短期集中!オオサンショウウオ先生の 糖尿病論文で学ぶ医療統計セミナー〜疫学研究・臨床試験・費用効果分析

短期集中!オオサンショウウオ先生の

糖尿病論文で学ぶ医療統計セミナー

疫学研究・臨床試験・費用効果分析

  • 田中司朗,耒海美穂,清水さやか/著
  • 2019年07月25日発行
  • B5判
  • 184ページ
  • ISBN 978-4-7581-1855-2
  • 定価:4,180円(本体3,800円+税)
  • 在庫:あり
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I コホート研究課題論文1Kawasaki R, et al:Ophthalmology, 2013

第2講 研究デザイン

本講のテーマ

臨床研究の概要は,PECOという4つの要素に要約できますが,その研究がどのくらい質が高いものなのか,どのくらい結果が確からしいのかを論文から読み取るには,それだけでは十分ではありません.大切なのは,どのような方法で研究がなされたのかを分類した「研究デザイン」です.

2型糖尿病コホート研究の抄録には,研究デザインは“Design: Prospective cohort study”と書かれています.臨床研究で,どのような研究デザインが用いられるのかを整理しましょう.

ランダム化臨床試験,コホート研究,ケース・コントロール研究,横断研究

コホート研究とランダム化臨床試験

論文のPatients and Methods(対象患者と方法)を読むと,この研究はもともとJapan Diabetes Complications Study(JDCS)という生活習慣介入の有効性を調べた多施設オープンランダム化試験(a multicenter, open-labeled, randomized trial)だったと書かれています.JDCSでは,2型糖尿病患者を対象に,生活習慣介入と従来どおりの糖尿病治療をランダムに割り付け,冠動脈疾患や脳卒中などの糖尿病合併症発生が調べられました.この論文は,もともとランダム化臨床試験として集められたデータを用いた副次的解析です.

抄録の“Design: Prospective cohort study”つまり「前向きコホート研究」とは,簡単にいうとコホート(cohort)とよばれる特定の集団を設定し,ある要因に曝露したグループと曝露していないグループに分け,疾患の発生を調べる研究です.

コホート研究の手順

典型的なコホート研究の手順は以下のとおりです.

①コホートを設定し,時間原点(ベースライン時点)を決める
②ベースライン時点の曝露情報(例えば糖尿病網膜症の有無)などを調査する
③対象者を追跡し,疾患発生状況を調査する
④曝露グループと非曝露グループを比較する

ランダム化のよさ

広い意味では,ランダム化臨床試験もコホート研究に含まれますが,多くの場合,コホート研究という言葉はランダム化を行わない疫学研究のことを指します.

ランダム化を行わないコホート研究とランダム化臨床試験の違いは何でしょうか.それは,コホート研究では,曝露したグループと曝露していないグループで,必ずしも条件がそろわないことです.一方のランダム化臨床試験では,ランダムに割り付けた要因以外の条件は,グループ間で同じように分布するはずです.臨床研究の結果には不確実性が伴います.研究結果がどれくらい質の高いものかを考えるうえで,コホート研究とランダム化臨床試験を区別することは重要です.

ここまでで質問はありますか?

前向きコホート研究の「前向き」って何ですか? 後ろ向きってのもあるのでしょうか?

前向き(prospective)・後ろ向き(retrospective)という用語は,臨床研究の文脈ではいろいろな定義があるので,説明を避けていました.しばしば用いられる定義は,対象集団の特定が研究追跡の前に行われている場合は前向き研究,追跡完了後になる場合は後ろ向き研究とよぶ,というものです.

コホート研究を前向き研究,ケース・コントロール研究を後ろ向き研究とよんでいる古い文献もありますが,最近では既存試料・情報を用いた「後ろ向きコホート研究」もあるので注意が必要です.

既存試料・情報って何ですか?

