実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ:もっとよくわかる!神経免疫学〜免疫細胞や抗体が神経系に侵入し炎症を惹起するしくみと疾患の基盤病態
実験医学別冊 もっとよくわかる!シリーズ

もっとよくわかる!神経免疫学

免疫細胞や抗体が神経系に侵入し炎症を惹起するしくみと疾患の基盤病態

  • 山村 隆/編
  • 2025年12月05日発行
  • B5判
  • 164ページ
  • ISBN 978-4-7581-2216-0
  • 5,720(本体5,200円+税)
  • 在庫:あり
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第2章 神経系と免疫

2 脳内免疫を担う役者たち

増田隆博
(九州大学生体防御医学研究所 分子神経免疫学)

脳や脊髄を含む中枢神経系組織は,神経細胞に加え,アストロサイトやオリゴデンドロサイトといったグリア細胞,さらに血管系の細胞など,多種多様な細胞が絡み合う高度な構造体である.近年,この複雑な構造の形成・機能維持,そしてその破綻には,さまざまな免疫細胞が織りなす脳内免疫応答が重要な役割を果たしていることが明らかになってきた.本稿では,こうした脳内免疫を担うプレーヤーについて,自然免疫系細胞および適応(獲得)免疫系細胞,さらには免疫機能を有する非免疫細胞に分類し,それぞれの特性や機能について紹介する.

Key word
◆脳内免疫 ◆自然免疫系細胞 ◆適応(獲得)免疫系細胞 ◆非免疫系細胞

はじめに

長年,全身の免疫系から隔離された「免疫特権」※1を有する組織と考えられてきた脳および脊髄を含む中枢神経系組織であるが,実は病態時のみならず,正常時のすべてのライフステージにおいてさまざまな免疫細胞が存在する.それに加えて,非免疫系細胞によるさまざまな“免疫”関連応答の重要性も明らかになってきている.つまり,中枢神経系組織の形成・維持や機能破綻と免疫系にはきわめて深い関係があり,非免疫系細胞も含めた多様な細胞による複雑かつ華麗な相互作用を包括的に理解することが非常に重要なステップである.

※1 免疫特権: 全身の免疫系から隔絶されている,臓器内で自己制御されているなどの理由により免疫応答や炎症反応などが起こりにくい性質のこと.

2自然免疫系細胞

複雑な三次元構造体である中枢神経系組織の形成は,胎生早期に始まり,それぞれ起源の異なる細胞が決められたタイミングで導入され,互いに相互作用しながら中枢神経系組織を構成している.一方,こうした複雑性は中枢神経系に限らず,全身ほぼすべての臓器や組織にもみられ,それぞれ全く異なる組合わせの細胞集団がそれぞれの重要機能を果たしているが,異物の貪食・除去や炎症反応の誘導など組織の恒常性維持に欠かすことができないのが自然免疫系細胞※2のマクロファージである(図11).脳や脊髄には組織常在性のマクロファージが存在し,それらは解剖学的な分布領域の違いによって大きく2種類に分けられる2)3).その1つがミクログリア細胞で,脳実質内に分布し,正常時には細胞体から伸ばした突起を常時伸縮させながら周囲の組織環境を監視している.その監視対象には,個々の神経シナプスや細胞間ネットワークも含まれ,異常を感知した際には即座に応答する4).一方,脳内を走行する血管の周囲に形成された血管周囲スペース(Virchow-Robinスペースともよばれる)や軟膜・くも膜・硬膜で構成された髄膜,脳脊髄液の産生を担うことで知られる脈絡叢といった中枢と末梢神経系の境界領域には,脳境界マクロファージが存在する(図1).それらは,局在領域の違いによって髄膜マクロファージ・血管周囲マクロファージ・脈絡叢マクロファージに分類され,髄膜マクロファージは,さらに硬膜マクロファージと柔膜マクロファージ(軟膜,くも膜)に分けられ,脈絡叢マクロファージも脈絡叢上皮マクロファージ(Kolmer細胞ともよぶ)と脈絡叢間質マクロファージに分けられる5)

※2 自然免疫系細胞:生体内に侵入してきた異物や病原体,さらには異常な自己細胞を受容体などを介して感知し,排除するしくみにかかわる細胞のこと.マクロファージや好中球,樹状細胞など.

