実験医学別冊:創薬研究のためのスクリーニング学実践テキスト〜アッセイ系の選択・構築から、ヒット・リード化合物の同定、自動化まで
実験医学別冊

創薬研究のためのスクリーニング学実践テキスト

アッセイ系の選択・構築から、ヒット・リード化合物の同定、自動化まで

  • スクリーニング学研究会/編
  • 2022年06月30日発行
  • B5判
  • 374ページ
  • ISBN 978-4-7581-2258-0
  • 定価:9,900円(本体9,000円+税)
  • 在庫:あり
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総論ーようこそ「スクリーニング学」へ!

新井好史
(日本医療研究開発機構/ スクリーニング学研究会)

はじめに

本書は,特にHTSを中心にして,スクリーニングとその周辺領域について解説することを目的とした.HTSとはHigh Throughput Screeningの頭文字をとったもので,開始当初の頃は「高速大量スクリーニング」を訳として使っていた.HTSとは,「高度にシステム化された方法で短期間に多数の化合物を生化学的に評価して,新規な医薬品の候補となる化合物(ヒット化合物)を迅速に発見すること」である.

スクリーニングを実施するために必要なさまざまな過程,すなわち,化合物資源の溶液ライブラリーとスクリーニングへの供給,ライブラリー化合物の構造多様性,マイクロプレートでのアッセイ,アッセイ技術と各種測定法,オートメーションの利用,そしてアッセイ測定値のデータ処理とデーターベース構築などのすべての過程を高度に統合することによって,全体としてのスループットを高め,効率的にヒット化合物を見出そうとする概念である.HTSの基本的な流れを図1に示した1)2). 本書は,こうしたスクリーニングとその周辺領域についての内容をできるだけ網羅した教科書として,また必要なときに確認するための辞書・字引としても使えるものにしたいと考え,下の本書の概略に示す構成にした.まずは何が記載されているのか把握していただければ幸いである.

スクリーニング学のはじまり

本書のタイトルにもなっている「スクリーニング学」という言葉を筆者らが使いはじめたのは1998年のことだが,その背景には,1990年代に入って海外大手の製薬企業がハイスループットスクリーニング(HTS)をはじめたことがある.HTSという言葉や概念が広く普及しはじめたのは1996年のことであった.その経緯について以下紹介する.

スクリーニングという手法自体は,生命に関連した科学分野では古くより主に生理活性物質を見出す研究手段としてごく普通に行われてきた.20世紀最大の発見ともいわれる抗生物質をはじめとして,数々の新しい生理活性物質が発見され,また,生体機能を解明する手段として,さらには医薬や農薬などのリード化合物を創出するなどのさまざまな目的で実施されてきた研究手段である.しかしながら,従来このスクリーニング自体を科学として体系的に取り扱うことはなく,あくまでも個々のさまざまな研究における手段としての扱いであった.

1990年代中頃より,主に製薬企業を中心にHTSが発展した.医薬のリードとなる化合物,例えば受容体結合阻害や酵素阻害などの活性を示す化合物を,数十万以上もの膨大な化合物資源から短期間でスクリーニングを実施して見つけ出そうとするものである.そのため,化合物ライブラリーの構築,HTSに適したアッセイ系開発,アッセイのミニチュア化,スクリーニングの自動化などが検討され,また発展してきた.「いかに効率よくスクリーニングを実施するか?」という視点でさまざまな研究がなされた結果,自然とスクリーニング自体を論じるようになってきた.

「科学・技術」という表現があるが,これは「科学技術」ではなく「科学,中ポツ,技術」と読むべきであり,あらゆる学問はこの「科学」と「技術」のバランスの上に成り立っている.HTS(High Throughput Screening)の概念が生まれたことによって,そうした観点でスクリーニングをみることができるようになり,一つの独立した分野として認識されるようになった.

このスクリーニングを中心としてその周辺領域を対象とした分野について,単に技術的な面だけではなく,科学的な視点からのアプローチも必要になることから,「スクリーニング学」と名付け,また英語としてはscreenologyと表現することにした.

