9章 Fisherの正確確率検定
9-4 帰無仮説H0が正しいときに期待できること
この検定の帰無仮説H0は「A薬とB薬の有効率が等しい」です。ということは、もし帰無仮説H0が正しいならば、60人の患者は、A薬を使っていても、B薬を使っていても、まったく同じ確率で、効果が現れることになります。
そこで、帰無仮説H0が正しいなら、効果のある患者は、完全にランダムに決まります。
これを、図を使って説明します。まず、箱の中の玉を、ぐるぐる、かき混ぜます。
次に、目を閉じて、手を箱に入れて、適当に1個を取り出します。(こうすれば、完全に無作為に、1個の玉を取り出せます)。
この例では、Aの玉が取り出されました。この結果は、A薬を服用している患者の1人に、薬の効果が現れたことに、対応します。
例題5.1の臨床試験では、全部で25人の患者に、薬の効果が見られました。
そこで、さらに24回、「かき混ぜて、目を閉じて箱に手を入れて、適当に1個を取り出す」という作業を続けます。
その結果、無作為に、25個の玉を取り出すことができました。これは、25人の患者に薬の効果が現れたことに、対応します。
そして、箱の中には、35個の玉が残りました。これは、35人の患者に薬の効果が見られなかったことに、対応します。
結果を集計したいので、玉を並べ替えて、整頓します。
集計します。まず、取り出された25個の玉の内訳です。Aの玉が8個でした。Bの玉が17個でした。
これは、A薬を服用している8人と、B薬を服用している17人に、薬の効果が現れたことに、対応します。
次に、箱の中に残った35個の玉を見てみます。すると、Aの玉が22個と、Bの玉が13個でした。
これは、A薬を服用している22人と、B薬を服用している13人に、薬の効果が見られなかったことに対応します。
以上が、確率を計算するための設定です。本章では、この設定を使って、Fisherの正確確率検定の計算を行なっていきます。
9-5 薬の効果が現れる人が偶然で決まるなら
前節で見たように、完全にランダムに、薬の効果の現れる患者が決まるなら、さらにもう1つ、期待できることがあります。
今回は、たまたま偶然、薬の効果の現れた人のうち、A薬を服用した人が8人で、B薬を服用した人が17人でした。しかし、他の人数の組み合わせも、当然、起こり得るはずです。
ここでは、薬の効果の現れる合計の人数は「25人のまま一定!」と仮定しておきます。すると、全部で26通りの、可能な組み合わせがあります。この26通りを、すべて、並べました。
サラッと眺める程度でよいので、目を通してください。
可能な組み合わせの、1番めです。Aの玉が0個、Bの玉が25個です。
2番め。Aの玉が1個、Bの玉が24個です。
3番め。Aの玉が2個、Bの玉が23個です。
4番め。Aの玉が3個、Bの玉が22個です。
5番め。Aの玉が4個、Bの玉が21個です。
6番め。Aの玉が5個、Bの玉が20個です。
7番め。Aの玉が6個、Bの玉が19個です。
8番め。Aの玉が7個、Bの玉が18個です。
9番め。Aの玉が8個、Bの玉が17個です。
10番め。Aの玉が9個、Bの玉が16個です。
11番め。Aの玉が10個、Bの玉が15個です。
12番め。Aの玉が11個、Bの玉が14個です。
13番め。Aの玉が12個、Bの玉が13個です。
14番め。Aの玉が13個、Bの玉が12個です。
15番め。Aの玉が14個、Bの玉が11個です。
16番め。Aの玉が15個、Bの玉が10個です。
17番め。Aの玉が16個、Bの玉が9個です。
18番め。Aの玉が17個、Bの玉が8個です。
19番め。Aの玉が18個、Bの玉が7個です。
20番め。Aの玉が19個、Bの玉が6個です。
21番め。Aの玉が20個、Bの玉が5個です。
22番め。Aの玉が21個、Bの玉が4個です。
23番め。Aの玉が22個、Bの玉が3個です。
24番め。Aの玉が23個、Bの玉が2個です。
25番め。Aの玉が24個、Bの玉が1個です。
26番め。Aの玉が25個、Bの玉が0個です。
以上で、26個の、可能な組み合わせが揃いました。
