実験医学増刊:いま新薬で加速する神経変性疾患研究〜異常タンパク質の構造、凝集のしくみから根本治療の真の標的に迫る
実験医学増刊 Vol.41 No.12

いま新薬で加速する神経変性疾患研究

異常タンパク質の構造、凝集のしくみから根本治療の真の標的に迫る

  • 小野賢二郎/編
  • 2023年07月20日発行
  • B5判
  • 226ページ
  • ISBN 978-4-7581-0412-8
  • 定価:6,160円(本体5,600円+税)
  • 在庫:あり
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概 論

タンパク質構造と凝集にもとづく神経変性疾患の新たな理解

小野賢二郎
(金沢大学医薬保健研究域医学系脳神経内科学)

アルツハイマー病やパーキンソン病をはじめとする神経変性疾患は,タンパク質の異常構造と凝集に伴って生じる「misfolding病」としての理解が深まりつつある.すなわち,細胞内外において病因タンパク質が構造転換し凝集していく過程を経て最終的に神経細胞死そして疾患の発症に至ると考えられている.このタンパク質構造と凝集体を標的にした新規治療薬の開発研究は精力的に進められており,実際にアルツハイマー病においては抗体療法がいよいよ現実味を帯びてきている.本増刊号では近年新たな展開を見せている神経変性疾患の基礎,臨床,そしてコホート研究の最新の成果を紹介したい.

[略語]

AD:
Alzheimer’s disease(アルツハイマー病)
Aβ:
amyloid β-protein(アミロイドβタンパク質)
αSyn:
α-syunuclein(α-シヌクレイン)
ALS:
amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)
ARIA:
amyloid-related imaging abnormalities(アミロイド関連画像異常)
FTD:
frontotemporal dementia(前頭側頭型認知症)
iPSCs:
induced pluripotent stem cells(人工多能性幹細胞)
LLPS:
liquid‒liquid phase separation(液-液相分離)
SCD:
spinocerebellar degeneration(脊髄小脳変性症)
TDP-43:
transactive response DNA-binding protein of 43 kDa

はじめに

神経変性疾患の研究・治療においてここ半年で最もインパクトの強いニュースは何だったか,と聞かれたとき,私だけでなく,読者のなかでも,アルツハイマー病(Alzheimer’s disease,AD)の新規治療薬に関する話題をあげる方もいるのではないかと思う.2022年,抗アミロイドβ(amyloid β-protein,Aβ)プロトフィブリル抗体「レカネマブ」の早期AD患者対象の臨床第3相試験において主要評価項目が達成されたとの報告は,われわれ神経変性疾患の研究領域においても大きなニュースであった.このレカネマブは米国で,2021年6月の「アデュカヌマブ」の条件付き承認に続いて2023年1月に承認され,本邦でも同時期に承認申請されたことは記憶に新しいところである.これを契機として,タンパク質の構造と神経変性疾患の関連についてはさらに注目が集まっており,また,それに付随する機序の解明をめざした研究もさかんに行われている.そのようななか,タンパク質構造と神経変性疾患のトピックについて包括的な理解を深めるための書籍が求められていることを痛感した.そこでこのたび,「いま新薬で加速する神経変性疾患研究」と題した実験医学増刊号を企画した.本概論では,本研究領域の基礎知識や最新動向を概説するとともに,書籍の概要について紹介する().

神経変性疾患とは,それぞれ特有の領域の神経系統が侵され,神経細胞を中心とするさまざまな退行性変化を呈する疾患群である.臨床的には潜在的に発症し,緩徐だが常に進行する神経症状を呈し,血管障害,感染,中毒などのような明らかな原因がつかめない一群の疾患を指してきた.AD,パーキンソン病(Parkinson’s disease,PD),筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis,ALS),脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration,SCD)などがこの疾患群に属する.それぞれ特有の領域の神経系統が侵され,その領域によって認知能力が低下してしまう,スムーズな運動ができなくなる,体のバランスがとりにくくなる,筋力が低下してしまうなどの症状が生じる.具体的な疾患としては,

  1. 主に認知機能が障害されてしまう疾患:AD,レビー小体型認知症,前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia,FTD)など
  2. 主にスムーズな運動ができなくなる疾患:PD,パーキンソン症候群(多系統萎縮症,進行性核上性麻痺など)など
  3. 主に筋力が低下,萎縮する疾患:ALSなど
  4. 主に体のバランスが取りにくくなる疾患:SCDなど

があげられる.神経変性疾患がどのような機序で,なぜ特定の人に起きるのか,病態のはじまりはいつなのかも含めてあまりよくわかっていないが,高齢者に発病しやすい傾向があることから,加齢そのものがリスクであると考えられている.しかし,詳細は不明であり,研究対象としても重要なテーマである.

