実験医学別冊:メタボロミクス実践ガイド〜サンプル調製からデータ解析まで、あなたに合った実験デザインと達人テクニック
実験医学別冊

メタボロミクス実践ガイド

サンプル調製からデータ解析まで、あなたに合った実験デザインと達人テクニック

  • 馬場健史,平山明由,松田史生,津川裕司/編
  • 2021年03月30日発行
  • B5判
  • 334ページ
  • ISBN 978-4-7581-2251-1
  • 定価:7,920円(本体7,200円+税)
  • 在庫:あり
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応用・展望編 II.今後の取り組み

11 [座談会]エキスパート直伝!メタボロミクス研究の歩き方

馬場健史1), 松田史生2), 岩橋福松3), 山﨑 真4), 三浦大典5), 齊藤公亮6)
(九州大学生体防御医学研究所1), 大阪大学大学院情報科学研究科2), 住友化学株式会社健康・農業関連事業研究所3), 田辺三菱製薬株式会社創薬本部薬物動態研究所4), 産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門5), 国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部6)

本書で紹介してきましたように,メタボロミクスは複数の技術を必要とするうえ手法選択も重要であるため,特に初学者の方にとっては,トップランナーの研究者のアドバイスが実験成功への大きな助けになることと思います.そこで本項では,産官学でメタボロミクスを牽引する先生方に,実際に取り組む際のツボをはじめ,メタボロミクスでできること,そして今後のゆくえに至るまで,それぞれのお立場から経験談を交えて議論いただきました.(編集部)

馬場九州大学生体防御医学研究所の馬場です.メタボロミクスにおける技術開発と応用研究に取り組んできており,約20年です.本座談会は,メタボロミクスの現状,課題,今後の取り組みについて議論いただきたく第一線で活躍されているさまざまな分野の先生方にお集まりいただきました.まず,参加者の皆さまそれぞれ自己紹介をお願いします.

松田大阪大学情報科学研究科の松田です.2001年開始のCRESTに参画した約20年前からメタボロミクスをやっています.そのときは,遺伝子組換えイネからノンターゲット分析で代謝物を見つけ,単離,構造決定まで取り組みました.2006年に当時理化学研究所の斉藤和季先生のところで植物二次代謝物メタボロミクスを行った後,2009年から神戸大学近藤昭彦先生のもとで出芽酵母等の一次代謝のメタボロミクスをはじめ,2012年からは,メタボロミクスやプロテオミクス,フラックス解析などを組み合わせて,立体的に代謝を理解しようと研究しています.

岩橋住友化学株式会社健康・農業関連事業研究所の岩橋です.メタボロミクスには10年ほど前からかかわっており,所属する研究所でのシステムの立ち上げを行いました.農薬リード化合物の探索や作用機構解析を仕事にしており,その薬剤評価をするツールの1つとしてメタボロミクスを活用しています.

山﨑田辺三菱製薬株式会社薬物動態研究所の山﨑です.2000年半ば頃,会社ではトキシコゲノミクス(毒性の遺伝子解析)がさかんに行われていましたが,遺伝子発現だけではわからないことが多く,メタボロミクスを含む他のオミクス技術に携わるようになりました.メタボロミクスでは,バイオマーカーの探索に力を注いできました.現在は,毒性だけでなく,薬理・薬効モデルや,患者さんの病態解析やマーカー探索でメタボロミクスを活用しています.

三浦産業技術総合研究所バイオメディカル研究部門の三浦です.卒業論文の研究からメタボロミクスをはじめ,約20年経っています.2007年から10年間は,九州大学に設置された先端融合医療レドックスナビ研究拠点で,質量分析を使った低分子化合物の分析などメタボロミクスを含むさまざまな分析技術の開発と応用を行い,現在,産総研でそれら分析技術を活用した社会実装をテーマとして研究しています.

齊藤国立医薬品食品衛生研究所医薬安全科学部の齊藤です.2012年に今の研究所に着任してから,脂質を中心にしたメタボロミクスを行っています.もともと分析技術があったわけではなく,基本的には著名な先生の論文のメソッドをトレースさせていただき,目的に応じて多少改変しながら取り組んでいます.主な研究テーマは医薬品の副作用ですが,共同研究で疾患等も扱っています.新たな代謝物の同定やカバー可能な分子数の最大化をめざすのではなく,数百の臨床検体を一度に分析する方法に特化して研究を進めています.

