実験医学増刊:シン・マクロファージ あらゆる疾患を制御する機能的多様性
実験医学増刊 Vol.40 No.5

シン・マクロファージ あらゆる疾患を制御する機能的多様性

  • 佐藤 荘/編
  • 2022年03月11日発行
  • B5判
  • 211ページ
  • ISBN 978-4-7581-0401-2
  • 定価:5,940円(本体5,400円+税)
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序にかえて

「疾患」と「機能的多様性」の融合が引き起こすサードインパクト

佐藤 荘
(東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科生体環境応答学講座免疫アレルギー学分野)

はじめに

最近,免疫学と疾患の制御をつなげる大きなトピックの1つとしてマクロファージがあげられる.そもそもphagocyteは無脊椎動物において異物を貪食する細胞としてMetchnikoffによって発見され,そのなかから単核のものを“マクロファージ”と名付けた1).この発見がマクロファージ学としての最初の衝撃・First Impactである.発見以降このマクロファージは近年までは,体内に侵入した異物やごみを区別せずに処理する細胞であり,獲得免疫系の細胞とは異なり細胞の多様性はないと考えられていた.しかし,Toll-like receptor(TLR)の発見によりこれらの細胞も外因性・内因性のリガンドを認識し分けていることがわかり,こうしてSecond Impactが起こった.そして,近年のin vitroのM1・M2のコンセプトから,最近のマクロファージサブタイプ(亜種)の研究が増えてきている.2011年からはPubMedでのmacrophageでヒットする論文は毎年10,000を超え続けており,さらに各サブタイプがさまざまな疾患の発症・増悪に関与していることが報告されつつある.長年スポットライトの当たっていなかった「マクロファージ」は,「多様性と疾患制御」というキーワードと融合し,Third Impactが起こった.これまでの考え方を大きく変えた,『シン・マクロファージ』学が今まさに大きな流れの1つとなっている.

本書ではその起源について章立てて触れていないので,以下にその補足を述べる.現在,マクロファージの起源は,胎生期の卵黄嚢由来で胎仔から生体になった後も組織に分布しているマクロファージと,骨髄の前駆体由来でそれが組織に遊走して住み着く常在型マクロファージとに分けられる.この歴史について繙くと,1968年にFurthやCohnらの研究者は,前駆体から単球が出現して血中に流れ,その血中に漂っている単球が必要に応じて末梢組織に移動し,マクロファージに分化するというmononuclear phagocyte system(MSP)とよばれる概念を提唱した2)3).その一方で,造血システムは胎児期の卵黄嚢の一次造血から大動脈・性腺・中腎領域での二次造血が行われ,そこで初めて血管内皮細胞から造血幹細胞が発生し,そして胎仔の肝臓から骨髄へと造血の場が移行する.リンパ球など他の免疫細胞と同様に単球はこの肝臓や骨髄の造血幹細胞から発生するが,単球から分化するマクロファージは,その単球が造血幹細胞から発生するよりも前の段階の内胚葉由来卵黄嚢の血島に出現することから,このMSPという概念は一部破綻が生じているとも考えられる.近年,c-myb−/−造血幹細胞や,Cx3cr1のレポーターマウスを用いた実験から,脾臓・皮膚・膵臓・肝臓に存在するマクロファージの前駆細胞が,若い間は卵黄嚢に由来することが示された4)〜6).しかし,骨髄に存在している造血幹細胞を移植すると,組織に存在するマクロファージが脳以外の脾臓や肝臓などさまざまな末梢組織に出現することから,やはりマクロファージは骨髄の造血幹細胞から分化することもできる.これは成長の過程において,体の内部・外部からの刺激に応じて,卵黄嚢由来のものが骨髄由来に置き換わると考えられる.マクロファージの起源はこのように考えられている().

以下に,本増刊号を構成する4つの章の内容について概説する.

1.マクロファージの分化・活性化・制御を知る8つの方法

マクロファージは,自身が存在している環境の影響を受けてさまざまな分化・活性化を遂げる.第1章ではマクロファージの分化・活性化・制御機構についてまとめた.

