実験医学増刊:自己免疫疾患 層別化する新時代へ〜臨床検体のマルチオミクス解析、腸内細菌によって見えてきた免疫経路の全容
実験医学増刊 Vol.40 No.15

自己免疫疾患 層別化する新時代へ

臨床検体のマルチオミクス解析、腸内細菌によって見えてきた免疫経路の全容

  • 藤尾圭志/編
  • 2022年09月05日発行
  • B5判
  • 207ページ
  • ISBN 978-4-7581-0405-0
  • 定価:5,940円(本体5,400円+税)
  • 在庫:あり
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序にかえて

拡がる免疫学のフロンティア

藤尾圭志
(東京大学大学院医学系研究科内科学専攻アレルギー・リウマチ学)

はじめに

人類をめぐる状況はこの数世紀のあいだ,食料,衛生,寿命,貧困,治安など,多くの面で持続的な改善を見ている.私達はこのような改善が将来も持続する,というある意味幼子にも似た漠然とした期待をもって日々生活している.しかしながら,2019年以降のCOVID-19のパンデミックは,ヒトの生存が微生物との闘いにかかっていて,その性質によっては人類に致命的な影響を及ぼしうることを改めて浮き彫りにした.微生物に対する免疫応答と自己に対する免疫応答は表と裏であり,最適な免疫応答バランスの達成は,健康な生活の維持に不可欠である.よって自己免疫疾患はそれ自体が社会的な負荷の大きい難治性疾患であるだけではなく,その解明は医学全体に貢献すると考えられる.

従来,免疫学研究ではマウスが非常に有用性の高いツールであったが,近年の次世代シークエンサー,フローサイトメトリー,シングルセルRNAシークエンスなどの進歩により,ヒトの免疫系自体の詳細な解析が可能となってきた.それによりヒトとマウスの双方向性の解析が可能となり,自己免疫疾患の研究は大きな拡がりを見せつつある.特にある分子やシグナル経路について免疫系全体のなかでの位置づけが可能となり,まだまだおぼろげではあるが全体像が浮かび上がりつつある().

1.さまざまなレイヤーからのマルチオミクス解析アプローチ

免疫応答にはゲノム,エピゲノム,トランスクリプトーム,プロテオーム,免疫担当細胞など,さまざまなレイヤーが存在する.これらを臨床情報と組合わせて解析することで,新たな知見や視点を得ることが可能となる.第1章ではこのようなアプローチについて日本を代表するエキスパートにご寄稿いただいた.

ゲノム情報は遺伝情報そのものであり,人種によって大きな差異があるが,最近日本人自体のゲノム情報とトランスクリプトーム情報を用いた層別化の進展が報告されている(第1章-1,2,3).重要な遺伝子のコーディング領域に稀な変異がある場合には免疫不全症となる.免疫不全においてはバランス異常により自己免疫疾患を合併することがままあり,免疫不全の理解は自己免疫疾患の深い理解につながることがわかってきた(第1章-8).自己免疫疾患の発症には遺伝素因に加えて環境要因が重要だが,腸内細菌叢のメタゲノム情報を用いた層別化の試みも進みつつある(第1章-2,4).遺伝素因と環境要因の統合的な理解は,疾患リスクの本態の理解につながると期待される.

これまで疾患コホート研究は各疾患の疫学的特徴の解明に大きな役割を果たしてきた.その疾患コホートに免疫の情報を加えることで,自己免疫疾患の理解が進展している.疾患コホートにトランスクリプトーム(第1章-5),免疫担当細胞サブセット(第1章-6),細胞代謝・ミトコンドリア情報(第1章-7)を組合わせることで,病態の理解や層別化が進展しつつある.

2.自己免疫疾患の基盤となるコンポーネントの解明

ここまで述べたマルチオミクス解析アプローチは,自己免疫疾患全体において重要な経路のピックアップに有用である.しかしながら個別の経路の理解には,複雑な免疫応答プロセスの基盤となる個々のコンポーネントの理解が必須である.

自己免疫疾患は免疫寛容の破綻という観点から理解されるが,胸腺での中枢性免疫寛容を担う分子や細胞が明らかとなってきた(第2章-1).また末梢性免疫寛容を担う主要なプレーヤーである制御性T細胞については,エピゲノム制御機構や,さまざまな亜群が明らかとなりつつある(第2章-2,4).また免疫応答を抑制するチェックポイントの重要性は,チェックポイント阻害薬後の自己免疫疾患の発症が示している(第2章-3).そして自己免疫疾患では自己抗体が産生されることが多く,follicular helper T細胞,peripheral helper T細胞とB細胞の相互作用の理解は重要である(第2章-5,6,7).抗原特異的B細胞を活性化する新たなメカニズムとして,MHCクラスⅡ上に提示されるミスフォールドタンパク質が報告されている(第2章-12).またマクロファージやinnate lymphoid cellが臓器炎症や線維化の基盤であるという知見は,新たな角度の治療法の開発につながる可能性がある(第2章-9,10).神経による血管の制御も臓器の免疫応答の重要な制御機構であることがわかってきており,臓器連関が明らかになりつつある(第2章-8).それらの自己免疫応答のなかで,IRF5は多くの自己免疫疾患の遺伝素因と関連する自然免疫のトリガーとして注目されている(第2章-11).

3.自己免疫疾患の特異的病態経路

一部の自己免疫疾患では重要性の高い特異的な病態経路が報告され,そのことでより普遍的な免疫系の理解が進んでいる.単一遺伝子疾患の原因遺伝子の解析は,その疾患の病態解明だけでなく,より頻度の高い炎症性疾患の病態解明につながる可能性がある(第3章-1,3).Ⅰ型インターフェロンは複数の自己免疫疾患の発症への関与が想定され,産生経路や細胞の同定が進んできている(第3章-2,3).免疫担当細胞における体細胞変異によるVEXAS症候群の報告は,免疫疾患の新たな発症機序の可能性を明らかにした(第3章-4).関節リウマチにおけるシトルリン化,全身性エリテマトーデスにおけるNET産生については,臨床的な重要性は明らかとなっているが,より詳細なメカニズムの解明が疾患層別化につながりつつある(第3章-5,6).皮膚免疫疾患では新規治療の臨床試験により,疾患ごとに重要なサイトカイン軸が同定され,急速に臨床と研究が進歩している(第3章-7).今後の病態経路解明には,網羅的な自己抗体測定法やイメージング解析などの新たな手法の進歩も重要になると考えられる(第3章-8,9).

おわりに

ここまで見てきたように,免疫研究の展開により自己免疫疾患の病態解明が進んでおり,治療や層別化などの臨床への還元が期待される.本特集では各領域のトップの先生方に,企画の段階でイメージした内容をはるかに上回る素晴らしい原稿を執筆いただき,今後の自己免疫疾患の臨床と研究の基盤となる増刊号を完成することができたと感じている.貴重なお時間を割いてご執筆いただいた先生方と羊土社の担当の方々に心から感謝申し上げたい.

著者プロフィール

藤尾圭志:1995年東京大学医学部医学科卒業.ʼ98年東京大学大学院入学.2001年日本学術振興会特別研究員.ʼ06年東京大学病院アレルギー・リウマチ内科助教.ʼ17年東京大学大学院医学系研究科内科学専攻アレルギー・リウマチ学教授.リウマチ膠原病の免疫病態を解明し,疾患の層別化や適切な治療選択につなげることをめざして,診療と研究を行っている.臨床免疫研究は臨床そのものであることを実感している.

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