実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ:もっとよくわかる!炎症と疾患〜あらゆる疾患の基盤病態から治療薬までを理解する
実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ

もっとよくわかる!炎症と疾患

あらゆる疾患の基盤病態から治療薬までを理解する

  • 松島綱治,上羽悟史,七野成之,中島拓弥/著
  • 2019年05月27日発行
  • B5判
  • 151ページ
  • ISBN 978-4-7581-2205-4
  • 定価:5,390円(本体4,900円+税)
  • 在庫:あり
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第1章 炎症の基本

炎症とは諸刃の剣

私たちの体は日々,体の内外からさまざまなストレス侵襲を受けています.体の外部からは,細菌・ウイルス・カビなどの病原微生物やスギ花粉などのアレルゲン,自然界に存在する紫外線・放射線などにさらされています.また,生活・労働環境においてもシリカやアスベスト繊維,カドミウムなどの重金属,化学物質にさらされるなど,さまざまな侵襲を受けています.一方,体の内部からは栄養分の過剰摂取や代謝異常による尿酸結晶・コレステロール結晶などの過剰な蓄積,脂質の過酸化,変性・異常タンパク質の蓄積,死細胞からの核酸・核タンパク質の放出,さらに自己免疫応答やがん(悪性腫瘍)などによっても侵襲を受けています.このような体の内外からの侵襲を免疫系が中心となって認識し,排除する生体防御反応が炎症です.本来,炎症・免疫反応は,これらのストレスから私たちの体を守るための重要な生体防御反応として惹起されるシステムですが,過剰な長期にわたる炎症反応は徐々に生体組織にダメージを蓄積し,自覚を伴わない未病状態(後述)を経て体調不良を伴う病気・疾病状態,ついには臓器線維化などを伴う不可逆的な組織・臓器障害を引き起こします図1).

いまだ治療法の確立していない線維化疾患や自己免疫疾患,アレルギー,動脈硬化症,アルツハイマー病などの炎症・免疫難病のみならず,ヒトの疾患・死因の大半は炎症性疾患です(図2).炎症反応は病気の発症,病態,症状,予後を大きく左右します.その機序を理解し,制御法を確立することは病理学,臨床医学のみならず予防医学においても最も基本的で重要なことです.

病気とは

病気とは,心や体の不調が生じている状態であり,英語ではillness(体調,気分が悪い状態),sickness(病気,体調不良状態),diseases(確立した疾患)と使い分けられます.Sicknessは,illnessとdiseasesの中間であり,どちらかというとillnessは主観的でdiseaseは客観的に定義・表現されます.私たちの体は絶えずさまざまな異物侵襲を受け,炎症・免疫,神経,内分泌システムが巧みに協働して体の恒常性(homeostasis)を維持しようとします.しかし,ストレス侵襲が一定の閾値(量,時間)を超えると,その恒常性が維持できなくなりついには破綻することで,臓器障害が生じ,不可逆的変化(線維症による臓器機能不全など)が起きます.循環論法ではありますが,病気とは健康な状態(恒常性が維持された状態)がシフトし不可逆的に健康が損なわれた状態と定義できます.

しかし,世界保健機関(WHO)憲章(1946年)では“Health is a state of complete physical, mental, and social well-being(安寧,幸福)and not merely the absence of disease or infirmity(虚弱)”と記載されているように,健康とは単に病気でないとか,虚弱状態でないという狭い範囲では定義しておらず肉体的・精神的・社会的幸福度において完全な状態と定義しています.

一方,中国医学では,生体の恒常性が完全に保たれている状態が健康であり,恒常性が崩れかけている状態を未病状態とし,恒常性が崩れ不可逆的になっている状態を病気と定義しております(図3).

今後の,医学研究,とくに予防医学の観点においては客観的に疾患の未病状態・疾患の初期状態を捉え,分子レベルで定義し,特異的分子・細胞を標的とした疾患発症を早い段階で食い止める術を見出すことが重要と思われます.

