小説みたいに楽しく読める解剖学講義

小説みたいに楽しく読める解剖学講義

  • 村上 徹/著
  • 2023年06月22日発行
  • 四六判
  • 432ページ
  • ISBN 978-4-7581-2127-9
  • 定価:2,640円(本体2,400円+税)
  • 在庫:あり
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第1章 解剖学をはじめよう

本書では、実際の解剖学実習と同じ順で、解剖の説明をしていきます。でも、解剖の詳細に進む前に、解剖学全体をざっと見渡しておきましょう。解剖はとかく「微に入り細に入り」になりがちなので、おおまかな絵を描いておいた方が道に迷わなくていいのです。

それってどのタイプの解剖?

生きものの体を切ったりほぐしたりしながらしくみをよく調べることを「解剖(dissection)」といいます。そうやって得た知識をまとめて学問にしたのが「解剖学(anatomy)」です。

ヒトを扱う解剖には目的別に4通りあります。それにかかわる人々も法律も異なるので、まずハッキリさせておきましょう。

まず、系統解剖。これは医学生と歯学生が人体の正常な構造を学ぶためにやる解剖です。正常解剖ともいいます。本書で扱うのがこれですね。この授業が「解剖学実習」です。大学で系統解剖を担当するのが、医学部や歯学部の解剖学講座です。

次が病理解剖。剖検ともいいます。病気や怪我で亡くなってしまった人がどうして亡くなったのか、その死因を診断するための解剖です。大学には病理学講座、病院には病理部というのがあって、そこが対応します。また、これらの部署では「病理検査」というのもやっています。病理検査は、患者の病変部を顕微鏡で調べて、病気の種類や進行度を判定することをいいます。むしろこっちの仕事の方が日常ですね。

3つ目が司法解剖。犯罪性のある遺体の死因を調べ、警察の捜査の助けにするための解剖です。大学の法医学講座で行われます。マンガやテレビドラマで取り上げられていることが多いです。どれもミステリー物で、法医学者が事件捜査までやっちゃったりしますが、ホンモノは解剖までです。

これに似ているのが4つ目の行政解剖。こちらは、犯罪性のない遺体の死因解明のために行います。これを担当する医師を監察医といいます。東京都、大阪府、兵庫県に監察医の機関がありますが、他の地域では大学の法医学教室などが担当しています。

これらの解剖にはそれぞれ根拠になる法律があります。系統解剖、病理解剖、行政解剖は、死体解剖保存法に定められています。司法解剖だけ刑事訴訟法が根拠になります。

解剖に許可はいるの?

医学生が系統解剖をできるのは、医学部や歯学部の解剖学実習室で、教授や准教授の目が光っているときだけです。死体解剖保存法(昭和24年)で決まっています。この条件を外れれば、死体損壊を問われます。

図1 解剖実習台

系統解剖が職位で自動的に許されるのは、大学医学部・歯学部の解剖学の教授・准教授だけです。なかなか特別感がありますね。条文上は病理学や法医学の教授・准教授でもいいのですが、専門を超えてやれるかというと、普通はまあナイです。

その他の人は「死体解剖資格」の認定を厚生労働大臣から受けないといけません。これには相当のスキルと経験がないと申請さえできなくて、年単位の教育研究経験、解剖学講座への在職経験、数十件の解剖経験などが求められます(医師・歯科医師かそれ以外かなどにより具体的な年数・件数は異なります)。

ん?解剖学実習の学生は?死体解剖資格をとるのに解剖経験が必要ってオカシクナイ?これは、解剖学の教授や准教授の指導の下・・・・でなら解剖できる、と法解釈されています。

死体解剖保存法は解剖する場所も定めています。系統解剖をできるのは医学部または歯学部の解剖室だけです。解剖室には換気装置付きの専用の台があり、その上で解剖します(図1)。

解剖学にもタイプがあって

学問の方の「解剖学」にもいろいろあります。研究方法や対象が異なります。

まず肉眼解剖学(gross anatomy)。目で見てわかる範囲の細かさで、せいぜい虫眼鏡程度の拡大で調べてまとめた解剖学です。それに対して、顕微鏡を使って、肉眼ではわからない小さな構造まで調べたのが組織学(histology)です。どちらも、医学部では1年生か2年生で学びます。

