実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ:改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学〜やっぱり脳はとってもスゴイのだ!
実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ

改訂版 もっとよくわかる!脳神経科学

やっぱり脳はとってもスゴイのだ!

  • 工藤佳久/著
  • 2021年08月31日発行
  • B5判
  • 296ページ
  • ISBN 978-4-7581-2210-8
  • 定価:4,620円(本体4,200円+税)
  • 在庫:あり
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書 評

脳だけを理解すれば「脳」を理解したと言えるのか?

毛内 拡
(お茶の水女子大学)

君は神経科学界隈で静かに起こっている革命を知っているか?

神経科学の分野では少しずつですが,とある変化が生まれています.それは,従来のニューロンを中心とした「デジタル的な」脳の理解ではなく,脳ならではの「アナログ的な」はたらきについて見直そうという潮流です.その中心的な役割を果たすのが,脳細胞の半分を占めると言われているグリア細胞や,脳の20%を占める脳細胞の隙間のスペース,そして,その隙間を満たし,老廃物を洗い流していると言われる脳リンパ流などです.

従来,脳はシナプスを介した早くて精密な伝達によって動作していると考えられてきました.もちろん,私たちが素早く正確な運動を実現できるのは,このニューロンのシナプス伝達のおかげであることは紛れもない事実です.しかしながら,私たちの精神機能や心,人間らしさなど,まだまだシナプスによる相互作用だけでは説明がつかない現象も数多くあります.

人工知能はやがて脳を凌駕するんでしょうか?

脳はコンピュータと本質的に異なります

今流行りの人工知能は,このニューロンのデジタル的な側面をうまく利用したアルゴリズムを基本に動作しています.巷では,いずれ人工知能が人間の能力をはるかに凌駕する時代が来るとも言われ戦々恐々としていますが,私は懐疑的です.なぜなら,脳はコンピュータとは本質的に異なるからです.人間はどうあるべきかを問われるこんな時代だからこそ,脳がコンピュータとは本質的に異なる部分が注目を集めています.読者の皆さんのなかには,なんて新しい視点だろうと思う方もいらっしゃるかもしれません.しかし,本書の著者である工藤佳久先生は,皆がその重要性に気づく何十年も前から,脳のアナログ的な部分に対する重要性を主張し,先導してきた一人なのです.

日本の神経科学研究を先導してきた大先生

工藤先生ってナニモノ?

時代を先取りすぎた人です

工藤先生は2021年現在82歳のレジェンド級のすごい人です.何がすごいって,テニスをこよなく愛していらっしゃり,80歳を過ぎても週3でテニスをする人です.テニスの合間に研究をしている(本人談)とおっしゃるユーモアたっぷりの現役の神経科学者です.工藤先生と話しているとパーっと心が明るくなる感じがします.朗らかでお話も上手な素敵な先生です.

真面目に言うと,工藤先生はアストロサイトからの細胞内カルシウムイオン濃度計測(いわゆるカルシウムイメージング)を世界で(!)初めて行った人です.ところが当時はその重要性が理解されずに,評価されるまでに時間がかかってしまいました.先駆的すぎて世の中の誰も工藤先生についていけなかったのです.

私は誰か

あんた工藤先生の何なのさ?

私は工藤先生を尊敬してやまない人の一人です

私は,工藤先生が東京薬科大学生命科学部につくった「生体高次機能学研究室」の後進である「脳神経機能学研究室(宮川博義教授)」の出身です.工藤先生が設立にご尽力された東京薬科大学の生命科学部は,めでたく2019年に25周年を迎えました.私はその第11期生です.工藤先生の研究室の出身者で研究者になった先輩は他と比べても抜群に多く,特に,神経科学の研究者を志している人が多くおります.神経科学の学会に行くとちょっとした同窓会になります.研究室が25周年を迎えた2019年は工藤先生の喜寿のお祝いと重なりましたので,同窓会で盛大なパーティーを開催しました.

この本の一番の魅力

ここまでで,工藤先生がすごい先生であることはおわかりいただけたかと思います.さて,本稿の目的は,このたび工藤先生が羊土社から改訂出版された『改訂版 もっとよくわかる脳神経科学〜やっぱり脳はとってもスゴイのだ!』の書評です.私のような若輩者が恩師の著書の書評を行うというのはおこがましくもありますが,ご指名いただきたいへん光栄に存じます.