スクリーニング学関連コミュニティの発展

生命科学の分野では,生理活性物質の探索などで,スクリーニングは昔より行われてきたが,製薬企業では,疾患の原因となる酵素や受容体が明らかになってきたことから,1990年代に入って,そのようなタンパク質の機能に影響を与える(多くは阻害する)化合物を探索するために,ターゲットベースのアッセイ系を使ったスクリーニングをはじめるようになった.こうしたスクリーニングをきわめて効率的に行おうとする試みによってHTSの概念が生まれたと考えられる.

海外では,そうした流れのなかで,1995年にSBS(Society for Biomolecular Screening)*1の第一回大会がフィラデルフィアで開催された.SBSは,HTSにフォーカスした学会として発足し,HTSやスクリーニング学には特に重要な学会として成長した.さまざまなアッセイ技術や化合物ライブラリーの取り扱いについての情報交換や研究発表など行われ,例えば,オートメーションを考慮したマイクロプレートの規格設定などにも貢献した.その他,スクリーニングにフォーカスした各種の集会が行われるようになった.

一方,国内では少々遅れてそうした動きに対応しようとする製薬企業が徐々に増えていった.新しい技術はときに大きな課題や問題に直面するが,そうした課題解決に対しては皆で立ち向かった方がよい.創薬研究ロボット懇話会(CRDD)がつくば地区の製薬企業数社ではじまった.それまで,企業間の情報交換は基本的に許されないか,きわめて限定的であったが,HTSにかかわる創薬基盤技術については,ライバル会社という垣根を越えて情報交換しようというかなり斬新で画期的な試みであった.この会は,クローズドミーティングとして徐々に拡大して20数社が参加する規模にまで達して,国内のほとんどの製薬企業はこの創薬研究ロボット懇話会にてHTSに関する技術面での情報交換が可能になった.

国内の学会では,一時期いくつかの学会でHTSに関するシンポジウムなどが企画されたが,その後継続して特に取り上げられることはなかった.これは,国内アカデミアにおけるHTSへの取り組みが海外とは異なっていたからであろうと思われる.そうしたことも一因だと思われるが,新しい技術や機器はほとんどすべてが海外発のものであった.SBSの大会に参加すると,実に多くの最新技術の機器が登場するが,国内に紹介されるものは半数もなく,かなりのハンディキャップを背負った戦いを強いられていると実感した記憶がある.

2010年に「スクリーニング学研究会(Conference on Biomolecular Screenology)」3)が発足するまでの長い期間は,創薬研究ロボット懇話会以外には,国内の販売会社が主催するユーザー会(IDBS日本ユーザー会,Japan Spotfire User Group Meetingなど)における情報交換しかなかったと言えるが,こうしたさまざまな集会におけるコミュニケーション,つまり同じ企業内だけではなく他の企業の関係者間で意見交換やディスカッションができる機会をもてたことが,国内のスクリーニング環境の発展に寄与し,大きく貢献することにつながったと思う.「スクリーニング学研究会」は,こうしたさまざまなコミュニケーションをベースとして,産学官問わず各々の所属する組織の枠組みを超える可能な限りの情報交換・意見交換を通じて,この分野の発展と同時にそれぞれの立場で社会に貢献するいう目的のもとで発足に至ったものである.

HTS・スクリーニング概説

ここでは,HTSまたはスクリーニングにおいて重要と思われる内容を,本書の各章と関連付けながら項目別に記載する.それらの内容は以下のとおりである.

  • 医薬開発におけるスクリーニング
  • スクリーニングにおける活性評価
  • スクリーニングにおける活性物質とは?
  • アッセイ系のしくみ
  • アッセイのミニチュア化と高密度プレート
  • アッセイ系の質的評価

1. 医薬開発におけるスクリーニング

医薬開発の過程を図示すると図2のようになる. ここで,創薬研究としたステージは,探索ステージと創薬ステージに分けることも可能である.探索ステージは,見出した標的の検証とスクリーニングのためのアッセイ系構築からリード化合物(リード候補化合物を含む)の設定までを指し,リード化合物から開発候補化合物を見出す過程を創薬ステージとすることもできる(本書におけるヒットとリードの定義については,1章-1を参照).

