実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ:発光イメージング実験ガイド〜機能イメージングから細胞・組織・個体まで蛍光で観えないものを観る!
実験医学別冊 最強のステップUPシリーズ

発光イメージング実験ガイド

機能イメージングから細胞・組織・個体まで蛍光で観えないものを観る!

  • 永井健治,小澤岳昌/編
  • 2019年09月20日発行
  • B5判
  • 223ページ
  • ISBN 978-4-7581-2240-5
  • 定価:6,380円(本体5,800円+税)
  • 在庫:あり
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プロトコール編 Ⅰ.セットアップと基本実験

1 手持ちの顕微鏡を使った細胞発光イメージング

服部 満
(大阪大学産業科学研究所)

実験の目的とポイント

新たな技術を導入する際にネックとなるのは,その初期コストである場合が多い.特に顕微鏡などイメージングに使用する機器は高価であるため,「試しにやってみたい」という理由だけで導入するにはハードルが高すぎる.発光を利用した細胞イメージングに興味をもつ研究者の多くは,すでに顕微鏡を用いた観察を行っている場合が多く,性能に差はあるものの,明視野および蛍光観察用につくられた顕微鏡を所有している場合が大半である.発光標識を用いたとしても顕微鏡による観察の基本的な原理は変わらないため,少しの工夫で発光観察を行うことが可能である.本稿では,手持ちの顕微鏡をどのようにセットアップすれば細胞の発光観察が可能になるか,実際の顕微鏡例をもとに紹介する.

 はじめに

発光イメージングをはじめるうえで理解すべきことは,明視野観察や蛍光標識の励起で用いられる光は自然光と比較して格段に強い,という事実である.そのおかげで,室内光程度の自然光が周囲から顕微鏡付近に届いていたとしても,観察像に大きな影響は生じない.一方,発光イメージングで観察する光は微弱であり,自然光の影響を容易に受ける.したがって,顕微鏡全体を遮光することが必須条件であり,手持ちの顕微鏡に施す一番の改良点となる(遮光の方法はプロトコールを参照).

そのうえで,観察の目的に応じて使う発光タンパク質の種類および撮影の条件が変わってくるため,「何を観たいのか?」をはっきりさせることが重要となる.蛍光は励起光を調整することでそのオンオフおよび強弱を制御できる.一方,発光は自発的な化学反応から生じるため,暗いと思ってもその明るさを高める手段はほとんどない.添加する発光基質は,低濃度であれば濃度に依存した発光の増加がみられるが,高濃度になるにつれその効果は薄れ,逆に基質の細胞への影響も無視できなくなる.では,暗いものは観察できないのか,というとそんなことはない.単純にカメラの露光時間を長くすればよい.蛍光像では長くてもせいぜい数百ミリ秒だが,発光の場合は数十秒〜数分露光しなければ観察できないものもある.もちろん光子がカメラ素子に届く量の積算であるため,倍率が高倍になるほど目的の画像を得るための露光時間も長くなる.この露光時間の延長は当然ながら時間分解能を犠牲にする.また動きの速い対象においてはその検出が困難になる.したがって,「観察対象は複数の細胞なのか1細胞か?」「1細胞の場合は細胞内構造まで観察したいのか?」「どれくらいの時間分解能を求めるのか?」といった目的に対して,その観察のセットアップがふさわしいのか,見極めが肝心となる.発光の根源は発光タンパク質であり,その種類の選択ももちろん重要である.種類による特徴はレビュー編-4で述べているためここでは説明しないが,発現コンストラクトの準備はすぐにはできないので,あらかじめ個々の特徴を理解した選択が必要である.

まとめると,観察目的に適した「遮光レベル」,「露光時間」,「倍率」,「発光タンパク質の種類」の4点のバランスを考えることが発光イメージングを成功させるコツとなる.

準備

本稿では微弱な発光でも検出が可能なセットアップ例を紹介する.観察対象は生細胞とする.

