基礎から学ぶ生物学・細胞生物学 第5版

基礎から学ぶ生物学・細胞生物学 第5版

  • 和田 勝/著
  • 2025年11月14日発行
  • B5判
  • 360ページ
  • ISBN 978-4-7581-2185-9
  • 3,740(本体3,400円+税)
  • 在庫:あり
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7章 多細胞生物への道②(細胞の数を増やす)

 多細胞生物は体細胞分裂によって細胞の数を増やして成長し,成長が終わった後も,上皮組織などでは分裂を続けて細胞を更新する。細胞分裂の前にはDNAの複製が必要であり,新しい鎖は,DNA二本鎖の一方を鋳型として合成され,全く同じ二本鎖のDNA分子ができる(半保存的複製)。複製は長いDNA分子の特定の場所(複製開始点)に複製装置が結合し,DNAの二本鎖をほどいて新しい鎖を合成していく複雑な過程である。
 DNAの複製が完了すると(S期),染色体も複製されて2本の染色分体がX字状の形となり,中心体が複製されて分裂の準備が整う(G2期)。ここからM期で,染色体は凝集して太くなり,中心体はそれぞれの極に移動し(前期),核膜が消失し染色体は移動して両極の中央にいったん並び(中期),やがて微小管のはたらきで染色分体が引き離されてそれぞれの極に移動をはじめ(後期),両極に達した染色体は再び核膜に包まれ(終期),細胞質分裂によって2つの細胞になる。それぞれの細胞は,次の細胞分裂のために半減した細胞小器官やさまざまな分子を増やして元の大きさに戻す(G1期)。S→G2→M→G1の繰り返しを細胞周期とよび,M期以外の(G1+S+G2)を間期という。普通の細胞はG1期から細胞周期を離脱してG0期に移行して細胞本来の役割を果たす。
 DNAが誤りなく複製されるのは,DNAポリメラーゼに誤りを訂正する校正機構が備わっており,そこで見逃された誤りを修復する機構もまた,細胞に備わっているからである。それでもわずかな確率で誤りが固定されてしまうことがある。これが突然変異である。

DNAの複製

1細胞の数を増やす

細胞が数を増やしていくときには,遺伝情報を正しく次代の細胞に引き渡す必要がある。そのために,元の細胞(母細胞)が2つの新しい細胞(娘細胞)に分かれる現象は整然とした過程をたどって進行する。この過程を細胞分裂(cell division)というが,この過程を少し詳しくたどって,多細胞生物の成り立ちについて考えてみよう。

細胞分裂は,核の分裂と細胞質の分裂の2段階に分けられる。また,母細胞が自分と同じ2つの娘細胞をつくる体細胞分裂(mitosis)と,生殖細胞をつくる減数分裂(meiosis,次章で述べる)の,2種類が存在する※1

体細胞分裂の過程では,次の3つのことが起こる必要がある。

  • ①染色体を構成するDNA分子を正確にコピーして2倍にする必要がある。この過程をDNAの複製とよぶ。それから染色体を複製する
  • ②ミトコンドリアのような細胞小器官も,それぞれの娘細胞に十分な量を均等に分配する必要がある
  • ③細胞質を2つの娘細胞に分離する必要がある

それぞれの過程がどのように進行していくか,順番に見ていこう。

2DNAはどのように複製されるのか

1953年にDNAの構造のモデルを短い論文で提出したときに,ワトソンとクリックは染色体が複製されるときに必然的に起こるDNAの複製は,一方の鎖をそれぞれ鋳型にして新しい鎖が複製されて,2本の二本鎖DNAができるだろうと予想した。このような複製のしかたを半保存的複製(semi-conservative replication)とよんでいる。

この論文を見てメセルソンとスタールはすぐに,これが実際に起こっていることかどうか実証する必要があると考えた。複製の方法には,半保存的複製以外に,保存的複製(元の二本鎖DNAをそれぞれ鋳型にして,新しく二本鎖DNAが複製される)とランダム分断(二本鎖DNAを分断して複製し,再びつなぎ合わせる)が理論的にはありうると考えられるからである。

どれが正しいかを証明するために,メセルソンとスタールはうまい方法を考え出す。DNAの重さの差を利用する方法である。CsCl(塩化セシウム)の濃い溶液を沈降セル(円筒状の小さな容器)に入れて超遠心機を使って大きなG(140,000 G)をかけて遠心すると,セルの上から下にCsClの密度勾配ができる。溶液に重さ(密度)の異なる高分子を入れておくと,高分子は同じ密度のCsClのところに集まってくる。密度が異なる2つの高分子なら,2本のバンドができるはずである。彼らはまずこの方法で,実際にDNAが特定のバンドをつくるかどうかを確かめた。

遠心時間を長くすると,間違いなく特定の場所にバンドができるのを確認した後,次にDNAに重さの差を出すために,14NH4Clの代わりに15NH4Clを培地に入れて何代も大腸菌を飼育した。こうすると大腸菌は塩基の材料として重たい15Nを使わざるを得ないのでDNAが重くなるのである。本当に重くなったかどうか,重さの差を解析できるかどうかも彼らは確かめる(図7-1)。

こうして重たい培地で飼育した大腸菌を,今度は普通の14NH4Clで飼育し,最初の世代,次の世代,さらに次の世代と時間を追って大腸菌を集め,そこからDNAを抽出して同じように密度勾配遠心を行った。対照群は普通の培地と重たい培地でずっと飼育した大腸菌を使う。

重たい培地から普通の培地に移した第一世代の大腸菌から集めたDNAのバンドは1本だが,その密度は最初の世代のバンドよりも軽く,ちょうど重いDNAと軽いDNAの中間であった(図7-2)。第二世代になると,バンドは2本に分かれ,1本は第一世代と同じ中間の重さのもの,もう1本はずっと普通の培地で培養した対照群のものと同じ軽いバンドであった(図7-2)。

この実験は,明らかに第一世代で新しく複製された二本鎖DNAの1本は軽い14Nの鎖,もう1本は元の重い15Nの鎖であることを示している。こうして複製は予想どおり,半保存的な様式で行われることが実証された(図7-3)。

大腸菌は原核生物であるが,その後,真核生物のDNAの複製も半保存的に起こっていることが確かめられる。真核生物の場合は,1組の二本鎖DNAが1本の染色体の構成単位なので,染色体の複製も半保存的に起こることになる。

彼らの工夫した密度勾配遠心法は,分子生物学の標準的な手法として,しばらくは盛んに使われた。

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