その後の開発研究にて,非臨床試験・臨床試験を経て新薬の上市に至る.

この医薬開発研究を推進して新薬を生み出すには,非常に多くのさまざまな分野の科学が組合わされることがきわめて大切である.生命科学のみならず,あらゆる学問・科学の知見を結集してはじめて新薬創成が可能である.

しかし,現在のあらゆる科学を総動員しても,どうしても乗り越えられないところが2箇所あると考え,また,そのことを認識することもきわめて大切であると思う.それは,①種差の問題,②標的と化合物の関連性(標的に作用する化合物の合理的設計),の2点である.

ヒトでの有効性や安全性を検証する前段として,動物実験によってヒトでの効果を予測しようとする実験が必要になる.しかし,ヒトでの効果を100%再現できる系はいまだ確立されておらず,ある程度の可能性を示すにとどまるざるを得ないのが現状の科学の限界である.

疾患における確かな標的が判明したとしても,その標的に特異的に作用して,その他の標的に無視できるほどの影響しか与えない化合物を設計することが現状ではできない.コンピューターの発展により,こうした分子設計に挑戦する取り組みはさまざまあるが,少なくとも現時点では,標的に作用する化合物を合理的に設計するまでにはおよそ至っていない.

この①の問題を解決する手段が「臨床研究」であり,②の問題では「スクリーニング」に頼らざるを得ない.標的となるタンパク質の構造から合理的に医薬品としての化合物を設計できればよいが,現実には,膨大な数のスクリーニングを実施して,そのなかから見出されたヒットからリードを見出し,さらに最適化合成を行う必要がある.こうした過程においては,セレンディピティ―(serendipity)がとても大切である(理想的には,この②の段階で,①の種差の問題も考慮されることが望ましい).

大胆に言い切ってしまえば,医薬開発研究は,いわゆる科学だけでは解決しない問題を含んでおり,その一つの解決への道筋をつけるのが「スクリーニング学」なのである.

ところで医薬開発過程を示した図2には,1つの新薬に至る化合物数の目安を併記している.近年では1つの新薬を生み出すためには約25,000もの化合物が必要である4)5).つまり,最適化合成によって約25,000化合物を創出してようやく1つの新薬に至る程度の確率である.

では,この最適化合成に至るリードを見出すためのスクリーニングはどの程度の規模のスクリーニングが必要になるかを考察してみる.約25,000化合物の最適化合成のために,仮に10~20個(テーマ)のリード化合物があったとして,そのリードを生み出すために,どのくらいの数の化合物をスクリーニングする必要があるだろうか?

一つのスクリーニング系で50万化合物をアッセイするとして,実施したスクリーニング系の20~30%の確率でリード化合物(複数個)を生み出せるとすれば,20系ほどのスクリーニングは実施することになる(10~20個程度のリードが生まれる).延べのスクリーニング数は少なくとも1,000万化合物という計算になるので,このくらいの数をスクリーニングすれば,新薬の1個ぐらいには至るかもしれないという計算になる.かなり大雑把な推論だが,いずれにしても一つの新薬を生み出すためには莫大な数のスクリーニングが必要になることには間違いはない.ここでも最新のIT技術を組合わせるなどして,少しでも効率を上げるための取り組みもされているだろう6)

2. スクリーニングにおける活性評価

「スクリーニング評価」と「活性評価」は,実験作業上は多くの場合は同じ操作であると言えるが,その根底に流れている考え方が異なることをまず理解しなければならない.ここでいう「活性評価」とは,ある注目すべき化合物にどの程度の活性があるのか正確に評価する,または活性があることがわかっている化合物に対してその活性プロファイルを取得することを意味している.つまり,活性があることが期待されている化合物に対して,どの程度の強い活性があるのかをしっかり確定させる必要がある際には,なるべく安定したアッセイ系を使うか,複数の実験によるデータを集計することで,正確な活性値を求める実験が必要である.