炎症の経過

古代ローマのケルスス(Aulus Cornelius Celsus,紀元前25年〜西暦50年頃)は,生体にストレス侵襲がかかった際に起きる炎症の4徴候発赤ほっせき,腫脹,(局所の)発熱,疼痛(rubor et tumor cum calore et dolor)として記載しました.この4徴候にローマ帝国のガレーノス(Claudius Galenus,西暦129〜200年頃)が機能障害を加え,時には炎症の5徴候と呼ぶ場合もあります.

時間軸で炎症の進行過程を追うと,感染や外傷が起きた組織では,まず血管から漏出した凝固因子,キニノーゲン,補体などの血漿成分が発赤,腫脹,(局所の)発熱,疼痛などの即時反応を秒単位で引き起こします.とりわけ血漿キニノーゲンの分解により生成されるブラジキニンは,発赤や腫脹の原因となる血管拡張と血管透過性を亢進する主要な因子であるとともに,強力な疼痛の誘導因子でもあります.これに続く分単位の初期反応では,血小板活性化因子(platelet-activating factor:PAF),ロイコトリエンなどの脂質因子,ヒスタミン,セロトニン,ニューロペプチドなどが関与して血管拡張と血管透過性をさらに亢進します.分単位の初期反応に引き続いて起きる分・時間単位の急性反応期には,サイトカイン,ケモカインなどのタンパク質性生理活性物質が重要な介在因子となり,好中球の組織浸潤が起こった後,数日単位の慢性反応期に移行するととともにマクロファージやリンパ球浸潤が主になります.

炎症の組織学観察2)3)

前述の血管拡張や血管透過性の亢進は大きい動脈,静脈で起きるのではなく,原則として毛細血管,特に静脈性毛細血管が集合した後の後毛細管細静脈(postcapillary venule)とよばれる領域を起点としてはじまります(図4).後毛細管細静脈は,円周が数個の比較的背の高い内皮細胞によって構成される特殊な血管部位であり,白血球の組織浸潤の入り口としても重要な役割を担います.炎症に伴い傷害部位で産生されたさまざまな因子が後毛細管細静脈内皮細胞に作用すると血管拡張と血管透過性の亢進が起き,さらに血流量が増加することで血漿成分の滲出と組織内物質の除去が活性化します.一方で,血流速度は低下するため血管内をパトロールしている白血球の組織浸潤が促進されます.炎症組織で浸潤白血球が産生するさまざまな炎症介在因子は神経系や内分泌系に作用するとともに,血液循環を介して全身的に作用することで,全身の発熱,内分泌ホルモン産生・耐糖能異常,血管の拡張・心拍出量の変化などの質的変化,精神的うつ状態の誘導,肝臓における急性期相タンパク質※1産生などさまざまな影響を与えます.また,炎症組織から異物や傷害が除去されるまでの,血流を介した白血球の炎症組織への供給は,骨髄などの1次リンパ組織やリンパ節を中心とした2次リンパ組織で白血球の産生が亢進することで維持されます.すなわち,炎症は局所に限定されるものではなく,さまざまな臓器を巻き込んだ全身的な生体防御反応と言えます.

白血球はどのようにして炎症組織を見つけ浸潤するのか?

好中球,好酸球,好塩基球,単球,リンパ球など機能の異なる白血球サブセットが時期や部位に応じて適切に組織浸潤することは生体防御応答としての炎症反応成立に必須です.では,このような特異性はどのような分子機序によって規定されているのでしょうか?

この炎症学における長年の疑問を解明する端緒となったのが,本書筆者の松島と,吉村禎造らによる白血球走化性サイトカインであるケモカインの発見です4)5).ケモカインは7回膜貫通型Gタンパク質共役受容体を介して白血球遊走作用を発現する塩基性タンパク質群です.また,白血球の組織浸潤制御にはレクチン型糖タンパク質のセレクチンと,α鎖とβ鎖の2つのサブユニットからなるヘテロダイマー細胞膜貫通型タンパク質であるインテグリンという,2つの細胞接着因子が関与します.炎症環境に応じて血管内皮細胞表面上に発現する細胞接着因子群とケモカイン,ならびに白血球サブセット特異的に発現する細胞接着因子およびケモカイン受容体の組合わせによって,白血球浸潤の特異性が規定されていることが判りました.

