Ⓒ平坦性病変
1 ⾮腫瘍性病変
濱本英剛
0はじめに
癌は上皮性の悪性腫瘍です.上皮性ということは粘膜上皮から癌が発生しているということですので,その境界は原則「明瞭」であり,悪性腫瘍ということは明瞭な境界の内部は不整になります.不整とはすなわち,不整なびらんがあったり,不整な色調だったり,不整に出血していたり,と何らかの所見で正常を逸脱しているということを指します.
こうしたことをふまえ,白色光観察・色素内視鏡観察での癌の診断は①well-demarcated border,②irregularity in color/surface patternの2つを基準にして考える,と提唱されていますし1),以前よりの教科書などでもそのように記載されていることと思われます.
病変内の粘膜面の模様や色調で境界がはっきりと引ける部分があったり,その境界の内部で何らかのおかしな所見があったら悪性を考えたほうがよい,と言うわけですね.
逆に,境界もないし内部に不整がない,平坦な病変を本稿では取りあげます.つまり,周囲の粘膜面と比較して,病変の範囲がくっきりしっかりと追うことができないし,内部もとりたてて赤いとか,とりたてて白い領域性があるわけでもないし,凹凸なども周囲と比べて全体的にそっくりな病変がこのカテゴリに該当します.
順に見ていきましょう.
1急性胃炎・急性胃粘膜病変(AGML)
1)AGMLとAGL
AGMLは1968年にKatz2)らが提唱した概念で,急性びらん性胃炎,急性胃潰瘍,急性出血性胃炎がそれぞれ単独,もしくは混在するものとしています.一方1973年に川井ら3)が急性胃病変(AGL)という概念を提唱しており,突発する胃症状を伴って,X線・内視鏡検査で胃粘膜に異常を認める病変と定義しましたが,現在はAGMLとAGLはほぼ同義として扱われています.
急性胃炎とAGMLは症状・病変の程度差で前者は軽症,後者はより程度が強いものを指す際に使われているようです.AGMLの成因はストレス,薬剤(NSAIDs,副腎皮質ステロイド,抗悪性腫瘍薬,抗菌薬),H.pyloriやアニサキスなどの感染,医原性(不適切な消毒下の内視鏡検査)など多岐に渡りますが,誘因が不明なこともあります.この疾患のポイントはH.pylorii菌の初感染のエピソードである可能性があるという点です.薬剤への反応性は良好であることが多いのもこの疾患の特徴で,多くの例は一過性の胃粘膜変化をきたした後に,H.pyloriは自然除菌されますが,一部は持続感染に移行すると推測されています.したがって,病変部の経過観察の際にはH.pylori菌持続感染へ移行していないか注意し,感染が確認された場合には除菌治療を行うようにしましょう4).
2)内視鏡的特徴
白色光観察
炎症に起因する発赤や,血液の変性を示唆するヘマチンによる黒色を呈したり,多発するびらんや・潰瘍や膿の産生を伴うことで白色を呈し,汚い黄白色の粘液付着などもきたしつつ,地図状に病変が点在するために多彩な像をきたします.浮腫状の変化も伴うため,所見は派手ですが,送気時の伸展は良好なのも特徴です.
NBI観察(拡大観察含む)
壊死・びらんが出現することで表面構造が見て取れない領域が大部分を占めます.粘液や白苔の付着が強固な場合もしばしばで,拡大観察で有益な所見は得にくいです.粘膜面の炎症と充血を反映して,通常観察で発赤をきたしている主たるびらん・出血の周囲部は窩間部の色調が濃いグリーン/シアン調となります.