その点,スクリーニングにおいては,活性が期待できない多数の化合物のなかから,注目に値する活性の化合物を見出すことが目的である.活性が期待できない化合物があまりにも膨大な数になるため,一つひとつの化合物に対して,上記の活性評価と同じ実験を行うことは時間的にもコスト的にもできない.簡単な例を紹介しよう.少々バラツキの高いアッセイ系があってn=3,つまり3回のアッセイの結果を平均しないと正確な値に近づかない評価系があるとする.10個の化合物の活性評価を実施したいとすれば,30回のアッセイを行って計算すればよい.これを10万の化合物に対してスクリーニングをする場合は,30万回のアッセイをしないとならない.仮に1アッセイ200円のコストがかかるとすれば,最初の例では2,000円と6,000円の差で,いずれにしても1日で実施可能だろう.しかし,10万化合物の場合は2,000万円と6,000万円の差がある.また所要時間の面でも,10万アッセイを2週間でできたとして,1ヶ月半の期間が必要になる.

しかし,だからといって適当に実験をすればよいということではない.スクリーニングにおいて,一般の活性評価と決定的に違うのは,スクリーニング結果が正しいのかどうかを遡って検証することがほとんどない,またはできないということである.スクリーニングを実行したアッセイ系に決定的な誤りが発見されない限り,膨大な数の同じ化合物ライブラリーに対して,スクリーニングをやり直すことは考えられない.仮に,「少々怪しいな…!」と思うことがあったとしても,最初に実行してしまったスクリーニングの結果を全くなかったものとして取り扱うことはできないのが普通だ.つまり,よいスクリーニングといい加減なスクリーニングとが直接比較されることはまずないので,一般的に検証されることがないのがスクリーニングなのである.

それだからこそ,スクリーニングに使うアッセイ系は精度の高いアッセイ系を構築して,それを適切に実行しなければならない.

3. スクリーニングにおける活性物質とは

生命科学分野や医薬開発研究では,「活性がある」,「活性がない」,「強い活性があった」等々の言葉をよく使う.ここで改めて「活性がある」ということはどういうことで,「活性物質」とは何なのだろうかについて考察してみたい.

一般的に活性物質といえば,生命現象を維持するために生命が本質的にもっている化学物質があり,例えば,ホルモンやフェロモン,サイトカイン等々の化学物質がある.また,酵素や受容体など生命現象をコントロールする分子やシステムに対して,阻害作用や促進作用など何らかの影響を与える化学物質であり,例えば,医薬やその候補物質,生理活性物質などがある.

それでは,HTSのようなランダムスクリーニングにおいて「活性がある・ない」というのはどう考えるべきなのだろうか?その選択基準となる値は決められるのだろうか?つまり,50 μMや10 μM等々でどの程度の阻害作用を示せば活性物質であると言えるのだろうか?

このように考えてみると,活性がある・ないというのは,かなり曖昧な概念であることが分かる.とはいえ,実際にスクリーニングを行う際は,何らかの数値をもって判定しなければならない.

よって,スクリーニングを行う多くの組織や研究者は,なんとなく設定されたスクリーニング環境にて(化合物濃度など含め),1次アッセイ,または2次アッセイ(再現性試験)にて50%阻害以上を示した化合物を活性有と判定して選択,その後の濃度依存性試験に進めることにしているのではないだろうか.

ここでは,「活性がある」または「活性物質」に対して,一つの考え方を提示したい.この考え方に則っとるべきであるということではないが,一つの考え方として考察対象にしてほしい.

HTSのようなランダムスクリーニングにおいては,スクリーニング対象とする化合物の大部分は活性物質ではない.そこで,以下のような前提を設ける.すなわち,このような化合物を適当な濃度でアッセイして得られた測定値は正規分布する(理想的には,平均値:0で,一定の標準偏差をもった正規分布曲線を描く)という前提である.

