Gノート増刊:フレイル高齢者、これからどう診る?〜そもそもの考え方から現場対応まで、最新フレイル健診にも対応!
Gノート増刊 Vol.7 No.6

フレイル高齢者、これからどう診る?

そもそもの考え方から現場対応まで、最新フレイル健診にも対応!

  • 若林秀隆/編
  • 2020年09月01日発行
  • B5判
  • 227ページ
  • ISBN 978-4-7581-2348-8
  • 定価:5,280円(本体4,800円+税)
  • 在庫:あり
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第3章 いざ,フレイル健診に該当したらどうするか

4 口腔機能

松本朋弘
(公益社団法人 地域医療振興協会 練馬光が丘病院 総合診療科 総合診療 部門)

  • 咀嚼能力は生涯寿命,健康寿命ともに負の相関があります
  • 質問4と質問5どちらでも「はい」であれば,まずは歯科への紹介を検討します
  • 75歳以上では歯科受診率が低下します.医科受診,入院はかかりつけ歯科医をもたせる絶好のチャンスです
咀嚼力  嚥下機能  医科歯科連携

はじめに

口腔機能の問題はまさしく歯科の主戦場です.この質問の意図はオーラルフレイル(1章6参照),口腔機能低下症をスクリーニングするものです.年齢とともに口腔機能の生命線の歯科受診は年齢とともに低下します.医科と歯科の協働が1つの鍵となります.

症例

78歳男性.

糖尿病,高血圧加療中.

妻と2人暮らし.ふだんは家にいることが多く,通院以外の外出も少ない.もともと仕事以外の趣味もない.義歯を使用しているが,最近は合わなくなったため,食事時には使用せず外出時のみ使用している.食事は麺類が多くなっており,食事以外でも急にむせこむことがある.歯科は定期受診はなく,疼痛があるときのみ受診している.現在口腔内の疼痛はない.

まず,この質問の“意味”を理解しよう

1)質問4について

質問4の目的は 咀嚼機能の状態(咀嚼力)を把握することです.

口腔機能の屋台骨である咀嚼力はさまざまな要素(歯数,歯周病罹患,義歯の適合具合,咬合力や舌の動き,唾液分泌など)が影響しています.咀嚼力が低下した人は,食べにくい物を避けて軟らかい物を好んで食べるなど,さらに咀嚼力が低下する悪循環に陥りやすい傾向にあります.軟らかい物の多くはおかゆ,麺類などであり,炭水化物が多く,肉類などのたんぱく質は嫌厭されています.結果,口腔機能全般が衰える危険性があります.咀嚼力の低下は口腔機能全体の低下につながりやすいので注意が必要です.

質問4「はい」のときは,質問5「はい」のときと連動し,オーラルフレイルに該当する可能性があります.この場合は健常者の高齢者に比べて,全身のフレイル,サルコペニア,身体機能障害,死亡のすべてにおいてリスクが高くなることが示唆されています(図1左1)

義歯使用に関しては,イタリアで報告された70〜75歳の地域住民1,137人を対象とした10年間のコホート調査2)があります.本調査では,義歯を使用せず十分な歯数保持している群に比べて,義歯使用者の死亡は1.3倍〔ハザード比(HR):1.34,95%信頼区間(CI):1.06-1.70〕,歯を喪失し,かつ必要な義歯を使用していない者では,1.5倍(HR:1.51,95%CI:1.11-2.05)でした2).また本邦でも義歯の有無による生命予後を分析した調査では,40~89歳の日本人地域住民5,688人を対象とした15年間のコホート調査で,機能歯10歯未満群の義歯の有無による追跡結果が示されました.義歯未装着群に比べて,義歯使用者は,死亡が女性で0.7倍(HR:0.72,95%CI:0.58-0.91)となっています3).以上より,義歯使用もしない群が最も生命予後がよいですが,義歯使用により,義歯不使用患者より生命予後を改善することを示唆しています.

また固い物を食すということは,緑黄色野菜や抗酸化ビタミン・繊維を多く含む食物の摂取が多く4),頸動脈の動脈硬化度が低く,認知機能低下5)となることが示唆されています.これは咀嚼機能の低下が高齢者の健康長寿を脅かす可能性を指摘しています.

