概 論
腸内環境に基づいた食による生体頑強性の強化
腸内細菌叢は消化や栄養吸収にとどまらず,代謝恒常性,免疫応答,神経機能,老化や精神状態にまで影響を与える「もう一つの臓器」として注目される.腸内細菌叢のバランスは食事や生活習慣,加齢により可塑的に変化し,その乱れ(ディスバイオーシス)は肥満,糖尿病,炎症性疾患,自己免疫疾患,神経変性疾患などと関連する.食物繊維は有益菌を増やし短鎖脂肪酸を介して免疫や代謝を調節する一方,高脂肪・高糖質食は腸内細菌の多様性を低下させ慢性炎症を引き起こすなど食品や栄養が腸内細菌叢に与える影響は大きい.また宿主における腸-臓器連関や腸内代謝物によるシグナル伝達は健康維持や疾病予防に不可欠であり,個別化栄養やバイオティクスの応用は次世代型ヘルスケアの基盤となる.
はじめに
「医食同源」という言葉は,食が単なる栄養摂取の手段ではなく,健康維持や疾病予防と深くかかわってきたことを端的に示している.古来より,経験的に食材や調理法が心身に与える影響は理解されてきたが,21世紀に入り,オミクス解析技術やシステム生物学の進展により,食と健康の関係は分子レベルで科学的に解明されつつある1)2).メタゲノム解析,トランスクリプトーム解析,メタボローム解析などの統合的解析により,個々の栄養素や食材が腸内細菌叢に与える影響や,宿主の代謝・免疫・神経機能に及ぼす効果が具体的に示されつつある.特に腸内細菌叢(マイクロバイオータ)は,消化・栄養吸収のみならず,代謝恒常性,免疫応答,神経活動,さらには老化や精神状態にまで影響を及ぼす「もう一つの臓器」として注目されている2)〜4).腸内細菌叢の破綻(ディスバイオーシス)は,肥満,糖尿病,動脈硬化,アレルギー疾患,炎症性腸疾患,自己免疫疾患,うつ病やパーキンソン病などの神経変性疾患に至るまで,多様な病態と関連することが明らかになってきた.さらに近年の研究では,腸内細菌叢の偏りががん,心血管疾患,認知症リスクにも関与する可能性が示唆され,腸内細菌叢を介した全身性健康への影響はきわめて広範である5)〜7)(図1).
近年の人口高齢化,感染症パンデミック,生活習慣病増加などの社会的背景により,医療システムは「治療」から「予防・健康増進」へと舵を切りつつある8)9).そのなかで,腸内細菌叢を標的とした「食による生体頑強性の強化」は,疾患リスクの低減や健康寿命延伸の戦略として重要性を増しており,科学的根拠に基づく食介入は医療費削減や生活の質向上にも直結することが期待される.ここでいう「生体頑強性」とは食がつくる栄養シグナルによって体の恒常性が保たれる強さのことで,健康維持や予防医学を進めるうえで重要である.本概論では,腸内細菌叢の基盤と多様性,食と腸内細菌叢の相互作用,腸-臓器連関と代謝・シグナル伝達,個別化栄養とバイオティクスの応用,そして課題と展望という4つの視点から,「腸内環境に基づく食による生体頑強性の強化」の可能性を総合的に論じる.
腸内細菌叢の基盤と多様性
ヒト腸内には1,000種類以上,総数で100兆個を超える微生物が共生し,総遺伝子数はヒトゲノムの約100倍に相当する1)2).腸内細菌叢は出生時から形成され,母乳栄養,離乳食の導入,生活習慣,抗生物質使用などにより変動する.成人期以降も食事内容,ストレス,薬剤に応じて可塑的に変化し,老化とともに再び大きく変動することが知られている.腸内細菌叢は健康維持に重要な「共生バランス」を形成しており,このバランスの破綻は肥満や糖尿病,炎症性疾患,さらには精神疾患にも直結する.出生時の分娩様式は腸内細菌叢形成に影響し,経膣分娩児は母親の膣由来細菌を主に獲得するのに対し,帝王切開児は皮膚由来細菌が優勢となり初期免疫発達に差が生じる2)3).母乳中のオリゴ糖はプレバイオティクスとして機能し,ビフィズス菌を増殖させ腸内環境の恒常性を支持する.離乳期の食事導入は長期的な腸内細菌叢の安定性や免疫発達に影響し,成人期の生活習慣病リスクにも関連する.さらに,早期の食生活や環境曝露が腸内細菌叢の成熟速度や多様性に影響し,慢性疾患リスクの早期予測にも活用できる可能性がある.一方,成人期以降においては,加齢に伴い腸内細菌叢の多様性は低下し,特定の有益菌群が減少することが知られており,さらにフレイルやサルコペニアの発症に関連する5)6).また,炎症促進菌の増加や腸管バリア機能低下も観察され,高齢期の腸内環境改善は健康寿命延伸においてきわめて重要である.近年のメタゲノム解析やシングルセル解析により,腸内細菌の種レベルの機能的役割や,代謝ネットワークにおける菌群間の相互作用が明らかになりつつあり,腸内細菌叢の機能的多様性が宿主健康に与える影響の理解が進んでいる1)2).これにより,腸内細菌叢を介した疾病予防や健康増進戦略の分子基盤が科学的に支持されるようになった.
