救急外来ドリル〜熱血指導!「ニガテ症候」を解決するエキスパートの思考回路を身につける

救急外来ドリル

熱血指導!「ニガテ症候」を解決するエキスパートの思考回路を身につける

  • 坂本 壮/編
  • 2021年07月09日発行
  • B5判
  • 264ページ
  • ISBN 978-4-7581-2376-1
  • 定価:4,400円(本体4,000円+税)
  • 在庫:あり
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15 動悸

薬師寺泰匡
(薬師寺慈恵病院 院長/岡山大学病院高度救命救急センター 日本救急医学会救急科専門医,日本中毒学会クリニカルトキシコロジスト)

  1. ① 動悸の原因は不整脈,二次性頻脈,その他に分けて考える
  2. ② 不安定な不整脈は即時対応を
  3. ③ 二次性頻脈も“ヤバイ”ものから考える

はじめに

動悸の鑑別は,実は幅広いものです.不整脈がまずは念頭に置かれると思いますが,不整脈がなくても動悸を訴える人もいます.もし不整脈であれば,心電図所見を元に適切な対応を考えなくてはなりません.また来院時に不整脈がなくても,一過性の変化は否定できません.症例を通し,動悸を訴える人へのアプローチを学びましょう.

動悸を訴える中年男性

症例1 特に既往のない58歳男性.自宅で食事をしていて突然動悸を自覚したため救急要請.胸痛も自覚しており,冷汗あり,呼吸困難なし.狭心症と言われたことがある.動悸を自覚するのははじめて.
バイタルサイン:意識清明,血圧 70/38 mmHg,心拍数 200回/分,呼吸数 28回/分,SpO2 99%(6L/分),体温 35.8℃,瞳孔径 3.0/3.0 mm,対光反射 +/+.
末梢冷感あり.
心電図では単形性のRR間隔の規則的なwide QRS波形を認めている.

この患者にまず行うべき対応はどれか?

  • ⓐ同期下カルディオバージョン
  • ⓑ非同期電気ショック
  • ⓒアミオダロン投与
  • ⓓ胸骨圧迫

問題1の解説:不安定な頻脈では電気ショック!

動悸の原因究明

動悸の原因として,大きくは①心原性の不整脈によるもの,②二次性の頻脈(脱水,貧血,発熱,甲状腺機能亢進症,褐色細胞腫,薬剤性など),③心拍数正常の動悸(心臓神経症,不安神経症,過換気症候群など)があげられます.一般的なアプローチとしては,不整脈の有無をチェックし,洞性頻脈があれば二次性頻脈の原因を考察していくことになります.

この症例は,動悸を訴える人が実際に不整脈を起こしている症例です.不整脈をみたら,まずは全身状態が安定しているか不安定かを考えましょう.呼吸は正常か,ショックの兆候はないか,意識は清明か,持続する胸痛を訴えていないか.どれか1つでも当てはまるなら,目の前の患者さんが不安定な状況と考えられます.

電気ショックの施行

患者さんが不安定で,その症状・症候が頻脈によるものであれば,早急に電気ショックをして,頻脈を改善させなければなりません.診断はしなくてよいのでしょうか? 抗不整脈薬は使わなくてよいのでしょうか? はい,よいのです.すぐに電気ショックをしてあげてください.もちろん鎮静や鎮痛は考慮されるべきですが,できる限り早く循環動態の安定化をめざしましょう.

narrow QRSか単形性wide QRSの頻脈では,同期下カルディオバージョンを行います.二相性では初回100 J〔心房粗動(AFL),発作性上質性頻脈(PSVT)は50 JでもOK〕です.wide QRSで不規則なもの,つまり多形性VTに関しては非同期の電気ショックを行います.二相性では150 Jです(表1).この症例は,患者さんは不安定で,心電図で単形性のRR間隔の規則的なwide QRSが認められますので,同期下カルディオバージョンを行うのが正解です.

表1 頻脈性不整脈と電気ショック
※鎮静・鎮痛の例 ミダゾラム0.03〜0.06 mg/kg,プロポフォール0.5〜1 mg/kg,ケタミン1 mg/kg

ⓐ同期下カルディオバージョン

不安定な頻脈では即時電気ショック!

