実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ:もっとよくわかる!免疫学
実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ

もっとよくわかる!免疫学

  • 河本 宏/著
  • 2011年02月04日発行
  • B5判
  • 222ページ
  • ISBN 978-4-7581-2200-9
  • 定価:4,620円(本体4,200円+税)
  • 在庫:あり
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基本編

2章 獲得免疫とは?

この章では,免疫学の中で最も重要な概念である「抗原特異性」を学んでいく.その後,食細胞,T細胞,B細胞といった免疫細胞がどのように分業して病原体に対応しているかという,獲得免疫系の基本型を解説する.この章を深く理解しないと,先に進めないので,じっくり考えながら読んでほしい.

Key word
自然免疫/獲得免疫/抗原/抗原レセプター/多様性/自己寛容/免疫記憶

免疫反応の基本型 ─免疫学は抗原特異性を扱う学問である

1)自然免疫系の原理

いきなり概念的な話になるが,くじけないで読み進めてほしい.免疫のシステムとは自分でないものを撃退する仕組みだから,最初に行うことは,それが異物かどうかの判定である.異物の分子に対して免疫系の分子がくっつくという形で,反応は始まる.異物の分子というのは,ウイルス,細菌,毒素など,無数にあるといえる.

ひとつの対処法は,免疫系の分子が,細菌が共通して持つ分子とか,あるいはウイルスが共通して持つ分子といった,ある程度大きく分けたグループ内の共通した特徴を認識するようなシステムをつくることである(図1A).

この方法であれば,生体側の分子として,ある程度の種類,例えば数十種類くらいを用意しておけば,何とかなるかもしれない.それくらいの種類ならそれぞれの異物についてあらかじめ十分な量の分子を用意しておくことが可能で,感染症が起こったときにすぐに発動できる.この「すぐに発動できるシステム」は生体防御の基本型であって,全ての動物が有している.これを自然免疫(innate immunity)とか先天性免疫(congenital immunity)という.

2)獲得免疫系の原理

もうひとつの方法は,無数にある異物の分子の全てに対してそれぞれについて特異的に反応できる分子を持つことである(図1B).この方法では,免疫システムは,極めて多数の分子を用意することが必要になる.また,それだけの数を用意するとなると,普段から全種類について十分な量をつくる訳にいかなくなる.したがって,それぞれの分子を少量ずつつくっておいて,異物が入って来たときに,それに「反応できる特定の分子だけが増える」仕組みをつくる必要がある.

このように反応できる特定の分子だけが増えるというステップを踏む必要上,反応は遅れるが,あらゆる未知の異物にも反応できるという点で,システムとしてはより強力である.異物に出会ってからしばらく時間がたった後成立するので,獲得免疫とか後天性免疫(acquired immunity),あるいは適応免疫(adaptive immunity)と呼ばれる.

この2つめの方法が,「免疫学」が主に対象とするものである.こんな仕組みは,現に存在するから話ができるが,普通に考えると,そんなことできるはずがないという代物であろう.これを驚くべき仕組みだと感心できる人は,免疫学が楽しめるであろう.

このような特異的な反応の攻撃対象になる異物を抗原(antigen)という.そして,反応できる生体側の分子を抗原レセプターという.抗原レセプターが抗原に対して有する特異性を抗原特異性(antigen specificity)という.「抗原」「抗原特異性」は本書の全編を通して出てくるので,ここでその意味をよく把握しておいていただきたい.

そのような分子が膨大な数で用意されていることにより反応性が多種類あることを多様性(diversity)という.抗原特異性と多様性を持つことが獲得免疫の基本骨格である.

まとめると,獲得免疫系の本質は次の2点に集約される.

① 異物に対して特異的に反応できる分子が極めて多く用意されている.

② 異物と特異的に反応することでその分子が多数つくられるようになり,これにより異物を排除する.

脊椎動物の持つ獲得免疫システム①
─ひとつの細胞に1種類の分子という大原則

1)数百万個の細胞がそれぞれ異なるレセプターを出す

沢山の種類の抗原レセプターの中から,反応性のあるものだけを選び出して増幅する.どうやってそんなことができるのだろうか.実際に脊椎動物の獲得免疫系では,ひとつの細胞には1種類の分子を出させるという方法が使われている(図2A).

抗原レセプターを持つ細胞は多数用意されている(図2B-①).その数は,図では8個しか書いてないが,実際には数百万あるいはそれ以上というオーダーである.それぞれの細胞は,異なる性質を持っている.このような多様な反応性の総体をまとめてレパートア(repertoire)という.レパートアという言葉は,例えば歌手が沢山の曲を唄えるときレパートリーが豊かといったりするが,それと同じ言葉である.免疫学では英語の発音に近づけてレパートアとかレパトアということが多い.