症例❶ 診断:急性胃炎・AGML
白色光
- 部位,周在
- 胃前庭部~幽門前部
- 背景粘膜
- 非萎縮粘膜,H.pylori現感染疑い
- 色調,形態
- 黄白色調の粘液・析出物で覆われたびらんを辺縁に伴う,黒色のヘマチン付着
- 表面性状
- びらんの辺縁部に不整を混じる部位はあるが,病変表面は平滑・光沢がある
- 境界
- 病変は地図状に認められ,境界は不明瞭
私ならこう読む
本例は胃前庭部~幽門前部に,全体に光沢がありヘマチン付着を伴ったびらんを認めていました.送気での変形も認め,その形状も特徴的なことから診断はさほど苦にはなりませんでした.
2胃血管拡張症,日の丸紅斑
1)胃血管拡張症とは
胃血管拡張症は胃粘膜と粘膜下層の細血管異形成で,主に後天性です.成因は種々の説がありますが5),内弾性板をもたない毛細血管と静脈性の薄い血管壁からなる異常血管が屈曲・蛇行した病態であり,粘膜血管の閉塞による慢性的な虚血状態から起こると考えられています.諸家の報告では,上部消化管内視鏡検査における胃血管拡張症の頻度は0.18%~3.98%とされています.男性に多く,加齢とともに増加する傾向があり,単発例が81.3%を占め,胃の前庭部から胃体部が好発部位です6).
2)内視鏡的特徴
白色光観察
内視鏡所見は類円形から不整形の鮮紅色の小発赤斑であり,平坦もしくはわずかな隆起となります.病変の周囲には血流のStealによって起こると考えられる白暈を認めることがあり,白暈を持つ血管拡張症を「日の丸紅斑」と称します.
血管拡張症の生検は出血を引き起こす可能性が極めて高いために避けるべきと考えられ,診断の際はその肉眼所見で診断する必要があります.
NBI観察(拡大観察含む)
NBI拡大観察では粘膜深部の血管はシアン調で,粘膜表層に位置する血管は茶色で認識されます.拡張血管が集簇している様子や,拡張した血管が樹枝状に走行する所見が見てとれます.いずれも拡張・蛇行をわずかに伴うものの,連続性は保たれ,その異型は乏しいことがほとんどです.なお白暈部ではMV patternはabsentとなります.MS patternは病変の背景粘膜と同様の形態を呈し,DLは同定できません.
症例❷ 診断:胃血管拡張症
白色光
- 部位,周在
- 胃体上部後壁
- 背景粘膜
- H.pylori既感染,萎縮の弱い粘膜
- 大きさ
- 5mm大
- 色調,形態
- 発赤調の平坦もしくは軽度陥凹
- 表面性状
- 平滑で整
- 境界
- 不明瞭.血管の輪郭は見て取れる
NBI拡大
- DL
- absent
- MS pattern
- regular
- MV pattern
- regular
私ならこう読む
類円形の小発赤斑で,ほぼ平坦な病変で,発赤周囲にわずかな白暈を伴った,血管拡張症(日の丸紅斑)です.NBI拡大観察では粘膜表層に位置する血管は茶色,粘膜深部の血管はシアン調を呈しており,血管の連続性が保たれていることからirregularとは考えにくい所見でした.
ご覧ください
文献
- Yao K:The endoscopic diagnosis of early gastric cancer. Ann Gastroenterol, 26:11-22, 2013
- Katz D & Siegel HI:Erosive gastritis and acute gastrointestinal mucosal lesions.「 Progress in Gastroenterology, Vol.1」(Glass GBJ, ed), p67, Grune & Stratton, 1968
- 川井啓市,他:急性胃病変の臨床 胃出血の面から.胃と腸,8:17-23,1973
- Suehiro M, et al:Two Cases of Acute Gastric Mucosal Lesions Due to Helicobacter pylori Infection Confirmed to be Transient Infection. Intern Med, 62:381-386, 2023
- 堀田総一,他:内視鏡的に治療し得た限局性胃毛細血管拡張症の2 例.日本消化器内視鏡学会雑誌,31:933-938,1989
- 原田康司,他:上部消化管Angiodysplasia の内視鏡的検討.日本消化器内視鏡学会雑誌,33:257-263,1991
