ストーリーで惹きつける科学プレゼンテーション法〜魅力的かつ論理的に自身の研究成果を伝える世界標準のフォーマット

ストーリーで惹きつける科学プレゼンテーション法

魅力的かつ論理的に自身の研究成果を伝える世界標準のフォーマット

  • 庫本高志/翻訳,BruceKirchoff/著,JonWagner/イラスト
  • 2023年09月26日発行
  • A5判
  • 223ページ
  • ISBN 978-4-7581-0855-3
  • 定価:3,960円(本体3,600円+税)
  • 在庫:あり
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第1章最も重要なこと:科学をストーリーで説明する

The greatest scientists are always artists as well.

訳:偉大な科学者は偉大な芸術家でもある.

Albert Einstein cited in Henderson, 1955

本書は,“科学” と “ストーリーを話す技法” についての本だ.よりどころとするのは,科学のプロセスとストーリーの構造との間にある共通性だ.本書を読めば,あなたは優れたコミュニケーターになるだろう.また,芸術的な面を活かして,あなたの研究について優れたストーリーを話せるようになるだろう.

物語は非現実的な作りものだが,芸術家の技能によって現実の出来事と関連づけられる.創造的なノンフィクションは,架空ではない.それは,科学の結果と同様,現実と強く結びついている.本書は創造的なノンフィクションだ.事実に基づく正確な散文を使って科学研究を記述し,ストーリーテラーの感性を使って事実を表現する.筆者である科学者は,1人のストーリーテラーであり,ストーリーテラーの先生でもある.科学者はストーリーテラーとしての経験を科学コミュニケーションにつなげる.コミュニケーションとは,意味がつくり出され共有されるプロセスである.そして,世界や他人に対する私たちの経験に形を与える(Craig and Yewman, 2014).研究を真剣に受け止めてもらいたいなら,優れたコミュニケーターになるよう学ぶ必要がある.この本はそのための本である.

科学のプロセスは物語と同じ構造をもっている.科学のプロセスのはじまりは,科学者が既存の知識のもとで,何か問題をみつけるときにはじまる.科学者は新しい仮説を立て,データを出し,データを解釈し,結論を導く.この過程は,大昔から物語が伝えられてきた方法と同じだ.物語では,あるキャラクターが属している世界の文脈のなかで重要な情報を紹介される(既存の知識).何かが起こり(相反するデータ),キャラクターは既存の知識に疑問をもち,ゴールを変える(新しい仮説).彼らは冒険に旅立ち(データ収集,仮説の検証),しばしば困難に出会う(問題,予期せぬ結果).ついに,彼らはゴールにたどり着き(結果),世界についての新しい知識を得る(結論と意義).新たに知識が統合され,既存の知識は変わる.このようなプロセスは再びくり返される.それは実験という劇場で演じられる古典的な物語で,学術雑誌に公表される.科学のプロセスはヒーローの旅である※1Campbell, 1949).さあ,科学研究の一例からはじめて,古典的な物語の構造と科学のプロセスがどのように合致するかを見てみよう.

コネティカット大学の海洋科学の教授であるピーター・ビッシャー(Pieter Visscher)らは,地球最古の生命に興味をもっていた.その生命とは,微生物の集団であり,空気中に酸素が出現するまで10億年以上にわたって存在していた.これらの微生物は炭酸カルシウムを分泌し,ストロマトライトとよばれる層状の石灰岩をつくっていた.これらが存在していたのは何十億年も前なので,どのようにして太陽からエネルギーを得ていたのか,正確にはわからなかった.酸素はなかったので,酸素発生型光合成を行うことはできなかったし,エネルギーを貯蔵して利用するための好気呼吸※2もできなかった.ビッシャーの研究チームは,化石化したストロマトライト中にヒ素をみつけた際に,ある仮説を立てた.それは,この古代の微生物は,さまざまな形態のヒ素を光合成の電子供与体と呼吸の電子受容体として使っていたかもしれない,という仮説である(Sforna et al., 2014).彼らは,この太古の微生物によく似た現在の微生物の集団も,酸素なしでヒ素を利用するのではと考えた.もしそうであれば,仮説に対する根拠を得ることになる.このアイデアを試すために,研究チームは高地アンデスの厳しい状況で生きているストロマトライトを探した.そして,アタカマ砂漠にある小さな川の深みに,明るい紫色の微生物マットをみつけ出した.それらは完全に酸素がないなかで生き延び,ストロマトライトを形成していた.研究チームによってみつけられた古代の化石が糸口となり,これらの微生物は2種類の異なったヒ素を使い,光合成と呼吸を行っていることがわかった(Visscher et al., 2020b).彼らの発見により,地球の最古の生命が酸素のない世界でどのように生き延びていたかの強力な証拠が得られた(Visscher et al., 2020a).この “科学研究のプロセス” と “古典的な物語” の構造の一致は驚くほどだ.