慢性炎症のトリガーとして細胞死が再注目されている.そこで死細胞から放出されるリガンドによるマクロファージ活性化(第1章-5)についてまとめた.近年,多様なlong noncoding RNA(lncRNA)が報告されており,免疫系でも機能していることがわかってきた.そこでlncRNAによるマクロファージの機能調節(第1章-8)についてまとめた.炎症に伴ってマクロファージ内での代謝が大きく変化する.そこで脂質代謝と炎症応答に焦点を当て,脂肪酸が及ぼすM1/M2マクロファージへの影響(第1章-1)について報告した.腸内には非常に多くの種の腸内細菌が存在し,活動している.そこで腸内細菌代謝産物によるマクロファージ制御機構(第1章-3)について報告した.最近,神経と免疫の関連性の研究が増えてきている.そこで神経ガイダンス因子セマフォリン分子群による生体応答(第1章-4)について報告する.マクロファージはさまざまなサイトカインによって活性化し,またケモカインによって遊走する.そこでサイトカイン・ケモカインによる活性化とマクロファージサブタイプ(第1章-7)についてまとめた.マクロファージにも活性化型レセプターと抑制化型レセプターとが発現しており,後者ががんの免疫逃避機構にかかわることが明らかになっている.そこでこの免疫抑制化レセプターによるマクロファージ制御機構(第1章-6)についてまとめた.さらに,iPS細胞の発見以降その細胞を用いた治療が期待されている.そこで,iPS細胞由来マクロファージの治療戦略(第1章-2)について報告した.

2.病気とマクロファージの多様性を知る14の方法

前述したように,このマクロファージは多様性という概念の獲得とともに,そのサブタイプがさまざまな疾患に関与していることが証明されつつある.そこで第2章では,病気とマクロファージの多様性について議論されている.

病は気からという言葉があるように神経系は免疫系と深く関係しており,そのなかでも痛みとマクロファージに焦点を当てた研究(第2章-9),また,神経系でも神経変性疾患に着目し,神経変性疾患とマクロファージにフォーカスした研究(第2章-13)についてまとめられている.私たちの体はさまざまな臓器が存在しており,その各臓器で起きる疾患にかかわるマクロファージが存在している.例えば,脳では梗塞に伴う炎症の収束にかかわるマクロファージの研究(第2章-14),肺では肺胞マクロファージの起源と肺におけるさまざまな疾患の研究(第2章-7),血管では動脈硬化の部位に集積するマクロファージとその機能の研究(第2章-10),心臓ではその恒常性への寄与・組織損傷と修復におけるマクロファージの研究(第2章-11),腎臓ではその臓器損傷時における常在性および単球由来のマクロファージの役割(第2章-12),皮膚ではアトピー性皮膚炎や乾癬等の疾患とマクロファージの役割(第2章-4),関節ではその破壊を惹起するマクロファージサブセットと新たな破骨前駆細胞(第2章-1)について,肝臓ではNASHにおけるマクロファージの多様性(第2章-5)について議論されている.また,さまざまな臓器で起こる重要な疾患についてもマクロファージを中心にまとめており,腫瘍内部に存在するマクロファージサブセットの研究(第2章-8),メタボリックシンドロームの進展における各臓器特異的なマクロファージの機能解析(第2章-3),臓器線維症における疾患特異的マクロファージと非免疫系とのクロストーク(第2章-6)について議論され,そして,ヒトマクロファージ前駆細胞とその活性化による疾患抑制の研究(第2章-2)も報告されている.

3.感染症とマクロファージを知る4つの方法

現在,COVID-19が世界中で大流行している.そもそも免疫系はウイルス,細菌,寄生虫などの感染症に対する感染防御システムとしても重要な役割を果たしており,マクロファージもそのなかで重要な役割を果たしている.そこで第3章として,感染症とマクロファージの関連についてまとめた.