動悸を訴える若年女性

症例2 32歳女性.自宅で家事をしていて突然動悸を自覚.胸痛・冷汗・呼吸困難なし.自転車走行中に同様の症状があり,近医受診して不整脈を指摘されたことがある.薬剤で治療されたとのことだが詳細不明.現在使用している薬剤は市販薬も含めて無し.
バイタルサイン:意識清明,血圧 122/53 mmHg,心拍数 230回/分,呼吸数 14回/分,SpO2 100%(room air),体温 36.1℃,瞳孔径 3.0/3.0 mm,対光反射 +/+.
末梢冷感なし.
12誘導心電図は図1の通り.
図1 症例2の12誘導心電図

次のうち,この患者さんの診療について誤って述べたものはどれか? 1つ選べ

  • ⓐ心疾患の既往を聞くことは重要である
  • ⓑ薬剤アレルギーや喘息の既往を聞いておく必要がある
  • ⓒ鎮静,鎮痛を行ったうえで,直ちに同期下カルディオバージョンを行う
  • ⓓ抗不整脈薬の使用を検討してもよい

問題2の解説:全身状態の安定した頻脈の治療

全身状態の安定した頻脈の症例です.時間的余裕があれば,電気ショックを急がず,きちんと病歴聴取,身体診察,検査を進めていくことになります.問診では,心疾患や腎疾患の既往を聞いておくことが重要です.wide QRS頻拍の原因は表2の5つに分けられます.

wide QRS頻拍は80%程度が心室頻拍(VT)と言われていますが,上室性頻拍(SVT)のこともあるのです1).ただ,もし心筋虚血や心不全の既往がある場合,VTである可能性は95%以上となります2,3).また電解質異常によるQRS異常や不整脈も念頭に,腎疾患についても聴取しておくとよいです.その他,薬剤アレルギーや喘息について聴取しておくことが望ましいです.なぜなら,SVTの治療によく用いられるアデノシンが気管支攣縮を起こす可能性があり,喘息患者には使用を控えた方がよいためです.

病歴聴取後,身体診察や胸部X線,心エコーで,心不全徴候がないか検討します.心不全徴候を認めたり,全身状態が悪化してくるようであれば,その時点でカルディオバージョンを考慮する必要があります.もしある程度安定している状態であれば,薬剤治療を検討しましょう.

表2 wide QRS頻拍の分類

ⓒ鎮静・鎮痛を行ったうえで,直ちに同期下カルディオバージョンを行う

次のうち,wide QRS頻拍の治療について正しく述べたものはどれか? 1つ選べ

  • ⓐプロカインアミドは慢性心不全やQT延長の症例では避ける
  • ⓑアミオダロンは即効性があるわけではない
  • ⓒベラパミルは VT にも比較的安全に使用できる
  • ⓓアデノシンは WPW 症候群+ AF の頻脈には禁忌である

問題3の解説:wide QRSの治療を知ろう

wide QRSの治療薬
表3 wide QRSの治療方針

wide QRSの治療方針は,VTかSVTかで異なります.治療法は表3にまとめます4)

頻脈をみたら「アデノシン!」と唱えてしまいがちかもしれませんが,何も考えずに使用するとよくありません.アデノシンは房室結節伝導の抑制や洞結節調律の抑制をするので,SVTのときには頻用されます.VTの場合は,房室結節や洞結節は関係ないので,投与しても何も変化はありません.強いて言えば鑑別に使用できるかもしれませんが,問題2の解説で述べた気管支攣縮や,盗血(冠動脈拡張作用により健常な冠動脈は拡張するが,狭窄しているところは拡張不全となり,相対的に虚血を起こすことがある)といった副作用には注意が必要です.また,副伝導路がある場合には,房室結節伝導を抑制するために,偽性心室頻拍を助長することになるかもしれません.WPW+AFはそもそも禁忌です.いつでもどこでもアデノシンと思っているとピットフォールにハマるので注意してください.

同じく,頻脈をみたら「ワソラン®!」と唱えてしまう人もいるかもしれませんが,こちらも安易に使用するのはためらってほしい薬剤です.ベラパミル(ワソラン®)には房室結節伝導抑制があるので,場合によっては高度徐脈,房室ブロックを起こすかもしれませんし,WPW+SVTには禁忌です.そして陰性変時作用だけでなく,陰性変力作用もあるので,心機能抑制に伴う血圧低下を起こしうるため,使用には十分気をつけていただきたいです.さらに,VTに投与すると致死的不整脈が誘発されるかもしれませんので,機序不明のwide QRS頻脈に闇雲に投与しないように気をつけてください.

頻脈ならいつでもアデノシンが使えるわけではない!
wide QRSの治療はどうする?