人を対象とする医学系研究に関する倫理指針によると,既存試料・情報は,

①研究計画書が作成されるまでにすでに存在する試料・情報

②取得の時点においては当該研究計画書の研究に用いられることを目的としていなかったもの

と規定されています.具体的には,電子カルテ,診療報酬請求情報(レセプト),疾患レジストリなどのデータベースを研究利用することがあります.これらのデータベースが既存試料・情報に該当するのかどうかは,個人情報への倫理的配慮にかかわるので大切です.

コホート研究にはどういう特徴があるのでしょうか?

研究デザインを分類するとき重要な視点は,時間の観点からデータをどのように集めているか,という点です(表1).

コホート研究では,ベースライン時点で曝露情報を調査した後に,データを縦断的に収集することで,疾患の発生を特定することができます.課題論文1でいえば,心血管疾患をもっていない患者を縦断的に観察しており,糖尿病網膜症ありのグループとなしのグループの間で,冠動脈疾患・脳卒中の発生状況を比較することができます.

コホート研究と対比されるのが,データを一時点で横断的に収集した横断研究(断面研究,cross-sectional study)です.横断研究の例をあげると,ある時点で対象者に糖尿病網膜症があるかどうかを調べると同時に,冠動脈疾患・脳卒中の既往を調査します.このような研究デザインでは,糖尿病網膜症の有無と冠動脈疾患・脳卒中の有無の関連を,原因と結果の区別なく調べることになります.

原因と結果の区別なくってどういうことですか?

例えば横断研究を行って,糖尿病網膜症ありのグループの冠動脈疾患・脳卒中の有病割合が,なしのグループに比べて高かった場合,これは何を意味しているでしょうか.

糖尿病網膜症になっている人ほど,冠動脈疾患・脳卒中になりやすいってことですよね?

そうとも限りません.横断研究では,一時点しか観察が行われていませんから,糖尿病網膜症発生と冠動脈疾患・脳卒中発生の時間の前後関係がわかりません.すなわち,冠動脈疾患・脳卒中の患者ほど糖尿病網膜症になりやすい,という仮説も同時に考えられるのです.

この例に限らず,横断研究を行ったとしても,因果関係について結論にたどり着くことは難しいとされています.

なるほど.じゃあコホート研究の場合は,糖尿病網膜症になっている人ほど,冠動脈疾患・脳卒中になりやすいっていえるのでしょうか?

コホート研究では,糖尿病網膜症になっていることは冠動脈疾患・脳卒中の発生と相関があるとはいえるかもしれません.コホート研究では,これらの疾患が発生するときの前後関係が明らかだからです.

しかし,ここで注意が必要な点は,先にも説明したとおり,(ランダム化を行わない)コホート研究では,関心のある要因以外の条件が曝露グループと非曝露グループの間でそろっておらず,別の要因による見かけの関係を観察している可能性を捨てきれません.

それでは,横断研究が好まれる場合もあるのですか? ここまでの説明ではあまりメリットを感じませんでした

研究デザインの比較では,研究に必要なコストも重要な視点です.2型糖尿病のコホート研究では,数百~数千人の対象者を数年にわたって追跡しなければ,糖尿病合併症の発生を調べることはできません.そのため横断研究や既存試料・情報を用いる研究に比べて,多くのコストがかかります.ですから,より低コストで行える横断研究によって探索的な検討を行うことにも意味があります.

本講のエッセンス

  • 研究デザインは,時間の観点からデータをどのように集めているかに注目すると,整理して理解できます.
  • 研究デザインには,ランダム化臨床試験,コホート研究,ケース・コントロール研究,横断研究,があります.コホート研究は,対象集団の特定が研究追跡の前に行われているという意味で,前向き研究とよばれます.一方,対象集団の特定が追跡完了後のものを後ろ向き研究とよび,ケース・コントロール研究や既存試料・情報を用いたデータベース研究がこれに該当します.横断研究は,データを一時点で横断的に収集した研究です.
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