1.撮像装置・機器類
顕微鏡

市販されている一般の光学顕微鏡を用いる.通常の顕微鏡観察と同様,細胞観察の場合は倒立型が,組織・個体の場合は正立型が観察に向いているが基本はどちらでも細胞での発光観察は可能である.筆者は,倒立型はオリンパス社IX81とIX83を,正立型はオリンパス社BX61WIをベースにそれぞれ構築した経験がある1)〜3).正立型のうち対物レンズの垂直上にカメラが設置されたものは,対物レンズを通った発光がミラーを介さず直接カメラへ届くためロスが少ないという利点がある.倒立型でその構造を実現しているのがオリンパス社LV200である(プロトコール編-2を参照).なおIX81にはボトムポートがあるため,同様の構造にセットアップすることも可能である.本稿では倒立型のIX83を例として説明する(図1A).明視野観察用の白色光源および蛍光観察用の光源が備わっている場合は外さずにそのままで使用できるが,オンオフもしくはシャッターの開閉がソフトウェアを通して操作できるものに限る.

暗幕・顕微鏡台

顕微鏡全体を暗幕で覆うことを想定する(図1B).床から骨組みを組むことで顕微鏡を設置する台ごと暗幕で囲む形,もしくは台の上に骨組みを組んで顕微鏡のみを囲む形のどちらかで準備する(本稿は後者).蛍光観察を行う際に用いる市販の暗幕の流用でよいが,可能な限り遮光性の高い材質を選ぶ.撮影時は前面を完全に閉じて外部からの光を遮断するため,面ファスナーやファスナーの付いたものが望ましい(図1C).外部と連結する各種ケーブルは袖を通してまとめて外へ接続する(図1D).

カメラ

高感度でノイズの低いカメラが必須である.これまでは高解像度という点でも発光観察ではEM-CCDカメラが主流であったが,最近のsCMOSカメラは性能が向上しており,ビニング機能などが追加された製品も販売されていることから将来的に発光イメージングに導入できる可能性はある.本稿はEM-CCDカメラとしてiXonシリーズ(Andor Technology社)を使用した例を紹介する.他にはImagEMシリーズ(浜松ホトニクス社)を用いた経験もある.ゲインによる増幅は発光観察では不可欠である.

対物レンズ

微弱な発光を検出するために高開口数(NA)の蛍光観察用対物レンズが望ましいが,まずはお持ちのレンズで試してみるべきである.本稿では細胞内構造観察にはオリンパス社UPlanSAPO100×O(NA 1.40)を,複数の細胞観察にはオリンパス社UPlanSAPO20×(NA 0.75)を用いた.

フィルターセット

発光は微弱なため,光のロスを生むミラーやフィルターの使用は避けたいが,波長を分光して複数の発光を観察する場合には必要となる.通常の蛍光観察用のフィルターで十分であるが,蛍光スペクトルと比較して発光スペクトルはブロードであるため,分光が十分にできない場合もある.当然ながら蛍光観察との併用を行う場合もフィルターを準備する.本稿の観察結果ではフィルターは使用していない.

分光が必要ない対象では,フィルターなしの状態で光源のオンオフにより明視野と発光をそれぞれ撮影することが可能である.

観察ステージ

部屋を消灯して暗幕を完全に閉じた状態でなければ観察ができないような微弱な発光の場合には電動ステージが便利である.手動ステージでも観察は可能だが,発光像を観察しながらXY軸を調整する際には,できる限り光が入り込まないように部屋を真っ暗にして暗幕の隙間から手を入れてステージを操作する必要があり,慣れないと非常に時間がかかる作業となる.

PC・ソフトウェア

通常の顕微鏡観察でのデータ保存に耐えうるスペックであれば十分である.制御用ソフトウェアは各種光源のオンオフ,カメラの設定,フィルターの切り替えなどの制御ができることが絶対条件である.今回はモレキュラーデバイスジャパン社のMetamorphを使用した.

2.観察試料,試薬
生細胞

本稿では生細胞を対象とする.ルシフェラーゼを一過的もしくは安定的に発現した細胞を,ガラスベースの観察用ディッシュ上で培養したものを準備する.本稿ではYellow enhanced- NanoLantern(YeNL)を安定発現するHeLa細胞および,Green enhanced-NanoLantern(GeNL)をミトコンドリアに安定発現するHeLa細胞を使用した4)

培地

観察時の培地は通常の蛍光観察で用いているものを使用すればよいが,添加する発光基質に影響が少ないものを使用する(よくあるトラブルを参照).本稿ではHBSS(−)を用いた.発光基質はプロメガ社Furimazineを最終濃度20μMとなるように調製した.