基本的に,VTの治療をSVTに行ってもよいですが,SVTの治療をVTに行うとよくない場合があると思ってください.もしAFではなくRR間隔整の頻拍であれば,副作用に注意しつつアデノシンの投与を考えてもよいかもしれません.SVTという確証が得られないなら,ベラパミルは避けておきましょう.治療薬としてはプロカインアミド,アミオダロンが無難で,循環動態によってはカルディオバージョンを行うというのが正攻法になります.ただ,プロカインアミドは慢性心不全があったりQT延長している人には使いにくい薬ですし,アミオダロンも同じくQT延長している人には使いにくい薬です.薬剤を使うにもwide QRS頻拍になっている原因が重要というわけです.そして,アミオダロンには即効性がないので,注意深く継続的に観察しながら投与する必要があります.状態がある程度安定している場合でも,wide QRSを見た時点で,上級医や循環器科に相談するというのが最も適切かもしれません.

ⓑアミオダロンは即効性があるわけではない

動悸を訴える若年男性

症例3 特に既往のない19歳男性.大学生で,翌日にテストを控えており,夜通し勉強をしていたところ,午前1時頃から動悸を自覚.徐々に症状が悪化してきたため午前2時,親に連れられて受診.胸痛・冷汗・呼吸困難なし.悪寒戦慄なし.このようなことははじめて.最近の体重変動はない.普段汗はかかない.偏食はなく,母親のつくった食事を食べており,最終食事は昨晩19時.嘔吐下痢なし.
バイタルサイン:意識清明,血圧 105/53 mmHg,心拍数 120回/分,呼吸数 20回/分,SpO2 99%(room air),体温 35.3℃,瞳孔径 3.0/3.0 mm,対光反射 +/+.
やや痩せ型,末梢冷感なし.
12誘導心電図は図2の通り
図2 症例3の12誘導心電図

この患者さんにまず行うべき検査はどれか?

  • ⓐ血液ガス検査
  • ⓑ胸部X線
  • ⓒ尿検査
  • ⓓ腹部CT

問題4の解説:やっぱり“ヤバイ”ものから考える

心電図は洞調律であり,洞性頻脈の若年男性です.洞性頻脈であれば,二次性頻脈の原因(脱水,貧血,発熱,甲状腺機能亢進症,褐色細胞腫,薬剤性など)を検索することになります.「2. 嘔気・嘔吐」で述べたように,救急では,鑑別は“ヤバイ”ものから考えるのでしたね.脱水,貧血による循環血液量減少性ショック,感染症からの敗血症性ショックは絶対に見逃したくないものです.「2. 嘔気・嘔吐」では,糖尿病性ケトアシドーシスの症例を提示しましたが,これも高度の脱水を伴い洞性頻脈となる疾患でした.これら“ヤバイ”病態を察知する最初の一手と言えば,血液ガス検査でしたね.呼吸・代謝がうまく行っているのか,酸塩基平衡はどうなっているのか,貧血はないかといったことを確認することができます.

ⓐ血液ガス検査

それでは,この患者さんの動脈血液ガス検査結果を提示します.

症例3のつづき pH 7.288,PaCO2 36.7 mmHg,PaO2 98 mmHg,HCO3 18.2 mmol/L,BE −7.2 mmol/L,Lac 35.5 mg/dL,Na 141 mEq/L,K 2.8 mEq/L,Cl 103 mEq/L,Glu 210 mg/dL,Hb 15.4 g/dL

この患者さんに追加で行うこととして,不適切なものはどれか?

  • ⓐ追加の病歴聴取
  • ⓑ甲状腺の診察
  • ⓒ尿中薬物検査
  • ⓓ血液培養

問題5の解説:血液ガス検査を参考に,追加で得たい情報を考える

血液ガスではPaCO2が低下しているにもかかわらず,pHは低下しており,呼吸で代償できないアシドーシスがあります.乳酸が貯留しており,乳酸アシドーシスの存在が考えられます.また,電解質ではカリウムが低下しています.急性の出血がないか,甲状腺機能亢進症や褐色細胞腫はないか,薬物中毒ではないかということを考えたいところです.菌血症を疑う状況,敗血症性ショックを疑う状況下であれば血液培養が望ましいですが,現状感染症を疑う所見には乏しいです.

