小説みたいに楽しく読める免疫学講義

小説みたいに楽しく読める免疫学講義

  • 小安重夫/著
  • 2022年09月28日発行
  • 四六判
  • 288ページ
  • ISBN 978-4-7581-2123-1
  • 2,420(本体2,200円+税)
  • 在庫:あり
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第5章 自分が自分とわかる仕掛け

2 自分を攻撃しないための第二・第三の策略

T細胞に必要な第二の刺激とアナジー

さて、胸腺がいかにして自分に都合のよいT細胞を選別するかをお話ししてきましたが、いくらAireやFezf2によって胸腺の髄質にいる上皮細胞にいろいろなタンパク質をつくらせても、胸腺にはないものもたくさんあると思われます。

それでも自己寛容が成立して自己免疫疾患にならないのはどうしてでしょう?

いろいろな可能性が考えられますが、自分のタンパク質などをみることができるT細胞が、アナジーとよばれる状態に追い込まれるという可能性が示されています。

アナジーとは聞き慣れない言葉かと思いますが、それはT細胞が異物によって刺激されるしくみの研究から明らかになってきました。成熟した後ではじめて抗原とMHCの複合体をもった樹状細胞に出会ったT細胞が刺激されてはたらく(これを活性化といいます)ためには、T細胞受容体を介した刺激に加えてCD28から伝えられる第二の刺激が必要です。両方の刺激を受けとると、T細胞は自分が増えるために必要なインターロイキン(IL)-2というサイトカインをつくります。CD28に結合して刺激するタンパク質は複数あり、これらはB7ファミリーとよばれ、抗原提示細胞である樹状細胞、マクロファージ、活性化されたB細胞の三種類の細胞がもっています。T細胞がはじめて抗原(とMHCの複合体)に出会ったときに第二の刺激がないと、T細胞はIL-2をつくれないために増えることができなくなります。のみならず、その後にB7ファミリーをもった樹状細胞によって二つの刺激を受けても、もはや反応できなくなるのです。この状態をアナジーとよびます(図5-7)。二つの刺激が必要な理由は、T細胞がはじめて抗原に出会う際に、樹状細胞などの抗原提示細胞によってのみ活性化されることを保証するためと考えられます。胸腺ではつくられない自分の抗原に反応するT細胞が胸腺から出てきたとしても、その抗原が樹状細胞によってMHCと一緒にみせられて、かつB7ファミリーがCD28を刺激しない限り活性化しないための安全弁ともいえます。例えば、胸腺にはない自分の抗原が血管でつくられていてT細胞が胸腺から出てきてはじめて血管でその抗原(とMHCの複合体)に出会っても、B7ファミリーがないので活性化されずアナジーに陥ることになります。抗原提示細胞以外の細胞は第二の刺激に必要なB7ファミリーをもっていないので、自分に反応する可能性のあるT細胞の多くがアナジーに陥ると考えられます。

二つの刺激によって活性化されたT細胞は、その後に抗原とMHCの複合体に出会うときには第二の刺激は必要ありません。それゆえに、ウイルス感染に対応できるのです。最初は、ウイルス抗原をもち、かつB7ファミリーをもつ抗原提示細胞によって刺激されてキラーT細胞となる必要がありますが、その後は、皮膚の細胞であろうが肝臓の細胞であろうが、ウイルスが感染した細胞を殺すことができるのです。

冷静な学級委員長:制御性T細胞

T細胞のなかには免疫反応を抑えるはたらきをもつものもいます。CD4をもつT細胞のなかに、CD25をもつT細胞が五%くらい存在します。CD25はIL-2の受容体を構成する分子であることから、はじめは刺激を受けて活性化されたT細胞かと思われましたが、CD25をもつT細胞はCD25をもたない他のT細胞の活性化を強力に抑えるはたらきをもつことがわかりました(図5-8)。この細胞は制御性T細胞とよばれ、その特徴はFoxp3というタンパク質をつくることです。Foxp3は先天性の自己免疫疾患の一つであるIPEXで変異をもつ遺伝子として見つかりました。IPEXでは全身でさまざまな組織が攻撃されます。この病気はいろいろなことを私たちに教えてくれました。Foxp3に異常があっても胸腺ではAireやFezf2のはたらきで自分の反応するT細胞はとり除かれていて、このはたらきは正常です。したがって、胸腺の外に出てくるT細胞は、自分のMHCと異物由来のタンパク質が分解されてできたペプチドとの複合体によって活性化されるT細胞のはずです。しかし、全身でさまざまな組織が攻撃されるということは、自分のMHCと自分のタンパク質が分解されてできたペプチドとの複合体によって活性化されるT細胞がいるということです。制御性T細胞はこのようなT細胞の活性化を抑えていると考えられています。Foxp3に異常があって制御性T細胞がつくられないと、少しの刺激でもT細胞が活性化され、ブレーキがかからなくなるのです

