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書 評
情報科学と生命科学の架け橋
武部貴則
(大阪大学大学院医学系研究科器官システム創生学/東京科学大学総合研究院ヒト生物学研究ユニット/大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(PRIMe)/シンシナティ小児病院)
私はiPS細胞やES細胞を用いてオルガノイドを形成し,人間の発生現象を再現する研究に携わってきた.しかし,人間の胎児を直接用いて完全な発生情報を再構成することは倫理的・技術的に困難であり,バイオインフォマティクス的な統合解析によってコンピューター上でデータを組み合わせ,有益な知見を抽出することが必須となる.特にオルガノイドのように複雑な生命現象の人為再現を試みるためには,断片的なスナップショットの大規模データをもとに,動的な現象の理解につながる情報学的解析を実現できるかどうかが研究の成否を左右する.
本書は,ゲノム配列の質評価やコンタミネーション確認などの初期解析から,さらにシングルセルやメタゲノム,プロテオームといった膨大な情報を抽象化し,可視化する手法までを,生成AIと連携して紹介している点が非常に意義深い.データとスクリプトが付属し,ChatGPTをはじめとするAIに質問しながら実際に手を動かせる構成は,ノーコード時代を象徴するアプローチであり,かつ,極めて実効的である.
米国の私のラボでは,高校生ながらこのようなインフォマティクスに精通した学生が時折メンバーに加わっている.こうした試みは,専門的なプログラミング経験をもたない私のような研究者にとっても有用であるばかりか,大学生や大学院生はもちろん,日本の中高生にまで研究の裾野を広げる契機となるだろう.生命科学において情報技術と発生学的理解を橋渡しする本書は,次世代研究者にとって格好の入門書であり,未来の生命科学研究を推進する力になると感じる.
