実験医学増刊:脳と体をつなぐ要 グリア細胞と疾患〜可視化と脳情報デコーディングでその多様性と病態変化を理解し、治療をめざす
実験医学増刊 Vol.43 No.10

脳と体をつなぐ要 グリア細胞と疾患

可視化と脳情報デコーディングでその多様性と病態変化を理解し、治療をめざす

  • 岡部繁男,小泉修一,津田 誠/編
  • 2025年06月05日発行
  • B5判
  • 232ページ
  • ISBN 978-4-7581-0427-2
  • 6,160(本体5,600円+税)
  • 在庫:あり
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序にかえて

グリア細胞の多様性と機能の本質に迫る

岡部繁男
(東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学分野/理化学研究所脳神経科学研究センター)

はじめに

グリア細胞の研究は10年前と比較して大きな進歩を見せている.これまで明らかになっていなかったグリア細胞の多様性,新しい機能,病気との関連が次々と明らかになり,関連する論文数も増加し,従来のグリア細胞に対するコンセプトが大きく転換しつつある(図1).本増刊号は,こうしたグリア細胞研究の面白さを伝えるために,最先端の研究を展開している研究者の皆様に執筆を依頼し,研究の現状をバランスよく伝えたいと考えて企画した.以下で筆者が特に重要と考えるグリア細胞の研究の進歩について簡単に説明したい.

グリア細胞の細胞内シグナルの意味の理解

グリア細胞の研究は神経細胞の研究と同じような長い歴史をもっているが,神経細胞と比較するとその形態や機能の詳細が明らかになってきたのは比較的最近のことである.このような時間的なズレにはいくつかの理由があるが,理由の一つとして近年になってカルシウムイメージングなどの細胞内のシグナル動態を直接見ることが可能になった点があげられる.神経細胞は電気的に興奮するので機能を測定しやすい.これに対してグリア細胞は電気的には活動しないので,神経細胞の保護といった受動的な機能しか想定されてこなかった.しかし多くのグリア細胞が活発なカルシウム動態を示すことがわかり,グリアの積極的な機能が捉えられつつある.またグリア細胞は当然ながら脳内では神経細胞のネットワークと密接に関連しており,むしろ神経回路を主導する形で機能するケースも見つかっている.このようなグリアを起点とした脳内情報処理の意義は今後も理解が進むことであろう1)

脳と身体環境のインターフェースとしての役割の理解(第1章)

グリア細胞は神経回路と末梢臓器の間をつなぐインターフェースとしての機能をもっている.このような機能は生体機能の調節において重要な役割を果たす.例えば睡眠の制御が実はグリア細胞のカルシウムシグナルにも依存しているといった予想外の事実も最近明らかになった.身体環境が脳に影響し,逆に脳機能が身体をコントロールする際の要となるのがグリア細胞である,という点もグリア研究において重要なポイントである2)3)

グリア細胞の多様性の発見(第2章)

グリア細胞は単純にアストロサイト,オリゴデンドロサイト,ミクログリアの3種類に分類されてきたが,実際にはそれぞれのグリア細胞種がさらにサブタイプに分類できること,また同じ脳領域に存在するグリア細胞でもどの層に存在するかでその遺伝子発現や形態が異なることが示されつつある.さらに動物種が異なるとグリア細胞の形態が全く異なることも報告されている.神経細胞も遺伝子発現パターンの解析によって従来の分類よりもさらに細分化されたが,グリア細胞の場合には病気によってその性質が大きく変化することも知られており,その多様性はより複雑である.空間的,時間的な多様性と病態による変化を組合わせて個々のグリア細胞の機能を捉える研究が進展しつつある4)5)

個体レベルでの機能の読み出しと操作技術の進歩(第4章)

従来のグリア研究で大きな障壁となっていたのが,グリア細胞は脳からとり出すことでその形態や機能が大きく変化してしまい,脳内の細胞とは違う性質の細胞を研究しているのではないか,という問題だった.近年,個体レベルでのイメージング技術が進歩して,低侵襲でグリア細胞の形態や機能を直接読み出す(デコーディング)ことが可能になっている.さらに光遺伝学や化学遺伝学の方法論をグリア細胞にも適用することで,グリア細胞のカルシウムシグナルを制御して,その脳機能への影響を個体レベルで解析することも可能になった.神経細胞の発火とグリア細胞のシグナル活性化を同時に観察し操作することも可能になり,こうした研究からさらに新しいグリア機能が発見されることが期待される.またこのような個体レベルでの実験は脳と末梢臓器の機能的な関連を解析するうえでも必須の要素となっている6)

