サイエンスコミュニケーション講座から学ぶ 科学が伝わる技法〜共感を生む双方向の対話、情報発信、アウトリーチ、研究資金獲得に活きるヒント

サイエンスコミュニケーション講座から学ぶ 科学が伝わる技法

共感を生む双方向の対話、情報発信、アウトリーチ、研究資金獲得に活きるヒント

  • 奥本素子,種村 剛/編,池田貴子,川本思心,小林良彦,原 健一/著
  • 2026年03月16日発行
  • A5判
  • 384ページ
  • ISBN 978-4-7581-2141-5
  • 3,960(本体3,600円+税)
  • 在庫:予約受付中
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01 あなたの今の場所、目的の場所

 

サイエンスコミュニケーションを学ぶとは

科学をめぐる、科学を超えたコミュニケーション

なぜ人々は科学者の作成した報告書ではなく、一人の少女が学校をストライキして掲げた気候変動のプラカードに共感したのだろう。なぜノーベル賞受賞者はiPS細胞研究への寄付を募るためにマラソンを走るのだろう。なぜ核廃棄物処理施設を地域に受け入れてもらう際には、金銭的補償よりも公共の道徳の話をする方が効果的なのだろう。なぜワクチンを接種する際に、医学的なデータよりも、親しい人が打っていたと言われたほうが安心するのだろう。

その疑問を解くカギはサイエンスコミュニケーションにある。サイエンスコミュニケーションとは、社会のなかで行う科学のコミュニケーションである。社会では科学を、印象やわかりやすさ、共感、信頼関係などで判断する。科学の話なのに科学的な話し合いができない! との嘆きはよく聞くが、じつは科学的な話し合いができる場面のほうが限られている。科学者が科学を科学的に話すことは、自分の専門に近い科学者のなかだけでしかできないのである。社会のなかで科学を語る際には、科学の専門家も、そして科学の専門家以外も、科学を科学的に語るのではなく、社会のなかの科学という立場でコミュニケーションしなければならない。

 

サイエンスコミュニケーションをはじめるためには

では、実際にサイエンスコミュニケーションをはじめるにはどうすればよいのだろう。サイエンスコミュニケーションは、コミュニケーションを用いた科学と社会の間にある問題解決の手法である。普段あなたが友達や家族と何気なくしている会話ではなく、立場や知識が違う人同士が、何らかの目的をもって、あえて行うコミュニケーションだ。

話がうまいから、聞き上手だから、文章を書くのが得意だから、といってサイエンスコミュニケーションがうまいわけではない。また科学的知識がどれほど豊富であっても、「コミュニケーションを通して問題を解決する能力」は全く別の能力である。つまり普段のコミュニケーションが不得意であっても、科学的な専門教育を受けていなくても、この分野をきちんと学べば、誰しも実りあるサイエンスコミュニケーションをデザインできる可能性を秘めている。

そのために本書では、サイエンスコミュニケーションをはじめるために必要な背景と理論を紹介していく。

 

サイエンスコミュニケーションを教育して20年

サイエンスコミュニケーションを専門に行う人材をサイエンスコミュニケーターという。日本で本格的にサイエンスコミュニケーターの養成がはじまったのは、2005年である。

北海道大学(以下、北大)は2005年に「科学技術コミュニケーター養成プログラム」、通称CoSTEP(Communication in Science & Technology Education & Research Program)を開講した。CoSTEPは、通学で学ぶ本科と、e-learningと短期のスクーリングで学ぶ選科を設けており、そのどちらとも北大生も北大生以外も受講できる(図0-1)。本科の定員は20名程度、選科は2〜3コースあり、各コース定員20名程度である。また、修了後に独自のプロジェクトを教員と共に行う研修科もある。最大で100名の受講者を1年間で受け入れ、20年間の延べ修了生数は1,400名である。その規模は国内最大級であり、日本で最も長く続いているサイエンスコミュニケーション講座のひとつである。いずれのカリキュラムでも、理論を学ぶこととは別にスキルや実践を学ぶことを重視しており、理論と実践の往還による学びをめざしている。

そして本書はCoSTEPのサイエンスコミュニケーター教育の基礎となる部分を抽出してまとめた入門的な書籍である。実践をはじめる前に知っておきたいサイエンスコミュニケーションのトピックを幅広くまとめた。CoSTEPの20年間の学びから生まれたエッセンスをもとに、サイエンスコミュニケーションを学びはじめよう。

 

サイエンスコミュニケーションとは?

