循環器の検査 基本とドリル〜心電図・心エコーなどの適切な検査の選び方・考え方

循環器の検査 基本とドリル

心電図・心エコーなどの適切な検査の選び方・考え方

  • 池田隆徳/監,阿古潤哉/編
  • 2024年03月01日発行
  • B5判
  • 272ページ
  • ISBN 978-4-7581-2411-9
  • 定価:4,950円(本体4,500円+税)
  • 在庫:あり
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実践編

2)2日前から持続する胸痛を主訴に救急搬送された82歳女性

亀田 良
(北里大学医学部 循環器内科学)

症例初診時

82歳女性,独居.近くに娘が住んでいた.健康診断で高血圧,脂質異常症を指摘されるも,本人の希望にて,医療機関を受診しないでいた.2日前から胸部違和感出現.1日前には,一時冷汗を認めるほどの胸痛を認め,一度嘔吐.その後は症状がいったん改善したため,家族に相談せず,自宅で様子を見ていた.その後も胸部違和感は改善なく,食欲低下などを認めたため,家族に連絡し,救急搬送となった.

当院搬送時,意識状態:JCSⅡ-20,血圧70 mmHg台とショックバイタル,末梢冷感も強く,症状を確認すると胸部違和感も持続していた.来院時の血液検査で,白血球:12,000/μg,ヘモグロビン:11.2 g/dL,血清クレアチニン:1.12 mg/dL,AST:100 IU/L,ALT:120 IU/L,CPK:384 U/L,NT-proBNP:21,505 ng/mL,血清トロポニンT:16.7 ng/mLの状態であった.心電図は図1で示す.心エコー上,後壁領域が著明な壁運動低下を認めており,その他,持続する胸痛,採血結果から急性冠症候群を疑う所見と考えられた.

心電図にみられる所見として,適切なものはどれか?

  • ⓐ前胸部誘導でST低下を認め,左前下行枝を責任病変とする心筋梗塞を疑う
  • ⓑ下壁誘導でST低下を認め,右冠動脈を責任病変とする心筋梗塞を疑う
  • ⓒ調律は心房細動であり,不整脈発作に伴う胸部症状を疑う
  • ⓓ前胸部誘導で広範囲にST低下を認め,左回旋枝領域を責任病変とする心筋梗塞の可能性もあるため,背側部誘導の記録を追加する

心電図検査からわかること

今回,病歴から急性心筋梗塞が疑われるが,心電図上,明らかなST上昇部位は認めていない.しかし前胸部誘導にて広範なST低下を認めている.心電図上,ST低下は心内膜下の虚血を反映する重要な心電図所見であり,一般的に虚血責任冠動脈にかかわらず,胸部誘導においてV4〜V6誘導が中心となる.またST低下を認める誘導数が多いほど,より高度な心筋虚血を反映していると言われている1, 2).そしてST低下は対側性変化によるもので,実際にはST上昇型心筋梗塞(STEMI)のことがあるため,十分に注意が必要となる.よってST低下を認める場合は,対側の誘導でST上昇を認めないか,必ず確認する

純後壁心筋梗塞の場合,梗塞部位が左室後壁に限局するため,12誘導心電図ではST上昇部位を示さず,診断に難渋することがある.しかし純後壁心筋梗塞の場合,ST上昇は示す誘導は認めないが,左室後壁のST上昇の対側性変化として,前胸部誘導でST低下を伴うことがある.このような場合,非ST上昇型急性冠症候群との鑑別となるが,後壁梗塞の場合はST低下を認める誘導としてV1〜V3誘導を中心とする場合が多く,一方,心内膜下虚血の際はV4〜V6誘導が中心であるため,両者の判別が可能である.しかし,純後壁梗塞の診断確定には,背側部誘導(V7〜V9誘導)を記録することが望ましい3, 4).背側部誘導でST上昇(隣接する2つ以上の誘導で0.5 mm以上)を認めた場合,STEMIとして再還流療法の適応となる.

今回,心エコー上は後壁領域の壁運動低下を,心電図上はV1〜V3誘導を中心に著明なST低下,また背側部誘導でもV8〜V9誘導にてST上昇(図2)を認めていることから,後壁梗塞のSTEMIの診断となる.