食事と腸内細菌叢の相互作用[第1章][第2章]
食事は腸内細菌叢の構成と機能に直接的に影響する.食物繊維は宿主の消化酵素で分解されず大腸に到達し,腸内細菌によって発酵分解される.発酵により生成される短鎖脂肪酸(short-chain fatty acid:SCFA)は,エネルギー源としてだけでなく,宿主側受容体であるGPR41/43を介した腸管ホルモン分泌調節やインスリン感受性改善にも寄与する.さらに,酪酸は制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)を誘導し免疫寛容を促進する4)10)11).食物繊維の豊富な食事は腸内細菌叢の多様性を高め,炎症関連疾患リスクを低下させることが報告されている1)〜3).異なる種類の食物繊維が腸内細菌により異なる代謝物を生成することもわかっており,食材の組合わせによって多様な健康効果を引き出せる可能性がある.一方,高脂肪・高糖質食は腸内細菌叢の多様性を低下させ,腸管バリア機能を破綻させる.結果として,リポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)が血流に漏出し,慢性炎症状態を引き起こす8)9).飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸では腸内細菌に及ぼす影響が異なり,飽和脂肪酸は腸内細菌を介して宿主に悪影響をもたらす一方で,多価不飽和脂肪酸であるオメガ3脂肪酸などは炎症抑制に寄与することも明らかになっている10)12)13).さらに,食事由来のポリフェノールやフラボノイドは腸内細菌により代謝され,抗炎症作用や抗酸化作用をもつ活性分子として宿主に作用することが示されている.必須アミノ酸であるトリプトファンやチロシンは腸内細菌により代謝され,インドール誘導体やドーパミン前駆体を生成する.インドール誘導体はAhR(aryl hydrocarbon receptor)を介して腸上皮のバリア機能を強化し,抗炎症性サイトカイン産生を促進することが示されている4)14).このように腸内細菌叢は食事由来代謝物を介して宿主の健康状態に密接に寄与していることが明らかになりつつある(図2).したがって,これらは腸内細菌との相互作用を介した栄養戦略として,今後の食事指導や健康増進プログラムに応用可能である.