現在,世界中に広がっている重要な呼吸器感染症である結核とマクロファージ(第3章-3),病原性寄生虫トキソプラズマと免疫系のやりとり(第3章-4),日本脳炎ウイルス・デングウイルスなどのフラビウイルスと単球・マクロファージ(第3章-2),インフルエンザ感染に対するクロマチン構造変化とマクロファージ(第3章-1)について議論した.

これらの研究の発展が,COVID-19のような新規感染症が次に出現した際に,いち早く解決の糸口になると考えられる.

4.最新の解析技術を用いた免疫細胞を知るための5つの方法

最後に第4章として,解析技術について議論した.

マクロファージの多様性を証明する方法として地道にフローサイトメトリーを用いて分離し,その単離した遺伝子発現を調べていくことが基本戦略であるが,近年の機器の発展により,有利に研究を展開することができるようになりつつある.その有力なストラテジーとしてシングルセル解析があげられる(第4章-1).また,検討したいマクロファージが臓器のどの部位に存在しているかという位置を知ることにより,得られる情報量は飛躍的に増加する(第4章-5).これらは発現している遺伝子が主な解析のマテリアルになるが,それ以外にもタンパク質を指標とした質量分析イメージング(第4章-2),マスサイトメトリーイメージング(第4章-4)の素晴らしい技術の開発が進んでいる.また,非常に多くの細胞をμmレベルの空間分解能で観察可能なトランススケールスコープは,細胞解析の際に有力なツールとなりうる(第4章-3).さらにAIなどの技術も免疫系解析技術には参入してきており,これらの技術をいち早く取り入れることが,本分野を大きく発展させるキーとなる.

おわりに

今回は,現時点でのマクロファージについての特集を“多様性”と“疾患”にフォーカスした.免疫学は日本が世界でも大きな成果をあげている分野の1つであり,日本発のマクロファージ学は世界でトップクラスの素晴らしい研究レベルを保ち続けていると考えられる.日本発のマクロファージの基礎研究が応用されて,ヒトにおける研究が進めば,マウスとヒトのマクロファージの種類を俯瞰した地図,いわば日本版マクロファージアトラスが描かれ,それにさまざまな疾患との関係性が明らかとなれば,そのアトラスを活用することにより,これまでに治療できなかったような疾患を制圧する薬の誕生へとつながることが容易に予測される.

文献

  • 「Leçons sur la pathologie comparée de lʼinflammation」(Metchnikoff E), Libraire de LʼAcadémie de Médecine, G. Masson, Paris, 1892
  • van Furth R & Cohn ZA:J Exp Med, 128:415-435, doi:10.1084/jem.128.3.415(1968)
  • van Furth R, et al:Bull World Health Organ, 46:845-852(1972)
  • Schulz C, et al:Science, 336:86-90, doi:10.1126/science.1219179(2012)
  • Hoeffel G, et al:J Exp Med, 209:1167-1181, doi:10.1084/jem.20120340(2012)
  • Yona S, et al:Immunity, 38:79-91, doi:10.1016/j.immuni.2012.12.001(2013)

著者プロフィール

佐藤 荘:2010年3月,大阪大学大学院医学系研究科博士課程修了,博士(医学)取得.同年4月,大阪大学微生物病研究所自然免疫学研究分野・特任研究員.’12年4月,大阪大学免疫学フロンティア研究センター自然免疫学研究分野・特任助教.’13年5月,大阪大学微生物病研究所自然免疫学研究分野・助教.’18年4月,大阪大学免疫学フロンティア研究センター・准教授.’20年7月,東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科生体環境応答学講座免疫アレルギー学分野・教授.これまで,マクロファージの多様性について研究してきました.新しい研究室を立ち上げるにあたり,その対象をミエロイド系細胞に拡大して疾患特異性および部位特異性に着目してその多様性について研究を行っています.また,それらを標的としたこれまでにない機序で作用する薬の開発を1つの目標に日々研究に励んでいます.ご興味のある方は一緒に研究しましょう! 趣味はジョギングで,大学から皇居まで走って戻ってくるのが日課です.

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