レジデントのための心不全道場

レジデントのための心不全道場

  • 齋藤秀輝,髙麗謙吾/編
  • 2023年10月02日発行
  • A5判
  • 215ページ
  • ISBN 978-4-7581-1302-1
  • 定価:4,950円(本体4,500円+税)
  • 在庫:あり
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6.⽔分管理・栄養管理を⾝につけよう!

藤本恒1),松本新吾2)
(淡路医療センター循環器内科1),東邦大学医療センター大森病院循環器内科2)

はじめに

心不全の治療において水分と塩分の管理は最も重要な観点の1つといえます.本章ではその水分管理と塩分管理,そして栄養管理についての基本的な考え方を見ていきたいと思います.また後半部分では,なかでも特に重要な水分や塩分管理について少し深掘りをしてみようと思います.日常臨床でしばしば遭遇する「尿が出ない」ということを,どのように考察すべきかについて触れてみたいと思います.

①水分管理

心不全と水

心不全の病態は大きく分けて2つあります.①ポンプ失調;心臓から血液の拍出が低下し,全身に十分な血液がいきわたらない状態.②うっ血;全身に余分な水分が貯留した状態.心不全の病態の9割は後者のうっ血に伴うもので,そのため心不全治療において水分管理が重要になります.本稿では心不全治療の花形である水分管理に焦点を当て,解説をしていきます.

水分の分布

成人では身体の約60%が水分でできています.また,身体の中の水分は細胞内・細胞外にそれぞれ分布し,細胞外の水分は,間質・血管内というパートにそれぞれ分布します(図1a).血管内の水分はさらに,全身への循環に関与するstressed volume(血管内の20〜30%)と,関与しないunstressed volume(血管内の70〜80%)に分けられます(図1b).なぜこのように細かく分布が分かれているのでしょうか? それは,生体がさらされるダイナミックな環境変化に,すみやかに対応するためです.

細胞外液の動き

皆さんは,小中学生時代に50 m走をしたことがあると思います.50 mも全力疾走するとき,全身は通常の何倍もの血液の循環を必要とします.しかし,皆さんは疾走前に点滴も輸血もすることなく,50 mを走り切ることができたと思います.なぜそのようなことが可能なのでしょう? その答えの一つは交感神経活性です.

われわれが50 m走をするとき,必ず交感神経は活性化しています.交感神経が活性化すると,心臓に働き心収縮力が増強し,心拍数が増加します.このとき,ただ心収縮・心拍数が増加しても,循環する血液がなければ心臓は空打ちになってしまいます.そこで同時に起こることが,stressed volumeの増加です.交感神経が活性化すると,unstressed volumeの一部がstressed volumeに一時的に移動することにより循環血液量が増加し,そこに心収縮力増強・心拍数増加が相まって,全身への血液の拍出が一時的に倍増するのです(図1c).走り終えると交感神経は不活性化し,一時的にunstressed volumeからstressed volumeに移動した血液は元に戻り,通常の水分バランスに戻ります.

Unstressed volumeの正体の大半は,静脈系の血液です.静脈系は,動脈系の約30倍血液をため込む能力があるといわれています.静脈系はいわば血液のタンクであり,即座に循環血液量を増やす必要がある場合は静脈系から一部血液を借りて,必要なくなれば静脈系に返す,といった形で循環血液量は調節されています.

出血や脱水の際も同様のメカニズムが発揮されます.出血や脱水に伴い急激にstressed volumeが損なわれた場合も交感神経が活性化され,unstressed volumeの一部がstressed volumeに移動することで循環血液量を維持します.ただ,この場合は全体的な血液量が減少しているため,補液や輸血による補充が必要になります.

非代償性心不全と治療

心不全の非代償期はどのようにして起こるのでしょうか.一つは細胞外液全体が一様に増加することにより,結果としてstressed volumeも増加しうっ血を起こすという機序です(図2).この場合は身体全体が水分貯留傾向となっており,短期間での体重増加を伴うことが多いです.そのため,心不全患者は日々の体重管理を行うことで,増悪の機微がとらえやすくなります.また,間質にも一様に水分量が増えており,身体所見としては浮腫などが,検査の所見としては胸水・腹水貯留がみられます.血管内volumeの増加もみられ,身体所見では頸静脈怒張が,心臓超音波検査では下大静脈の拡張・呼吸性変動の消失がみられます.このようなケースでは,貯留した体液量を減らす必要があるため,利尿薬が第一選択になります.

もう一つの機序は,先述した交感神経の影響です.交感神経が活性化するとunstressed volumeのstressed volumeへの移動が起こりますが,心機能が低下した患者では急激に増えたstressed volumeを捌ききるだけの能力がありません.結果として肺水腫が起こります.この場合の治療は,増えた分のstressed volumeを,元のunstressed volumeに戻すことです.先述の通りunstressed volumeの大半は静脈系の血液であり,静脈系の血管を拡張させることで増加分の血液は元に戻ります.そこで使用されるのが硝酸薬です.硝酸薬は主に静脈系に強い血管拡張作用があり,このようなケースには非常に有効な薬剤になります.