上段左から馬場健史,松田史生,岩橋福松,下段左から,山﨑 真,三浦大典,齊藤公亮(敬称略).

基礎から産業まで,要所要所で活躍するメタボロミクス

馬場先生方は,メタボロミクスをどのように活用されておられますでしょうか? 最初にメタボロミクスの成功事例についてお話をお伺いできればと思います.

岩橋メタボロミクスはまずは医薬分野で活用されはじめましたが,技術が成熟するにつれて,医薬分野にとどまらず,私がかかわっている農薬分野や食品分野でも活用が進んでいます.農薬分野では,2000年代初頭から海外の化学メーカーによって成功例が報告されてきました.後ほど山﨑先生がお話しされると思いますが,はじめはトキシコゲノミクスの分野で多くの成果が報告されていましたが,現在の利用範囲は多岐にわたります.個人的には,メタボロミクスと農薬や食品の分野はとても相性がいいと考えています.というのも,この分野では非常に幅広い種類の生物を扱うためです.遺伝子やタンパク質は生物種によってその配列が異なるため,種間差を考慮する必要がありますが,代謝物は種にかかわらず共通ですので,われわれ農薬や食品分野が扱うような非モデル生物に対しても力を発揮します.

例えば,農薬分野では毒性や薬剤耐性の管理が大きな課題です.このために薬剤を処理した生物のなかでの薬剤の動態や作用機序を解析するのですが,非モデル生物を使った検討はまだまだ一定のハードルがあります.このような非モデル生物への化合物の作用評価にメタボロミクスは有用で,メタボロミクスを用いた上市剤の作用機序の同定の報告も多く,私も実際に成功例を経験しています.また,薬効が表現型に現れていなくても,メタボロミクスにより生体内の潜在的なイベントを検出できた例が多く報告されています.新たな薬剤候補となる化合物のポテンシャルやリスクを評価するときに,このメタボロミクスの感度の高さが役立っていると思います.

馬場農薬開発でメタボロミクスを活用されているのはどの段階でしょうか? 例えば,初期スクリーニングは表現型を指標として行い,得られた有望なものに対して活用するのか,それとも初期の探索ですでにメタボロミクスを評価軸とされていますでしょうか?

岩橋どの段階にメタボロミクスを使うかはケースバイケースで,おそらくどの会社でも初期の探索での使い方はフレキシブルだと思います.一方で,開発の段階では,化合物の特徴を見出すための手段として,例えば特徴的な作用性のアピールや毒性リスク評価等の場面で活用されているように思います.

山﨑岩橋先生もトキシコゲノミクスに言及されましたが,創薬におけるオミクスの利用は毒性からです.その理由は2つあります.1つは,毒性のメカニズムが重要視されたことです.ヒトの副作用を避けるため毒性試験を行うなかで,動物で毒性が出てもヒトで出るとは限らず,毒性のメカニズムの理解が求められました.そのため2000年代初頭にかけて,その解析は遺伝子からタンパク質,代謝物と進んできました.もう1つは,毒性は変化が大きいので解釈しやすいことです.つまり使いやすいところからはじまったといえると思います.

成功例としては,毒性におけるバイオマーカー探索に威力を発揮しました.マーカーとして使うにはメカニズムに基づくことが大切ですが,代謝物は教科書にもある代謝マップに載っていて機能も既知なものが多いので,メカニズムを示しやすいです.またマップ上の代謝物は標品が手に入りやすく機能評価もしやすいので,メカニズムを確認したうえでマーカー探索へつなげることもできました.要するに,メカニズムに裏打ちされたマーカーを提案できたということです.もう1つ,毒性の大きな変化はマーカーの性能としてピカイチで,毒性に関するスクリーニング指標として利用してきました.特に肝毒性,腎毒性の領域で活躍していました.

馬場毒性とメタボロミクスは非常に相性がよかったのですね.サンプルによってメタボロミクスに向いている/向いていないということはわかってきていますでしょうか?