X線(レントゲン)やCTなどの「医用画像」で見えるものを実際に解剖して見えるものに対応づけてまとめたのが画像解剖学です。臨床の現場では、患者の体内を見るチャンスはほとんど、医用画像を通してです。もちろん手術中には体内を直接見ますが、その前に病変の目星を画像で確認しておきます。

解剖学の一分野に発生学(embryology)があります。これは、胚(受精卵)が胎内で育って胎児になり、産まれてくるまでの形の変化をまとめたものです。成体の形を意味づけて理解する根拠になります。

美術解剖学というのもあります。「美人というも皮一重」といいますけど、人体をリアルに描こうとしたら、皮膚の下の構造まで想像して描かないとうまくいきません。レオナルド・ダ・ヴィンチは生涯に30体以上の人体解剖をやったといわれています。ミケランジェロもやはり人体解剖を探求して、ついにどんなポーズでもそらでリアルに描けるようになったといいます。形や動きの描写が目的なので、美術解剖学は主に骨格や筋を扱います。

形態学

図2 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749 〜1832 年)

解剖学のように、主に形を調べてまとめた学問を形態学(morphology)といいます。病理学や法医学も形態学のなかまです。「解剖学」ということばは古すぎて誰が発明したのかわかりませんが、「形態学」の方はよく知られています。「よく知られている」というより、その人自身が有名です。

ゲーテです(図2)。『若きウェルテルの悩み』や『ファウスト』などを書いた作家です。自然科学にも造詣が深く、植物学や色彩学などに業績があります。解剖学では、多様な形態の骨にはそれらのもとになる「原型」があると考えました。墓地でたまたま見つけたヒツジの頭骨をみて、それが椎骨と原型を同じにするというアイディアを思いついたといいます。現代では、後頭骨の一部などが椎骨と同じ原基、体節からできたことがわかっています。

解剖学のテキスト

イギリス18世紀の解剖学者、ウィリアム・ハンターは「解剖体のみが、生きた体のどこを切開して調べるべきかを、自由かつ迅速にわれわれに教えてくれる」といいまし(1)。形を間違いなく学ぶのに解剖学実習に代わるものがないのは、CGもVRもある現代でも同じです。とはいえ、解剖学名のラベルが人体に付いているわけはなく、形の意味づけなど知らないと気づかないこともたくさんあるので、テキストはやっぱり重要です。

解剖学のテキストには、3種類あります。まず、解剖学を文章や図で説明した、いわゆる教科書。ヒトの体の形や働き、その意味づけや病気との関連などを教科書で学びます。もう1つは、解剖図だけをたくさん載せたアトラス。図譜ともいいます。実習中に、剖出したものの名前を調べたり、目的のものがどこにあるのか見当をつけたりするのに使います。最後に実習書。解剖学実習の手順書です。

解剖学的正位、面、方向

解剖学を学ぶときのルールをいくつか押さえておきましょう。まあそう大層なことではなく、前後左右を決めとこうということです。

図3 人体の主要平面

解剖学的正位という姿勢がこのときの基準になります。自分でやってみましょう。正面を向いてまっすぐ立ちます。脚を肩幅くらいに開いて、つま先を正面に向けます。両腕を体の横に軽く開き、手を大きく開いて、手のひらを正面に向けます(図3)。

解剖学的正位を基準に、まず断面を決めていきます。体を上下に分ける面を、横断面(水平面、軸平面)といいます。前後に分ける面を、冠状面かんじょうめん前額面ぜんがくめん)といいます。左右に分ける面を矢状面しじょうめんといい、ちょうど左右半分に分ける面を正中面(正中矢状面)といいます。

面が定まったら、次は方向です。ヒトを基準にする場合の他に四足動物を基準にする場合もあります。上・下は、頭側とうそく尾側びそく、または、吻側ふんそく肛側こうそくともいいます。前・後は、腹側ふくそく背側はいそくです。このあたり大丈夫ですか?