胸腺大学での教育に戻って考えてみると、ネガティブセレクションでは自分のMHCと自分のタンパク質が分解されてできたペプチドの複合体に強く結合するT細胞受容体をもつT細胞が死んでとり除かれました。では、

どのくらい強く結合すると危険なのでしょうか?

ポジティブセレクションでも自分のMHCと自分のタンパク質が分解されてできたペプチドの複合体の結合によって生き残る刺激が与えられるわけですから、ネガティブセレクションとポジティブセレクションの境界がどこかにあるはずです。自分のMHCと自分のタンパク質が分解されてできたペプチドの複合体とT細胞受容体の結合の強さがある一定以上になるとネガティブセレクションが起こると考えざるをえません。この境界よりも弱い結合でポジティブセレクションを受けて胸腺から出てきたT細胞が、同じように弱い結合の強さで弱い刺激が入った場合、通常は制御性T細胞のはたらきで活性化が抑えられているのに、IPEXでは制御性T細胞がいないことで活性化してしまうと考えられます。制御性T細胞も他のT細胞と同じように胸腺でつくられますが、制御性T細胞のT細胞受容体は自分のMHCと自分のタンパク質が分解されてできたペプチドの複合体に対してネガティブセレクションとポジティブセレクションの境界に近い強さで結合するようです。逆にいえば、境界に近い結合の強さをもつT細胞受容体をもつ細胞が制御性T細胞になると考えられます。

制御性T細胞が他のT細胞の活性化を抑えるしくみに関してはいろいろな実験結果があります。一つは制御性T細胞が他のT細胞よりも樹状細胞に結合しやすく、他のT細胞と樹状細胞をとり合うことで弱い結合しかできないT細胞を排除しているという実験結果が報告されています。これは制御性T細胞がもつT細胞受容体が自分のMHCと自分のタンパク質が分解されてできたペプチドの複合体に比較的強く結合するということとも矛盾しません。また、制御性T細胞はTGFβやIL-10というさまざまな細胞のはたらきを抑える抗炎症性サイトカインもつくります。

興味深いことに、制御性T細胞は胸腺でつくられるだけではなく、胸腺を出てからもつくられます。CD4をもつがCD25をもたないT細胞でもTGFβというサイトカインが作用すると、Foxp3をもつようになって制御性T細胞になることがわかっています。このような制御性T細胞もTGFβやIL-10という炎症を抑える抗炎症性サイトカインをつくることでT細胞を含む周りの細胞のはたらきを抑えることができます。このような制御性T細胞はTGFβがたくさんつくられる腸に多いことがわかっています。考えてみれば、腸には食べ物由来のいろいろな異物が入ってきますから、免疫をある程度抑えることが必要です。そのために腸ではTGFβによって制御性T細胞がたくさんつくられて、免疫を調節していると考えられます。

MHCと一緒に抗原をみるというT細胞の性質は、胸腺で自分を知るための巧妙な仕掛けを可能にしたといえるでしょう。さらに、自分がもつ膨大な抗原のレパートリーに対して自己寛容を維持するために複数のしくみを生み出しました。考えてみれば、自分がもつ抗原(自己抗原)と異物の間にもはっきりとした線引きがあるわけではありません。そこで二重三重に自分を攻撃する可能性のあるT細胞を抑える方法を駆使し、異物に対処しつつ自分を攻撃する可能性を最小に抑えるという、私たちのからだにとって最も都合がよい状態を保つ工夫がなされているといえるのではないでしょうか。

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  • 小安重夫/著
  • 2,420(本体2,200円+税)
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