心不全患者における水分コントロール

心臓・腎臓の機能が低下した状態の場合,過度に水分をとりすぎると体液貯留傾向になり,心不全が悪化します.一方で,心不全において水分制限をすることで再入院が減少した,予後がよくなったというエビデンスはありません.しかしながら,塩分・水分制限の不徹底が心不全再入院の原因として最も多いとする報告もあり,無視できない問題でもあります1)

無条件での水分制限は効果がないばかりでなく,患者のQOLを大きく損ないます.基本的に心不全患者において水分制限は不要で,管理の難しい重症の心不全患者に限り水分制限を設けるのがよいかもしれません.ただ,筆者自身はどのくらいの水分量を普段から摂取しているのかを患者自身に知ってもらうのは,在宅管理においても重要とも考えます.そのため,入院中にはあえて軽い水分制限をかけ,在宅管理の参考にしてもらっています.また,在宅に移行後は毎日体重測定をしてもらい,体重の増減に併せて摂取する水分量を調節してもらうのが有効です.

②塩分管理

塩分の調節

陸上生活を営むわれわれは,「水分」と「塩分」を常時確保できるとは限らない環境下で生活していくため,さまざまな防御機構を構築してきました.その一部の役割を担うのが,レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)です.RAASの主な仕事は,飢餓や脱水といった危機的状況に備えて,水分・塩分を体内に貯蓄することです.しかし,20世紀後半の飽食時代を迎え,これらの防御機構が過剰となり心臓に負担を強いる現象を目の当たりにするようになってきました.それが心不全です.

レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)

心不全において,心拍出量の低下に伴う生体の代償機序によりさまざまな神経体液因子が血中・心筋組織中において上昇します.そのなかでも重要な役割を果たすのがRAASです.RAASには血管収縮による血圧上昇や,Na・水分の再吸収を促進に伴う体液量増加により臓器血流を保持させる作用があります.しかし,過剰かつ持続的にRAASが活性化した状態では,心不全が悪化してしまいます.RAASのなかでも体液量保持に最もかかわるのはアルドステロンです.アルドステロンは腎臓の遠位尿細管でNaClを再吸収し,同時に水を引き込み体液量が増加します.

浮腫

浮腫とは皮下の組織間質に水分が過剰に貯留した状態を指します.さまざまな原因で浮腫が出現しますが,心不全における浮腫は主に体液過剰とそれに伴う静水圧の上昇により起こります.組織間質にはムコ多糖という物質が豊富に存在します(図3).ムコ多糖はマイナスに帯電しており,多くのNaを結合できる能力を有し,Naのリザーバーの役割も果たしています.体内のNa量が過剰になると組織間質に貯蔵されていきます.それと同時に組織間質内の浸透圧が上昇するため,水分が間質に移動します.この間質内に過剰となった水分が,浮腫として表現されます.実際,1 gの塩分を摂取すると,体液量が200~300 mL増加するといわれており,心不全患者においては1日6 gを超える塩分摂取は避けるように推奨されています2)

塩分制限

は,積極的な塩分制限は心不全患者の予後を改善するのでしょうか.SODIUM-HFというランダム化比較試験で,806人の患者を積極的な減塩を行うよう指導した群(食塩3.8 g/日)と一般的な減塩指導を行った群での予後比較が行われました(プライマリーエンドポイントは12カ月間の心血管入院・救急受診および総死亡).結果は,イベント発症率は積極的減塩群で17.2%/年,通常の減塩群で19.2%/年であり有意な差は認めませんでした3)

ただ,この結果の解釈には注意が必要です.SODIUM-HFにおけるベースラインの食塩摂取量は6 g/日未満であり,日本人における平均食塩摂取量が10.1 g/日であるのと比べて大きく下回っています.SODIUM-HFの結果を勘案すると,日本の急性・慢性心不全診療ガイドラインの推奨する6 g/日を超えての積極的な減塩を無条件に行うことは有効ではないと思われます.しかしながら,普段から食塩摂取量の多い患者は,まずは減塩を心がけるよう指導する必要はあると思います.ただし,急激な減塩は,食欲の減退や過降圧を招くことがあるので,数カ月の期間をかけて,6〜7 g/日の食塩摂取量をめざす,というやり方が望ましいです.

続きは書籍にてご覧ください

文献

  • Tsuchihashi M, et al:Clinical characteristics and prognosis of hospitalized patients with congestive heart failure--a study in Fukuoka, Japan. Jpn Circ J, 64:953-959, 2000
  • 日本循環器学会:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)(2023年8月閲覧)
  • Ezekowitz JA, et al:Reduction of dietary sodium to less than 100 mmol in heart failure(SODIUM-HF):an international, open-label, randomised, controlled trial. Lancet, 399:1391-1400, 2022
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