第8章 有機化合物の分類
4.有機分子の変化 ―結合の切断・生成と電子の移動
有機分子の変化とは,その分子を構成する原子の増減や配置の変化が起こることであり,それは結合の切断と新たな結合の生成によって行われる.ある原子間で共有結合しているということは,その原子間に共有電子対が存在していることを意味する.したがって,ある原子間で結合の切断が起きるには,共有電子対を構成する2つの電子がどちらかの原子に偏る,もしくは2つの原子に 1電子ずつ分配する必要がある.逆に,結合の生成が起きるには1つの原子がもう1つの原子に2電子を供与するか,2つの原子が1電子ずつを出し合うことで共有電子対を形成する必要がある.この結合の切断,形成を理解するためには,電子や結合の動きを「巻矢印」で書けるようになることが近道である(図2).
5.電子の移動と共鳴構造
電子の移動と共鳴構造も有機化学の性質や化学反応を理解するうえで必要となる.詳細は,第4章分極と分子間相互作用を参照してほしい.
6.有機化合物が起こす反応の分類
有機化合物の反応は,置換反応,脱離反応,付加反応,転位反応の4種類に大別される.項目名に「求核付加反応」等の名称が出てくるため,これらの名称を聞いたときにどのような反応なのかを見分けられる必要がある.
置換反応,脱離反応,付加反応の見分け方は,下記の①~③のステップで考えればよい.
① 出発物質と生成物を見比べて,変化のあった中心炭素原子を見つける(表2青丸).
② 出発物質と生成物で変化のあった中心炭素原子に直接結合している原子の数を数える(表2黄丸).
③ 出発物質と生成物の中心炭素原子に直接結合している原子の数の変化数から反応を決定する.
なお,転位反応は,出発物質と生成物の炭素骨格が大きく変わるので,炭素骨格の変化に着目することで見抜くことができる.
7.有機化学反応における反応剤
▶︎ 1)求核剤と求電子剤
有機化合物の分子やイオン中では,非共有電子対やπ電子等によりマイナスに帯電または分極している原子と,逆にプラスに帯電または分極している原子が存在する.
有機化合物における反応では,非共有電子対やπ電子をもつ原子が,電子不足な原子にその電子対を与えることで,共有結合を新たに形成することが多い.電子不足な原子(主に炭素原子)に近づいて結合しようとする電子過剰な分子やイオンを求核剤や求核試薬と呼び,この性質を求核性と呼ぶ.逆に,電子過剰な原子に近づいて結合しようとする電子不足な原子をもつ分子やイオンを求電子剤や求電子試薬と呼び,この性質を求電子性と呼ぶ(図3).
▶︎ 2)求核剤と塩基の違い
非共有電子対やπ電子をもつ原子をもつ反応剤は,同じ反応剤であるにもかかわらず2種類の役割をもっている.電子不足の炭素原子に近づいて結合した場合には,反応剤は求核剤と呼ばれる.一方,H+として脱離しやすい水素原子と結合した場合には塩基と呼ばれる(図4).
次章から項目名に「求核XX反応」等の名称が出てくるが,働き方によって反応剤の呼び方が変わることに注意すべきである.
8.有機化学反応における電子の移動と巻矢印
有機化学反応は,非共有電子対やπ電子の動きを「巻矢印」で書く.巻矢印は求核剤からスタートして求電子剤へゴールするように書く.巻矢印の書き方を理解することによって,有機反応のメカニズムを体系的に理解できるようになる(図5).
巻矢印で反応の流れを表した例として酢酸と水酸化ナトリウムとの反応を図6に示す.
① 水酸化ナトリウムはイオン結合であるため,ナトリウムイオンNa+と水酸化物イオンOH−に解離する.
② 水酸化物イオンの1個の非共有電子対が水素原子を攻撃する.このときの電子の流れが赤で示した巻矢印になる.
③ 攻撃された水素原子はO-H間の共有結合を切断する必要がある.このため,共有結合の電子対を酢酸の酸素原子上に移動させる.この電子の流れが青で示した巻矢印になる.
④ 反応の結果,酢酸ナトリウムと水が生成する.
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