薬学生のための微生物学と感染症の薬物治療学

薬学生のための微生物学と感染症の薬物治療学

  • 増澤俊幸/著
  • 2022年08月23日発行
  • B5判
  • 439ページ
  • ISBN 978-4-7581-0945-1
  • 定価:5,720円(本体5,200円+税)
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第Ⅲ部 病原微生物と薬物治療

第11章 細菌感染症

  • 代表的病原細菌の分類や細菌学的特徴について説明できる.
  • 代表的病原細菌の感染経路,引き起こす感染症の病態などについて説明できる.
  • 予防と主な抗菌薬による治療法について説明できる.
  • 代表的薬剤耐性菌の性質を説明できる.
表1

細菌は原核生物であり,DNAが核膜に覆われていない核様体として細胞質に存在する.また,ミトコンドリアやゴルジ体などの細胞小器官をもたないという特徴がある.細菌は,細胞壁構造の特徴からグラム陽性菌グラム陰性菌に分けられる.さらに,その形態で球菌,桿菌,らせん菌に分けられる.細菌は原核生物であるため,感染宿主であるヒトの細胞とはその構造や代謝などが異なる.このため,細菌に選択毒性を示す多くの抗菌薬が見出された.抗菌薬を用いた感染症の治療には,起因病原体の抗菌薬に対する感受性ももちろん重要であるが,起因菌の感染部位,感染組織における抗菌薬の薬物動態の理解も重要である.また,ある1つの起因病原体に対して有効な抗菌薬の候補が複数あることもよくある.この場合は,どの抗菌薬を選択するかは,年齢や性別,妊娠の可能性など複数のファクターを勘案して,最適な薬剤を選択する.このように,細菌感染症の治療薬の選択は,医師の腕の見せ所といえる.本章では,各細菌の特徴,および引き起こす感染症の病態,代表的治療薬と予防について説明する.

1 グラム陽性通性嫌気性球菌表1図1

1黄色ブドウ球菌Staphylococcus aureus図1①

表1

グラム陽性通性嫌気性球菌で大きさは0.8×1.0 μm,ブドウの ふさ のような配置をしていることからブドウ球菌とよばれる.学名のcoccusは球菌の意味である.また,コロニーが微黄色を呈することから,この名称でよばれる.健康な成人の約30%が鼻粘膜に,約20%が皮膚に,一時的に保菌する.接触感染するため,医療者から患者への病院内感染に注意する必要がある.高塩濃度7.5〜10%中で増殖することができる.4℃でも増殖ことすることができる.コアグラーゼ★1の産生性によって,これを産生する黄色ブドウ球菌と産生しないコアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negative staphylococci:CNS)に分類できる.CNSの多くは非病原性の常在菌である表皮ブドウ球菌(S. epidermidis)である.

耐熱性腸管毒素エンテロトキシン,皮膚剥脱毒素,毒素性ショック症候群毒素など多彩な毒素を生産することから毒素のデパートとよばれる.

図1
関連疾患①黄色ブドウ球菌毒素型食中毒

調理者の手指から,弁当やおにぎりなど,すぐに食べない食品に混入すると保存中に食品中で増殖し,耐熱性腸管毒素(エンテロトキシン)を産生する(図2).産生された毒素は100℃,30分間の加熱に耐えるため,すでに菌が増殖し,毒素が蓄積した食物を加熱しても中毒を防ぐことができない(図3).食後,1〜6時間(平均潜伏期間3時間)で激しい嘔吐,下痢などの症状が現れる.感染症ではないので,発熱はない.

図2 図3
関連疾患②皮膚・軟部組織感染症

伝染性 膿痂疹 のうかしん ,中耳炎,副鼻腔炎, 蜂窩織炎 ほうかしきえん などの原因となる.

関連疾患③ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群(SSSS)
図4

SSSS:Staphylococcal scalded skin syndrome.表皮剥奪毒素を産生する黄色ブドウ球菌感染により皮膚の発赤や剥奪が起こり,熱傷様の症状を呈する(図4).新生児ではリッター病とよばれる.

関連疾患④毒素性ショック症候群

発熱,皮膚の発疹,血圧低下などをきたす.生理用のタンポンを交換せずに長期使用することで発病することがある.手指の黄色ブドウ球菌がタンポンに付着し増殖し,毒素性ショック症候群毒素(toxic shock syndrome toxin-1:TSST-1)を産生するためと考えられる.TSST-1のスーパー抗原作用によりショックを起こす.

治療

臨床分離株はペニシリナーゼ産生ペニシリン耐性菌であるので,第一世代セフェム系抗菌薬か,ペニシリン系抗菌薬とβ-ラクタマーゼ阻害薬の配合剤を使用する.

薬剤耐性菌メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)感染症

(感染症法5類定点把握)

メチシリンなどのβ-ラクタム系抗菌薬に耐性を獲得した黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureusMRSA)に起因する感染症である.外来性のペニシリン低親和性PBPをもつことで耐性化した.さらに,MRSAはメチシリンなどのβ-ラクタム系抗菌薬だけでなく多くの抗菌薬に耐性を獲得しており,院内感染症,日和見感染症の起因菌として重要である.MRSAに対して,抗菌薬に感受性の黄色ブドウ球菌をメチシリン感受性黄色ブドウ球菌MSSA)という.

治療:バンコマイシン,テイコプラニン,アルベカシン,リネゾリド,テジゾリド,ダプトマイシンなど限られた抗菌薬しかない.