ミクログリアおよび脳境界マクロファージの起源は,胎生早期に卵黄嚢のblood islandで出現する赤血球骨髄系前駆細胞erythro-myeloid progenitors(EMPs)であると考えられている.それらが転写因子PU.1およびIRF8依存的にマクロファージ前駆細胞へと分化した後,血液循環系を介して胎仔脳の形成初期(マウス:胎生9.5日以降,ヒト:妊娠4.5週以降)に脳周囲に到達し,髄膜の形成に伴って各種髄膜マクロファージ,もしくは実質内に浸潤してミクログリアとして分化成熟し,それぞれの細胞特性を獲得する6)〜10).前駆細胞が脳実質に侵入するルートに関しては,マウス胎仔脳を用いた解析によって,脳周囲からの供給に加え脳室側から浸潤するルートも明らかになっている11).最近では,ミクログリアの定義の1つに「発生早期の卵黄嚢前駆細胞由来」であることも加えられており,例えば疾患に伴って骨髄由来の末梢血単球が脳実質内に浸潤定着したものは,ミクログリア“様”細胞として明確に区別することが推奨されている12).脳境界マクロファージに関しては,明確な指針は示されていないものの,細胞起源の違いに伴う細胞特性の違いも明らかになりつつあり13),今後はミクログリアと同様に,明確に区別する必要があるであろう.脳内で成熟したミクログリアや柔膜マクロファージは,低頻度の増殖と細胞死をくり返すことでその細胞密度と機能を厳密に制御しており,少なくとも正常時においては骨髄由来の末梢血細胞によって入れ替わることはきわめて少ない14).その一方で,硬膜マクロファージや脈絡叢間質マクロファージの一部は,骨髄由来の細胞と入れ替わることが知られている15).最近,頭蓋骨骨髄から硬膜への直接的な細胞輸送を可能にするチャネルの存在が示されており16),これらは定期的もしくは必要に応じて迅速にフレッシュな細胞を供給するシステムが脳内に備わっていることを示唆している.一方,血管周囲マクロファージは,特徴的な分布パターンを示す17).その多くが動脈周囲のスペース内に局在し,毛細血管周囲にはみられない.また,血管平滑筋細胞に異常をきたすNotch3欠損マウスの発達期脳内では,ミクログリアや柔膜マクロファージは正常マウスと同様の分布パターンを示す一方で,血管周囲マクロファージの定着数が極端に減少することから,血管周囲マクロファージの正常分布には血管平滑筋細胞が重要な役割を果たしていると考えられる.しかし,いまだどのような細胞間相互作用を介して血管平滑筋細胞が血管周囲マクロファージの分布を制御しているのかは不明である.

細胞起源を共有するミクログリアや脳境界マクロファージであるが,脳内に定着した後は互いの分布領域を行き来することなく独立して維持される18)19).両細胞は,全身の組織マクロファージと同様に,コロニー刺激因子1受容体(CSF1R)のシグナルを阻害する薬剤の処置により消失することから19),CSF1Rシグナルは,ミクログリアや脳境界マクロファージの発達・生存・維持・活性化に欠かすことのできないシグナル分子であると考えられる14).CSF1Rの内因性リガンドとして,CSF1およびインターロイキン34(IL34)が知られており,脳内のさまざまな細胞から供給される.大脳皮質など灰白質領域に存在するミクログリアはIL34に依存した維持機能を介するのに対し,小脳などの白質領域では主にCSF1依存的であるなど20)21),それぞれのリガンドに対する依存度は発達時期や脳領域によって異なる.脳境界マクロファージに関しては,リガンドの種類や領域依存性などはいまだ不明である.