2)反応した細胞は増殖する

レパートアの中のひとつの細胞が,ぴたっと結合できる抗原に出会うと,その細胞は増殖して増大する(図2B-②,③).1個の細胞が増殖してできた細胞は,どれも同じ形の抗原レセプターを持っている.ここでクローンという概念に登場してもらおう.このような「1個の細胞に由来する細胞集団」をクローンという.抗原と出会うことにより「クローンが増大した」などと表現する.

こうして増大したクローンが異物の処理にあたる(図2B-④).レパートア,クローンという言葉は,適当な日本語がないので,英語をそのまま用いる.やや難解な概念かもしれないが,ここでよく理解しておく必要がある.

もっと詳しく

クローンという概念

クローンという言葉は,クローン動物とか,遺伝子のクローニング,モノクローナル抗体とかの表現で,よく耳にする言葉である.例えば,性質が異なる雑多な集団の中から,1個の細胞あるいは1個の遺伝子を取り出して,増幅してそれに由来する均質な集団をつくったときに,そういう集団をクローンと呼ぶ.免疫学だけの用語ではないが,とても便利な言葉である.免疫学では同じ抗原レセプターをもつ細胞の集団をクローンと呼ぶ.

脊椎動物の持つ獲得免疫系② ―自己寛容と免疫記憶

1)自己寛容とは

この項ではいよいよ免疫学の基本骨格の残りの部分をみていただく.

獲得免疫系を表す概念のひとつに自己寛容という言葉がある.自分の成分を攻撃しないということである.しかし,生物の免疫系が自己寛容であること自体は自明である.そうでなければ生きていられない.どうしてわざわざいうかというと,多様な抗原レセプターを用意するときに,自分の成分に反応する抗原レセプターもできてしまうと予想されるからである.したがって,そのような抗原レセプターを発現する細胞を除去する仕組みが必要ということになる.このように,「自己反応性細胞の除去」が,獲得免疫系の特徴のひとつと考えられるのである.

自己反応性細胞の除去は,免疫細胞の形成過程で起こることなので,図2Bの①の前に描くことになる.図3の①〜③は,免疫細胞の形成過程を示している.まず,形成過程でいろいろな反応性を持つ細胞がつくられる.その中には自己反応性細胞もできてしまう.分化途上の幼若な細胞が自己抗原に出会うと,刺激を受け,死んでしまう.こうして,「多様性はあるが,自己には寛容」であるレパートアができる(図3-④).

2)免疫記憶とは

獲得免疫系でみられるもうひとつの重要なポイントは,免疫記憶という現象である.図3の④,⑤,⑥の部分は図2B①〜④と同じことを描いている.⑦では増大したクローンが反応終息後も残っている様子を,⑧は2回目の感染が起こったときのことを想定して描いている.1回目の反応でクローンが増大すると,2回目の反応は速やかに起こすことができる.あたかも1回目の感染を覚えているかのようにみえるので,「記憶」といわれる.

元来,「免疫」という言葉は,感染症に1度かかると2度目はかからないという現象を意味するものであった.パスツールはこの現象を「2度なし」と呼んだ.そういう経緯から,2回目の感染のときに初めて働くのが獲得免疫と考えられがちであるが,実はそうではない.増大したクローンは1回目の感染症のときも働いており,むしろ,そちらの方が大事である.

3)クローン選択説は正しかった

免疫反応の多様性,自己寛容性,免疫記憶などの現象を説明するために,20世紀初頭から半ば頃までにいろいろな説が出された.その中のひとつに,バーネットが1957年に提唱した「クローン選択説」がある.その中にはこの項で紹介している「1細胞に1種類の分子」「多様なレパートアの形成」「自己反応性細胞の除去」「抗原との遭遇による抗原特異的クローンの増大」というアイデアがすでに含まれていた.その後の免疫学の発展により,この説が正しかったことが示されたのである.

食細胞,T細胞,B細胞の分業
―病原体を食べる,感染細胞を殺す,抗体をつくる

1)免疫系で働く細胞

前項までに,自然免疫,獲得免疫の基本原理をみてきた.実際にどういう細胞がどう働いているのかを,ごくあらっぽくみていこう.免疫細胞は血液細胞に属している.血液細胞には赤血球,血小板,白血球があるが,白血球が免疫細胞である(図4).