腸-臓器連関と代謝・シグナル伝達[第3章]
食による腸内細菌を介した宿主における作用発現機序についても分子レベルから臓器連関まで詳細な解析が進められている(図2).腸内細菌叢は門脈循環を介して肝臓に影響を及ぼす.二次胆汁酸はFXR(farnesoid X receptor)やTGR5(Takeda G protein-coupled receptor 5)を介して糖脂質代謝を調節し,代謝機能不全関連脂肪肝疾患/肝炎であるMAFLD(metabolic dysfunction associated steatotic liver disease)やMASH(metabolic dysfunction associated steatohepatitis)の病態形成に深く関与すると同時に,肝臓での代謝産物は再び腸内細菌叢に影響を与えることが報告されている12)13).この双方向性は「腸-肝軸」とよばれ,肝疾患の予防や治療における腸内細菌介入の可能性を示唆する.腸内細菌はγ-アミノ酪酸(gamma-amino butyric acid:GABA),セロトニン,ドーパミン前駆体などの神経伝達物質を生成し,迷走神経や免疫経路を介して脳機能に影響することが示され,臨床研究では特定プロバイオティクス投与による不安症状や認知機能改善の可能性が示唆されている5)6).さらに,腸内細菌叢はIgA産生や制御性T細胞誘導を通じて免疫恒常性を維持し,自己免疫疾患やアレルギーの発症抑制にも寄与する2)〜4).腸内細菌叢由来のTMAO(trimethylamine N-oxide)は動脈硬化リスクを増大させる一方,SCFAは血圧や骨密度維持に寄与することが報告されており,腸-骨格筋相関は老化によるサルコペニア予防の観点からも重要である1)2)8)9).腸内細菌由来代謝物は宿主の代謝,免疫,神経,心血管系を調節し,SCFAは短鎖脂肪酸受容体やヒストン脱アセチル化酵素(histone deacetylase:HDAC)阻害を介してエネルギー恒常性を維持し2)3),二次胆汁酸はFXR/TGR5シグナルで肝脂質代謝やインクレチンであるGLP-1(glucagon like peptide-1)分泌を調節する12)13).インドール誘導体や微生物由来ペプチドは免疫寛容を促進し炎症性疾患抑制に寄与する14).これにより腸内細菌叢と宿主間の多臓器連関は,健康維持と疾病予防のシステムとして理解されつつある.
個別化栄養,バイオティクス応用と未来展望[第4章]
腸内細菌叢を基盤としたヒトへの外挿および社会実装についても精力的に展開されている.血糖応答や代謝反応には個人差が大きく,腸内細菌叢や遺伝背景に依存する5)6).AIや機械学習を用いた腸内細菌叢と血糖変動の統合解析により,個別化栄養の設計が進められている.炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease:IBD),過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome:IBS),肥満,糖尿病などに対する臨床試験では,腸内細菌叢の改善による症状軽減が報告されている2)3).さらに,難消化性オリゴ糖や発酵食品によって有益菌を増殖させるプレバイオティクス,菌代謝産物などを直接投与するポストバイオティクスの手法も注目される12)13).合成生物学を用いた腸内細菌改変による機能性分子生産や,ポリフェノールやイソフラボンを高活性分子に変換する微生物応用も報告されており,次世代バイオティクスの開発は着実に進展している14).一方で,腸内細菌叢研究は多くが関連性の検証にとどまり,因果関係を明確にするには大規模縦断研究が必要である.腸内細菌叢は人種・食文化・生活習慣により大きく異なるため,普遍的介入法の確立は困難である.プロバイオティクスや腸内細菌移植の安全性や長期的影響は未解明であり,倫理的配慮や規制整備が求められる.社会的観点では,高齢化やパンデミック後の免疫強化ニーズに対応するため,腸内細菌叢を標的とした食介入は予防医療の重要な柱となり,そのためには産学官連携,食教育,バイオバンク活用が不可欠である.さらに,デジタルヘルスやAIを活用した個別化栄養,腸内細菌叢に基づく「食の処方箋」の実現,持続可能な食料供給との統合が今後の展望として期待される.これにより,疾病予防から健康増進までを一気通貫できる「腸内細菌叢介在型ヘルスケア」の可能性が予想される.
おわりに
腸内細菌叢を介した食と健康の関係は,分子栄養学,予防医学,臨床応用,社会実装を横断する学際的領域である.食事は腸内細菌叢を介して代謝と免疫を調節し,腸内代謝物は全身シグナルを通じて臓器連関を形成する.個別化栄養とバイオティクスの応用により,疾患予防から健康増進への医学のパラダイムシフトが進みつつあり,腸内細菌叢と食の科学は「頑強な生体」を実現する次世代型ヘルスケアの基盤を築くであろう.今後は,長期縦断研究,AI解析,産学官連携による統合的アプローチが,腸内環境を基盤とした健康戦略の精緻化と普及に不可欠である.
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著者プロフィール
木村郁夫:2001年京都大学薬学部卒業,’06年同大学薬学研究科博士課程修了,’06年千葉科学大学薬学部助手,’08年京都大学薬学研究科助教,’11年米国カリフォルニア大学サンディエゴ校医学部客員研究員,’13年東京農工大学農学研究院テニュアトラック特任准教授.’19年同大学教授.’20年より京都大学生命科学研究科(薬学部兼担)教授.研究室のwebサイト:https://www.biosystem.lif.kyoto-u.ac.jp/