正中面に近づく向きを内側(ないそく)、反対に、遠ざかる向きを外側(がいそく)といいます。普通の日本語の内側(うちがわ)、外側(そとがわ)は、それぞれ内(ない)・外(がい)になります。これ、気をつけていないとこんがらがります。解剖学で内側・外側という字をみたら、ないそく・がいそくです。はい、10回唱えましょう。ないそく・がいそく、ないそく・がいそく、…。もう大丈夫ですね。

四肢の場合、体幹に近づく向きを近位きんい、遠ざかる向きを遠位えんいといいます。

最後に左右。これ、重要です。解剖学や医療関係では、左右の向きは、観察する人からみた向きではなく・・観察される人(診察室なら患者)の左右になります。「向かって右」、「向かって左」とはいいません。徹底してます。そうでないと、左右をとり違えるという悲惨な医療事故につながるのです。

解剖学用語のローカル・ルール

内側ないそく外側がいそくもですが、解剖学の用語には、普通の日本語と違うローカル・ルールがいくつかあります。多くは医学用語でも使われます。他でみかけても間違いではないので受け流してくださいね。

まず、難しい漢字を簡単な漢字ですませることにした、という解剖学用語。似た漢字で置き換えることが多いです。国語全体で易しい漢字にしようというムーブメントがあって、それに乗っかったらしいです。単に書くのが面倒だったのかもですが。

「繊維」は「線維」と書いちゃいます。医学関係の文章で、うっかり「繊維」と書くと「線維」に直されるくらい、普及してます。「顆粒」は「果粒」、「外踝がいか内踝ないか」(踝はくるぶし)は「外果・内果」と書きます。「臀部でんぶ」は「殿部」になります。「頸」は「頚」という俗字を使ってもOKです。

読み方が違うのもあります。「胸腔」などに使われる「腔」は、漢和辞典では「こう」という読みしかないですが、解剖学では「くう」と読みます。解剖学用語に「孔」や「口」の入ったのが多いので、それと区別するためにあえて「くう」と読むことにしたようです。「頭蓋骨」は「とうがいこつ」と読み、「ずがいこつ」とはいわないです。

医学ではエライ先生の名前の付いた用語がよく使われます。そういうのをエポニムといいます。科学全体でエポニムは使わないようにしようという方針があって、解剖学もそれにならっています。例えば、女性の子宮と直腸との間のくぼみを「ダグラス」というのですが、解剖学用語だと「直腸子宮窩」になります。でも、後者を使う臨床医はまずいません。

剖出と予習

解剖の一つひとつの操作を剖出ぼうしゅつといいます。これ、解剖学者や教育者の気持ちがこもったことばです。ほぼ、呪いに近いです。

血管、神経、臓器などの人体のパーツ同士は、結合組織という、充填剤であり接着剤の役割もする組織でつなぎ止められています。結合組織にはコラーゲンなどからなる線維が豊富にあり、線維をつくる線維芽細胞などもあります。線維の隙間は組織液といって、ミネラルやヒアルロン酸、糖タンパク質などを含む液体で満たされています。美容に興味のある人なら萌えそうなことばが並びましたが、とりあえず美容は置いといてください。

結合組織には、場所によって脂肪を溜め込んだ脂肪細胞などもあります。ほら、美容とは違いますね。

血管や神経、臓器など、解剖しようとする「構造」は、たいてい、こうした結合組織に埋まっています。結合組織をていねいにとり除いて、構造を端から端まで丸裸にしていきます。「端から端まで」というのが重要です。苦労して全体があらわになったものをみると、とても美しく印象的で覚えがいいのです。ヒトの記憶って、そういうものですよね。

ただ闇雲に作業したのではうまくいきません。あらかじめテキストで予習して、先読みできるようにします。予習しないでは解剖はムリ、といってもいいです。

こんな話をすると、夏目漱石『夢十夜』第六夜を思い出します。夢で運慶うんけいが仏像を彫っているくだりです―

堅い木をと刻みに削って、厚い木屑がつちの声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっ開いた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。その刀の入れ方がいかにも無遠慮であった。そうして少しも疑念をさしはさんでおらんように見えた。
「よくああ無造作にのみを使って、思うようなまみえや鼻ができるものだな」と自分はあんまり感心したから独言のように言った。するとさっきの若い男が、
「なに、あれは眉や鼻を鑿で作るんじゃない。あの通りの眉や鼻が木の中に埋まっているのを、鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだからけっして間違うはずはない」と云った。