ビッシャーたちはストロマトライトの存在を知っていたなじみのある世界で研究を開始したが,ストロマトライトがどのようにエネルギーを得ていたかは知らなかった.酸素を使わない光合成メカニズムの知識に基づいて(既存の知識),彼らは化石を求めて研究の森に第一歩を踏み入れ,古代のストロマトライトの組成を調べた.

そして,研究チームはヒ素をみつけた(相反するデータ).これに基づいて,古代の微生物はヒ素を光合成時の電子供与体と呼吸時の電子受容体として利用していると推測した(新たな仮説).そして,現代化学の道具を使って,現存しているストロマトライトの化学的な性質を調査しなければならなかった.この微生物が光合成と呼吸にヒ素を使っているなら,この科学の冒険は研究チームの仮説に根拠をもたらすだろう.このアイデアを試すために,研究チームは高地アンデスの厳しい状況で暮らすストロマトライトを探した(データ収集,仮説の検証).そして,採取したサンプルを研究室にもち帰り,これらの微生物が異なる形態の2つのヒ素を利用していることを発見した(結果).研究チームは研究の森から新しい知識とともに帰還した(結論と意義).彼らの発見は,地球最古の生命に関する既存の知識を変えた.

ビッシャーと研究チーム,そして成果を公表する科学者にとって,科学とは世界を変えることに他ならない(Besley, 2020).私たちは自分たち自身の理解を豊かにするために科学する.私たちは結果を伝え,理解したことを世界と共有する.その結果が私たちにとって意義があるように,人々にその結果を共有することで,その結果の意義がさらに高まる.

ある大きな学会ではじめてのプレゼンテーションを終えた後,同じ研究分野の科学者の1人(読んだことのある論文の著者)が,自己紹介し,よいプレゼンテーションだったと発表者を称えた.口頭試験をパスし,博士論文に向き合い,そして卒業することは気分のよいものだが,このような誉め言葉からくる感謝の気持ちに勝るものはない.

科学者として,われわれは自然を研究することを学んできた.つまり,質問し,それに答えること,仮説やデータ,そして結果を生み出すことである.今や,私たちは,科学では解決することができない問題に直面している.社会はソーシャルメディア上でどんどん歪曲される.社会は私たちの仕事を真剣に受け止めない.真実に価値を置いているようには見えない.私たちは,真実が重要ではない世界にいる.そこでは集団のメンバーであることが真実より重要であるように見え,政治的な所属が真実をくつがえし,ソーシャルメディアが信念を操作するために利用される.真実が相対的というだけではなく,具体的な目標を提供するためにつくり出される時代なのだ.私たちはすぐに満足を求める社会にいる.人々は複雑な問題に対する即時的な答えを求め,世界がどのようにあるべきかという先入観に合致した答えを求める.知識は簡単に得られるものではなく,他の何よりも真実に近いものだと知る者,すなわち,科学者として,私たちは真実が重要ではない世界に生きる人々に知識を伝えることができる.この本はそのための方法を学ぶ本だ.真実のストーリーを語る方法についての本だ.

