実験医学別冊:創薬研究のための相互作用解析パーフェクト〜低中分子・抗体創薬におけるスクリーニング戦略と実例、in silico解析、一歩進んだ分析技術まで
実験医学別冊

創薬研究のための相互作用解析パーフェクト

低中分子・抗体創薬におけるスクリーニング戦略と実例、in silico解析、一歩進んだ分析技術まで

  • 津本浩平,前仲勝実/編
  • 2021年12月07日発行
  • B5判
  • 368ページ
  • ISBN 978-4-7581-2256-6
  • 定価:9,900円(本体9,000円+税)
  • 在庫:あり
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第1章 創薬における相互作用解析のスタンダード

低中分子創薬 1 低分子・中分子創薬における相互作用解析ナビ

前仲勝実
(北海道大学大学院薬学研究院)

低分子化合物,中分子化合物,バイオ医薬品など広いモダリティーに合わせて,相互作用解析を使い分ける必要がある.本項では低中分子化合物の創薬研究に特有のポイントを取り上げ,創薬スクリーニング・最適化全体の流れを示すとともに,各節の相互作用解析の位置付けや留意点を概説する.

はじめに

創薬を進めるスキームのなかで重要なポイントの1つは,作用機序・作用点を確定することにある.低分子化合物(おおよそ分子量500以下)では標的タンパク質との結合の作用点の数が第1章-Ⅱ節で取り上げる抗体などのような高分子(いわゆるバイオ医薬品)と比べて少ないため,高い親和性や特異性を出すのが基本的には難しく,同時に他の標的にも結合する可能性が十分にあるといえる.また,中分子化合物(おおよそ分子量500~2,000程度が主となる)においては,低分子化合物とバイオ医薬品の中間の性質をもち,低分子化合物が複数連なったような性質を示す場合やバイオ医薬品のようにより高親和性・特異性を示す場合など,個々の中分子化合物のもつ性質に大きく依存する.

この作用機序を確定するには,創薬標的の組換えタンパク質を用いた相互作用解析から結合を示すことが決定打となる.注意すべき点として,概論でも述べたように,原理の異なる複数の分析手法で相互作用することを確認する必要がある.これは偽陽性や偽陰性を排除するためである.さらに,可能であれば化合物とタンパク質の複合体の立体構造を決定し,化合物誘導体の相互作用の結果や変異体の解析結果とを検証することで(構造活性相関),特異的結合であると判別できる.

低・中分子化合物の相互作用解析の流れ

第1章-Ⅰ節では,低分子化合物・中分子化合物を対象に相互作用解析を行う主な手法を取り上げている.戦略を考えるにあたり,まずは創薬標的が同定されているか否かがポイントとなる.標的タンパク質が不明である場合には細胞等を用いたフェノタイプアッセイによりスクリーニングを行う(ハエ個体を用いたin vivoスクリーニングを直接実施する場合もある1)).標的タンパク質が決定している場合には,タンパク質との相互作用解析によるスクリーニングを実施する.①多くの化合物を用いる一次スクリーニング,②絞り込んだ化合物に対する二次スクリーニング,③ヒット化合物の誘導体を評価する最適化,のそれぞれの段階で,解析法のスループット性,解析可能な解離定数の範囲,得られるパラメーターの内容,サンプルの必要量,標的サンプルの標識化・固定化,コストなどの面から最適な解析法を選択することになる.表1にあるように各手法には長所や短所,特徴があり,用途に合わせて手法を選ぶ必要がある.通常の低・中分子化合物のスクリーニングの流れを図1に示す.数万を超える化合物に対するハイスループットスクリーニングを可能とする酵素反応を利用したアッセイ,発光を用いたAlphaScreenや質量分析法を用いたEcho MSなどもあるが,これらはメーカーサイト等を参照してほしい*1.本項では,1万化合物以下のミディアムスループットから個別の詳細な相互作用を解析可能な定量的手法を中心に,実例とプロトコールを紹介する.

1.一次スクリーニング

最初に取り上げるのは,ミディアムスループット一次スクリーニングにも,二次スクリーニングや最適化にも利用可能な表面プラズモン共鳴法(surface plasmon resonance:SPR)(第1章-2)である.相互作用解析の重要なポイントとして,固定化あるいは標識を用いる必要があるかどうかがあげられる.SPRは標識をしないものの,標的タンパク質を何らかの方法で測定する基盤の上に固定化する必要がある.基本的には標的タンパク質を固定化し,化合物を流すことになる.そのため,固定化したタンパク質が機能を維持できる条件を決めることが最初のポイントとなる.一次スクリーニングとしてSPRを利用する際には,レスポンスがある基準を超えたものを粗く選択することにより,偽陽性も含む可能性があるが,スループット性を上げて多くの化合物を評価することになる.