山﨑例えば動物を評価するうえでは,背景を均一化させた形でデータがとれるので,毒性モデルでは変化がみえやすいです.一方でばらつきの大きなヒトでは変化を捉えることは難しいと思われがちですが,代謝物を組み合わせることで変化がとれる実例も出てきています.

齊藤論文でいうと例えば,ヒトでも疫学のように検体数が多ければ,糖尿病のリスクを判定できるようです.今後データ数がそろえば,現在行われているゲノムによるリスク評価と同様のことがメタボロミクスでも可能になるだろうという論文がいくつか出ています.

松田食品分野では,私が初期に取り組んでいた,例えば遺伝子組換え作物の実質的同等性(安全とされる既存の作物と比較して安全性を評価する)の判断にメタボロミクスが使われています.これは予期せぬ新たな変化を見つけてこられるという特徴が活かされた事例で,今後のゲノム編集作物や実質的同等性の議論にも有効だと思います.また,福崎英一郎先生(大阪大学)らが中心になって進めておられた官能評価とメタボロームの関係や,さらに高価なコーヒーの真贋を判定できるといった品質評価にも有効で,ブランド化や高付加価値化などの判定に使える道筋が見えてきています.

植物研究では,斉藤和季先生(理化学研究所)が中心になって峠隆之先生(奈良先端科学技術大学院大学)と進められた機能ゲノム科学が一番の成果だと思います.遺伝子破壊株植物のメタボロームの変化から遺伝子機能を推定する研究です.また微生物分野でも,メタボローム解析はバイオ物質生産の収量向上に必須の技術として活用されています.加えて,がんや免疫分野では曽我朋義先生(慶応義塾大学)が中心となって疾患メタボロミクスの領域が切り開かれました.また,代謝の流れに起きる変化を調べるフラックス解析(実践編②-5)が威力を発揮して,今までは思いもよらない代謝の変化がさまざまな組織・細胞レベルで解明されています.

山﨑産業界的な成功というと,例えば創薬では上市や上市後の利活用,食品や農薬であれば製品が出ることを成果と考えられがちです.もちろんそれは大きなゴールですが,ただ研究者にとっては,先ほど言った通り創薬研究では標的探索からはじまり,さまざまなステップでメタボロミクスを使って成果を出していて,次のステップへ進む決め手になるデータの取得につながっています.産業のライフスパンのなかで,要所要所で活躍しているのは事実だと思います.

実験デザインと「完コピ」が肝

馬場次は,今お話しいただいたようにメタボロミクスをうまく使いこなして目的とする結果を得るためには,初心者がどのようなことに気をつけたらよいか,コツやノウハウなどがあれば教えていただきたいと思います.

松田まずは,このガイドブックを買うことだと思います.(笑)

馬場さすがですね! 原稿には「(笑)」を入れておきましょうか?

松田よろしくお願いします! というのも本書にあるように,実験をはじめる前に仮説を立てることが,いい結果を得るうえで重要だからです.日本でメタボロミクスが普及した大きな要因の1つに,分析受託会社が精力的によいデータを出してくれたことがあります.一方で,メタボローム分析を外注したが結果がよくわからず,じつはそもそも分析した理由がはっきりしていなかった,というお話を時々聞きます.何かは出るだろうと分析すると,だいたいうまくいきません.逆に,仮説があってそれを検証するためにメタボローム分析を行えば,データが出た時点で検証が進みます.

2つ目に,代謝以外の表現型が明瞭にみえるサンプルを分析に用いることも重要です.例えば薬剤を処理して,効いたかわからない状態のサンプルを調べても,おそらくよくわからない結果が出てしまいます.培養細胞の場合,例えば増殖速度などの表現型で少なくとも薬が効いていることを確かめてから,代謝物を分析する,というステップを踏むのが大切です.