神経変性疾患の一部はアミロイド(様)タンパク質の凝集を特徴とする「misfolding病」と捉えられる.アミロイドは凝集することによって細胞毒性を示し,神経変性を誘発する.これまでにADにかかわるAβとタウ,パーキンソン病やレビー小体型認知症にかかわるα-シヌクレイン(α-syunuclein,αSyn),ALSやFTDにかかわる核タンパク質のTDP-43(transactive response DNA-binding protein of 43 kDa)など50 種類以上が知られている1)

タンパク質凝集という観点に絞って神経変性疾患研究の歴史をふり返ると,1906年にアロイス・アルツハイマー教授によって報告された,ADにおける老人斑,神経原線維変化をはじめとして,それぞれの疾患の剖検脳において観察される異常構造体については多くの神経病理学者らによって精力的に解析,発表されてきた.しかしこれらの分子的な実態については長らく不明であった.1980年代半ばから2000年代にかけ,これらの異常構造体と分子病態の理解が一気に進んだ.特にAD患者脳の生化学的な解析が行われ,まず老人斑の構成成分がAβであることが見出された.また患者脳から精製された画分に対する抗体を作出する手法を用いて,本邦の井原康夫らによりタウが神経原線維変化の主要構成成分であることが明らかとなった2).一方,1990年代から精力的に進められた家族性ADをはじめとする遺伝性疾患の解析により,Aβの前駆体タンパク質をコードする遺伝子上に点突然変異が見出され,Aβは生理的条件下でも脳内で産生されていること,さらにその遺伝子変異がAβ産生亢進や凝集促進をもたらすこと,Aβのなかでも凝集性の高いAβ42が最初期病変であることも明らかとなり,タンパク質の異常凝集と神経変性疾患の発症メカニズムが連関するものとして研究されることとなった3).この考え方を裏付けるように,家族性PDの原因遺伝子としてαSynが同定され,レビー小体の主要構成成分であることが示された3)4).またタウについても,その後家族性FTDの原因遺伝子として同定され,やはりその遺伝子変異がタウの凝集性を高めることが明らかとなった.そして,FTDやALSの剖検脳において残存した運動ニューロン細胞質に認める不溶化凝集体(封⼊体)の構成成分がRNA結合タンパク質のTDP-43であることも報告された5)6).脊髄小脳変性症も鑑別診断が困難な疾患群として長く認識されていたが,原因遺伝子とその変異が同定され,的確な診断が可能となった7).すなわち,各疾患を病理学的に特徴づける異常構造物を構成するタンパク質の異常凝集と蓄積が,神経変性疾患発症の重要な病態であるという概念の確立に至り,Aβ,タウ,αSyn,TDP-43を分子標的とした創薬研究が精力的に続けられている3)8)

1.タンパク質構造と病態(第1章)

まず第1章では,冒頭でも述べた本増刊号のポイントでもある「構造」と病態についての話題を紹介する.第1章-1では,細胞内タンパク質凝集体の異常構造の伝播,特に細胞間伝播について最新の知見を紹介いただいた.この章で記載されている伝播メカニズムやシード依存的な凝集体形成のメカニズムはほとんど明らかになっていないが,第1章-2では,アミロイドタンパク質の凝集過程を例として,核形成と線維伸長過程の位置づけとそれぞれを制御する分子群について紹介いただいた.特に核形成過程の解析は病態解明や創薬探索において注目されており,核形成を促進(共凝集)する異種アミロイド,核酸,低分子化合物などの制御分子群について紹介いただいた.筆者は,本増刊号の執筆者でもある村上,中山らと2023年度,科学研究費学術変革領域研究(B)「メタアグリゲートの超分子挙動と動的キャプチャー(メタアグリゲート)」の採択を受け,この共凝集体“メタアグリゲート”の研究に力を入れていく予定である9).また,第1章-1でも述べられているように,プリオンにみられる構造伝播・細胞間伝播の病態仮説は,ADやPDをはじめとする神経変性疾患の病態タンパク質においても同様に認められるという実験的証拠が次々と示されており,第1章-3では,異常タンパク質伝播を司る細胞内物質輸送メンブレントラフィックの観点から,異常タンパク質伝播の分子機構について紹介いただいた.そして,われわれ脳神経内科医にとって非常に重要な神経変性疾患であるALSは運動ニューロンの喪失を特徴とするが,運動ニューロン細胞質で認める凝集体の構成成分としてTDP-43やFUS,C9orf72遺伝⼦変異によるジペプチドリピートなどのタンパク質があり,これらは液-液相分離(liquid‒liquid phase separation,LLPS)とよばれる物理現象と関わっている.第1章-4では,このALS病態に関連したLLPSの⽣理的な役割と,凝集体が引き起こす病態について説明いただいた.さらには,神経変性疾患における異常蓄積タンパク質の形態学的アプローチとしていま,最もホットな2つの手法,すなわち,クライオ電子顕微鏡,高速原子間力顕微鏡を用いた解析についてこの分野で世界の最先端を走る先生方にご紹介いただいた(第1章-5,6).