局所炎症の急性期において主役となる好中球の組織浸潤を一例にとってみましょう(図5).好中球の細胞表面にはL-セレクチンが恒常的に発現しており,血管内皮上に恒常的に,または炎症誘導性に発現するシアロムチンと弱く結合します.血流の流速が低下した後毛細管細静脈において,L-セレクチンとシアロムチンは結合と解離をくり返すことで好中球を血管内皮上に接着させるとともにブレーキとして働き,好中球が内皮細胞上をころがるような,ローリング(rolling)またはテザリング(tethering)とよばれる現象が観られます.炎症が起きていない組織では,好中球は後毛細管細静脈を通り過ぎますが,炎症組織の後毛細管細静脈には,組織内で産生されたIL-8(CXCL8)などの塩基性ケモカインが酸性のヘパラン硫酸グリカンに吸着しており,ローリング中の好中球が発現するケモカイン受容体CXCR1,CXCR2に活性化シグナルを入れます.すると,好中球が発現するインテグリンαMβ2複合体(Mac-1,CD11b-CD18)の立体構造が変化し(inside-out signaling),血管内皮細胞上に発現するインテグリンICAM-1との親和性が上昇することで,好中球と血管内皮の強固な接着が誘導されます.なお,ICAM-1の発現も炎症により活性化した血管内皮上で増強します.好中球はその後,血管内皮細胞間をくぐり抜け(transendothelial migration),VI型コラーゲンからなる基底膜を分解し,侵襲物が存在する炎症の中心に移動します(図5).近年では,transendothelial migrationにかかわる接合部接着因子JAM(junctional adhesion molecule)などの分子群も明らかになっています(図6).インテグリンβ2欠損・機能異常として知られるLAD(leukocyte adhesion deficiency)患者においては,好中球浸潤が障害されるため,細菌・真菌感染症が遷延し長く生きることができないケースが多く重症の場合は治療として造血幹細胞移植が行われることがあります.

もっと詳しく

組織に浸潤した好中球はどのように侵襲部位へ近づくか?6)

炎症組織に浸潤した好中球は,一様に細菌などが存在する感染部位へ向かって組織内を移動し,異物を貪食処理しますが,このきわめて効率的な好中球の組織内移動制御の細胞・分子機序が明らかになってきました(図7).組織傷害後の好中球の様子を経時的に観察すると,まず近傍にいた少数の好中球が侵襲部位で産生される細胞遊走因子を感知し,移動,集積します.侵襲部位でこれら少数の好中球が死ぬ際に産生される細胞遊走シグナルはさらに近傍組織の好中球の集積を誘導します.集積した好中球が産生する脂質因子LTB4(leukotriene B4)は,細胞遊走シグナルを増幅し,より広い範囲から好中球を強力かつすみやかによび寄せることで,好中球浸潤を増幅します.集積した好中球は侵襲部位のコラーゲン線維ネットワークを再構成しながら侵襲の中心部にコラーゲンの存在しない領域をつくり,密度の高い好中球の集積部位をつくり出します.その後,好中球の集積した部位を囲むよう再編成されたコラーゲン線維の辺縁部に単球やマクロファージが集積するのに従い,好中球集積部位の拡大は停止し,炎症の主体がマクロファージやリンパ球などへと移り変わっていきます.

文献

  • 平成29年(2017)人口動態統計(厚生労働省);https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai17/dl/kekka.pdf
  • 『リンパ管:形態・機能・発生』(大谷 修,他/編),西村書店,1997
  • 『分子細胞免疫学 原著第7版』(Abbas AK,他/著,松島綱治, 山田幸宏/訳),エルゼビア,2014
  • T. Yoshimura et al. PNAS December 1, 1987 84 (24) 9233-9237; https://doi.org/10.1073/pnas.84.24.9233
  • Attracting Attention:Discovery of IL-8/CXCL8 and the Birth of the Chemokine Field Bethany B. Moore and Steven L. Kunkel J Immunol 2019 202:3-4
  • Tan SY & Weninger W:Curr Opin Immunol, 44:34-42, 2017
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