帰無仮説H0「A薬とB薬の有効率が等しい」が正しくて、薬の効果が現れる患者が偶然によって決まるなら、この26通り組み合わせの、どの結果も、起こり得るはずです。
ここで、この26通りの組み合わせに対応する、2x2分割表を、見ておきます。
こうした26枚の2x2分割表の、2つの特徴を、確認しておきます。
1つめ。周辺度数(行和と列和)が、全ての2x2分割表で、同じ値になっています。統計学では、この状態を「周辺度数が固定されている」と表現します。
2つめ。薬の効果がある人数(一列目の列和)が「25人のまま一定!」と固定されています。そこで、A薬で効果のある人数が増えると、その分だけ、B薬で効果のある人数が減ることになります。逆に、B薬で効果のある人数が増えると、その分だけ、A薬で効果のある人数が減ることになります。この関係を、次の図で、確認しておいてください。
このように、起こりうる、全ての可能な組み合わせを準備したら、これで、Fisherの正確確率検定の最初のステップを、終えたことになります。
次のステップは、確率の計算です。Fisherの正確確率検定において、最も重要な作業です。帰無仮説H0が正しいと仮定したときに、この26通りのそれぞれが起こる確率を、計算する必要があります。
Advice
ここまで、Fisherの正確確率検定の、基本的な設定を説明してきました。そして、ここまでの設定を読んだところで、違和感を感じる人がいるかもしれません。本節の「25人のまま一定!」という設定は「非常識じゃないか?」と感じる人がいるかもしれません。もし、こう気付いた人がいたら、その人は、確率や統計のセンスのある人です。そして、その指摘は、まったく、その通りです。例題5.1の臨床試験を、何度も何度も、繰り返すことを想像してみてください。薬の効果のある人数(A薬とB薬の合計)は、必ずしも「25人のまま一定!」とはならないはずです。臨床試験のたびに、変化するはずです。24人のときもあるだろうし、27人のときもあるはずです。「薬の効果の現れる人数」は、臨床試験を繰り返すたびに変動する…と考えるのが、妥当な判断です。そして、こうした変動は、Fisherの正確確率検定では、一切、考慮されません。
これには明確な理由があります。Fisherは、2x2分割表の行和と列和が、完全に固定されて、変化し得ないタイプの特殊な実験を実行しました。そして、この実験のために編み出したのが、Fisherの正確確率検定です。この実験は、練習問題Qで紹介しています。読者は必ず、この練習問題の文面を、読み通してください。
そして、Fisherの正確確率検定は、列和や行和が固定されずに、変動しうる実験設定のデータに適用する場合、有意差を検出する能力がわずかに落ちることが知られています。
例題5.1の場合を見てみます。行和は「A薬を服用した人数」と「B薬を服用した人数」の2つです。この2つの行和の、「30人」と「30人」は、臨床試験の計画の時点で、定まった値の「30」に固定されます。何度も何度もこの臨床試験を繰り返して行っても、この2つの行和は、「30人」と「30人」のままです。2つの行和は固定されています。
しかし、列和の「A薬で効果がある人数と、B薬で効果がある人数の合計」と「A薬で効果がない人数と、B薬で効果がない人数の合計」は、変動します。何度も何度もこの臨床試験を繰り返して行えば、臨床試験のたびに、人数が変化することが予想されます。そこで、列和は固定されません。
こうした、周辺度数が変化しうる実験設定に対しては、Barnard検定(Barnard’s test)という正確検定もあります。興味のある読者は、さらに統計学の学習を続けてください。
ただし、本書執筆時点では、χ2検定の使用が不適切なときには、周辺度数が固定されない実験設定であっても、Fisherの正確確率検定を行うことが、普通に、行われています。一部の研究者は「正確なP値が計算される」という理由のために、χ2検定の使用が適切なケースでも、Fisherの正確確率検定を好んで使っているそうです。ですから、こうした問題が気になってしまう読者も、あまり深いことは考えずに、この検定を活用してください。
続きは書籍にてご覧ください