まず端的に,本書の魅力の一つは,人の名前がたくさん出てくるところにあります.歴史上の重要人物は当然のことながら,特に世界に誇るべき日本人の名前もたくさん出てきます.日本人の名前が登場するたびに,「日本の神経科学者もすごい発見をいくつもしている,日本の脳研究も捨てたもんじゃないな」と誇らしい気持ちになります.人を愛し,大切にする工藤先生の人柄が現れており,そこに魅力を感じました.僭越ながら私の名前も登場するのでもしよかったら探してみてください(ヒント:あとがき).

そして,工藤先生といえばやはり手書きイラストです.全編にわたって非常に味のある,わかりやすい挿絵が効果的に用いられており,理解を助けてくれますが,これらはすべて工藤先生が書かれたものです.私は女子大に勤めておりますが,講義などで工藤先生の絵を紹介すると「カワイイ」と黄色い声が湧き上がります.こちらのイラストも必見です.

この本に初めて出会った人へ

どういう人が読むべき?

すべての人におすすめです

脳神経の勉強をしたいけれど何から始めていいかわからない皆さんにおすすめしたいです.すべての皆さんの「はじめの一歩」です.例えば,これから人工知能の研究をしたいと思っているコンピュータ系の人や脳型コンピュータを開発したい工学系の学生など,医学や生物とはかけ離れた人にも有益なヒントがたくさんあります.脳の教科書は巷にたくさんありますが,どれも分厚く小難しいため,なかなか読破できず,もれなく挫折してしまいます.いっぽう,本書は,280ページ程度で脳神経科学が網羅されており,この品質でまとめ上げるには相当の労力であったと思われます.これから講義に使う教科書や参考書として学生向けに採用するのはもちろん,教員にも,講義準備のために小難しい教科書を読み進めるための副読本としておすすめです.

文系の私でも読める?

そんなあなたにこそ読んでほしい

非常にやさしい内容になっているので,これまでいっさい生物学の勉強をしてこなかった人でも,一からしっかり学ぶことができます.言葉遣いが平易であり,専門用語もしっかりとした解説があります.このことからも工藤先生の読者に対する愛の深さを感じます.

私としては特に,アーティストや経営者の方にも脳について理解を深めていただき,インスピレーションやイノベーションの手がかりをつかんでもらいたいと考えています.したがって,本書は読者を選びません.本書を読んだ暁には,もっと知りたいという気持ちが湧き起こることでしょう.今まで難しそうと手が伸びなかった脳科学関連の一般書を読むのが楽しくなるかもしれません.

前作『もっとよくわかる脳神経科学〜やっぱり脳はスゴイのだ!』を持っている人へ

すでに初版を持っているが,改訂版の購入は必要?

絶対必要.増分を見つけるのも楽しい

本書は,改訂版と銘打ってこそいますが,単なる加筆・修正にはとどまらないほどの大改訂です.細かいところまで修正が及んでおり,変更点すべてを列挙するのは困難ですが,改訂前の版と読み比べて,増分を探すのも楽しい作業です.読み比べてみると,初版が出版されてから8年間の工藤先生の思考の変遷や軌跡をたどることができます.例えば,Clチャネル,脳の発生,出生前学習,シナプス可塑性へのアストロサイトの関与などの項目が新たに付け加えられております.工藤先生の脳は,確実にアップデートしています.教科書というとわかりきっていることや古臭いことが書かれているというイメージがありますが,本書では,まだわかっていないことや評価が定まっていない知見なども書かれており,読んでいてワクワクする内容が盛りだくさんです.

何が変わったの?

お気づきでしたか? 改訂版では「やっぱり脳は"とっても"スゴイのだ」と,脳への愛がよりいっそうパワーアップしています!

まず,何といってもタイトルから工藤先生の脳に対する強い愛が感じられます.見た目としては,印刷がくっきりして読みやすくなっています.また,ルビが振り直されたり,専門用語にもより噛み砕いた説明がついたりなど,初学者に対する配慮が行き届いております.さらに,図の配置や配色が変わって,より効果的になり,理解を手助けしてくれます.