さらに,図2にあるように75歳を契機に歯科受診の機会が喪失する傾向があります6).さまざまな理由がありますが,口腔機能の維持に必須の歯科受診が減少していることは健康寿命延伸をめざすうえでは致命的です.

2)質問5について

質問5の目的は嚥下機能の状態を把握することです.

むせは食物が気管に入りこむ,いわゆる誤嚥による咳反射であり,むせていることは嚥下機能の低下を疑います.さらに,飲み込んだ後,口の中に食べ物が残っているときは,舌の動き,頬筋の低下を疑います.質問4の咀嚼力の低下と連動し,口腔機能の低下は,全身のフレイル・サルコペニアや,要介護リスク・死亡リスクにつながります(図1右1)

図1右よりむせ(嚥下機能の低下)は誤嚥性肺炎や窒息と関連するとされます.フレイルやサルコペニアの新規発症者や要介護の新規認定者では,質問5に対し「はい」と答えた者が多い傾向にありましたが有意差は認めませんでした.これはむせがマクロアスピレーションであり,食事により引き起こされるマクロアスピレーションに起因する肺炎は1%程度であるという報告もあります7).食事での誤嚥の評価は,窒息のリスクを見積もることはできますが,誤嚥性肺炎のリスクを反映していない可能性があります.むせ単独の誤嚥の評価は,誤嚥性肺炎のリスクを反映していない可能性があることを示唆しています.

しかし,質問4質問5の口腔機能は,2項目を合わせて確認することに意味があります.口腔機能は歯数や咀嚼力,嚥下機能などさまざまな機能から成り立っています.先行研究では65歳以上地域在住の自立高齢者の16%がオーラルフレイルに該当し,50%がその予備群に該当しました.質問4の咀嚼力と連動し,口腔機能の低下が重複した,オーラルフレイルである高齢者は,フレイル・サルコペニアの新規発症や要介護認定と関連しています(図3左).さらに4 年間の累積生存率が低いことが報告されています(図3右1)

回答評価とその原因検索,診察のポイントと具体例

1)質問4について

咀嚼力の低下により,食べる物を無意識的に軟らかい物に変えている場合があります.どれくらいの食材なら食べられるか(「さきいか」や「たくあん」などと例示する),食べているのか,どのような食材が食べにくいのかを確認する必要があります.機能する歯牙(または噛み合う歯牙)が少ない場合や,義歯使用の場合は剪断力が低下します.つまり繊維質の食べ物が苦手であるということが言えます.噛みづらいだけでなく,噛み切りづらいどうかも重要です.また噛み切りづらい食べ物は,丸呑みをしている可能性もあります.疑った場合は丸呑みしていないかどうかも聞くべきでしょう.

前述の通り75歳以上では歯科受診率が低下します.かかりつけ歯科医があるか否か,定期的に歯科を受診し,口腔機能や口腔衛生の管理などができているかを確認する必要があります.注意が必要なのは,歯牙そのものに疼痛があって固い物が食べられない場合は,「いいえ」の答えになります.しかし,歯科治療はまさしく必要となるので,すみやかに歯科への紹介が望ましいでしょう.

なお質問3「食習慣」の項目(3章3参照)で3食食べており,体重の減少がない場合では,固い物が食べにくくなっている場合は,嗜好や食形態の変化があったかを聴取します.また糖尿病や高血圧などの生活習慣病がある場合はそれらの病勢の悪化がないか確認します.逆に糖尿病が急激に悪化した場合には,食事の嗜好の変化とともにこの固い物が食べなくなるような食形態の変化を聴取する必要があります.

2)質問5について

問診でお茶や汁物でむせることがあるかどうかによって,嚥下機能の低下のおそれがあるかどうかをある程度把握することができます.診察時,むせるのが一時的なのか慢性的なのかを確認します.食べたときにむせるかどうかまたは,食事以外でむせている場合も注意が必要です(食事中よくむせる,食事以外でも突然むせる・咳き込む,飲み込んだ後に口腔内に食べ物が残る,ご飯より麺類を好むなど).また粘度の少ない液体(真水,お茶)は咽頭流入速度が速くむせを生じやすいため,むせる飲料の種類を確認します.むせを防ぐため無意識に,一口量,食べ方,食材を工夫している場合があるので,それぞれ聴取します.さらに食事中に食べこぼしがあるかを確認します.