2.凝集体を形成するタンパク質の最新トピック(第2章)

第2章では,代表的な神経変性疾患の病態タンパク質の最新のトピックを集めた.Aβに関しては前述の臨床試験の結果報告にもとづいて,アミロイド仮説が再度盛り上がりを見せている.第2章-1ではレカネマブの重要標的であるAβのプロトフィブリルを含むオリゴマーを中心に紹介した.第2章-2ではタウに焦点を当てた治療的アプローチに関して,第2章-3ではαSynの凝集体の病的意義とその臨床的応用について,第2章-4,5ではそれぞれ,TDP-43とポリグルタミンの凝集体の病的意義とそれにもとづく治療戦略に関して紹介いただいた.

3.凝集体の蓄積・クリアランスにかかわる話題(第3章)

第3章はさらに踏み込んで,タンパク質凝集体の蓄積・クリアランスの機序に関する話題である.最も代表的な機序であるミクログリアによる異常タンパク質凝集体の貪食機構については,第3章-1で紹介いただいた.また,細胞は不要になったオルガネラをオートファジーによって適切に分解することで恒常性を維持しており,その破綻は神経変性疾患の発症に関連するが,実にさまざまなオルガネラがオートファジーで分解されることが明らかになっている.オルガネラ分解の主要な経路である「選択的オートファジー」の機能障害と神経変性疾患の関係について第3章-2で紹介いただいた.第3章-3では,脳の老廃物を処理する,脳内の“リンパ系”であるglymphatic systemとintramural periarterial drainage(IPAD)について紹介いただく.前述のAβ免疫療法では,アミロイド関連画像異常(amyloid-related imaging abnormalities,ARIA)とよばれる脳浮腫(ARIA-E, edema)もしくは脳出血(ARIA-H, hemorrhage)が一定の頻度で認められるが,このARIAの発生にこの排泄機序および脳アミロイドアンギオパチーが関係していると考えられている.実際,レカネマブの臨床第3相試験においても,レカネマブ投与患者の10%以上でARIAが認められ,脳梗塞を発症し,その治療のために静注血栓溶解療法を施行された直後に死亡したという一例も報告されており,Aβ免疫療法の副作用を抑える意味でもこのクリアランスの促進方法の開発が求められている.第3章-4では,TDP-43などの細胞内線維形成にかかわる“gain of function”としてのlow-complexity domain(LCD)について,第3章-5では,ADの病態機序としてAβ,タウとともに重要な炎症,特に異常タンパク質凝集とミクログリアなどのグリア細胞の活性化を中心とした炎症応答に関して紹介いただいた.また,細胞間情報伝達に重要なエクソソームをはじめとする細胞外分泌小胞は,神経変性疾患の発症に関与し,バイオマーカーとしても注目されている.この細胞外分泌小胞の産生経路や神経疾患との関連について第3章-6で解説いただいた.そして,第3章-7では,神経変性疾患の基礎研究では非常に重要な位置づけである,動物モデルについて,特にADモデルを中心に紹介いただく.もう1つ,研究手法としては人工多能性幹細胞(induced pluripotent stem cells,iPSCs)があげられる.神経変性疾患患者から作製した神経系細胞を⽤いて,病理学的な特徴である病態タンパク質の蓄積と神経細胞死を再現することが可能なのだろうか? 第3章-8では,iPS細胞技術を⽤いた神経変性疾患に着⽬した研究とiPSCs研究の成果とそこから⾒出された神経変性疾患治療薬候補の現状について概説していただいた.