プロトコール

1.光漏れの確認(所要時間10分程度)

❶ すべての装置の電源を入れる.

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❷ 暗幕内にある装置(顕微鏡,カメラなど)のLED部をすべて消去するかアルミホイルなどで遮光する*1

*1
顕微鏡の設定により装置のLEDを消すことができるものもある.IX83もLEDを消せるが,筆者の場合は装置の作動を確認したいためにアルミホイルで遮光する形をとっている(図2A).

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❸ 光路からの光の漏れがないか確認する(図2B).照射光のオンオフ方法が物理シャッターなのか,光源内のオンオフによるものかを確認する*2

*2
明視野観察や蛍光観察と同時に行う場合には,照射光の遮断もしくは消光が完了する前にソフトウェアが発光検出を開始してしまい,発光像に照射光が漏れ込むケースがある.完全に照射光が消光したタイミングで画像取得を開始するようにカメラの設定を含めて理解する.

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❹ 室内灯を点灯した状態で,暗幕内に頭を入れて外からの光の漏れがないかを確認する*3

*3
布系の暗幕は縫い目に細かい穴が残っている場合がある.裏側から遮光テープなどでふさぐ.シート系の暗幕は開閉の際に前面部分が裂けて隙間が生じることがあるため注意する.顕微鏡台に骨組みを置いて設置した場合は,台と骨組みとの間の隙間を確認する(図2C).
2.観察サンプルの準備(所要時間10分程度)

❶ インキュベーターから細胞を培養したディッシュをとり出し,培地を除く.

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❷ 最終的な分量の半分〜3/4量の観察用培地 〔HBSS(−)〕 を加える*4

*4
例えば,最終的に1 mLの分量で観察する場合は500μLを加える.セレンテラジン系ルシフェラーゼの発光反応の場合,発光は発光基質を添加した直後の十数秒がピークであり時間経過とともに減少するため,観察する細胞探しやフォーカスあわせなどに時間がかかると,発光が弱くなってから観察を開始することになり複数のアッセイ間での観察誤差ともなる.観察直前に発光基質を添加することで安定したデータが得られる.

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❸ マイクロチューブなどに残りの観察用培地を分注する.発光基質を最終濃度を想定したうえで添加して,観察時に加えられるように準備する.

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❹ ステージにディッシュを置き,蓋を外す.

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❺ 顕微鏡を明視野観察の設定にして,おおよそのフォーカスと位置をあわせる.

3.基質の添加,フォーカスの調整(所要時間15〜30分)

❶ 顕微鏡撮影の条件を発光用の設定にする.光源はオフ,露光時間は1秒,カメラのゲインは最大にする*5

*5
弱い発光の場合ゲインをかけないと観察は困難である.基本的にはゲインは最大のままで露光時間のみを調節する方があわせやすい.

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❷ すべての準備が整ったら,希釈しておいた発光基質を培地に添加する.暗幕の前面を閉じて完全に遮光する.

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❸ 露光時間を1秒に設定してライブ画像を取得する.この時点でフォーカスを変えてもぼやけた発光の影すら観察できない場合は,いったん明視野観察に戻してフォーカスをあわせ直した後,再び発光観察の設定にして露光時間を10秒,30秒,1分と長くして撮影を試みる*6

*6
NanoLucやRenillaルシフェラーゼなどの明るいルシフェラーゼの場合は10秒以内で粗くとも観察が可能だが発光の減衰が早いため,時間経過とともに露光時間を長くしないと像が暗くなる.ホタルルシフェラーゼや分割・再構成系のシステムなど暗いルシフェラーゼの場合には「分」オーダーが基本となる.筆者は最大5分露光で観察を行った経験がある3)

⬇︎

❹ 発光の白い“影”が確認できたら,フォーカスをあわせる.露光時間が1秒以内の場合はリアルタイムにあわせることができるが,それ以上の場合は撮影と調整をくり返してあわせていく*7*8

*7
暗い発光の場合は,この作業に一番時間を要する.勘による調整になるため,どれくらいレボルバーを回したらどれくらい対物レンズが動くのかを経験により把握しておく必要がある.
*8
オートフォーカス機構が付属された顕微鏡があるが,フォーカス位置を測定する際に光線を用いるため発光イメージングには適さない.