そのうえで,活性物質については,「スクリーニングした際に,母集団の描く正規分布曲線からはみ出た化合物を活性物質とする」と定義する(図3).

そして,選択基準としてのクライテリアの値は,30万~300万分の1の確率で発生する阻害率,またはその周辺の切りのよい値を採用する*2

具体例を示す.図4は,酵素阻害スクリーニングの一例だが,約3,000のパイロットスクリーニングを実施して,阻害率の平均と標準偏差を求めると平均:2.6,標準偏差:11.8であり,そのヒストグラムは図4の通りである.ここに先の関数を用いて,累積確率が300万分の1の阻害率を求めると約66%になる(30万分の1では56%).よって,このHTS系のクライテリアはその中間に位置する60%として実施した.

ヒットクライテリアの設定に絶対の方法はない.上記はあくまでも一つの考え方を提示したに過ぎないが,この方法を実施する過程では,設定したアッセイ系におけるヒストグラムをみることもでき,それによるスクリーニング系の質的な評価も可能である.精度の高い評価系ではシャープなヒストグラムになるが,例えば,組織から調製した受容体を含む試料を使った場合などには,ブロードなヒストグラムを示すこともある.後者のようなケースではクライテリアが100%を超えてしまい,n=1でスクリーニングを実施することができないことが判明することもある.

より詳しくは4章-1を参照いただきたい.

4. アッセイ系のしくみとホモジーニアスアッセイ

アッセイ系は,[反応]-[処理]-[測定]の三段階で成り立っている.例えば,受容体結合阻害アッセイ(2章-3)では受容体とリガンド,酵素阻害アッセイ(2章-2)では酵素と基質,細胞を用いたアッセイでは,細胞と刺激物質との反応とみなすことができる.アッセイに必要な特定のタンパク質や試薬などを混合することで[反応]を開始して,一定時間経過後に,その反応を止めて,反応によって生じた結果を測定するための適切な[処理]を行い,最終的に結果として生じた変化を[測定]することでアッセイが終了する.これはあらゆるアッセイ系で普遍的な過程である(図51)2)

一般のアッセイでは,[反応]の結果を[測定]するために何らかの[処理]を必要とする.例えば,酵素阻害アッセイでは,酵素反応を止めて基質と反応物とを分離する操作が必要であるし,受容体結合阻害アッセイでは受容体に結合したリガンドと結合しなかったリガンドを分離する必要がある.そのため,試薬添加や洗浄,濾過などの操作が必要になる.HTSではすべての操作をマイクロプレート上で行うがゆえに,このような処理操作をどう実施するかが,アッセイ系構築の最大のポイントとなる.例えば,洗浄や濾過という操作は実施可能だが,クロマトグラフィーや溶媒分画,遠心分離などはきわめて困難である.

[反応]と[測定]はいかなるアッセイにおいても不可欠な操作であるが,HTSのアッセイ系では,特に[処理]操作が問題であり,できれば省略したいと考えるのは自然であろう.この[処理]操作を省略したアッセイ系を,mix and measureとかホモジーニアス(homogeneous)なアッセイとよんでいる.ホモジーニアスアッセイでは必要な試薬や検体などを混合した後,一定時間後にそのまま測定することができるため,数マイクロリットルという低容量でもアッセイが可能である.このようにアッセイのミニチュア化を行うことで,例えば1,536穴プレートなどの高密度プレートを使ったアッセイも可能になる.また,ホモジーニアスアッセイでは混合された状態で測定するので,平衡条件下でのアッセイになるのも大きな特徴の一つである7)

HTSの手法として開発されてきた数多くの技術はこうしたホモジーニアスなアッセイを可能にする方法である.