さらに詳細な検査方法として,反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing test:RSST)による実測評価などがあります.RSSTは,30秒間における空嚥下の回数を測定するものであり,3回未満/30秒の場合,要注意とされます8).問診,RSSTのいずれか1つ以上に問題があれば,要注意として判定します9).嚥下造影内視鏡をゴールデンスタンダードとした研究ではRSSTの誤嚥の検出に関する感度は0.98,特異度は0.66と報告されています10).RSSTは道具がいらない検査であり,簡便であるため診察時に合わせて行うことが有用です.

原因を踏まえて,実際どのように改善につなげるか

1)質問4について

質問4質問5より口腔機能低下が疑われる場合は歯科医院を紹介し,口腔機能の維持・向上のための介護予防教室などを案内します.口腔体操のリーフレットを渡し,行動変容を促すようにします.

糖尿病の合併がある場合は,糖尿病手帳を積極的に活用します.昨今,糖尿病の第6の合併症として歯周病が注目を集めています.歯周病の罹患率は前期高齢者で53%,後期高齢者で62%です.糖尿病の患者の眼科受診と同様に積極的に定期的な歯科受診を推進する必要があります11).定期的な歯科メンテナンスについては古くから,喪失歯を有意に減らすことが示されています.つまり早期にかつ定期メンテナンスを前提としたかかりつけ歯科の選定と,通院が重要となります12)13)

2)質問5について

質問5のむせ単独である場合や,誤嚥性肺炎の既往がある場合,耳鼻科,呼吸器の検査が推奨されます.咽頭・喉頭部の腫瘍などを除外する必要があります.むせそのものへの対応としての具体例は① ゆっくり食事をする.② 食事時の一口量を減らす.③ とろみをつける.④ テレビを見ながらや,会話をしながら食事をしない,などです.むせは脳梗塞などの器質的な疾患がなければサルコペニアに伴うものが多く,口腔機能の質問4質問5と合わせて,体重変化の質問63章5参照)を確認します.そのうえで,よい状態であったときの食事はどうであったか,いつから食習慣が変化し,何かきっかけがあったか,よいときのように改善できそうな食習慣はないかを確認します.また,買い物や調理など食事の準備について問題がある場合には,市町村の事業や介護保険サービスの利用なども検討します.全般的な食習慣に着目して,具体的な改善策を想起させ,行動変容を促します.内科受診している場合,サルコペニアも同時に疑えば,たんぱく含有のONS(oral nutritional supplements)を処方もしくは,購入し摂取していただくようにします.ONS摂取により筋力の改善などが見込まれます14).そのほか,質問4と同様に定期メンテナンスを前提とした歯科医院を紹介する,口腔機能の維持・向上のための介護予防教室などを案内する,口腔体操のリーフレットを渡すこと,などがあります.

症例の経過・その後

かかりつけ歯科医院を受診され,義歯を新製した.数カ月の義歯調整期間を経た後は,以前に近い食事形態である葉物野菜,肉類を摂取できるようになった.歯科での定期メンテンナンスも導入され,歯周病歯の動揺度も減少し,糖尿病自体のコントロールも良好である.総合診療科を定期受診し,低栄養と診断されONSを処方され,体重増加,むせ自体も減少している.またかかりつけ医の勧めもあり,介護予防教室に通いはじめ,外出機会も増加している.

まとめ

口腔機能低下は,オーラルフレイル,フレイルへの入り口です.機能低下防止の鍵はかかりつけ歯科医への定期受診です.内科系のかかりつけ医は,連携ができ信頼できる歯科をもつことが重要です.筆者の病院では歯科は存在していないため,そこで訪問歯科医を招聘し,入院患者に対して総合診療科と歯科の共同回診をはじめました.外来患者はもちろん,入院患者に対しても口腔機能低下の早期のスクリーニングを行い,入院時から切れ目ない歯科医への受診の機会創出を図っています.

医科歯科連携こそ高齢者医療の切り札です.まずはこの質問をきっかけに歯科への紹介をはじめてみませんか.

文献

  • Tanaka T, et al:Oral Frailty as a Risk Factor for Physical Frailty and Mortality in Community-Dwelling Elderly. J Gerontol A Biol Sci Med Sci, 73:1661-1667, 2018(PMID:29161342)
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