2章 申請書の書き方 内容編
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前章では学振の制度や審査のしくみ、応募戦略について解説しました。本章では、いよいよ実際の申請書作成に取り組みます。「何を」「どのように」書けば審査委員に研究の価値が伝わるのか、内容の具体的な書き方のコツを詳しく解説していきます。形式的なコツについては次章で扱います。 申請書作成で最も重要なことは「とにかくわかりやすく書く」ことです。審査委員は限られた時間のなかで多数の申請書を読まなければならず、しかも必ずしもあなたの研究分野の専門家ばかりではありません。専門外の研究者が読んでも、研究の背景、目的、方法、期待される成果が理解できる申請書を作成することが採用への第一歩となります。 私がこれまでに読んだ300件を超える申請書のなかで、採用された申請書には共通する特徴があります。それは、審査委員のことを考え抜いて構成され、論理的で説得力があり、そして何より「面白い!」と思わせる魅力をもっていることです。本章では、申請書の各項目について、どのような点に注意して書けばよいか、具体例を交えながら説明していきます。 |
よい申請書とは
申請書作成をはじめる前に、まず「よい申請書とは何か」を明確にしておきましょう。私がこれまでに数多くの申請書を読んできた経験から、採用される申請書には明確な共通点があります。
誰が読んでもわかりやすい
採用される申請書の最大の特徴は、専門外の研究者が読んでも内容を理解できることです。前章で説明したとおり、審査委員5名のうち、あなたの研究分野とぴったり重なる専門家は1名いるかどうかです。残りの審査委員は関連分野の研究者であり、場合によってはかなり異なる分野の専門家が審査することもあります。
文系理系を問わず、私が読んできた採用される申請書は、その分野の専門知識がなくても次のことが明確に理解できました。
- なぜその研究を行う必要があるのか(研究の背景と意義)
- 何を明らかにしようとしているのか(研究の目的)
- どのような方法で取り組むのか(研究の手法)
- 何が期待できるのか(研究の成果と波及効果)
短時間で魅力が伝わる
審査委員は1件あたり、おそらく10分程度という短時間で申請書を読む可能性が高いです。この限られた時間のなかで研究の価値を伝えるために、よい申請書には以下の特徴があります。
- 冒頭で心をつかむ:最初の数行を読んだだけで「これは重要な研究だ」「面白そうだ」と思わせる導入になっています。社会的な課題や学術的な問題を具体的かつ魅力的に提示し、審査委員の関心を一気に引きつけます。
- 論理的な構成:大きな話(社会的・学術的課題)からはじまって、段階的に具体的な研究内容へと絞り込んでいく構成になっています。審査委員が迷子になることなく、自然に研究の核心部分へと導かれる流れがつくられています。
- 視覚的にもわかりやすい:適切な見出しが設けられ、重要な部分には強調が施され、概念図が効果的に配置されています。文章だけでなく、視覚的にも理解しやすい工夫が随所にみられます。
基本的に申請書に書かれている指示に従っている
意外と見落とされがちなのですが、申請書のテンプレートに書かれた指示に従っていない申請書が多いです。申請書のテンプレートには、記入に際しての指示出しが書かれています。指示出しに沿って記述するとよい申請書が書ける可能性が高まります。
「研究計画」の指示出しを例にあげて説明しましょう(図2-1)。研究計画のすぐ横に「適宜概念図を用いるなどして」と書かれています。これはつまり「概念図をつくりなさい」ということです。
また、下部には「当該分野の状況や課題等の背景、並びに本研究計画の着想に至った経緯も含めて記入してください」とあります。つまり、「当該分野の状況や課題等の背景」と「本研究計画の着想に至った経緯」を書いてくださいということです。
これらの指示に従わなくても採用された申請書を読んだことはありますが、それは視覚的な工夫が多く施されていましたし、内容も非常に洗練されていました。基本的には従うことをおすすめします。
構成が明確になるメリット以外にももう1つ大きなメリットがあると考えています。審査委員は数多くの申請書を読みます。そうすると、多くの申請書と同じ構成で書かれている申請書の方が評価しやすくなるため、よりスムーズに研究内容を伝えられる可能性が高いです。構成が異なる申請書(独自の構成の申請書)だとそれだけである程度の認知負荷がかかるので、審査委員視点に立って考えても、テンプレートの指示に従うことを強くおすすめします。
日本学術振興会特別研究員DC 申請内容ファイル(様式)より引用。
パラグラフ・ライティングができている
採用される申請書に共通するもう1つの特徴が、優れたパラグラフ・ライティングです。パラグラフ・ライティングとは、各段落がそれぞれ1つの明確な主題をもち、論理的に構成された文章構成法のことです。限られた時間で多数の申請書を読む審査委員にとって、段落構成が明確な申請書は格段に読みやすく、内容の理解も深まります。