あなたが学生か研究者なら,本書を学ぶことで素晴らしいストーリーテラーになることができる.それがあなたをより素晴らしいコミュニケーターにさせるだろう.そして,人々はあなたの研究を理解する.必要なスキルは,科学のプロセスと,科学者の仕事の一部となっているコミュニケーションスキルの自然な成長だ.その練習の過程で,分析的な側面と芸術的な側面をあわせる機会をもつだろう.科学者は,研究を成し遂げるには芸術的,直感的な側面をシャットダウンしらければならないことが頻繁にあった.ある科学者が大学院を受験した際,志望校で面接を受けているときに質問をした.それは,人文学系や芸術系の学部で研究を続けられるかどうかというものだった.答えは絶対的なNoだった.その科学者の入学は認められず,もう決してその質問をできない.彼の質問は博士号を得るために要する仕事量について,ある種のバカ正直さから出たのだが,彼の特性のなかでも芸術的な部分にずっとつながっていたいという希望をあらわしたものでもある.研究の本当のストーリーを語ることができるように学ぶことは,このつながりを保つ1つの方法だ.マナイ・クルカニーハニス(Manasi Kulkarni-Khasnis)は,音楽への興味があったので,大学を卒業し学位を得た.

Every composition I made came with a neurological boost. My experiments started working, or, more accurately, the failures weighed upon me less.

I started to see each unexpected result as a new question to explore, rather than as a roadblock in my own work.

訳:私の作曲のすべては,神経の発火とともに現れたのです.実験が上手く機能しはじめました.いや,より正確には,失敗はあまり重荷になりませんでした.私は期待外れな結果を研究の障害物としてではなく,むしろ探求すべき新しい疑問として考えはじめました.

Kulkarni-Khasnis, 2018

ニック・グリフィス(Nick Griffiths)は, “科学” と “音楽を演奏すること” の類似性を指摘している.

Neither process is smooth. In science there are unexpected results, or no significant results at all, while in music there are technical difficulties that arise as fast as you can fix them. Also, they are both very solitary practices, though there are always colleagues and mentors around to help. But it’s only at the concert or conference that you, as a musician or scientist, finally share everything with the world.

訳:どんなプロセスもスムーズにはいかない.科学では,予期せぬ結果があり,重要な結果が全くないことがある.一方,音楽では,習得するとたちまち現れる技術的な難しさというものがある.同僚や指導者が常に寄り添って助けてくれるが,科学と音楽には非常に孤独な練習もある.しかし,1人の音楽家,1人の科学者として,あなたが最終的に世界とあらゆるものを共有できるのは,コンサートや学会においてのみだ.

Griffiths, 2015

後の章では,短い口頭発表やポスター発表で,科学を1つの物語として表現する方法を学ぶ.また,物語の基本的な構造を学ぶ.その構造がどれほどうまく科学のプロセスに合致するかを見る.この構造を使うことで,同僚や聴衆へよりうまく説明できるようになる.そのようなプレゼンテーションは,簡潔で,驚きがあり,具体的で,感情のこもった物語となっているはずだ(Heath and Heath, 2007).

この本を読めば,優れたコミュニケーターになれる.より明確で,大きな熱意をもって研究を発表できる.素晴らしい申請書を書き,素晴らしい論文を書き,素晴らしいプレゼンテーションができる.より明確で,大きな力をもったアイデアを発表できる.この本から多くのテクニックを学ぶことができる.それらはあなたのコミュニケーションスキルを高め,聴衆とあなたをつなげる.とはいえ,この本は本来,テクニックに関するだけのものではない.人間としてのあなたの潜在能力を広げるものだ.よいストーリーを語るための学びで,自分自身が1人の科学者だけではなく芸術家であることを発見するだろう.つまり,理解しやすく,社会にインパクトがある方法で研究を発表できる人であることを発見するだろう.この本は,科学者になるために,あなたがあきらめていた側面を再発見するための本だ.他の人々と密接につながる側面を再発見するための本だ.

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ストーリーで惹きつける科学プレゼンテーション法〜魅力的かつ論理的に自身の研究成果を伝える世界標準のフォーマット

ストーリーで惹きつける科学プレゼンテーション法

魅力的かつ論理的に自身の研究成果を伝える世界標準のフォーマット

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