ⓓ前胸部誘導で広範囲にST低下を認め,左回旋枝領域を責任病変とする心筋梗塞の可能性もあるため,背側部誘導の記録を追加する

胸痛の診断のために,この時点で行うべき検査はどれか?

  • ⓐ体幹部造影CT
  • ⓑ時間をあけて,採血再検
  • ⓒ心臓カテーテル検査
  • ⓓ頭部CT

胸痛患者に対する心臓カテーテル検査の適応

病歴から,発症は搬送の前日であり,24時間程度経過している可能性がある.発症12時間以上が経過し,血行動態および電気生理的に安定していて症状が消失している患者に対するprimary PCIの効果は限定的とされている5, 6)が,この患者は意識状態が低下し,胸部症状が残存,何よりバイタルサインが不安定な状況を伴う状態である.

Shock trialでは,STEMI発症後36時間以内に心原性ショックとなり,ショック後18時間以内に緊急血行再建術をした例で,6カ月後の死亡率は有意に低下し,特に75歳未満の患者では有効であった7)との報告がある.また75歳以上でも患者の機能状態が良好であれば,血行再建術により生存率が高まることが報告されている8〜10).よって,心原性ショックを伴う患者に対するPCIは,高いレベルで推奨されている.

以上のことより,この患者に行うべき検査は,早急な心臓カテーテル検査である.

ⓒ心臓カテーテル検査

症例心臓カテーテル検査後

心臓カテーテル検査を施行したところ,左回旋枝領域が近位部で完全閉塞の所見を認めた(図3).よって,今回の胸痛の原因,また心原性ショックの原因は左回旋枝領域の急性心筋梗塞と診断.血圧低下も遷延していたため,昇圧薬サポートを行い,同部位に対してPCIを行った.最終的に完全閉塞部位に対して薬剤溶出性ステントを1本留置し,手技終了.その後,胸痛症状も改善,バイタルサインも改善.血圧は180 mmHg程度まで上昇したため,昇圧薬使用も中止とした.

カテーテル治療終了後,集中治療室に入室準備をしていたところ,突然PEA(無脈性電気活動)となり,心肺蘇生を行ったところ,いったん,ROSC(return of spontaneous circulation)した.

PEAの原因精査として,すぐに行うべき検査項目はどれか?

  • ⓐ再度心臓カテーテルを行う
  • ⓑ胸部X線
  • ⓒ心エコー図
  • ⓓ造影CT

急性心筋梗塞発症後の機械的合併症

急性心筋梗塞(AMI)に伴う機械的合併症は,梗塞壊死に陥った心筋組織の部位が破綻し,左室自由壁破裂(FMR),僧帽弁乳頭筋断裂(PMR),心室中隔穿孔(VSP)があげられる.

原因としては梗塞壊死部に起因し,致死的合併症であるため,急性心筋梗塞治療の際には必ず念頭に置くべき合併症である.心筋梗塞治療中,もしくは治療後の急激なショックバイタル,心不全,そして胸痛が出現した場合は機械的合併症が疑われ,迅速な対応が必要である.

早急に診断を行い,診断後,救命のためには外科的介入が重要であり,心臓外科と連携して適切な治療方針を決定していかなければならない.診断のためには,聴診,また心エコー図検査が有用であり,機械的合併症を疑った際には,聴診そして心エコーを用いて,早期診断に努める.

外科的介入が行われるまで,内科的加療(呼吸管理や心不全治療,昇圧薬)を行い血行動態の安定を図り,必要に応じて,心嚢ドレナージや機械的補助循環装置(大動脈内バルーンパンピング)を用いて加療を行っていく.内科的治療での改善はきわめて難しく,また外科的介入を行っても,術中・術後死亡率は依然として高い.

ⓒ心エコー図

症例心エコー図検査後

ROSC後,心エコー図検査を行ったところ,心嚢液貯留を認めた.原因精査目的に冠動脈造影,そして左室造影を行った所,左室自由壁破裂(図4)を認めており,緊急で左室縫合閉鎖術を施行した.