5. アッセイのミニチュア化と高密度プレート

HTSがはじまった頃,つまり1990年代中期は96穴プレートが主流だった.当時から384穴プレートや1,536穴プレートは存在したが,まだ多くのスクリーニングで使われることはなかった.おおむね2000年~2002年頃に,それまで主流だった96穴プレートが384穴プレートにシフトした(図68)

一般に,10倍から100倍程度の効率アップや増大は,それまでの方法と大きく変えずとも各ステップでの改善を積み重ねることによって達成できる.しかし,1,000倍を超えるためには,それまでの方法論についての概念を変えることが必要になる.これはHTSにおける効率化も同様であり,さまざまな技術革新が必要であった.

アッセイ技術としては,ホモジーニアスアッセイの開発と普及が必要であったが,同時に,分注技術では1 μLまたはそれ以下を正確に分注できる分注器が開発されることも必要であり(6章-2参照),また,検出器や測定機においても短時間に多数の測定が可能な機器も必要だった.そうした要求に応えた一つの方法が画像解析による検出器(測定器)だった.プレートでのアッセイ結果を画像として記録して,その後,画像処理ソフトによって数値化することで同時に多検体のアッセイが可能になった.

現在では,必要な機器さえそろえれば1,536穴プレートでのアッセイもかなり容易にできるようになった.また,画像解析技術は,その後さらに発展してハイコンテントアッセイを可能にし,今後はAI技術との融合も期待されるだろう.(3章-1011章-4を参照)

6. アッセイ系の質的評価について

生物活性のように,測定値の変動が大きい評価系であっても,評価数(n数)を増やしてその平均を取るなど統計的な処理を加えて,より正確な測定値を得ることが可能である.しかし,HTSなどのスクリーニングにおいては,いわゆる一次試験ではn=1 (検体あたりの評価数が1)で行われることから,スクリーニングで使うアッセイ系はできるだけ高質で安定したものを作成する必要がある.それによって,効率的で確かなスクリーニングを実施することができる.

アッセイ系の評価法はいくつもの方法があり,例えば,プレート内の各ウェルを串刺しにした集計値を比較したり,またActivityBaseなどのHTSのデータ処理ソフトウェアやSpotfireなどのマイニングソフトと連動させて評価すると便利である.アッセイ系評価については,4章-1に記載があるのでぜひ参照してほしい.ここではごく簡単にいくつかのポイントを紹介する.

1)Z' factorによるアッセイ系評価9)

Z′ 値(Z′ factor,4章-1参照)はアッセイ系の評価に最も一般に使われており,その値により質的評価がなされるのでわかりやすい(図7).これはアッセイでの測定値のバラツキとダイナミックレンジ(100%活性と活性なしの差)の両方を考慮したものであることから広く有用である.

2)アッセイ測定値のヒストグラム

パイロットスクリーニングを実施して,その結果をヒストグラムとして表示すると図8のようになる.中心を0%にして正規分布曲線の形状のヒストグラムが描ける(図8A).このヒストグラムが左右対称ではなかったり,中心が0付近ではなかったり,裾野が100%阻害まで広がっているなどの場合は,アッセイ系の何らかの問題があることがわかるので,原因を突き止めて改善する必要がある(図8B).

3)2回のアッセイ結果の分布図

独立したアッセイを2回行い,それぞれの測定値を縦軸・横軸にプロットしてみる.理想的なアッセイ系であれば,各検体の測定値はy=xの線上に配置されて相関係数は1になるはずだが,実際のアッセイでは,一定程度の広がりをもってプロットされる.

図9の分布図は,あるタンパク質の発現細胞を使ったアッセイでの実例であるが,この例は,安定発現細胞をつくらずに一過性に発現させた細胞を使ってアッセイしたものである.

見事な広がりを見せており,1回目のアッセイでの測定値と2回目の値とが全く相関がとれていない.こうしたアッセイ系でも目をつぶってn=1でスクリーニングを実施すれば実行できる.50%程度の阻害率でヒット判定をすれば,それなりの数のヒットが得られ,それをもう一回くり返せば,2回目でも阻害性がみられたヒットを得ることも可能である.結果だけ報告すれば,その結果が独り歩きしていくことも考えられないこともない.

これは極端な例であるが,スクリーニングを実施するためのアッセイ系は極限まで質(精度)を高める必要がある.