ⓓ血液培養

病歴聴取では何を聞くべきか

二次性頻脈の原因検索として,腹部エコー検査や血液検査を行うことで,循環血液量減少がないか,内分泌異常がないかを調べることができますが,薬物中毒に関しては,病歴聴取がものをいいます.尿中薬物検査は簡便な一方で,偽陰性・偽陽性が多く精度が高くない検査であることは認識しておきたいところです.では何を尋ねましょうか?これは,本人がわかっていて使用しているイケナイ薬物や,本人がわからず摂取している薬物を上手に聞き出す必要があります.単刀直入に,違法薬物を購入していないかは聞く必要がありますし,市販薬を飲んでいないか,サプリメントを使用していないか,いつもと違うものを摂取していないか,店で購入していないものを摂取していないかなど,具体的に尋ねてあげると,思いもよらない回答が返ってくることがあります.この症例では,試験前に勉強を頑張ろうとエナジードリンクを数本飲み,さらに市販の眠気覚ましを使用していたということでした.診断はカフェイン中毒です.

薬物中毒の可能性を常に念頭に置き,上手に病歴聴取しよう!
カフェイン中毒の治療

過剰摂取をした場合,成人で1g以上の摂取で中毒症状が出現するとされ,一般的には5〜10 g以上の摂取で致死量といわれます5).怪物的エネルギーが得られるような名前のエナジードリンクには,1本あたり160 mgのカフェインが含まれており,また市販のカフェイン製剤は1錠100 mgですから,大量服用すると容易に中毒域に達してしまいます(「10. 頭痛」参照).カフェイン中毒には解毒方法がなく,確立された治療法もありませんので,支持療法を行うことになります.ただ,低カリウム血症,QT延長から致死性の不整脈を招く可能性もあり,注意深く経過観察をする必要があります.実は今回の症例の12誘導心電図でも,QT延長を認めています.頻脈のときにはQT間隔の判別が難しくなりますが,QTcに着目し,重篤な不整脈に移行しないかをしっかり検討していただければと思います.

症候ごとのアプローチ

動悸を訴える患者さんに対しては,まず不整脈かどうかをはっきりさせましょう.不整脈の場合,不安定であれば即時電気ショック.安定していれば,不整脈に応じた治療を考えます.不整脈がなく洞性頻脈であった場合には,二次性変化である可能性が高いので,原疾患を考えましょう.心拍数が正常であれば,心臓神経症,不安神経症などを念頭に診察を進めます.

1点注意が必要ですが,動悸を自覚して来院したものの受診時に症状が消失している場合には,不整脈の可能性を考え,循環器科等でフォローアップできるように手配してあげてください.図3に診断へのフローチャートを示します.

図3 動悸の原因診断へのフローチャート

コンサルトのタイミング

不安定な頻脈の場合,すぐに人を集めて対応しましょう.また,比較的安定していると考えられる状況であっても,不整脈がある場合には,できる限り即時上級医に相談するのがよいと考えます.薬剤選択を相談しながら進めるのがよいです.

洞性頻脈で比較的安定していれば,病歴聴取・身体診察・検査を迅速に行い,診断が固まった時点,もしくは方針をある程度固めた時点,行き詰まった時点でコンサルトをしましょう.

内分泌検査は外注になる場合が多く,最終的に診断がなされないままに帰宅可能かの判断を下す必要が出てきます.必ず入院の必要性について相談しましょう.中毒は疑わなくては診断ができませんので,1回は考えてみてください.

おわりに

動悸を自覚させる疾患は,即時対応が必要な場合から心因性まで幅広く,苦手意識がもたれがちです.ただ,動悸を訴えてくれないような不整脈であれば不安定でしょうし,即時蘇生が必要になる場合もあります.動悸を訴えてくれる分,ありがたいと思って診療にあたっていただければ幸いです.緊急度を適切に判断し,上手にカテゴライズして相談しながらアプローチしていくと,診断にたどり着きやすい分野でもあります.不整脈は治療により即時症状が消失するなど,患者さんにもわかりやすいので,ぜひ上手に対応してください.