優秀な医学生も放任されると、予習しないので重要な神経やら血管やらを切ってしまったり、見ろといわれたものがちょっと頭を出したあたりで満足してたりします。教員にみつかると叱られます。ひどいと居残りです。みつからなかったとしても、試験になってから頓死するわけですが。

解剖、解体、損壊

見るべきものを予習して、体に分け入りながら見て形を学びます。予想外のものに出くわすことも、それをさらに追いかけることもあります。作業の都合で遺体から筋や臓器は順次外されていきますが、医学生の脳内にそのイメージが再構成されていきます。これが「解剖」。

これに対して、とりあえず「実習書の手順通り」手だけが動いているけど、学んではいないのが「解体」。疲れるとついこうなりがちです。今の実習書はよくできていて、手順をなぞるのだけは容易なので、ついここに陥りやすいです。しかし脳に何も残らないないのでは意味がない。

さらに、手順も違えて構造をただ壊してしまうのが「損壊」。ここに堕ちてはいけません。

メスを使うな、ハサミを使え

メスもハサミも刃物なのに、ナニイッテルカワカラナイ、ですね。

解剖学実習でメスを使っていると、教員に叱られます。全く必要ないわけではないのですが、特定の場面、つまり皮膚を切り開くときにだけ使います。これ、じつは外科手術も同じです。

剖出は「剥離はくり」の連続です。結合組織をより分け、血管や神経や臓器を引き剥がして掘り当てます。この操作を鈍的剥離といいます。結合組織は柔らかく不定形で、目的のものはそれより構造がしっかりしているので、密度や質感の違いをたよりに分けていきます。このときにメスを使うと、それらを区別しないうちに、まとめてスパッと切ってしまいがちなのです。いや、確実に切ります。

鈍的剥離に使うのが、ハサミです。外科では剪刀せんとうといいます。

ハサミは外科医のようにもちます(図4)。ハサミのループに母指(親指)と薬指を通し、中指を薬指側のループに添えます。示指(人差し指)をハサミのネジ(支点)のところ(届かなければその近くの柄の部分)に、「ピッ」と当てます。このようにもつと刃先がブレずに安定します。

図4 ハサミは外科医のようにもつ

変なもち方をしていても解剖学実習では叱られません。でも臨床研修で手術中の指導医だったりすると…怖いのでやめときます。

ハサミを閉じた状態で、結合組織の部分にブスっと刺します。そのままハサミを開くと、峰の側で組織が剥離されます。そのまま閉じずにハサミを引き抜けば、大切なものを刃で切らずに剥離できま(2)図5)。これをくり返して鈍的剥離を進めます。ハサミのよいところは、鈍的剥離して「ここにはモウナニモナイ」と確認できれば、刃の側で切除もできるところです。

図5 剥離のやりかた

剖出で使う道具があと3つ。1つはMall(モール)プローブ。長さ6インチのステンレスの棒で、先細に削られて、先端が少し曲がっています。これも結合組織に差し込んで剥離に使います。

次はピンセット。外科では鑷子せっしといいます。細かな部分を剥離するときに使います。2〜3種類を使い分けます。

最後に忘れてはいけないのが自分の指先。太めの神経や血管などは、指でぐりぐりすると、スピーディーに剥離できます。結合組織に深く埋もれた部分を触って確認することもできます。指の触覚は素晴らしく、間違いが起こりにくいのです。

献体

これは誤解のないよう説明させてください。「献体」のことです。

解剖学の教育と研究のために、生前の意志により自分の遺体を提供すること。これを献体といいます。遺志を敬い「篤志とくし献体」ということもあります。無条件・無報酬です。また匿名が原則で、誰が誰の遺体を解剖したかは明かされません。無条件・無報酬・匿名になっているのは、歴史的経緯があります。

図6 ジョン・ハンター(1728〜1793 年)

18世紀から19世紀のイギリスでは、解剖学用の遺体を確保するために盗掘がさかんに行われ、売買されていました。解剖学者ジョン・ハンター(図6)は、そんな盗掘の指示役もしていたのです。ついに殺人によって遺体を供給した事件が起きました。「バークとヘア連続殺人事件」として今も知られています。これがイギリスでの1832年の「解剖に関する法律」立法のきっかけになりました。その後、各国で解剖や献体の法制化がなされました。日本では、1949年に「死体解剖保存法」、1983年に「医学及び歯学の教育のための献体に関する法律」が定められました。