化合物ライブラリーについて(化合物の多様性・類似性,純度)

化合物は,通常は乾燥した粉の状態でバイアル瓶に入れて保管するが,スクリーニング用ライブラリーはDMSO溶液として保管するのが一般的である.スクリーニング対象とする化合物資源を溶液ライブラリーとして保管することは,HTSと連動して,そのシステムの一部として行われた.

合成化合物のライブラリー数では,HTSが開始された1990年代中期は,国内の各企業のライブラリーは数万レベル,海外大手ではすでに数十万レベルだった.スクリーニング用の化合物を販売する会社も現れて,購入によるライブラリーの拡充が行われ,化合物数は,その後拡大して,国内で数十万,海外では100万を超えるレベルにまで達した.

1. 自動倉庫について

数十万にも及ぶ化合物をコントロールするためには,自動倉庫が必要になる.マイクロプレート単位のハンドリングだけではなく,1次アッセイでのヒット化合物だけをピックアップする(チェリーピッキング)機能も必要である.化合物のDMSO溶液を扱うために,低温乾燥下で動作することも重要である.化合物倉庫については,5章-3に記載がある.

2. 化合物空間における化合物ライブラリー,ヒットとリード

化合物ライブラリーの設計者は,まずは自ら保有する化合物ライブラリーの特徴を明確にして,化学構造的にできるだけ偏りのない多様性の高い化合物ライブラリーの構築をめざしてきた.こうした化合物の収集では,化学構造の類似性を分析して,保有していない化合物群を補完することも行われた.そのため,購入のみならず必要な化合物を設計して合成することも行われた.

図10に,ライブラリー化合物を考える上での化合物空間を2次元でイメージした.この図に示した1,664億というのは,C,N,O,S,ハロゲンの各原子を17個までで構成される理論上すべての組合せの化合物の総数である10).また,C,N,O,Sの各原子を30個までとして想定される化合物数は1060個にも及ぶという.

そのうち薬になりうる化合物数「Drug」は標的分子数×10であると概算しよう.ゲノム研究11)〜13)から予想される標的分子数は,103〜104個と見積もられているため,「Drug」数は104〜105個であると想定される.最終的にめざす化合物は「Drug」としての化合物であるが,そこに至るまでのスクリーニングライブラリーとヒット化合物,リード化合物の関係性をイメージしたものである.

理想的な化合物ライブラリーは,この「Drug」をすべて含んだ化合物ライブラリーということになるが,現実には,それらとは別の化合物群を集めた化合物ライブラリーの構成とならざるを得ない.その枠内で得られたヒットについて,ヒットtoリードの過程を経てリードを創出した後に,最適化合成にて「Drug」に至るというのが医薬開発研究である.

3. 化合物資源について

先に「スクリーニング対象とする化合物資源をライブラリー化する」と記載したが,化合物資源とした理由は,例えば,天然物としての微生物培養エキスなども含まれるからである.

従来の天然物研究は,微生物を取得し培養をしつつ,その培養物から試料調製しながらスクリーニング系に供して,活性の認められた天然物エキスから活性物質を単離精製するという方法であった.そうした状況のなかHTSの考え方が生まれてきて,微生物由来の培養エキスをライブラリー化にするようになった.従来型の方法と試料のライブラリー化と比較していずれがよいのかは議論があるが,HTSのための化合物資源としての天然物エキスもライブラリーとして保管管理されるようになった.天然物スクリーニングに関しては9章-4に記載されている.

どのような化合物ライブラリーを保有してHTSに供するかは,初期創薬の根幹にかかわる重要な課題である.どんなに有望な標的を見出してどんなに高質のアッセイ系を構築してスクリーニングしても,対象とする化合物ライブラリーのなかに医薬につながる有望な化合物が存在しなければ,どんなに努力しても徒労に終わるかもしれない.もちろん,スクリーニングの結果をみるまでは成功・失敗の判断は下せないものの,どのような化合物ライブラリーを保有するかはきわめて重要なことであり,だからこそ,スクリーニングで得られたヒット化合物をどのように育てるかも一層大切になる.