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❺ 最終的なフォーカス位置を決定した後は,露光時間を変えて撮影してみて,一番明確に像が撮影できる時間を探す.

  よくあるトラブル

Q.何も見えません.

A.明視野で細胞が確認できている場合,わずかでも発光していれば検出できる可能性がある.ゲインが設定できる場合は最大にする.さらに露光時間を最大5分程度に設定する.たとえフォーカスがずれていても白い影が映るはずである.長時間露光した際の背景のカウントの上がり方が異常な場合(全体が白くなるなど)は,遮光が徹底されているか再度確認する.

Q.時々,撮影画像にドットやコメットパターンのノイズが入ります.

A.宇宙線の衝突によるノイズと考えられる.発光観察における長時間露光では必ず付いて回る問題である.ソフトウェアによっては編集作業にて発光シグナルと区別してとり除く機能がある.

Q.蛍光標識も同時に観察しているのですが,蛍光観察の際に背景が異常に光ります.

A.発光基質は自家蛍光を生じるため注意が必要である.特に紫〜青色付近の励起光で光るため,Hoechstなどの染色マーカーは使用できない.蛍光との同時観察を検討する場合には波長の長いものを選択する必要がある.

Q.発光がしだいに弱くなっていくのですが.

A.特にセレンテラジン系のルシフェラーゼを使用している場合は,発光基質を添加した瞬間が発光のピークであり,そこから十数分〜数十分かけて徐々に発光が低下する.この変化は使用する培地組成によって大きく変わるため,より長時間発光が続く培地を探すことが重要である.血清は発光基質の酸化を促進するため発光の低下を早めることが知られている.

早い反応を追う必要がなく露光時間を長くすることが可能ならば,D-luciferin系のルシフェラーゼを選択して長時間露光で撮影すると,長時間安定して発光が観察できる.

  実験系カスタマイズのコツ

発光観察は撮影準備も,撮影自体も時間がかかる.そのため行いたい操作をしやすいセットアップにすることが,快適な観察につながる.たとえコントローラーで暗幕の外から操作したとしても,サンプルの設置などは暗幕を開けて行わなくてはならない.暗幕の開け閉めの頻度は蛍光観察と比較してとても多いので,PCや椅子がある方向に暗幕の開閉部がくるようにしておくと操作がしやすい.

遮光を確認していると,PCのモニターはとても明るいことに気づく.暗幕を少し開けての操作の際にはこのモニターからの光が観察を邪魔することがあるため,モニターの向きも考慮してレイアウトを考える.

  実験例

YeNLもしくはGeNLを発現したヒト培養細胞の観察例を図3で紹介する.これらは非常に明るい発光タンパク質であり,発光観察をはじめて行う際には扱いやすい対象である.基本的には観察倍率に比例して露光時間を長くする必要があるが,撮影像が粗く感じる場合は倍率に関係なく思い切って露光時間を長くしてみるとよい.また,発光イメージングを行う際には共焦点観察ができないことにも注意する必要がある.

 おわりに

発光観察を試してみたいと思われる方は,「励起光が必要ない」「サンプルの自家蛍光の心配がない」といった利点を観察に求めているからであろう.しかし,発光観察は決して「蛍光観察から励起光を除いたもの」ではない.本稿で説明した通り,観察までにはさまざまな準備が必要であり,発光特有の条件検討は経験しないとわからないことも多い.それらを理解するためにも,本格的な導入の前に手持ちの顕微鏡によって発光観察を体感してみることは重要である.

顕微鏡を通して発光を観察すると,特に蛍光観察に慣れている研究者は「暗い」と感じるかもしれない.しかしながら,生物が自ら発光するという現象に触れることは新鮮であり,その経験から発光の特徴を活かした新たな研究が生まれてくることを期待する.

文献

  • Hattori M, et al:Anal Chem, 88:6231-6238, 2016
  • Hattori M, et al:Proc Natl Acad Sci U S A, 110:9332-9337, 2013
  • Misawa N, et al:Anal Chem, 82:2552-2560, 2010
  • Suzuki K, et al:Nat Commun,7:13718, 2016
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