現在の日本では、解剖学実習用の遺体は献体によってまかなわれています。最近では各大学に「手術手技研修センター」が設けられています。外科医の技能向上と新しい術式の開発のために、献体された遺体を用いた模擬手術がおこなわれます。各医学部・歯学部で献体を希望される方を募って登録していて、登録者が亡くなったときに遺体を引きとります。献体が行われるのは、本人の遺志はもちろんのこと、遺族の同意が前提です。

解剖後は火葬され、遺骨は遺族に返還されます。また希望により大学の納骨堂に納めることもあります。おおむね1〜2年後になります。このとき、文部科学大臣からの感謝状が遺族に伝達されます。

献体者と遺族への感謝をあらわすため、学生・教職員が参加し、遺族を招いて「解剖献体慰霊祭」が大学主催で毎年催されます。その祭壇の奥には解剖を終えた遺骨が静置されています。皆で献花をし、大学と学生の代表が謝辞を述べます。

生命倫理と解剖学実習

ホグワーツ魔法魔術学校の第4学年を終えたハリー・ポッター。生徒らを送る乗りものが馬にひかれていることに気づくが、同乗する友人たちには見えていないことに驚く。この馬は、死を目撃した経験のある者にしか見えないという魔法生物セストラルだった。ハリーは学年末のヴォルデモートらとの戦いで学友セドリックの死を目撃していた…。

J・K・ローリング『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』より要約

死を目撃することは人生の強烈な経験になるようです。解剖学実習では、加えて遺体の中にまで分け入るわけです。最終日の納棺では「看取り」や「みおくり」のような経験もします。実習を終えた学生たちの顔つきは、以前よりどこか精悍に凜然としたように見えます(試験が辛くてやつれただけかもしれませんが)。

医学部には「生命倫理」を学ぶ授業が別にあります。しかし倫理を学ぶのに「体験」は不可欠。解剖学実習は医学生としての最初のそういう体験になります。

体を支える骨格系

解剖学実習では、体を部分部分に分けて詳しく調べていきます。そのとき、全身に及ぶものだけ先に覚えておくと、全体を見失わずにすみます。

まず骨格系をみていきましょう。骨格系の働きは、体の軸になって支えること。筋といっしょに体を動かす役割も担います。骨髄で血液細胞をつくってもいます。解剖で骨格系を最初に押さえておくと、後でいろいろ役立ちます。

人体の目盛りになる

ヒトの骨格は、200余りの骨でできています(図7)。それぞれの順序や場所が決まっているので、人体の位置をいうときに、骨格が目盛りになります。

図7 全身の骨

骨格は大きく、軸骨格付属骨格に分けられます。軸骨格は頭の骨、脊柱せきちゅう胸郭きょうかく。付属骨格は上肢・下肢の骨ですね。

頭の骨は、解剖学では頭蓋骨とうがいこつといいます。ここには脳、眼、耳、鼻、口などが納められています。頭蓋骨はたくさんの小さな骨が組合わさってできています(9章)。

脊柱が頭蓋骨に続きます。脊柱は椎骨ついこつが上下に連なってできています。椎骨をまずカウントしてみます。これらは似た形の骨がリピートしているので、目盛りに使うのにピッタリです。

頸部をつくっている椎骨が頸椎けいついで7個。これ、哺乳類はどれも同じです(例外はまあ数種あるのですが)。胸部をつくっている椎骨が胸椎きょうついで12個。胸椎の左右には肋骨ろっこつが1本ずつ付いてます。12対になります。肋骨は途中から軟骨になって、前胸壁の正中で胸骨に付いています。腰部は腰椎ようついで5個。骨盤部は仙骨せんこつという1つの骨になっていますが、これはもともと5つの仙椎せんつい癒合ゆごうしてできたものです。仙骨の下には尾椎びついがあって、これが2〜3個。