工藤先生の意見や実体験に基づく疑問や仮説なども惜しみなく書かれております.例えば,第5部第3章の「記憶の痕跡,想起,そして再固定化」に関する記述に代表されるように,新たな研究のヒントとなるような記述を随所に発見することができます.

また,コラムが充実しており,ちょっとしたコーヒーブレークに最適です.しかもコラムのトピックが増えております.DHAサプリのくだりなんかも,8年間を経て内容がアップデートしていて可笑しかったです.工藤先生の引き出しの多さには本当に脱帽します.講義中の雑談や,デート中の会話なんかにも事欠きませんね!

さらに各章の終わりにはChapter Summaryが付与されており,学習した内容をしっかりとおさらいすることができます.こういう細かい配慮は読者にとって嬉しいものです.

そして何より,私的に一番の見所は,第4部が拡充された点にあります.冒頭に述べた,シナプスを介さない相互作用や脳のアナログ的な側面というのは,主にこの第4部に集約されています.ここだけの話,改訂段階で工藤先生とお会いした際,この第4部をもっと充実させる必要があるという旨の構想を力説されていたのを覚えています.第4部では,生体の多様な情報伝達機構である,内分泌系や自律神経系,さらには脳の広範囲調節系にまで話が及びます.これほど広範囲調節系をしっかり取り扱っている教科書にはほとんど出会うことはありません.また,「脳が刻むリズム」という節が追加されており,睡眠・覚醒や概日リズムなど多くの人が取り組んでいる問題についても取り上げられております.感動的なのは,工藤先生の研究室の第1期生である榎木亮介さんの業績の一部が紹介されている点で,師弟愛を感じずにはいられません.そして,なんといっても一番のハイライトは,脳科学分野でも最もホットな話題の一つである,脳がもっているかもしれない自浄作用の一つである脳リンパ流すなわち「グリンパティックシステム」についての概説が加えられた点にあります.グリンパティックシステムが気になる人はぜひ本書を手に取ってみてください!

この例からもわかるように,脳科学研究における古典から最新の知見まで広く網羅されている教科書は他に類を見ないと断言できます.

これからの脳神経科学研究

今後,脳科学はどうなっていくの?

本書はその答えを導く宝の山と言っても過言ではありません.

本書は,いいところで終わっています.私たちが知りたいのは,もっと先のこと,結局心ってどういう脳のはたらきなのか,人間らしさはどこからやってくるのかということ,脳と心についてもうちょっと先生の考察を伺ってみたいところではあります.しかし本書で工藤先生は,十分考えるヒントをくれたのではないでしょうか.宝の山と言っても過言ではありません.

例えば,本書は脳神経の教科書ではありますが,感覚器や筋肉,内臓,腸神経系,内分泌系や自律神経系,概日リズムなど,脳にとどまらず全身の生理学にまで話が及んでいます.どうして脳の教科書なのに,末梢神経系や腸神経系の話が出てくるんだろうと疑問に思うかもしれません.私もちょっと前までは,脳の研究をきわめればいつかは「脳」について理解できるだろうと思っておりました.しかし勉強すればするほど,脳と体は不可分であり,脳だけを理解しても「脳」を理解したとは言えないのではないか,という考えに至るようになりました.そのヒントが本書には散りばめられております.

ここからは,若い私たちが,自分自身でその答えを見つけて参ろうではありませんか.工藤先生がアッと驚くような大発見をした暁には,ゆっくりと議論を交わさせていただきたいです.とはいえ工藤先生もまだまだ現役の研究者.しかもその頭脳は,いつも私たちの10年先を走っています.いつまでも追いつけないその背中を,私は今日も追い続けます.

プロフィール

毛内 拡(もうない ひろむ).博士(理学).お茶の水女子大学 基幹研究院自然科学系 助教.同大にて生体組織機能学研究室を主宰.1984年北海道函館市出身.2004年東京薬科大学 生命科学部 卒.2013年東京工業大学 総合理工学研究科 修了.日本学術振興会特別研究員,理化学研究所 脳科学総合研究センター 研究員等を経て,2018年より現職.2021年,第37回講談社科学出版賞受賞.著書に『脳を司る「脳」』(2020年,講談社ブルーバックス).

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