科学で答えられる問いと科学では答えられない問い

サイエンスコミュニケーションといえば、科学をわかりやすく魅力的に伝えること、というイメージがあるかもしれない。しかしサイエンスコミュニケーションは科学で答えられる問いだけでなく、科学では答えられない問いにも向き合っていく。

例えば、科学的知見を用いて地震の発生確率は予測できても、いつ起こるかは答えられない。新しいワクチンが多くの人に有効であることは確かめられても、絶対安全だという保証はできない。科学は社会にとって有用な場合もあるが、例外的なことが起こったり、運用の過程でトラブルが起こることは避けられない。

この状況では、科学で答えられることと科学では答えられないことを区分し、科学では答えられない課題を科学で解決するのではなく、社会的に解決するという方向にもっていくコミュニケーションが必要になる。

 

サイエンスコミュニケーションは肝心なときに役に立たない?

サイエンスコミュニケーションは肝心なときに役に立たないという批判を受けることがある。福島第一原子力発電所の事故直後や新型コロナウイルス感染症拡大期に、適切な情報を迅速に発信しない際、研究者やサイエンスコミュニケーターは何をしているのだと周囲からせかされる場合がある。情報ニーズが高まっているのに科学的知見の不確実性が高い時期のコミュニケーションをクライシス・コミュニケーションとよぶ。クライシス・コミュニケーション時には、科学的情報は日々更新される。さらに情報が入り乱れるインフォデミックの状態に陥ることもある。この場合、サイエンスコミュニケーションでは情報が確定しない段階で発信を控える場合もある。

その代わりサイエンスコミュニケーションは平時のときから、社会と科学を緩やかに結ぶネットワークを紡ぐことに貢献する。まるで町内会で緩やかにつながっていることによって災害時に一致団結できるように、コミュニケーションが難しくなる場面を想定して平時よりコミュニケーションをとっておくのがサイエンスコミュニケーションの機能の一つである。

 

将来のためのサイエンスコミュニケーション

科学は便利で、私たちの生活を改善するというイメージがあるが、運用面ではさまざまな課題をはらんでいる。実験室で成功していた知見も、製品化され大量生産される過程でミスやエラーが起きる確率が高まっていく。また科学技術は、一度社会に組み込まれると、問題が分かっても簡単にその使用を止めることができない。例えば自動車という科学技術が社会で運用されはじめると、社会には交通ルールができ、車道を整備しはじめる。社会の中で広く自動車が利用されるようになると、たとえ自動車事故のリスクがあろうと、もはや私たちの社会に自動車を活用しない選択肢はないのである。

科学技術によってもたらされる負の影響は人工リスクに分類される。自然災害などの外部リスクと違い、人工リスクはその影響の範囲や挙動の予測が難しいのが特徴だ。また新しい科学技術は運用初期にはリスクが小さいが、広く利用される過程で徐々に影響が大きくなる新興リスクの側面も持つ。

 科学技術が社会で運用される場面では、運用される前に、そして運用がはじまってからも、課題が起こる前から研究者、運用者、そして多様な場面での利用者といった複数のステークホルダーを結び付けておく必要がある。社会と科学の間のネットワークというインフラを地道につくっていくこともサイエンスコミュニケーションには含まれる。

 

果てしないサイエンスコミュニケーション

どんなに社会的なルールが整い、課題解決の体制ができたとしても、社会的な枠組みだけでは解決しない場面がある。それがあなたと私の間で行われる小さな単位のコミュニケーションである。信頼やつながりといった感情や意識は、個人的な経験や繊細な対話によって育まれる。どのようなコミュニケーションだったら正解なのかという答えはないが、コミュニケーション以外で代替できるものでもない。

情報が瞬く間に不特定多数の人に広がる現代であっても、サイエンスコミュニケーションは対面で少人数に向けて行われることも多い。一見、発信としては効率が悪そうだ。ただし、さまざまな情報が飛び交い、時に拙速に決断がくだされてしまう現代のコミュニケーションには課題も多い。サイエンスコミュニケーションは、情報発信という短期的な機能だけでなく、科学への信頼や責任を長期的に育み、科学への不信や批判を対立ではなく対話で折り合いをつけることをめざしている。サイエンスコミュニケーションは鮮やかな課題解決をする魔法の道具ではないが、サイエンスコミュニケーションでしか解決しない課題に取り組む果てしない活動なのである。

 

サイエンスコミュニケーションの地図として

本当に必要なサイエンスコミュニケーションとは? 