一方,ミクログリアの分化成熟にはトランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)シグナルおよびその下流のSMAD転写因子ファミリーが重要な役割を果たす22).TGF-β受容体シグナルが消失すると,ミクログリアの形成・維持を担うことが知られる転写因子Sall1の発現減少を伴って,形態学的な変化や劇的な遺伝子発現変化を伴い,脳境界マクロファージと似た表現型を獲得する.TGF-βは,神経細胞,アストロサイト,オリゴデンドロサイト前駆細胞,血管系細胞,そしてミクログリア自身が産生・放出されており,脳実質内でさまざまな細胞から供給されたTGF-βがミクログリアの表現型を決定していることを示唆している.一方,脳境界マクロファージを決定するシグナル分子や特異的転写制御因子はいまだ特定されていない.

既述の通り,正常状態においても,硬膜マクロファージや脈絡叢間質マクロファージの一部といった特定の細胞集団が,骨髄由来の単球によって恒常的に入れ替わっていることが明らかになっている.さらに,病態時など特定の条件下では,浸潤した単球が,脳の機能維持もしくは変容に急性もしくは慢性的に関与していることも報告されている.これまで,脳内に浸潤する単球は末梢血から供給されると考えられてきたが,近年の研究により,頭蓋骨の骨髄から血流を介さずに隣接する髄膜組織へと単球が供給されるシステムが存在することが明らかになっている16).この頭蓋骨骨髄から供給される単球と,末梢血中から供給される単球とで,性質や機能に差異があるかどうかは未解明であるが,組織の環境変化に迅速に対応するためのフレッシュな細胞補充システムが備わっていることは確かである.同様に,頭蓋骨骨髄からの細胞供給ルートを利用して好中球が脳内へ侵入することも確認されており16),それに加えて,樹状細胞・好酸球・NK細胞など,さまざまな自然免疫系細胞が脳内に存在しており,これら多様な役者たちによって,脳内免疫はきわめて複雑に制御されている.

3適応(獲得)免疫系細胞

自然免疫系細胞に加え,脳内では各ライフステージや組織環境に応じて,適応(獲得)免疫系細胞※3もさまざまな重要機能を担っていることが明らかになってきている(図2).通常の全身免疫において,高親和性抗体やさまざまなサイトカインの産生・放出を担うことが知られるB細胞であるが,実は発達早期の脈絡叢や髄膜で多く観察される.これらの多くは,抗原刺激がなくても自然抗体を産生しうるB1型(主にB-1a型)であることが示されている23).一方,若い成体マウスになると髄膜に存在するB細胞のタイプが大きく変化し,その多くがB2型に置き換わる24).従来,脳内のB細胞は末梢血を介して供給され,その後脳内で性質を変化させると考えられていたが,近年の研究により,少なくとも髄膜に存在するB細胞については,単球や好中球と同様に,頭蓋骨骨髄内で産生された前駆細胞が特殊なチャネルを介して直接髄膜に供給されているようである24).また,B細胞は髄膜内においてさまざまな分化状態で存在しており,その成熟には,硬膜の線維芽細胞から供給されるCXCL12などのシグナル分子が重要な役割を果たしている24).これらの知見は,髄膜におけるB細胞の生存や分化が髄膜局所で完結している可能性を示唆している.なお,脳発達のどの段階からこのような供給経路が機能し始めるかについては,まだ明らかにされていない.一方,老化した脳髄膜には,末梢血内にみられるものと同様のクローン性B細胞の蓄積が観察されており,組織環境の変化に伴って末梢血からもB細胞が補充されるものと考えられる24).すなわち,B細胞は複数の経路を介して脳内に供給されている.

※3 適応(獲得)免疫系細胞:病原体や毒素などの異物によって誘導される,抗原特異的な免疫機構を担う細胞のこと.自然免疫で対応しきれなかった異物に対し,より強力な作用で対抗するが,初めて出会った異物に対して有効性を発揮するまで時間を要する.T細胞やB細胞など.

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文献

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