さらに,自分たちで新しくメタボローム分析を立ち上げる際には,手法を完全にコピーすることが肝心です.できれば,チップ,機器,バイアル等も含めて,師匠となる先生の方法とすべてコピーすることをおすすめします.メタボローム分析は有機化学や分析化学の流れを汲んでいて,ほかのオミクスに比べてノウハウ的なところがあり,そのため本書でもその辺りを詳しく書いていただいています.また,新しい技術で新しいサンプルを測ってうまくいかないとどっちが悪いのかわかりませんので,ポジティブコントロールに相当するサンプルを用意し,新しい技術でこれを分析するところから,メタボロミクスを習得していくことがコツです.

馬場まさに今回本書を出版する意図はここにあります.メタボロミクスは実験デザインが命です.外注することもできますので,サンプルを用意すれば誰でもメタボロミクスをはじめることが可能ですが,どのようなサンプルを準備するかも含めてデザインがしっかりしていないと目的とする結果を得ることは難しいです.

齊藤少し付け加えるのであれば,どの程度のクオリティの結果がほしいのか,例えば単純に多い/少ないでいいのか,それとも何倍などある程度数字を出したいのか,目的のなかにその設定まで加えることが大切です.そうするとデータに求めるクオリティーも変わってきます.ノンターゲットでマーカーを探すのであれば,ハズレを含めて候補を10でも100でもよいので選んで,そのなかで1つや2つ当たればいいというアプローチができますし,逆に代謝マップを描くなど全体の体系的な変化をみたければ,マップ上の化合物を標準品などで照合しておく必要があります.外注する場合であれ自分でやる場合であれ,用いる手法における,代謝物照合の確実性や定量性を目的と照らし合わせてからはじめるのが大事です.

馬場そのとおりです! 目的を定め,それに応じてどのレベルのデータをとるかが決まれば,適した方法を選ぶことができ,それが成功につながります.本書にはそういった考え方も盛り込んでおり,外注を利用する方も,適した外注先を選ぶためにそれぞれの分析方法で何ができるか,どのようなデータが得られるかを理解していただければと思います.

山﨑実験デザインが確立しているPCRやマイクロアレイと異なり,メタボロミクスが初心者にとって特に厄介なのは,さまざまな分析技術の得手/不得手を考慮したうえで目的と測定対象物に応じた実験デザインを選ばないといけないことです.

三浦以前は特に初心者の方が失敗するケースが多かったですが,個別の事例についてこういうときはこうするといいよと,いわゆるコンサルティングできる人が少ないのです.例えば馬場先生や松田先生に相談があれば,うちではできないけどこんな手法があるよとか,うちだったらこんなことができるよとアドバイスができると思います.そういう方を本書を通じて探して,見つけて,相談できれば,失敗はぐっと減ると思います.

馬場素晴らしいコメントです! 松田先生が「完コピが肝心」と言われたのと同じで,経験豊富なプロの方に導いていただくことは成功の一番の近道だと思います.本書では日本でメタボロミクスを牽引している多くの先生に執筆いただいていますので,共同研究先を見つけていただく意味でも活用いただけると思います.

近年の顕著な進展,そして真のポテンシャルの発揮へ

馬場さて,ここからはメタボロミクスの今後について議論したいと思います.その前に,まずこの10年間でどのような技術的進展があったかについてお話をお伺いできたらと思います.

松田まずサンプル調製(実践編①)では,サンプルに応じた扱い方がわかってきました.分離検出(実践編②)では,いろいろな方法を組み合わせることで,検出範囲が拡がり,感度も上がってきています.データ解析(実践編③)では,最初ピークピッキングで苦労しましたが,性能のよい市販ソフトウェアや,津川先生がつくられたMS-DIALのような同定まで含めて1つのパッケージとして解析するソフトウェアがようやく出はじめ,敷居は非常に下がってきた印象です.MassBankのようなマススペクトルデータベースも充実しはじめ,大幅に進歩しています.

岩橋システムという観点からは装置やソリューションの進化を感じます.機器のベンダーの方の努力が非常に大きく,いろいろなシステムのパッケージが整備され,新規参入者でも比較的容易にメタボロミクスに着手可能になった印象があります.この点はアカデミアから企業へのメソッドや技術の移管が進んでいることを強く実感します.また,アカデミアやベンダーからメタボロミクスのデータの強みを積極的に発信いただくことで,その使いどころやアピールのしかたがユーザー間でうまく共有されているように思います.

