カエル教える 生物統計コンサルテーション〜その疑問、専門家と一緒に考えてみよう

カエル教える 生物統計コンサルテーション

その疑問、専門家と一緒に考えてみよう

  • 毛呂山 学/著
  • 2019年02月27日発行
  • A5判
  • 196ページ
  • ISBN 978-4-7581-2093-7
  • 定価:2,750円(本体2,500円+税)
  • 在庫:あり
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相談1 実験をしたいのですが,10 サンプルしかありません.何か良い結果を示すことができるでしょうか.

コンサルテーション開始

(トントン)

(猿渡)失礼します.毛呂山先生のお部屋でしょうか?

(毛呂山)はい.こんにちは.ご連絡いただいていた猿渡さんですか?

はい.猿渡です.はじめまして.今日はお時間いただきありがとうございます.私の修士論文にする予定の研究の解析面での注意点についてご相談したく参りました.

どうぞどうぞ.お座りください.では,最初に簡単に研究の内容についてご説明いただいてもよろしいでしょうか.

はい.実はとりあえず指導教官の兎田教授が遺伝子発現を測定するチップが10枚余ったのでこれを使って研究にしてみろというので,とりあえず○×酵素の活性経路に興味があったので▽薬を投与したネズミと投与しなかったネズミで遺伝子発現を測定して○×酵素のパスウェイにある遺伝子群の発現量に差があるかどうかみようかと思ってるんですが,そのときとりあえず半分ずつにしたら5匹ずつなんで,1つの群で5匹の測定を比較するのでも何かとりあえず論文になるようなことがいえるのかどうかわからなくって…….

…….

「とりあえず」兎田先生はなんておっしゃってるんでしょうか?

とりあえず興味と対象はよいだろう,まずはネズミで結果出せと…….で,とりあえず結果が出たらヒトのサンプルで試してみろと…….

なるほど.じゃあ,とりあえず,ですね…….やりたいことを整理してみましょうか.

はい.

実験は計画が大切

猿渡さんの研究仮説はなんでしょう.

とりあえず,▽薬を投与したネズミでは○×酵素のパスウェイにある遺伝子群のうちAAA遺伝子の発現量が高くなる.

何と比べて?

薬を投与してないときに比べて.

おや? 薬を投与してないネズミと比べてではなく?

そうですね…….投与してないネズミと比べて.

おやおや.投与してないネズミと比べるのと,投与したときと投与してないときの状態を同じネズミの個体内で比べるのとでは,実験のデザインが変わってしまいますよ(図1).

そう……ですよね…….

実験計画書はどのように書きましたか?

実験計画書ってなんですか?

…….

ふむ.実験ノートは知ってますか?

知ってます.実験するときはつけています.

それはとても良いことです.でも,実験する前にも実験する予定を書くのです.実験手技を書き下すだけではなく,研究の背景,そこから導き出される研究仮説,実験方法,実験データの管理方法,データの解析方法,結果の発表方法などを計画して記載したものを実験計画書といいます(図2).

実験計画書に書ききれない細かいことは手順書に書けばよいのですよ.

なるほど.でも,すみません.あんまりピンとこないのですが…….1人でやる実験だし,計画は頭に入っているからいらないのでは?

そうでしょうか.今私とお話ししているだけで,いかに猿渡さんの頭のなかの計画に曖昧さが伴っていたかおわかりいただけたと思いますが.

曖昧だとだめなんですか?

ダメではないけど,「10サンプルで何か良い結果を得られるか」というご質問に答えるのがますます難しくなります.研究で何かしらのデータを得る場合には,ある研究仮説を証明する,あるいは探索するという目的が達成されるかどうかで実験手法を決定しなければならないわけなので,闇雲にデータをかき集める,あるいは「とりあえず」あるデータをみてみても,たいていの場合目的が達成されません.そればかりか,ただの時間・お金・資源の無駄遣いになってしまったり,倫理的にも問題があったりというような状況も実は多いのですよね.おそらくこのようなことを猿渡さんも直観的にご理解されているので,私のところへご相談に来られたのだと思うのですよ.

実験前に研究仮説を整理し,
実験計画書を書く

その研究目的は適切ですか?

さて,ではその「10サンプルでなにか良い結果が得られるか」というご質問にお答えするために猿渡さんの脳内思考をもう少し分析させていただいてもよいでしょうか.

……はい……?

猿渡さんのおっしゃる「良い結果」とは,おそらく「修士論文として評価に値する研究を可能とするか」と言い換えることができるのではないですか.そして,それをさらに読み替えると「科学的に証明あるいは探索するのに価値のある仮説を,証明あるいは探索することは可能か」であり,さらに読み替えると「▽薬の投与は○×酵素の活性に影響する,という仮説を探索することは可能か」になると思います.

話の流れにネズミがいなくなりました.

はい.いったんネズミにご退場いただいたのは,猿渡さんのお話から推測した兎田教授の研究目的が「▽薬の投与は○×酵素の活性に影響する」だと思ったからです.一方で,猿渡さんの研究目的は「10サンプルで修士論文に値する研究をするために,○×酵素の活性を調べる」になってしまっているように感じました.

私と兎田先生の脳内の同時分析をされたんですね.

その通りです.お互いの思惑が複雑に絡んだ結果の今回のご相談でしょうからね.

さて,つまり,猿渡さんは,もう少し兎田先生の脳内思考を明確に分析する必要があったのです.しかし,自分の思考だけでも大変なのに他人の思考を読み解くことは大変難しいので,学生と指導教授の「曖昧」なやりとりにより不幸な結果が生じることは稀ではありません.例えば留年,退学,失踪…….そのような不幸な事態を防ぐためにもぜひ実行していただきたいのが「コンセプトマップ」です.日本語では「概念地図」とよんだりもするようです.

学部の授業で聞いたことがあるような,ないような…….

研究目的の明確化にはコンセプトマップが有効

例えば猿渡さんの研究仮説を構築するまでをコンセプトマップで書いてみるとこうなると思うんですよ(図3).

研究の円環を回す

なるほど…….兎田教授の思考を読み解けただけで私の研究の目的もかなり明確になってきたし,調べたい文献も思いついてきました.

そうでしょう?こうしてコンセプトを決めて,研究で検証したい仮説を決めて,目的を決めて,目標と研究デザインを決めて……というのが研究の流れになるわけですが,もちろん,その結果は新しい科学的知見となり,次の研究のコンセプトを決定するのに役立ちます.この関係を図にするとこんな感じ(図4)になります.

もうちょっと一般的に,研究仮説が決まってから必要なサンプル数が決まるまでの流れをコンセプトマップで書き下してみるとこのようになります(図5).

この一連の流れを把握されていないと,ご質問の「10サンプルで十分科学的に(あるいは卒業するのに)十分意義のある研究結果を導き出すことが可能かどうか」ということはわからないわけです.

ちょっとその図には「仮説検定」とか苦手な感じの統計用語がたくさん出てきちゃって理解が追い付かない感じですが,仮説を構築するところくらいまでは自分でできそうです.でも毛呂山先生のお話を伺っていると,まず科学的仮説があって,それをもとに目的→目標,そして実験デザインと順に決めてから,何サンプル必要か出す流れのように理解しました.でも今回は,そもそもサンプル数の方が先に決まってるんです.どうしたらよいのでしょう…….

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