癒や生体防御などに働いている代謝物であるが,それらを私たちが食として摂取することでどのようなメカニズムで機能を発揮しているのだろうか.本書では,とりわけ生体に生まれながらにして備わっている解毒や免疫などの「生体防御機能」に食品成分がどう働くのか,といった視点に基づいた研究を紹介する(図2).なお,第2章では食品成分の標的としての「生体防御系」という現象にフォーカスし,第3章ではより直接的な食品成分の標的として「受容体」という分子にフォーカスした研究を紹介している.

生体防御系のしくみを解明することは,食による予防に関する研究に貢献し,さらには機能性食品製品の開発につながる.食によるがん予防研究や腸管免疫研究などはその好例である.こうした成果を見るにつけ,分子メカニズムを含めた基礎研究の進展が,いかに食と健康に関する研究領域においても大きなインパクトになりうるかがわかる.

4.食と健康研究のための最先端技術

ほとんどの食品成分は元を正せば非生体成分(異物)である.それを食することでいったん体内に入った後,生体成分に組入れられるものもあれば,無害な形で廃棄されるものもある.食品成分が機能性(薬理活性)を示すのであれば,細胞や生体分子と相互作用を伴うはずである.その分子間相互作用から細胞・生体応答に至るまでの研究は,結局のところ基礎研究の知識・技術が不可欠となる.したがって,他のライフサイエンス研究同様,食と健康に関する研究においても,メソドロジーの進歩に依存するところがきわめて大きい.本書では,第4章において,分子イメージングからメタボローム,さらには研究対象となる細胞から個体に至るまで,さまざまなステージにおいて展開されている最先端技術がラインアップされている.特に,遺伝子改変技術,マススペクトロメトリー,イメージングなどの技術は日進月歩であり,新しい次元の食と健康研究が可能になっている.一方,こうした最新技術も,明日には別の新しい技術にとって代わられるかもしれない.サイエンスの進歩には,技術の発展,すなわち新陳代謝が不可欠である.

5.おわりに

筆者の分野に関する話題で恐縮だが,少し触れておきたい事実がある.かつて,わが国は,メイラード反応あるいはアミノカルボニル反応とよばれる食品の褐変反応に関する研究において世界をリードしてきた.その後,今から40年ほど前,この食品成分間反応は,実は生体内でも生じる化学修飾反応であることが明らかにされ,今ではグリケーションあるいは糖化反応として病態医学などさまざまな分野において定着している.しかし,この食品から生体への展開は海外の研究グループによって主導されたものであった.なぜ,わが国では「褐変反応」という殻を破ることができなかったのか,それは「病気の研究は医学部研究者がすべきもの」という固定観念があったからではないだろうか.つまり,医学と農学の研究成果の共有,分野を超えた交流があれば,引き続き世界をリードする立場にあったはずである.先にも述べたが,医食同源は,「病気をなおすのも食事をするのも,生命を養い健康を保つためで,その本質は同じだということ」(広辞苑)とある.この言葉には,医,薬,そして食のすべてが含まれている.わが国の食と健康研究において,分野間の垣根を超え,結集できる文化が育まれることを期待したい.

近い将来,がんなど多くの病気の分子機構が解明され,治療方法も確立される日の来ることが期待されている.また,iPS細胞が実用化され,難病で苦しむ多くの人々が救われる日も近いのかもしれない.しかし,それでも人類は老化そして死を免れることはできない.酸素やブドウ糖を生存のために利用している以上,自然修飾を含めたさまざまな要因により細胞成分が傷つくことを避けることは不可能である.しかし,食を含めた生活習慣に注意を払うことにより,生まれながらにして備わっている生体防御力を高め,不可避な自然修飾を少しでも遅らせたり,軽減することは可能かもしれない.自然修飾と食による予防に関する研究は決して終わることがない.なぜなら,われわれは食べなくては生きていけず,健康は必ず衰えるからである.本書が,果てしなく続く医食同源研究の礎になれば幸いである.

文献

  • Finkel T:Nature, 425:132-133, 2003

著者プロフィール

内田浩二:1983年 名古屋大学農学部食品工業化学科卒業.’88年 名古屋大学大学院農学研究科博士課程(後期課程)修了.農学博士.’88年 名古屋大学農学部助手,’96年 同助教授,’98年 同大学院生命農学研究科助教授,2007年 同准教授,’09年 同教授.’16年 東京大学大学院農学生命科学研究科教授に着任し現在に至る.この間 ’90〜’92年 米国N.I.H.博士研究員,’03〜’06年 名古屋大学高等研究院助教授(兼任).現在の研究:健康が損なわれるメカニズムとその防御.特に内因性の活性種生成反応(酸化や糖化反応など)によるタンパク質の化学修飾と修飾タンパク質の獲得した新たな機能性,また抗酸化剤などの植物性機能性成分の機能性などに興味があります.

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