パラグラフ・ライティングのできているよい申請書では、各段落の冒頭や最後に「トピック・センテンス」とよばれる主題文が置かれており、その段落で何について論じるのかが明確に示されています。例えば、「ただし、従来手法には以下の3つの課題がある」といった形で、審査委員はその段落の内容を予測しながら安心して読み進めることができます。
逆に、質の低い申請書では、1つの段落内に複数の異なるトピックが混在し、審査委員は「この段落で何を言いたいのか」を理解するのに余計な労力を費やすことになります。先行研究の説明、自身の着想、期待される成果などが同一段落内で無秩序に記述されていると、論理的な流れを追うことが困難になり、結果として申請書全体の説得力が大きく損なわれます。
また、優れた申請書では段落間の移行も自然で、前の段落の内容を受けて次の段落がはじまるという論理的なつながりが保たれています。これにより、審査委員は迷子になることなく、申請者の思考の流れに沿って内容を理解することができるのです。
作成の方針と流れ
申請書作成をはじめる際、多くの人が「どこから書きはじめればよいかわからない」という悩みを抱えます。申請書の作成方法は、あなたの研究の進捗状況によって大きく2つのパターンに分かれます。自分がどちらのタイプかを把握してから作成に取り掛かることで、効率的に申請書を完成させることができます。これまでの経験上、圧倒的に数が多い方から説明します。
具体的な研究内容はぼんやりと思い浮かんでいる人(特に先行研究との差分や社会における意義が明確になっていない人)
「この実験をしたい」「この手法を使って研究したい」「この現象を調べてみたい」というイメージはあるものの、研究の背景や目的を明確に書けない場合は、以下のようなボトムアップ方式の作成手順がおすすめです。
① 研究方法・内容の検討:まず具体的にやりたいことを書き出します。「○○という手法を用いて、△△を調べる」といった形で、具体的な研究手法を書き出します。この段階では完璧である必要はありません。
② 研究目的の検討:その方法によって「何がわかるのか」「どのような仮説が検証できるのか」を考えます。ここで研究の核心部分がおぼろげながら見えてきます。
③ 背景・課題の整理:明らかにしたいことが見えてきたら、「それを明らかにする必要性はどこにあるのか」を考えます。学術的に未解決課題、社会的な課題を探ります。
④ 全体の再構成:背景、目的、方法の関係性を見直し、それらが一貫するように調整します。この過程で、背景の情報は自身の研究を説明するうえで十分か、背景や目的に対して妥当な方法なのか、他の方法はないのかなど再検討することになり、場合によっては大きく研究計画が変わります。
このパターンでは、書きながら研究の全体像が段々と明確になってきます。最初に書いた内容と最終的な内容が大きく変わることもありますが、それは研究計画がより洗練されている証拠です。
研究課題・目的が明確な人
すでに「この問題を解決したい」「この謎を解明したい」という具体的な研究課題が明確になっている場合は、前述とは逆の順番のトップダウン方式で申請書を作成します。
① 研究の背景・課題:学術的な課題や社会的な課題を整理する
② 研究目的:課題を受けて、何を明らかにするかを設定する
③ 研究方法・内容:目的達成のために必要な具体的な手法を検討する
④ 研究の特色・独創性:先行研究との違いを明確にする
⑤ 期待される成果:研究完成時のインパクトを描く
このパターンの人は、研究の全体像が見えているため、論理的な流れに沿って順序よく書き進めることができます。各項目の整合性を確認しながら、一貫したストーリーを構築していきましょう。
2つのパターンに共通するポイント
どちらのパターンでも、以下の点を常に意識してください。
課題、目的、方法が論理的につながっているかを常に確認しましょう。特にボトムアップ方式では、最初に書いた方法と最終的な目的が合わなくなることがあります。
専門外の審査委員が読んでも理解できるように、各段階で専門用語の使用を最小限に抑え、説明を丁寧に行いましょう。
一度書いて終わりではなく、全体を通して読み直し、改善点を見つけて修正を重ねることが重要です(4章-1)。 |
申請書作成は研究計画を洗練させる貴重な機会でもあります。自分に合った作成手順で、じっくりと時間をかけて取り組んでください。
申請書の構成案
申請書の構成は、審査委員が迷うことなく研究内容を理解できるよう、論理的な流れをつくることが重要です。基本構成の考え方としては、申請書は大きな話から具体的な話へという流れで構成します。まず審査委員に「なぜこの研究が必要なのか」を理解してもらい、そのうえで「何を」「どのように」行うのかを示していきます。
ここでは、これまでの経験から効果的だと考える、申請書の指示出しに沿った構成案を提示します。ただし、これはあくまで一例であり、参考情報として扱ってください。研究分野や内容に応じて調整してください。ボールドにしているところが見出し(候補)で、それ以外がその見出しの説明となっています。
研究課題名
- 研究内容が端的に伝わる名称
- 専門外の人にも意味が推測できる表現を心がける
研究の概要(全角500字〔半角1,000字〕)
- 研究全体の要約
- 課題・目的・方法・期待される成果を簡潔にまとめる