山﨑創薬面では,装置の進化ももちろんありますが,装置に依存しない研究の進展で,検出代謝物の数は圧倒的に,倍以上に増えた印象です.以前は代謝物のデータは少ないと言われがちで,万単位の遺伝子やタンパク質に比べて,代謝物は測定によっては100程度の時代もありましたが,今は500~1,000近くがある程度安定的に見え,定量性も高くなってきています.この10年来でメタボロミクスがデータの量と質で他のオミクスと同列で解析できるレベルまで上がってきていると思います.

馬場そのうえで今後,これができればメタボロミクスがより広がって利用されるといったアイデアや課題があれば伺えますでしょうか?

三浦大規模分析は課題の1つです.多検体を安定的に分析することに,今おそらく皆さん苦労されていると思います.数年前から,QC(クオリティーコントロール)サンプルを数分析ごとにシステムチェックのように使うことで安定に分析できると言われますが,実際に機能するか検証することもまだ途上だと思います.今うまく機能しているのは小規模のターゲット分析という印象です.将来的には,例えば食品や植物のような標品もないサンプルについて,ノンターゲット分析が安定的に機能することが技術開発の1つのゴールだと思っていますので,そこに対してどのようなQCサンプルをデザインするか考えなければいけません.

馬場大規模なノンターゲット分析に使えるQCサンプルは重要ですね.メタボロミクスはゲノム解析が行われていないものも含めて多種多様なサンプルの解析を行うことが特徴でもあるので,安定的にデータをとりためたり比較したりするには,それに対応したQCサンプルが必要ということですね.

松田最初メタボロミクスはノンターゲット法をめざしましたが,データの処理とMS/MSスペクトルからの未知ピークの構造決定が難しかったのでターゲット法が発展し,現在はワイドターゲット分析が有効に機能しています.ただ,新しいものを発見するメタボロミクス本来のポテンシャルを活かすには,まさに大規模データの統合と,未知ピークの決定が今後の大きな課題だと思います.

山﨑代謝物を扱うメリットは,そのダイナミクスがとれる点です.例えば病態やバイオマーカーの動きを理解するために,病態変化や治療効果における代謝ダイナミクスの取得は定量技術の開発を含めて,今後期待されるところです.

齊藤今後ノンターゲット分析が標品のない植物などの研究に広がることを考えると,代謝のフロー全体を理解するうえで,まさに代謝物の同定や,植物などでは突き詰められていない代謝経路の理解が重要なので,ここはぜひ進化してほしいです.

馬場その点は,in silicoで生体内反応を模倣したライブラリをつくってスペクトラムに当てにいく方法など,いろいろなインフォマティクスの手法を使うことで成分の同定や不明な代謝経路を明らかにしていければと思っています.

三浦メタボロミクスの比較対象になる遺伝子発現解析は,初期にはマイクロアレイを用いたターゲット解析でしたが,今はほぼ次世代シーケンサ(NGS)を用いたRNA-Seqです.メタボロミクスの大きな欠点は,化合物濃度のダイナミックレンジが非常に広く,多量な成分しか拾えないケースも多いですし,ノンターゲット法では照合も難しいことがあります.明確にデータが出るノンターゲット(NGS)と統合解析するためには,メタボロミクスは技術的に頑張らなければいけないハードルが高いと思います.

松田データを大規模化していく試みは,三枝大輔先生が進めておられる「ToMMo」:コホートに向けたデータベース構築や(応用・展望編-9),「鶴岡みらい健康調査」のようなコホート研究へのトライアルが行われ,多くの方の尽力でさまざまなノウハウが生まれています.また分析技術のニーズに伴って,QCの必要性も非常に強く認識されてきています.今までは100サンプル程度の小規模なスタディーのワイドターゲット分析によって多くの成果が出てきたと思います.

馬場今後,例えば医薬品や農薬の開発におけるメタボロミクスの利用で,データの蓄積への期待は大きいでしょうか?

山﨑現状では,NGSデータとの連携については,探索研究での利用段階だと考えています.探索から新たな発見があった場合に,より高次のデータ解析をする際の信頼性確保が今後重要となってきます.データ量と信頼性は相反すると考えられがちですが,両立ができればその実用性がとても高まると思います.