4.治療法の現状と展望(第4章)

そして,いよいよ第4章では治療法の現状と展望に進む.前述のようにミスフォールディングにより異常凝集したタンパク質が,⻑らく根本治療薬が存在しなかった神経変性疾患の発症要因となることが判明したが,その後の根本治療薬の開発も一筋縄とはいかなった.そのなかで,ようやくタンパク質の異常凝集体をターゲットとした抗体医薬に光が射してきた.第4章-1では,ADやPDの抗体療法の現状について解説いただいた.そして,第4章-2では,病態タンパク質の凝集抑制,特にオリゴマー形成阻害作用を有する低分子化合物について紹介いただいた.第4章-3,4では,神経変性疾患の治療として最近急速な研究の進歩を見せている核酸医薬,遺伝子治療について,第4章-5では,ADに対する新たなアプローチとして低出力パルス波超音波の応用に関して紹介いただいた.

5.コホート研究・先制医療(第5章)

最後にコホート研究・先制医療である.第5章-1で,疾患修飾薬の投与による認知症発症の抑制・予防の対象として有望視されている発症前段階を対象としたトライアルレディコホート研究,第5章-2では,石川県七尾市中島町において認知症の疫学研究(石川健康長寿プロジェクト)で得られた認知症の実態や食事・運動や生活習慣病との関連について紹介いただき,第5章-3では,神経変性疾患の本質に迫るために欠かせない病理学的研究を進めるためのブレインバンクについて,第5章-4では,今後の疾患修飾療法登場に備えて開発が期待される血液バイオマーカーによるADの早期診断について,第5章-5では,同じく今後の神経変性の診療において重要な位置付けを占めると思われるPETトレーサー開発の最新知見について紹介いただいた.

おわりに

前述のように,今回,タンパク質構造と疾患のトピックに関して包括的に理解を深めていくために全国的に第一線で活動されている先生方から熱のこもった,そして最新の知見も盛り込んだ力作をいただいた.現時点での神経変性疾患の病態タンパク質研究の現況がわかるだけでなく,日本の研究者が世界に冠たる業績をあげていることを改めて認識するとともに,本増刊号を編集できた幸せをかみしめている.一方,多くの患者さんを抱えているこの神経変性疾患はまだまだ一筋縄では根本的治療法開発とはいかないことも実感いただけると思う.このようにタンパク質凝集1つをとってもさまざまな病態が複雑にかかわる神経変性疾患は,1つの治療法だけではすんなり解決できない疾患ではあるが,それぞれの病態パーツをよりつなげるキー分子の新知見が今後明らかになっていけば,レカネマブ,アデュカヌマブに続き,新たな根治的治療薬やバイオマーカーが見えてくるのではないだろうか? 近い将来,このブレークスルーが生まれ,国内外の学会会場で読者の皆様と喜びを分かち合えることを願ってやまない.

文献

  • Iadanza MG, et al:Nat Rev Mol Cell Biol, 19:755-773, doi:10.1038/s41580-018-0060-8(2018)
  • Nukina N & Ihara Y:J Biochem, 99:1541-1544, doi:10.1093/oxfordjournals.jbchem.a135625(1986)
  • 富田泰輔:実験医学, 37:860-865(2019)
  • Baba M, et al:Am J Pathol, 152:879-884(1998)
  • Arai T, et al:Biochem Biophys Res Commun, 351:602-611, doi:10.1016/j.bbrc.2006.10.093(2006)
  • Neumann M, et al:Science, 314:130-133, doi:10.1126/science.1134108(2006)
  • 山田光則:信州医学雑誌, 65:249-257, doi:10.11441/shinshumedj.65.249(2017)
  • Soto C & Pritzkow S:Nat Neurosci, 21:1332-1340, doi:10.1038/s41593-018-0235-9(2018)
  • Murakami K & Ono K:FASEB J, 36:e22493, doi:10.1096/fj.202200235R(2022)

<著者プロフィール>

小野賢二郎:金沢大学医薬保健研究域医学系脳神経内科学 教授.1997年,昭和大学医学部卒業.2002年,金沢大学大学院医学系研究科博士課程 修了.’07年,カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)神経学 博士研究員.’11年,金沢大学附属病院神経内科 講師(医局長).’15年,昭和大学医学部内科学講座脳神経内科学部門 教授(診療科長).専門分野は脳神経内科学(特にアルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症,パーキンソン病など),神経化学(タンパク質化学).

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