他の組換えタンパク質を用いた一次スクリーニングとしては,示差走査型蛍光定量法(differential scanning fluorimetry:DSF)(第1章-4)があげられる.これは標的タンパク質の変性を蛍光物質で検出するものであり,化合物の結合による変性過程の変化を調べる手法である.タンパク質は固定化も標識も必要ではなく,そのまま用いることができる.384プレートでの条件が決まれば,RT-PCRの機械等で短時間に測定できることから,微量でスループット性も高い手法となる.化合物が結合しても変性温度が変化しない場合があるため,偽陰性を避けることが難しい点は留意が必要である.

2.二次スクリーニング

二次スクリーニングとして,SPRにより再現性と濃度依存性を評価できる(第1章-3).ここではレスポンスカーブから解離定数だけではなく,速度論的パラメーター(結合速度や解離速度)の算出を行い,非特異吸着の有無の判断も行う.続く最適化のステージでは,これらのパラメーターを元に誘導体合成の指針を決定できる.さらに,この段階では組換えタンパク質と化合物が十分量あることが想定されるため,等温滴定型カロリメーター(isothermal titration calorimeter:ITC)(第1章-5)が利用できる.ITCは標識化と固定化は必要としない.熱力学的パラメーター(エントロピー,エンタルピー,モル熱容量)や結合モル比を決定することができる.熱力学的なパラメーターの特徴から誘導結合的な要素があるかなどを決定することで,相互作用の種類や揺らぎなどを考慮した設計を進めることが可能となる.この段階で,X線結晶構造解析やクライオ電子顕微鏡解析などから組換えタンパク質と化合物との複合体の構造情報が得られると,さらに合理的に設計することができる.相互作用の強弱に加え立体構造的に,重要な結合とそれほど重要でない結合を判別する材料となり,よりよい化合物の作製への指針を与えることが期待できる.

3.他のスクリーニング技術

他に,クルードなサンプルでも可能であり,微量の解析を進めることのできるマイクロスケール熱泳動(micro scale thermophoresis:MST)(第1章-6)を取り上げる.また,結合阻害,および結合解析そのものに用いることができる蛍光偏光測定法(fluorescence polarization:FP)(第1章-7)も紹介する.これはAlphaScreenと同様に結合阻害を利用すれば,ハイスループットの解析に利用可能である.最後に,化合物ライブラリースクリーニングのなかでも,より小さなフラグメントを対象にスクリーニングを進めるFBDD(fragment-based drug discovery)-NMR第1章-8)も取り上げる.これは,NMRのもつ弱い結合の検出が可能であることを利用したものである.ヒットしたフラグメントを利用して,単純に異なるサイトに結合するフラグメントをつなぐことにより結合能の向上を見込める.しかし,実際には化合物の親和性と特異性を最適化するために,フラグメントの標的タンパク質との結合を構造的に理解し,どの相互作用が重要であるかを見定める必要がある.誘導体合成,活性評価,立体構造解析を丹念に繰り返し,元となるフラグメント構造自体に捉われ過ぎないように柔軟に進めることが重要であるようだ.また,最近の世界の放射光施設では数百個の結晶を作製し,これにフラグメント化合物をソーキングしてすべての結晶についてX線結晶構造解析を進めることで,フラグメント化合物の結合の有無と結合部位を一度に決定する方法も取り入れられている.こちらも比較的弱い結合でも化合物を見出せる利点を用いている.

in silicoスクリーニングの重要性

創薬標的タンパク質の立体構造が決定されている場合には(第3章),第2章で取り上げるin silicoスクリーニングにより,コンピューター上で結合候補化合物を絞り込む.この場合には数百万を超える化合物に対して実施することが可能であることからヒット化合物の探索には非常に有効であると考えられる.コストの面を踏まえても予算の限られるアカデミアでは特に重要といえる.次に,これらの候補化合物に対して,相互作用解析により実際に結合するかどうかを判定する.他方,革新的な立体構造予測法であるAlphaFold2は2万を超えるヒトのタンパク質すべての構造予測がすでにデータベース化され,全体構造の決定に非常に大きな貢献を果たしている(第2章-1).しかし,現時点ではin silicoスクリーニングに使用可能な精度には不十分と考えられ,この点では実験による構造解析が必要といえる.

おわりに

最後に,これらのスクリーニングを実施する際に重要となる化合物ライブラリーを紹介する.国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の支援を受け,公的ライブラリー(東京大学創薬機構:30万弱,大阪大学薬学研究科創薬サイエンス研究支援拠点:10万超,いずれも企業からの委託化合物も運用している2,3))の構築が進んだ(図2).さらに,企業の所有するライブラリーの共同管理・利用が進み,日本パブリックライブラリコンソーシアム(J-PUBLIC)4)から44万化合物の利用も可能な状況に整ってきた(大阪大学薬学研究科創薬サイエンス研究支援拠点が運用).実践的な成果を生み出せる環境が整ってきたといえる.他方,特徴ある化合物ライブラリーを各大学で共用化していく流れも進み,オールジャパンでの創薬開発が今後進むことが期待される.

謝辞
本項を執筆するうえで,東京大学創薬機構の小島宏建先生と大阪大学大学院薬学研究科の辻川和丈先生に貴重なコメントをいただきました.ここに感謝申し上げます.

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