岩橋NGSなどの他のデータとの連携は今後の展望として期待しています.メタボロミクス自体についてはノンターゲット分析からターゲット代謝物の絞り込みと同定までを確実につなげるメソッドあるいはフローを構築するのが1つの目標になると考えています.その一環として,インハウスのデータをしっかり蓄積して,活用できるようになることも重要だと思います.現状では,農薬や食品分野では共通で利用可能な外部データベースが充実していないので,それぞれの企業内部でどのようにデータを蓄積し管理するかが非常に大事なのですが,しっかりしたノウハウがありません.例えば,コホートデータを蓄積するためのノウハウを,別の生物にどう適用するかなどの体系的な手法などがあれば非常に有用だと思います.

馬場データの統合,蓄積についてはよく質問されます.メタボロミクスはターゲットが非常に多いため,どこに標準を絞って分析条件を最適化するかによって少しずつ異なる分析方法になります.それらのデータをどのように統合して蓄積していくかは大きな課題です.

松田技術レベルでは,データの統合や蓄積を実現するために,QCサンプルを共有するコミュニティを形成してデータが管理できればと考えるのですが,そういう話をすると必ず聞かれるのが,ニーズはあるの? という点です.具体的に血清,血漿などの体液がもっともニーズがあると思うのですが,実際の興味はまちまちで,サンプルを選ばないメタボロミクスの強みが,逆に選択と集中ができない弱みにもなります.この辺がヒトを中心に一気に進んだプロテオミクスと違う点です.今後アカデミアが中心となって,産官学で議論を深める必要があると感じています.

齊藤皆さんと少し違うのですが,最近は分析を短くし,分析できる検体数を増やすことが優先され,存在量が少ない成分が多いものに隠れて測れないことも多いです.その原因はサンプルの性質だけでなく,イオン化効率や分離分解能の限界などが考えられますが,そこを克服できる分析機器を開発してほしいのが1つです.

また,例えば血漿は100程度の検体を測っても,特定の疾患や副作用以外は明確な差が出ないことが多いです.この原因はおそらく血漿を丸ごと測っているからで,特定の臓器,組織,細胞などを反映する画分への分画法を考えなければと思っています.

(中略)

メタボロミクスを大いに活用してほしい

馬場それでは,最後に読者へのメッセージをお願いします.

松田ぜひ本書を日々の研究に生かしていただきたいと思いますが,最新の話題はメタボロミクスシンポジウムと日本質量分析討論会で主に取り扱われているので,ぜひご参加いただければと思います.

岩橋この10年ほどでだいぶツールが充実してきて,参入障壁は下がってきたと思います.一方で,われわれ農薬や食品を扱う分野では,メタボロミクスはコモディティー化しておらず,まだまだやれることが多いように思います.ぜひおいしいうちに参入していただき,本書を活用して,メタボロミクスを楽しんでいただければと思います.

山﨑メタボロミクス技術はかなり成熟してきており,実用面でもメタボロミクスでしか解明できないことが多くありますので,技術の強みを理解して研究に生かしていくことがとても重要だと思います.

三浦われわれ技術屋としては,技術は人に使ってもらえてはじめて技術だと思うので,どんどん頑張っていきたいです.読者の皆さんも「こんなサンプルがあるんだけど」などと識者の先生とコンタクトを取りながら,本書を活用していただければと思います.

齊藤メタボロミクスに今まで取り組んでこなかった方は新たなことをできるわけで,必ず発見は出てくると思います.その使い方にはポイントがたくさんありますので,本書をぜひ目的を果たすために活用してもらえればと思います.

馬場皆さんからもお話しいただいたようにメタボロミクスは本当に魅力的な代謝解析手法です.メタボロミクスの初心者の方にとっては不安な気持ちはあるとは思いますが,われわれがサポートしますので,勇気を出してトライしてみてください.きっと,メタボロミクスの有用性を実感していただけると思います.いっしょにメタボロミクスの新たな未来をつくりましょう!

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  • 馬場健史,平山明由,松田史生,津川裕司/編
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