2化膿レンサ球菌(A群溶血性レンサ球菌)Streptococcus pyogenes図1②

図5

グラム陽性通性嫌気性球菌で,大きさ1.0 μm,鎖のようにつながっている(連鎖)ため,この名称がついた.皮膚,咽頭などの常在菌で,接触感染,飛沫感染する.血液寒天培地で培養すると,赤血球を溶解(図5)してコロニーの周囲に溶血環をつくる.臨床ではA群溶血性レンサ球菌の名称が用いられることも多い.健常者の5〜15%が呼吸器に保菌している.溶血毒素ストレプトリジンOSLO)は赤血球だけでなく,白血球や組織,血小板の膜を破壊する.感染後,体内で産生される抗SLO毒素抗体は,血清診断に利用されている.発赤毒素Dick毒素)は 猩紅熱 しょうこうねつ 毒素であり,スーパー抗原活性をもち,サイトカインの産生を刺激することで多彩な炎症反応を引き起こす.

関連疾患①化膿性疾患(A群溶血性レンサ球菌咽頭炎)(感染症法5類定点把握)

咽頭炎,扁桃炎の原因となる.真皮の化膿性炎症は,丹毒とよぶ.全身におよぶと猩紅熱となる.主に幼児,小児に感染し,高熱,咽頭炎,扁桃炎,全身の発赤を呈する.舌にイチゴのような発疹があらわれるイチゴ舌が特徴である.

治療:ペニシリンが咽頭感染症に対する第一選択薬である.

関連疾患②劇症型溶血性レンサ球菌感染症(感染症法5類全数把握)

化膿レンサ球菌はありふれた病原菌であり,通常は,感染しても前述の咽頭炎のような症状に留まることが多い.しかし,稀にこの菌が血液や筋,肺に侵入すると,数十時間の短時間のうちに組織の壊死,多臓器不全を起こす.このような性質から,化膿レンサ球菌は俗に「人食いバクテリア」ともよばれる.近年,患者の急増(1,000人/年)が報告されており,致死率は30%と高い.

関連疾患③急性糸球体腎炎
図6

糸球体に化膿レンサ球菌とそれに対する抗体の免疫複合体が沈着し,マクロファージなどの炎症細胞が集合して組織の破壊が起こる.Ⅲ型アレルギーの一種である(図6①).

関連疾患④リウマチ熱

主に4〜17歳に発症する.化膿レンサ球菌に対する抗体が,類似抗原性のある心筋,関節などの組織にも免疫反応をおよぼす.Ⅱ型アレルギーの一種である(図6②).

3B群レンサ球菌(アガラクティエ菌)Streptococcus agalactiae

グラム陽性通性嫌気性球菌である.ヒトの腟の常在菌で,出産時に新生児に感染し,肺炎,敗血症,髄膜炎などを起こす.本菌を妊婦が保有する場合は,母子感染を防ぐため,妊娠35〜37週にペニシリンによる除菌を行う.

4肺炎球菌Streptococcus pneumoniae図1③

グラム陽性通性嫌気性球菌で大きさ1.0 μmの球菌で,莢膜がある.莢膜をもっているため,マクロファージや好中球による食菌に抵抗する.莢膜多糖の血清型により90種以上に分類できる.鼻腔などの常在菌である(健常者の25〜50%が保有).本菌の保菌者から咳,くしゃみなどを介して飛沫感染する.

関連疾患①市中肺炎

小児や高齢者の肺炎の代表的起因菌である.なお,市中肺炎の原因として次に多いのは,インフルエンザ菌である.

関連疾患②髄膜炎

小児髄膜炎の原因の20%を占める.肺炎球菌に対する予防接種を受けていない2歳以下の小児は本菌に対する免疫がないため,肺炎が進展して髄膜炎を起こしやすい.なお,髄膜炎の原因として最も多いのは,インフルエンザb型菌で60%を占める.

予防

小児肺炎球菌ワクチンが定期接種A類に,成人(65歳)肺炎球菌ワクチンが定期接種B類に指定されている.

治療

β-ラクタム系抗菌薬,マクロライド系抗菌薬などを用いる.

薬剤耐性菌ペニシリン耐性肺炎球菌(PRSP)(感染症法5類定点把握)

PBP変異により本来有効であったペニシリン系抗菌薬に耐性を獲得した.感染防御能力の低い乳幼児や60歳以上の高齢者では,肺炎からさらに重症な髄膜炎や敗血症を起こすことがある.ペニシリン系だけでなく,マクロライド系抗菌薬にも耐性であることが多いため,治療にはカルバペネム系抗菌薬,レスピラトリーキノロン系抗菌薬を用いる.

5緑色レンサ球菌群Viridans streptococci

S. mutance,S. sobriusなどは口腔レンサ球菌ともよばれ,口腔内の常在菌であり,歯垢内にプラークを生成し,う歯の原因となる.歯科治療などで傷口から侵入し,菌血症,感染性心内膜炎,髄膜炎や肺炎を発症させることがある.

6腸球菌Enterococcus faecalis,E. faecium(バンコマイシン耐性腸球菌感染症は感染症法5類全数把握)

グラム陽性通性嫌気性球菌であり,ヒトや動物の腸内常在菌である.病原性は弱いが,抗MRSA薬の1つであるバンコマイシンに耐性を獲得したバンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin resistant enterococci:VRE)が出現した.バンコマイシンの使用量が多い欧米では,院内感染症,日和見感染症の起因菌として問題となっている.健常者では感染しても無症状であるが,手術後の患者や感染防御機能の低下した患者では腹膜炎,術創感染症,肺炎,敗血症などの重篤な感染症を起こす.

治療

VREの場合は,オキサゾリジノン系抗菌薬のリネゾリドを使用する.また,感染患者を隔離する.

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