サイエンスコミュニケーションは幅広く、そして複数の分野にまたがる学際的な活動だ。だからこそ、つい自分のスタート地点やゴール地点を見失いがちである。

よくあるつまずきとして、課題解決のために設定された目的が必要なサイエンスコミュニケーションとずれている場合がある。例えば、サイエンスコミュニケーションの目的を「基礎研究の重要性を知ってもらう」と設定するとしよう。しかし基礎研究の価値はそれほど市民に浸透していないのだろうか。2022年に文部科学省の科学技術・学術政策研究所が実施した「科学技術に関する国民意識調査-SDGsについて-」2によると国民の76%が「たとえすぐに利益をもたらさないとしても最先端の学問を前進させる科学研究は必要であり政府によって支援されるべき」と回答している。8割近い市民意識を9割にまで高めるためのサイエンスコミュニケーションをめざすのか。もしかすると本当の課題は、基礎研究への予算配分のバランスにあるのかもしれない。もし、真の課題が社会意識の向上ではなく、予算のバランスの是正であるのならば、予算配分の仕組みについて再考を促すサイエンスコミュニケーションが必要になるだろう。

また適切な目的を設定したとしても、次に考えなければならいことは社会システム全体への配慮だ。先ほどの基礎研究への予算配分を増やすサイエンスコミュニケーションに成功したとしたら、それで万事うまくいくのだろうか。基礎研究への配分が多くなれば、相対的に応用研究への予算が減らされるかもしれない。果たしてそれは科学全体のエコシステムをより良い方向に導くのだろうか。

サイエンスコミュニケーションは、社会と科学全体のシステムを俯瞰して、そこにある課題を解決する活動である。そのため、短期的な目的だけでなく、長期的で、俯瞰的な目的設定をする必要がある。そのためにも、サイエンスコミュニケーターは分野を横断する広い視野を持って、目的を設定しなければならないのだ。

 

自分の場所からは見えていない景色

人はつい自分がかかわっている分野をアピールしたくなってしまうし、自分が被った被害や不当な扱いについては訴えたくなる。そして自分と同じ考えの人を増やしたくなる。

しかし科学技術のシステムが複雑化している現在、関係するステークホルダーの範囲は想像以上に広い。科学技術のリスクも一歩引いてみると、より複雑な事情が見えてくる。科学技術にはリスクもあるが、有用性もあり、一概に良し悪しを決めることは難しい。例えば、サリドマイドという薬は胎児の発達に影響を与え、のちに奇形の症状を引き起こすことがわかり、使用が中止された。しかし、血液のがんには有効であることがわかり、現在は慎重な運用の下、一部の疾患に利用されている。

ある科学技術の開発や使用をやめるという選択肢だけが、科学技術の負の側面をコントロールする手段ではない。運用のシステムを改善する、リスクを減らす研究をするといった選択肢もある。自分の目的が達成された先に、本当に不利益を生じる人がいないのか、どの目的が社会全体の幸福につながるのか、一歩引いてみることで、自分の場所からは見逃されていた課題や立場が見えてくる。

 

あなたのサイエンスコミュニケーションの地図として

本書では、できるだけ広くサイエンスコミュニケーションの取り組みについて触れていく。それはまず、読んでいるあなたに、自分のサイエンスコミュニケーションの立ち位置とめざすべき目的を明確にしてほしいからだ。

次に、自分の立ち位置からは見えないサイエンスコミュニケーションの場面があり、そこでは全く違うコミュニケーションが展開されていることを理解してほしい。もしかしたら、全く違うサイエンスコミュニケーションを知ることによって、あなたのサイエンスコミュニケーションの視野が広がるかもしれないし、行き止まりだと思っていた道は別のサイエンスコミュニケーションにつながるための曲がり角なのかもしれない。

この本はサイエンスコミュニケーションという迷路のなかで、あなたがあなたの本当にたどり着きたいゴールをめざすための地図のような役割を果たすことをめざしている。

引用文献

1) CoSTEP:CoSTEPの教育

https://costep.open-ed.hokudai.ac.jp/costep-program

2) 文部科学省 科学技術・学術政策研究所:科学技術に関する国民意識調査-SDGsについて-.2022

https://nistep.repo.nii.ac.jp/records/6796 (2025年10月閲覧)

書籍概略はこちら
サイエンスコミュニケーション講座から学ぶ 科学が伝わる技法〜共感を生む双方向の対話、情報発信、アウトリーチ、研究資金獲得に活きるヒント

サイエンスコミュニケーション講座から学ぶ 科学が伝わる技法

共感を生む双方向の対話、情報発信、アウトリーチ、研究資金獲得に活きるヒント

  • 奥本素子,種村 剛/編,池田貴子,川本思心,小林良彦,原 健一/著
  • 3,960(本体3,600円+税)
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