研修医の羅針盤 「現場の壁」を乗り越える、国試に出ない必須3スキル

研修医の羅針盤 「現場の壁」を乗り越える、国試に出ない必須3スキル

  • 三谷雄己,髙場章宏/著,角野ふち/イラスト
  • 2024年02月02日発行
  • A5判
  • 197ページ
  • ISBN 978-4-7581-2410-2
  • 定価:3,850円(本体3,500円+税)
  • 在庫:あり
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第2章 臨床推論

2 主訴がよくわからない…どうしよう…
〜曖昧な主訴の対応〜

現場は "曖昧さ" で溢れている

「元気がない」,「動けない」,「倦怠感」,「気分が悪い」…こんな漠然とした主訴は,まるで深い霧に覆われた海のように感じるかもしれません.「胸痛」,「呼吸不全」,「ショック」のように明確な問題が浮かび上がる主訴とは異なり,これらの漠然とした主訴は症候学として国試で問われることは少ないのではないでしょうか.

しかし,臨床現場ではこれらの曖昧な主訴と頻繁に遭遇します.これは国試と臨床現場のギャップの1つかもしれません.

ここで,われわれ医師の基本的な仕事を再確認しましょう.それは何といっても,患者さんの健康問題を解決することでしたね.しかし,問題点が何であるかがわからなければ,どのような解決策を提供すべきかも見えてきません.「元気がない」,「動けない」といった不明瞭な症状を抱えた患者さんを診る際は,第2章1でも述べた「問題点を抽出する」作業が困難になります.

さらに,漫画の症例のように,認知機能障害や言語表出の問題があると,患者さん自身から正確な情報を得るのが難しくなります.主訴を聞いて,鑑別をあげながら,病歴と身体所見をとる…というOSCE(objective structured clinical examination:客観的臨床能力試験)で習った手順で診療を進めることができないのです.高齢化が進む現代社会では,このような事例はさらに増えていくでしょう.では,私達は何から手をつければいいのでしょうか?

問題点が曖昧なときの対応①:ゴールから逆算する

何度も出てきたこのイラストをもう一度みてみましょう.「現在の状態」「あるべき状態」のギャップが「問題点」で,われわれの基本的な仕事は,「問題点」を解決して「あるべき状態」に近づけることでした.

第2章 1では,「問題点」の解釈を誤って,臨床推論のスタート地点を間違えないために,患者さんの言葉を言い換え,確認することで「誤変換」を防ぐ,というアプローチを述べました.

しかし,漠然とした症状を訴える患者さんであったり,認知症などで正確に聴取できずに「変換」が困難な患者さんでは,そもそも何が「問題点」なのかわからず,どこに向かえばいいのかわからなくなってしまいます.

そんなときは,別のアプローチ方法を試してみてください.それは,先にめざすべきゴール,つまり「あるべき状態」をはっきりさせ,そこから逆算して「問題点」を探るという手法です.

「あるべき状態」をはっきりさせよう!

「現在の状態」は目の前の患者さんを見ればある程度わかるので,「あるべき状態」がはっきりすれば,そのギャップである「問題点」も自ずと浮かび上がってくるはずです.

患者さんの健康における「あるべき状態」は,

  • 急性期においてはその発症前の状態
  • 慢性期においてはその疾患とうまく付き合っている状態

であることが多いと思います.なので,今回のように急性期において何が「問題点」なのかわからないときは,「あるべき状態」=発症前(患者さんにとっての普段)の生活状況を詳しく聴取することが重要です

問題点がよくわからないときは,普段の生活状況を確認しよう

「あるべき状態」を知るために,まずは患者さんの生活を詳細に把握しましょう.誰とどこに住んでいて,どんな日常生活をこなして,どんな日課や趣味があるのかを理解することは,患者さんの「あるべき状態」を理解するための不可欠なステップです.本人から聴取できない場合は,家族や介護者から確認してください.その患者さんの生活を具体的に想像し,脳内で再現VTRをつくるイメージで聞きましょう.特に重要なのが,ADL(activities of daily living:日常生活動作)IADL(instrumental activities of daily living:手段的日常生活動作)です().

ADLとは日常生活をするために最低限必要な動作のことで,できないと命にかかわるため,「DEATH」のゴロで覚えましょう.IADLは買い物や交通手段を用いた移動などの複雑な日常生活動作のことで,社会生活の軸になるため,「SHAFT」と覚えます.これらの動作ができるのかどうかを確認することで,患者さんの日常生活がある程度想像可能になります.

ただ,忙しいときは全部聞くのが難しいかもしれません.若年〜中年の方では職業,高齢者では介護保険の要介護度を確認すれば,普段の生活がイメージしやすいので,時間がないときは最低限「職業」と「要介護度」を確認しましょう.要介護度のざっくりとしたイメージを説明すると,IADLが低下しているけれどADLが自立している人は要支援,ADLは自立しているけれど認知症がある人は要介護1,車椅子が必要な人は要介護3,寝たきりの人は要介護5,という感じです(図1).

「いつまで普段通りだったか?」を聞いて発症のタイミングを確認!