1996年に開催された第2回のSBS大会(バーゼルで開催された)にて,筆者は印象的な講演を聞いている.約50万化合物のライブラリーを保有してすでにHTSを実施していた海外大手製薬企業による発表で,すでにスクリーニングされて得られたさまざまな活性化合物に対して,類似化合物をクラスターとして構成したところ,一つのクラスターにいくつの活性化合物が入ってくるかという分析である.当時の彼らは,化合物の類似性はTanimoto Fingerprintを使った手法によって行われたが,一つのクラスターに入る化合物数は1つか2つであったとの結果だった.これは当時の構造多様性や類似性にかかわる技術で行われたものであり,現在の技術ではどうなるのだろうかは気になるところではあるが,非常にインパクトがあり,示唆に富む結論であった.

化合物ライブラリーに関しては,5章-1に記載されている.直接の担当ではなくてもぜひ一読してさまざま参考にして欲しい.

高効率化の落とし穴

HTSや現代の高度な技術による高速化によってスクリーニング期間の短縮が図られている.高速化・効率化をめざすことはきわめて大切だが,その際に特に注意すべき点を指摘したい.

それは,スピードを重視するがあまり,スクリーニング過程の各ステップにおいて本当に適切な化合物選択をしているのかどうかについては,常に留意しながら進めなければならないという点である.言い換えれば,曖昧な,または不適切なフィルターによる選択を行っていないかどうかという点である.

図11の「①ゆっくりじっくり選択」は昔ながらの方法である.一つひとつのヒットに対してしっかりと評価していくことで,医薬候補に適した特性の化合物を見出す経験を積みながら,よい化合物を取得するというもので,ここではピンク色で表した化合物である.左から右に向かって流れる時間のなかで,ときに出現したピンクの化合物をしっかりと見出すことができる.

「②スピード式の選択」は,HTSによって,短期間で多数の化合物をスクリーニングして,数多くのヒットを同時に得た場合に,数が多いだけに「じっくりゆっくり」評価を進めることが許されない.そこで何らかのフィルターを設定して化合物を絞って選択するのだが,この図では,青いフィルターと黒いフィルターを用意した.いずれも化合物の選択法だが,不適切または曖昧な「A:黒いフィルター」を採用すると,よくない化合物ばかりをあえて選択することになる.「B:青い適切でよいフィルター」を設定できれば,効率的にピンク色のよい化合物をしっかりと選別できることを示している.

多数の化合物をスクリーニングしたとの努力を活かせるか否かは,この選択法にかかっている.1章-1の「スクリーニングカスケード」では,スクリーニング過程におけるアッセイ系の手順について記載したが,スクリーニング過程のみならず医薬開発研究の過程全般において,この問題は最も重要な課題である.

これからのスクリーニング学

「スクリーニング学」という言葉はまだ一般的に浸透してはいないために,スクリーニング学とは何ですか?それが対象とする範囲は何なのですか?というような問いをしばしば受けることがある.そうした問いに関連して「スクリーニング学」について記載する.

スクリーニング学とは,スクリーニングを単に技術として捉えるだけでなく,スクリーニングとその周辺領域における多様な「科学・技術」に対して,特に科学的な視点をもって取り組む科学である.

〇〇学という従来の学問では,まずその守備範囲となる領域を決めて,そのなかでの研究を進めることで,専門化・先鋭化していくものが多い.これからの学問は,ある意味逆のプロセスを進むものであり,現時点で行っている範囲や領域が,研究が進むにつれて新しい科学や技術と融合してさらに拡張していくものである.スクリーニング学もそうした新しいタイプの科学であり,今日行っているものが将来的にますます発展・拡張していくものであると考える.

スクリーニング学に携わる私たちは,常に新しい科学・技術に対して,恐れることなく積極的に融合してさらなる発展をめざして進みたいと強く願っている.そのような想いと知恵を結集して編集した本書が,読者の助けとなれば,この上ない喜びである.

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