Dr.ヤンデルの臨床に役立つ消化管病理〜臨床像・病理像の徹底対比で病変の本質を見抜く!

Dr.ヤンデルの臨床に役立つ消化管病理

臨床像・病理像の徹底対比で病変の本質を見抜く!

  • 市原 真/著
  • 2020年03月30日発行
  • B5判
  • 283ページ
  • ISBN 978-4-7581-1069-3
  • 定価:6,820円(本体6,200円+税)
  • 在庫:あり
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第1章 マクロを読み切ろう 〜肉眼写真でディテクティブ

1 マクロ形態診断学へようこそ

マクロで着目する所見

マクロ診断には,さまざまなやり方があります.たとえば,「内視鏡医であればレポートに記載しなければいけない項目」にこだわるやり方.「取扱い規約に掲載されている病理肉眼像をきちんと書けばそれで十分だろう」という考え方もあるでしょう.

少し細かく所見を取れる人は,だいたいtable1のような項目に着目して所見を取っています.けれども,必ずしもこれらの所見を「全部埋める」必要はありません.穴埋めクイズ的な勉強はだんだん作業になってしまい,つまらなくなります.

table1

肉眼形態から顕微鏡像を予測する

細かい項目にこだわるよりも,むしろ,大きな目標をひとつ立てましょう.

それは,肉眼形態から顕微鏡像を予測することです.

もちろん,決してカンタンではないです.表面から観察した姿から割面を予測するというのは,XY平面をみてXZ平面を言い当てろというのと同じですからね.でも,根拠のある読み方を少しずつ組み合わせていけば,マクロ像を見るだけで,ミクロ像を予測することができます.

「表面」から「割面」を完全に言い当てられたらすごいですよね.内視鏡は表面診断ですが,内視鏡で見ただけで壁のどこまで癌が浸潤しているかを判断できるならば,もはや病理なんてものは必要なくなるじゃないですか! ……まあ理想論ですけれど.

というわけで,これから私たちは,割面を想像する訓練をします.そのために,まず,カンタンに用語をおさらいしておきます.fig1は壁構造の解説のためだけに用意した症例ですので,まだ,お遍路の「札所」ではありませんよ.

fig1

絶対に覚えておいていただきたいのは壁の層構造です(fig2).消化管壁は最も内部から

  • 粘膜:M(fig1Cのクリーム色:
  • 粘膜筋板:MM(fig1Cの茶線:
  • 粘膜下層:SM
  • 固有筋層:MP(fig1Cのブルー:
  • 漿膜下組織:SS
  • 漿膜

と並んでいますが,この中で最も重要なのは粘膜筋板です! この粘膜筋板の挙動をいかに読むかというのが,今後,進行癌から早期癌まで,あらゆる癌を読み切る際にきわめて重要になります.

たとえば,進行大腸癌にみられる「周堤」は,癌が粘膜下層に浸潤して,下から粘膜筋板を押し上げることによりできる隆起です.また,進行大腸癌の内部に高頻度にみられる「潰瘍」というのは,癌の浸潤によって粘膜筋板が消失し,支えを失った粘膜が崩壊して,粘膜下層が露出する所見です.

とにかくこの本では何十回も(もしかすると,何百回も?)粘膜筋板の挙動を追いかけます.粘膜筋板は粘膜の下にあるわけですが,粘膜側から注意深く観察すると,かなりの症例で粘膜筋板の走行を予測できます

というか粘膜筋板の走行を予測できれば,マクロ所見の9割は読めたも同然(言い過ぎ?)なのです.

fig2

それではさっそく,1番札所を見てみます.最初なので,少し詳しく読みますよ.

fig3

典型的な2型病変です.これを,じっくりと観察して,考えます.

fig3白線):周囲腸管壁の引きつれを認める病変です.周りの構造を引きつらせているということは,病変部の伸展性が低下しているということです.腸管径が変わっていますから,周囲の粘膜だけではなく,壁ごと引きつれているんだなとわかります.固有筋層がかなり広い範囲で硬化しているとこのような引きつれを来します.硬化する理由はなんでしょう? そう,癌の浸潤によるものです.正確には,癌そのものではなく,後ほどご説明するdesmoplastic reaction(DR,浸潤部の線維化)によって硬度が上昇します.

fig3赤線)と黄色線)の間:ここが,一般に「周堤」と呼ばれている盛り上がりです.周堤部分をよーく見てみると,一番外側には細かいプツプツが見えます(fig4).たとえばfig4緑線)の中を見てみてください.1~3 mm大程度の小顆粒に,キラキラと白い明かりが反射して見えています.内視鏡でも微細な凹凸があると「キャッチライト」によってその部分がわかりやすくなりますが,病理のマクロでもキャッチライトに注目すると一段細かい読みができます

fig4

一方,周堤の内部は少し平滑ですね.たとえばfig4青線)の中.ここはなめらかで,急速に内部に滑り降りていくような感じです.滑り降りた先には,画然とした断崖のような陥凹ができています.陥凹の内部はツヤツヤとゴツゴツが入り交じっています.

この段階で,このように考えます.

fig4緑線()の部分は,プツプツしている.ここには腺管構造があるだろう.粘膜が細かくプツプツするときは基本的に腺管があるときだからな.プツプツ度合いは周囲の正常粘膜とは異なっているし,色調も少し違う.すなわちここには,『不整な腺管』があるに違いない.つまり癌だ」

さらに考えます.

fig4黄色線)の部分は,一部が周堤にのっかっているけれど,ここはよく見ると周囲粘膜とほとんど色調も模様も変わらないぞ.つまり,ここについては,非腫瘍粘膜が下から押し上げられているのだろう」

続けて考えます.

周りが持ち上がって周堤になっているのは,癌が粘膜筋板を下から押し上げているからだ.緑線()の部分では粘膜内癌の成分が持ち上がっている.黄色線()の部分では非腫瘍粘膜が押し上げられている.そして,青線()の領域では,粘膜を保持する床にあたる粘膜筋板が,途切れている.だから粘膜を上に持ち上げられなくなって,床が落ちたように急速に陥凹しているんだ」

最後まで考えます.

「そして,斜面を滑り降りた先が平滑なのは,表面に癌の腺管が直接露出していないからだろう……」

この病変のマクロ像,特に周堤や潰瘍の部分を細かく読み取ると,以上のようになります.今後,マクロお遍路を続けていくと,この病変の「普遍性」や「特殊性」がそれぞれ見えてくるでしょう.でも,今は,とりあえず先に進むことにします.あとでまたここに戻ってくるんですけどね.

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Dr.ヤンデルの臨床に役立つ消化管病理〜臨床像・病理像の徹底対比で病変の本質を見抜く!

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