もう1点重要なのが「いつまで普段通りだったのか?」という質問です.この質問によって発症のタイミングがわかれば,急性発症か,亜急性経過か,慢性的な変化かの判断に役立ちます.

「昨日まで普段通りだった」ということがわかれば,発症様式が急性経過だと判断できますし,「半年前までは趣味の散歩に行けていたのに,段々と散歩の距離が短くなり,頻度も減り,1カ月前からは行かなくなった」という病歴であれば,慢性的な経過での歩行機能低下が起きていることがわかります.

発症様式から病態を推測する

突然発症:秒単位で(1分以内に)症状が最大

突然発症では,血管や消化管などの臓器が「破れた」あるいは「詰まった」,もしくは「捻れた」病態を考えます.くも膜下出血や大動脈解離などの緊急性の高い疾患が多いため,突然発症かどうかを確認することは非常に重要です.

ここでの注意点は「突然ですか?」と聞かないことです.「突然」とか「急に」という時間感覚は人によって異なるからです.3日かけて悪化した場合でも,80年生きてきた人にとっての3日間は「突然」だったり「急に」だったりします.「何をしているときに,その症状は起こったんですか?」と聞くのがおすすめです.「テレビを見ていてCMに入ったときに...」のように明確に答えられるなら,突然発症の可能性が高いです.他には,「バットで 殴られたくらい突然の痛みですか?」などと言い換えたり,「ウッ!てなるくらい突然でしたか?」と演技してみるのもおすすめです.

急性発症:発症〜受診まで数時間から数日

救急外来や病棟では,急性経過で進行する病態として感染症の頻度が高いです.特に高齢者では発熱がない場合もあるので注意しましょう.他にも,心不全,電解質異常,薬剤性,非感染性の炎症などの場合もあります.

亜急性:数週〜月の経過で進行

悪性腫瘍,結核や膿瘍などの慢性感染症,代謝性(腎不全,肝不全,内分泌疾患,栄養障害)などが考えられます.

慢性:月〜年の経過で進行

変性疾患,廃用,悪性腫瘍などが考えられます.

「現在の状態」と比較しよう!

「普段の生活状況」と「いつまで普段通りだったのか?」がはっきりしてくれば,あとは「現在の状態」が普段と比べて「ADLが低下しているのかどうか」を確認していきましょう.これによって「曖昧な主訴」が,ADL低下という具体的な「問題点」に変換されてきます.

例えば,「元気がない」が「いつもよりご飯を食べられない」なら「食事摂取機能の低下」,「いつもは2階で生活しているのに,階段を上がれなくなった」なら「運動耐容能の低下」,「トイレまでの歩行ができなくなった」なら「歩行機能の低下」というように,問題点を具体化することができます(図2).

また,普段よりADLが低下している患者さんは,普段以上のサポートがなければ日常生活が送れないので,入院が必要となる可能性が高いです.患者さんの転帰を決めるうえでもADLの低下を確認することは重要です.

問題点が曖昧なときの対応②:受診理由を尋ねる

では,ADLの低下もみられないとき,どう対処すればよいのでしょうか.

真夜中の救急外来に,具体的な症状もなく来院する患者さんに遭遇したとしましょう.その方の普段の生活と現状との違いを見つけようと試みますが,ADLの明確な低下はみられず,何が問題なのかはっきりしなかったとします.

そんなときは「なぜ真夜中に,こんな軽い症状で救急外来に来るんだ!」と憤りを感じることもあるかもしれません.しかし,その感情をいったんおいて,「なぜ救急外来を受診しようと思ったんですか?」と,素直に受診理由を患者さんに尋ねてみてください

「実は最近,父が心筋梗塞で亡くなったんです.テレビで心筋梗塞についての特集を見て,不安になったんです」このような答えだとしたら,「家族の喪失を背景とした患者さんが抱える不安や恐怖を解消してほしい」,これが医療へのニーズであり,われわれが解決すべき現在の状態と「あるべき状態」のギャップであることに気づくでしょう.

このような場合であれば,めざすべきゴールは,患者さんの不安を和らげ,安心感を与えることです.心筋梗塞のリスクや症状について説明し,現時点で心配する必要はないことを伝えれば,患者さんも理解してくれるでしょう.

患者さんが深夜に救急外来を受診するという行動には,それなりの理由が存在します.「なぜこんな時間に…」と感じたときこそ,感情に流されず,真摯に受診理由を尋ねることで,患者さんの隠れた問題点(ニーズ)を発掘できることがあります

  • 何が「問題点」がよくわからないときは,先に「あるべき状態」を明確にしておく!
  • 「あるべき状態」=発症前の普段通りの生活である.これをクリアにするために,ADLやIADL,介護度,家族との関係性などを聴取!
  • 「いつまで普段通りだったのか?」を聴取することで,突然または急性・亜急性・慢性といった発症の経過がわかる
  • 主訴もはっきりしない,ADL低下もない…というときは,受診理由を尋ねる!隠れた医療ニーズが明らかになることも

参考文献

  • 「家庭医からER医まで 高齢者に寄り添う診療 学ぼうGeriatric Mind」(許 智栄/著,有吉孝一/監),金芳堂,2020
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