自然免疫系で主に活躍している細胞は食細胞という異物を貪食する細胞である.代表的な食細胞は好中球(nuetrophil)とマクロファージ(macrophage:大食細胞)である(図4).獲得免疫系には2つの異なる系統の細胞,すなわち,T細胞B細胞がある.T細胞とB細胞は,どちらもリンパ球に属するので,Tリンパ球,Bリンパ球と呼ぶこともある.それぞれが独自の抗原レセプターを有しており,働きは全く違う.これらの細胞の基本的な役割を理解するために,どのような分業体制を敷いているのかみていこう.

2)病原体撃退のための三大戦略

病原体を攻撃する仕組みには,次の3つがある(図5).

① ひとつは,「病原体を食べる」ということである.食細胞は,病原体を丸呑みし,殺して消化する能力を有している.自然免疫系に属する反応である.これらの食細胞はとても働きものである.特に好中球ははちきれんばかりに異物を食べる.ただし,これらの食細胞は足場があるときにはよく働くが,血流中を流れている病原体を捕捉するのは得意ではない.また,細胞の中に入り込んだ病原体には無力である.病原体がつくり出した毒素のような小さい分子に対してもうまく働けない.

② ふたつめは,「感染細胞を殺す」ということである.獲得免疫系に属する反応である.T細胞の中の細胞傷害性T細胞キラーT細胞)と呼ばれる細胞は,T細胞レセプターという抗原レセプターを表面に出している.このレセプターを用いて,病原体に感染した細胞を抗原特異的に探し出して,殺傷することができる.細胞傷害性T細胞の英語cytotoxic T lymphocyteから「CTL」と呼ばれることもよくあるが,本書では以後キラーT細胞と呼ぶことにする.

③ 最後のひとつは,「抗体でやっつける」である.これも獲得免疫系に属する反応である.B細胞は,抗体という分子を産生する.B細胞はB細胞レセプターという抗原レセプターを表面に出している.分化すると,B細胞レセプターを細胞外に放出するようになる.これが抗体と呼ばれるものである.抗体は,体液中に流れている病原体や毒素の分子に結合して,無力化することのできる分子である.また,それらの異物にくっつくことにより,補体という分子を呼びこんでその病原体を殺させるとか,食細胞による食作用を促す,などの作用も持つ.

3)分業の仕方

病原体にこれらの免疫細胞がどう対処するかをみていこう.ヒトでもマウスでも,最も重要な感染症はバクテリア(細菌)とウイルスである.バクテリアは細胞の数十分の1程度の大きさ(細胞は10〜20µm,バクテリアは1〜5µm)で,多くは細胞外で増殖し,増殖による組織の破壊の他に,毒素を出すこともある.ウイルスははるかに小さく(0.02〜0.1µm),細胞内に入って細胞のタンパク質合成系を借用して増殖する.増殖したウイルスは細胞外に一度出て,体液中を流れて他の細胞に感染する.

傷口からバクテリアが入ると,まず食細胞が貪食する.バクテリアのほとんどはこうした自然免疫系の働きで排除される.しかし,ウイルスのように細胞に入りこむような病原体の場合,食細胞は対処できなくなる.キラーT細胞は,ウイルス感染細胞を探し出して,殺傷する.また,体液中に流れているウイルス粒子は,抗体によって無力化され,処理される.

このように,ざっくりと分けると,バクテリアには食細胞,ウイルスにはB細胞とT細胞が対応するというように分業している(図6).

4)獲得免疫の特徴のまとめ

本章では自然免疫系と獲得免疫系の違いと,獲得免疫系の仕組みの基本原理を学んだ.次章に進む前に,以下の獲得免疫系の4つの基本概念がよく理解できているか,おさらいしておこう(図7).

① 抗原特異性.ハシカに対して反応できる免疫細胞はおたふく風邪のウイルスに対しては無力である.この狙い撃ちの反応性を,抗原特異性という.

② 多様性.いかなる病原体に対してでも狙い撃ちの反応ができるだけの極めて多種類の細胞が用意されている.この種類の多さを多様性という.

③ 自己寛容.いかなる異物にも反応するのに,自己成分には反応しないことを,自己寛容という.

④ 免疫記憶.2回目の感染のときは1回目のときよりも早く強い免疫反応が起こることを,免疫記憶という.

5)抗体の機能

抗体の働きには,大きく分けて以下の3つがある(図8).

① ウイルスや毒素分子の機能的な部分にくっついて無力化する.

② 異物に味付けをしてマクロファージや好中球が食べやすいようにする.こういう作用をオプソニン化という.

③ 病原体にくっついて補体系を活性化する.補体にはバクテリアの細胞壁に穴を開けて殺傷する働きがある.

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