なにはともあれ、この数を覚えちゃってください。

頸椎は、1週間が7日だから7個。胸椎は、1年が12カ月だから12個。腰椎は、手のゆびが5本だから5個。仙椎は足のゆびが5本だから5個です。

上肢(肩から手まで)の骨は、上肢帯と自由上肢に分けられます。上肢帯は肩甲骨と鎖骨の2つでできています。自由上肢は、上腕、前腕、手に分けることができて、上腕は上腕骨だけです。前腕は橈骨とうこつ尺骨しゃっこつが平行に並んでいます。手の骨は、手首をつくる手根骨8個、手のひらをつくる中手骨5本、指をつくる指骨(母指は2本、他は3本)からなります。

下肢(腰から足まで)の骨も上肢の骨と似たデザインです。下肢帯の骨は寛骨かんこつで、仙骨に付いています。寛骨は、腸骨、恥骨、坐骨の3つの骨が癒合したものです。自由下肢は大腿、下腿、足からできていて、大腿の骨は大腿骨です。下腿は脛骨けいこつ腓骨ひこつの2本。足首の足根骨が7個で、手より1つ少ないです。足の甲になる中足骨は5本です。足のゆびはと書き、その骨が趾骨しこつです。親ゆびの趾骨は2本、他のゆびは3本ずつです。もう1つ、膝に膝蓋骨しつがいこつがあります。

数なんてどうでもいい気がしませんか?名探偵シャーロック・ホームズがいいことをいっています。ホームズが相棒のワトソンに「観察」について話す場面です。

「きみは見ているだけで、観察していないんだ。見ることと観察することとは、まるっきり違う。たとえば、玄関からこの部屋へ上がる階段を、きみは何度も見ているね」「ずいぶん見ている」「何度くらい?」「そうだな、何百回と見ているな」「じゃあ聞くが、何段ある?」「何段かだって!そんなのは知らないな」「そうだろう!観察していないからだ。見るだけは見ているのにね。ぼくの言いたいのはそこなんだよ。ぼくは十七段だということを知っている。見るだけでなく観察もしているからだ。」

アーサー・コナン・ドイル(日暮雅通/訳)
『ボヘミアの醜聞(シャーロック・ホームズの冒険)』より引用

後できっと役立ちますから、骨の数を覚えておいてくださいね(17段…胸椎+腰椎ですね)。

体表の目安に使う

骨格は硬くて位置がずれないので、皮膚の上から触れられる骨を目安にすると、体表上の位置を安定して決めることができます。

自分の体で1つやってみましょう。左の鎖骨に触れて、その中点を決めてください。そこから垂直に下ろした線を鎖骨中線といいます。鎖骨のすぐ下に触れられる肋骨は第2肋骨です(第1肋骨は鎖骨の奥にあって触れられません)。そこから数えて第5肋骨を見つけます。第5肋骨と第6肋骨との間が、第5肋間です。

鎖骨中線と第5肋間との交点を触れると拍動を触れられます。そこには心臓の先端部からの振動が伝わっていて、心尖しんせん拍動といいます。医師が心臓の状況を確認するポイントの1つです。

解剖学名になる

骨の名前は、他の解剖学名によく利用されます。先に骨を覚えておくと、後々他の解剖学用語を覚えるときに省力化できてよいです。

例えば、頸にあって頭を動かす筋に、胸鎖乳突筋きょうさにゅうとつきんというのがあります。これ、その筋が付いている場所、胸骨、鎖骨、乳様突起にゅうようとっき(頭蓋骨にある骨の突起)を並べただけです。

脈をとるときの台になる

医師はよく、患者に指を当てて脈をとります。動脈に触れて脈の速さや強さをみているのです。

こういうときに使う動脈は、どれも体表近くにあって、しかもその奥に骨があります(図8)。指で動脈を骨に軽く押し付けると、脈を触れられるのです。手首で脈を測る動脈は橈骨動脈で、その奥に橈骨があります。

図8 橈骨動脈を指と橈骨とで挟む

こうした条件が揃っていれば、かなり細い動脈でも脈をとれます。指の腹のぷにぷにした部分を反対の手の母指と示指で軽く摘まんでみてください。脈拍を触れられます。

医師は体のいろいろなところで脈をとれるよう練習します。動脈が詰まるなどして血流が途絶えたときに、診断に使えるからです。

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