参考文献

  • Stewart RB, et al:Wide complex tachycardia: misdiagnosis and outcome after emergent therapy. Ann Intern Med, 104:766-771, 1986(PMID=3706928)
  • Gupta AK & Thakur RK:Wide QRS complex tachycardias. Med Clin North Am, 85:245-66, ix, 2001(PMID=11233948)
  • Baerman JM, et al:Differentiation of ventricular tachycardia from supraventricular tachycardia with aberration: value of the clinical history. Ann Emerg Med, 16:40-43, 1987(PMID=3800075)
  • Tijunelis MA & Herbert ME:Myth: Intravenous amiodarone is safe in patients with atrial fibrillation and Wolff-Parkinson-White syndrome in the emergency department. CJEM, 7:262-265, 2005(PMID=17355684)
  • Willson C:The clinical toxicology of caffeine: A review and case study. Toxicol Rep, 5:1140-1152, 2018(PMID=30505695)
overconfidence bias

皆さん,このような経験はありませんか? 48歳の女性が仕事中に意識消失し,職場の同僚が慌てて救急要請しました.直近の二次病院へ搬送され,意識は清明でバイタルサインも安定していましたが,心電図を施行するとⅤ4~Ⅴ6でSTの変化が認められたため,当院循環器内科へ「急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)の疑い」として転院の依頼がありました.当院来院時もやはり心電図変化を認め,冷や汗も伴っていました.若手の循環器内科医は「カテ室はいつでも大丈夫なので,ご本人,家族へ説明して,すぐに準備しましょう!」とテキパキと動き,担当した研修医はルート採血をしながら「かっこいい~」と思っていましたが….

この症例,実はくも膜下出血(subarachnoid hemorrage:SAH)でした.救急外来では時々出会うSAHの来院パターンです,SAHは激しい頭痛,意識障害,意識消失を主訴に来院することが主で,約10%は失神を主訴に来院します.また,Big U waves,T wave abnormalities,Prolonged QTc,High R Waves,ST depressionなど,心電図変化を認めるのが典型的です1)

前医から「ACSの疑い」で紹介されているため,当然ACSの可能性が高いと判断しがちです.また,専門医など,その疾患に精通している医師の発言にはパワーがあり,なかなか軌道修正するのは難しいものです.これをoverconfidence bias(過信バイアス)と呼びます.専門科の意見は鵜呑みにしがちですよね.しかし,そのような状況だからこそ,初療にかかわることの多い研修医は,慎重に,また常に疑いの目をもって対応する必要があります.指導医や専門医の意見は正しいことが多いですが,患者の状態が1分1秒を争うような緊急性のある疾患,また重篤な疾患を考慮している場合には,たとえ経験豊かな医師であってもanchoring bias/availability bias(p.159),confirmation bias(p.214)などに陥りやすいものです.現時点では専門的な処置ができない研修医だからこそ,病歴,身体所見,バイタルサイン,さらにはベッドサイドで施行可能な血液ガス,エコー,心電図などを駆使して“真の原因”を突き止めましょう.

本症例を改めて考えてみましょう.48歳女性でACSというのは若すぎますよね.そもそもの前医受診時の主訴は意識消失です.それが失神なのだとしたら,心血管性失神(覚え方はHEARTS)として,ACS以外に肺血栓塞栓症,大動脈弁狭窄症,大動脈解離,くも膜下出血などを考える必要があり,発症時の痛みや聴診所見,下肢のDVT(deep vein thrombosis:深部静脈血栓症)の有無をチェックしたくなるはずです2).心電図は意識消失患者では必須の検査ですが,ACS以外に上記の疾患をすぐに思い浮かべ,さらにはSAHの心電図所見を理解しておかなければ,confirmation biasに陥ります.ACSだと思って心電図を読むのと,いくつかの鑑別疾患を頭に入れて読むのとでは違いますよね.患者さんに,「気を失う前後でどこかに痛みがありませんでしたか?」と聞くと,「頭が痛く,いまも若干痛みがあります」という返答でした.冷静に考えればなぁんだと思うかもしれません.しかし,“この疾患のはずだ”と決めつけて対応すると,このような基本的事項を確認し忘れることはあるあるです.心筋梗塞だと思ったら大動脈解離,脳卒中だと思ったら痙攣後のTodd麻痺,片頭痛だと思ったら帯状疱疹,これらのエラーはよくあることです.さらに,それらに加えて本症例のように,前医から,上級医から,さらには専門医から意見を言われたらどうでしょうか? おそらくoverconfidence biasによって,思考停止へと陥ります.「◯◯先生がそう言ったので…」ではなく,自身で評価することを怠らないようにしましょう.

表 心血管性失神:HEARTS

引用文献

  • Chatterjee S:ECG Changes in Subarachnoid Haemorrhage: A Synopsis. Neth Heart J, 19:31-34, 2011(PMID:22020856)
  • 「救急外来 ただいま診断中!」(坂本 壮/著),中外医学社,2015
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