疾患におけるグリアの重要性(第3章)

精神・神経疾患においても神経細胞だけでなく,グリア細胞の機能の障害との関連を示す論文が次々と発表されている.自閉スペクトラム症や統合失調症に関連する遺伝子のなかにはグリア機能に関連するものが存在し,アルツハイマー型認知症においてもリスクとなる遺伝子のなかにグリア関連のものが多く存在する.多発性硬化症はもちろんのこと,てんかん,慢性疼痛,緑内障といった疾患とグリア細胞の関連についても研究が進展しつつある.また疾患の研究においてはヒトのグリア細胞の機能と病態を解析することが重要であり,ヒトの脳サンプルやヒトiPS細胞,さらにオルガノイドを用いたグリア研究にも注目が集まっている7)8)

グリア集団の網羅的解析の進展(第4章)

生物研究の最近の流れとして,それぞれの組織を構成する細胞の網羅的な解析を元にした臓器機能の研究から大きな発見が生まれている.グリア細胞の研究においても1細胞RNAシークエンスや空間トランスクリプトミクスなどの手法を用いた網羅的遺伝子発現解析が進展している.脳の場合には神経細胞が複雑な回路を形成することから,グリア細胞のデータも神経回路のマップと統合する必要がある.神経細胞のコネクトームに,さらにグリア細胞のデータを統合した「神経細胞・グリア統合コネクトーム」を構築して,統合的な脳機能の理解へとつなげることが今後は重要であろう9)10)

おわりに

急速に展開しつつあるグリア研究だが,一方で仮説が先行し,それを裏付けるデータの蓄積が求められるテーマも存在する.グリアの研究分野が成熟していく過程で,魅力的な仮説が多く提案され,それが実験的な証拠に裏付けされて確固とした事実として定着していく,という過程がくり返されてきた(図2).このような仮説の提案とその検証には長い時間がかかる.この特集号を読んだ若い読者がグリア細胞に魅力を感じて研究に参加し,本分野の発展に貢献していただければ何よりである.

文献

  • Ahrens MB, et al:Cold Spring Harb Perspect Biol, 16:doi:10.1101/cshperspect.a041353(2024)
  • Nampoothiri S, et al:Nat Metab, 4:813-825, doi:10.1038/s42255-022-00610-z(2022)
  • Ma C, et al:Nat Neurosci, 27:249-258, doi:10.1038/s41593-023-01548-5(2024)
  • Escartin C, et al:Nat Neurosci, 24:312-325, doi:10.1038/s41593-020-00783-4(2021)
  • Paolicelli RC, et al:Neuron, 110:3458-3483, doi:10.1016/j.neuron.2022.10.020(2022)
  • Zhao S, et al:Trends Neurosci, 47:181-194, doi:10.1016/j.tins.2023.12.003(2024)
  • Weiner HL:Nat Rev Neurol, 21:67-85, doi:10.1038/s41582-024-01046-7(2025)
  • Lukens JR & Eyo UB:Annu Rev Neurosci, 45:425-445, doi:10.1146/annurev-neuro-110920-023056(2022)
  • Williamson MR, et al:Nature, 637:478-486, doi:10.1038/s41586-024-08170-w(2025)
  • Murphy-Royal C, et al:Nat Neurosci, 26:1848-1856, doi:10.1038/s41593-023-01448-8(2023)

<著者プロフィール>

岡部繁男:東京大学医学部卒業,アメリカのNIHへ留学,その後つくばの生命工学工業技術研究所,東京医科歯科大学を経て現職.現在の研究対象はシナプスの発達,リモデリング,グリアによる神経回路の制御,精神疾患における神経回路の障害機構など.2光子顕微鏡,超解像顕微鏡など,光学顕微鏡をうまく使って脳内での神経シナプスとグリア細胞機能を読み出すこと,さらにイメージングで得られた情報を定量的に解析し,再現性のある結果を導くことが重要と考えて研究を行っている.

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脳と体をつなぐ要 グリア細胞と疾患

可視化と脳情報デコーディングでその多様性と病態変化を理解し、治療をめざす

  • 岡部繁男,小泉修一,津田 誠/編
  • 6,160(本体5,600円+税)
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