第1章「代謝」とはエネルギー変換である
生化学の大部分を占めるのは代謝です。これまた理解が難しく、生化学が嫌いになる原因の1つではないでしょうか?生化学の教科書を調べると、代謝とは、「異化と同化を合わせたもの」「エネルギーの流れ」などと説明されています。しかし、この説明では、理解が進んだようには思えません。「異化とは何か?」「同化とは何か?」といった疑問がわいてくるだけです。この章では、まず代謝の本質である生体内のエネルギーについて、基本的な内容を確認していきましょう。
エネルギーの形
ひとまず、代謝という難しい言葉から離れて、エネルギーの形態変化であると考えてみましょう。少しでも生物学や生化学を勉強したことがある人は、「生体のエネルギー通貨はATPである」ことを知っています。しかし、ATPだけが生体のエネルギーではありません。私たちの体でエネルギーは様々な形で存在します。代表的なものだけでも、熱エネルギー、光エネルギー、化学結合エネルギー、酸化還元エネルギー、化学濃度勾配エネルギー、電気的エネルギーなどが挙げられます。熱や光、電気はなんとなく「エネルギー」という感じがしますが、化学結合、酸化還元となると少し難しいですね。でも、生化学では、この「化学結合のエネルギー」がとても重要な役割を果たしています。先ほど触れたATPも、化学結合のエネルギーです。エネルギーは、私たちの体内で次々に姿を変えながら利用され、蓄えられています。
化学結合のエネルギーと化学反応
化学結合はエネルギーなので、一般的には、化学結合の数が多いほど蓄えられているエネルギーは大きくなります。細胞の主成分であるタンパク質、糖、脂質、核酸は、生体高分子とよばれ、その名の通り、分子量が大きく、多くの化学結合をもっています。デンプンはグルコースに分解され、解糖系でピルビン酸に変換されます(第5章参照)。ピルビン酸よりもグルコース(ブドウ糖)の方が、また、グルコースよりもデンプンの方が大きな分子であり、化学結合の数も多いです。このことから、1分子あたりで比較すると、デンプンはグルコースよりもはるかに多くのエネルギーを蓄えていることがわかります。
化学反応とは、化学結合を切ったり新しく作ったりする過程のことです。化学結合が切られると、そこに蓄えられていたエネルギーは、何らかの形で放出せざるをえません。多くの場合は熱エネルギーとして放出されます。エネルギーの形態が、化学結合から熱へと変化した例です。逆に、新しく化学結合を作るには、エネルギーの注入が必要であることがわかります。まとめると、化学結合を作る反応はエネルギーの注入で、化学結合を切る反応はエネルギーの放出です。とても大雑把な記述ですが、代謝ではこの考え方がとても重要です。
大きい分子を小さく分解していく過程では、エネルギーが放出され、逆に小さい分子から大きい分子を作り上げる過程には、エネルギーが必要です。前者を異化、後者を同化とよびますが、その名前を覚える必要はなく、この考え方を理解することが大切です。
例えば、光合成という過程は、二酸化炭素という小さい分子(化学結合が2本)に光に由来するエネルギーを注入して、グルコースというより大きな分子(化学結合が20本以上)を作る過程です。よって、光合成は「同化」反応です(第8章参照)。
三大栄養素のエネルギー
糖質、脂質、タンパク質は、栄養学的には三大栄養素とよばれます。これにビタミンとミネラルを加えて五大栄養素です。これらを区別するものは、エネルギーです。三大栄養素はすべて高分子であり、多くのエネルギーが取り出せます。1グラムあたりの平均値を図1-1に示します。脂質が9キロカロリーと断トツで大きいですね。脂質の成分である脂肪酸やコレステロールは、27個の炭素を含む化合物で、多くの化学結合のエネルギーを含んでいます。
一方、ミネラルや一部のビタミンは小さな分子(低分子)です。生体内で分解されにくいのでエネルギーにはなりません。しかし、エネルギーを取り出す以外にとても大切な働きがあるので五大栄養素に選ばれています。どのように大切かは第16章で説明しましょう。
食べ物のカロリーとエネルギー
ヒトや動物の場合、食べ物から栄養を得ます。空腹が続くと、動物は死んでしまいます。三大栄養素を体内に取り込み、それをエネルギーに変換することで私たちは命を維持しています。
皆さんがスーパーやコンビニで食品を購入する時に、そのパッケージを注意深く見てみてください。おそらく図1-2のような表示があります。これは、食品表示法により定められていて、一部の食品を除いて必ず表示しなければなりません。先ほど触れた三大栄養素(糖質、タンパク質、脂質)の他に、五大栄養素のビタミン、ミネラルなどの量も記載されています。エネルギー(熱量)は必ず先頭に表示されていて、キロカロリーという単位で表されます。このカロリーはエネルギーを示す単位の1つです。おにぎり1個だと約200キロカロリー、食パン1枚もおよそ200キロカロリーといった具合です。
少し考えてみましょう。1カロリーの定義は、1グラムの水を1℃上昇させるのに必要なエネルギーです。ということは、200キロカロリーのエネルギーとは、1キログラムの水を200℃上昇させることができる量です。200ℓのお風呂であれば、1℃上昇させることができます。皆さん、どう思いますか?おにぎり1個でお風呂の水温は約1℃上昇します。ということは、20個ほどのおにぎりで風呂を沸かすことさえできてしまいます(20℃→40℃に上昇)。しかし、皆さんが知っての通り、風呂桶におにぎりを投げ込んでもお風呂を沸かすことはできません。では、
化学結合を切ることで得られるエネルギー
おにぎりをお風呂に投げ込んだ時と私たちが食べた時とで、どのような違いがあるか考えてみましょう。お風呂に投げ込んでもおにぎりはおにぎりのままで、なんの化学反応も起こりません。おにぎりに含まれるデンプンはいつまで経ってもデンプンのままです。一方、私たちが食べると、唾液や胃液に含まれる分解酵素(アミラーゼなど)によりデンプンはグルコースに分解されます。そして、グルコースは腸壁から体内に取り込まれた後、分解されてピルビン酸になり、TCA回路(クエン酸回路)で酸化されて二酸化炭素になります(第5章参照)。このデンプン→グルコース→ピルビン酸→二酸化炭素へと至る過程で化学結合が切られ、そのエネルギーが別の形態に変身します(ここでは、主に酸化還元エネルギーです)。
このように、食べ物(有機物)に含まれるエネルギーは、化学反応により形態を変えることで体内で利用されます。化学反応が進行しなければエネルギーは取り出せません。食品表示に記載されているエネルギーは、あくまで、食べて体内で分解された時に取り出せる最大のエネルギーを示しています。水に入れてもそのエネルギーは取り出せませんが、燃焼させると熱として取り出すことができます。しかし、おにぎりを20個ほど燃やしても風呂水が沸くほどの温度上昇はありません。これは、燃焼熱がいかに効率の悪いエネルギーであるかを示しています。
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