- この部分だけで研究の全貌が理解できるように作成
研究の位置づけ(概要含めて1ページ)
- 当該分野の状況や課題などの背景
- 社会的課題:解決が求められている現実の問題
- 学術的課題:先行研究で明らかになっていない部分
- 大きな枠組みから段階的に研究テーマに絞り込んでいく
- 研究課題設定に至った着想・経緯
- 上記の課題を受けて、なぜこの研究に取り組もうと思ったのか
- 先行研究と自身の技術・アイデアを組合わせた具体的なストーリー
- 課題と研究目的を結ぶ「橋渡し」の役割
研究目的・内容等(2ページ)
- 研究目的
- 研究によって何を明らかにするのかを明確に記述
- 後述する研究方法・内容をすべて包括する目的を設定
- 研究方法・内容
- 目的達成のための具体的な手法
- なぜその方法を選ぶのかの理由も明記
- 「何を」「どのように」「どこまで」明らかにするかを具体的に記述
- 研究の特色・独創性
- 先行研究との比較による新規性の主張
- 自身の研究のオリジナルな点を明確に提示
- 研究完成時に予想されるインパクト・総合知への貢献・将来の見通し
- 社会的インパクト・総合知への貢献:社会に与える影響・専門の垣根を越えた社会改革への貢献
- 学術的インパクト:研究分野への貢献
- 将来展望:この研究を起点とした発展可能性
(PDのみ)受入研究室の選定理由(1ページ)
- 新たな研究環境での成長について具体的に記述
- 受入研究室の専門性と自分の研究との関連性を提示
人権の保護および法令等の遵守への対応(1ページ)
- 研究分野に応じて必要な配慮事項を記載
- 該当しない場合は簡潔に「該当なし」などを記述
研究遂行力の自己分析(2ページ)
- 自身の研究遂行能力の強み(具体的なエピソードとともに)
- 研究者としてさらなる発展のために必要な要素や取り組みたい事項
申請書情報
1章でも簡単に触れましたが、学術振興会への応募は電子申請システムを通して行います。申請書情報は、電子申請システムに直接入力する項目です。この部分は、審査や事務処理に必要な項目が含まれています。
審査区分、研究課題名
特に重要な審査区分と研究課題名をここで入力します(図2-2)。審査区分については、前章にも記載したように慎重に検討して決定しましょう(1章-3)。
また、研究課題名については次の節で詳しく説明しますが、研究内容を端的にわかりやすく表すものにしましょう。ここで、研究課題名については研究計画書側でも記載するため、それらが一致しているかには注意しましょう。
その他の項目
氏名、学歴、学位に関する情報など基本的な事項を記載します。ここに関しては、機械的に入力できるため、早めに入力し終えましょう。
令和8年度の日本学術振興会特別研究員DC申請書情報見本より引用。
研究課題名
研究課題名は、審査委員が申請書で最初に目にする部分であり、研究の第一印象を決定づける重要な要素です。限られた文字数のなかで研究内容を端的に表現し、かつ審査委員の関心を引く課題名を作成することは簡単ではありませんが、後述するポイントや失敗例と改善例を把握しておくことで、効果的な課題名を作成できる可能性が高まるでしょう。
研究課題名を書くときのポイント
研究内容を具体的に伝える
課題名を読んだだけで「何を」「どのように」研究するのかが推測できることが重要です。あまりに抽象的な表現では、審査委員に研究の実体が伝わりません。一方で、専門的すぎて理解困難な表現も避ける必要があります。
専門外の人にも意味が推測できるようにする
前章で説明したように、審査委員のなかには専門分野が異なる研究者も含まれます。その分野の専門用語を知らない人でも、課題名から研究の大まかな方向性が理解できるような表現を心がけましょう。
よくある失敗と改善例
次に、よくある失敗と改善例を記載します。ここで、あくまでも一例であり、提示しているものよりもよい改善例はあるかと思いますが、イメージをつけてもらうためのものであるということご理解ください。
専門用語の過度な使用
その分野の専門家しか理解できない用語を多用すると、専門外の審査委員には内容が伝わりません。
具体例:miRNA-mTORシグナル経路におけるオートファジー制御機構のプロテオミクス解析
改善例:細胞の自食作用を調節する分子メカニズムの解明
具体例:エスノグラフィック手法による都市部インナーシティのジェントリフィケーション過程の解明
改善例:都市再開発が地域コミュニティに与える影響の質的研究
具体例:オンラインコラボレーション環境でのバーチャルリアリティ技術を活用したイマーシブラーニングの研究
改善例:VR技術を用いた没入型協働学習環境における学習効果の検証
抽象的すぎる表現
何を研究するのかが具体的に見えない課題名は避けましょう。
具体例:持続可能性の観点からの社会システムの考察
改善例:循環型社会実現に向けた廃棄物管理システムの最適化
具体例:健康増進に向けた包括的アプローチの構築
改善例:地域包括ケアシステムが高齢者の生活の質向上に与える効果検証
具体例:市場経済システムの動態的変化の分析
改善例:仮想通貨市場のボラティリティが株式市場に与える影響の計量分析