AMI後の機械的合併症の治療方針

AMIに対する治療成績は,primary PCIの普及により早期再還流治療が可能となったため,きわめて改善していったが,前述した機械的合併症は,依然としてAMI後の致死的合併症であり,死亡原因の一因となっている.くり返しになるが,AMIを発症後,急激なバイタルサインの変化,また突然の胸痛や心不全発症を起こした際,必ず機械的合併症を念頭において,診察,検査を行う必要がある.そのためには,治療開始時に身体所見や聴診所見を確認し,PCIなどの術後も定期的に所見を確認する必要があり,治療にかかわるハートチームで病態を共有していく必要がある.

治療中,もしくは治療後に突然,病態の悪化がみられた際は注意すべきである.その際,治療開始前に認められなかった心雑音を聴取したり,心エコー図検査にて新たな心嚢液貯留,僧帽弁逆流,そしてシャントの存在を評価する(図5)ことが,早期発見のキーとなる.よってAMIにて加療中,突然の状態悪化時は,直ちに血行動態安定化や呼吸管理を行い,同時に上記,診察の検査を行いながら診断を行っていき,並行して外科的介入の必要性を的確かつ迅速に判断することが,救命のためには必要となる.

前述の通り,AMIに伴う機械的合併症の治療は,迅速に診断を行い,早急に外科的介入を行う必要がある.内科的加療は,基本,外科的介入までの間の血行動態の安定化を図ることであり,修復術が開始されるまで,呼吸管理や昇圧薬などを行いながら,必要であれば大動脈内バルーンパンピングを用いて機械的補助循環装置を用いて対応していく.

症例 

急性心筋梗塞に伴う機械的合併症に対して,速やかに診断,また緊急手術を行った結果,救命をすることができた.

左室自由壁破裂(FMR)

機械的合併症のなかで,今回の左室自由壁破裂(FMR)は,非常に重篤な合併症としてあげられる.病態としては,左室自由壁が穿通し,血性心嚢液が急速に貯留,心タンポナーデの状態となり,急激な循環虚脱をきたしてPEA(無脈性電気活動)となり突然死の原因となりえる.これまで,FMRは,1980年代まではAMI後死亡の約10%前後を占めていたが,最近ではAMIに対するprimary PCIによる早期再灌流療法の普及により,貫壁性心筋梗塞の1%以下とFMRの発症率を低下させていることも報告され,また発症時期はAMI後7日以内と報告されている11).危険因子としては,女性,高齢,閉塞した冠動脈への再灌流の遅れ,初回AMI,高血圧の合併などがあげられる.今回の症例は,危険因子がすべて揃っており,FMRを起こすリスクが高かったと考える.

FMRは臨床経過から,急激な循環動態の変化を引き起こすblow-out型と,AMIによる梗塞部位からゆっくり出血し心タンポナーデをきたすoozing型に分類されている.Oozing型であると血圧低下により一時的に止血され,診断,そして治療介入までにときに余裕ができることもある.一方でblow-out型では,聴診による新規の雑音の聴取,また心エコー図で,echo free spaceや右室の虚脱の所見から迅速に診断し,外科的介入の準備を進めながら,心嚢穿刺などで心タンポナーデの解除,または呼吸管理,循環管理を行い,早急な修復術が必要となる.

文献

  • Kosuge M & Kimura K:Clinical implications of electrocardiograms for patients with non-ST-segment elevation acute coronary syndromes in the interventional era. Circ J, 73:798-805, 2009
  • Kosuge M, et al:Clinical implications of persistent ST segment depression after admission in patients with non-ST segment elevation acute coronary syndrome. Heart, 91:95-96, 2005
  • Matetzky S, et al:Acute myocardial infarction with isolated ST-segment elevation in posterior chest leads V7-9: “hidden” ST-segment elevations revealing acute posterior infarction. J Am Coll Cardiol, 34:748-753, 1999
  • Agarwal JB, et al:Importance of posterior chest leads in patients with suspected myocardial infarction, but nondiagnostic, routine 12-lead electrocardiogram. Am J Cardiol, 83:323-326, 1999
  • Schömig A, et al:Mechanical reperfusion in patients with acute myocardial infarction presenting more than 12 hours from symptom onset: a randomized controlled trial. JAMA, 293:2865-2872, 2005
  • Ioannidis JP & Katritsis DG:Percutaneous coronary intervention for late reperfusion after myocardial infarction in stable patients. Am Heart J, 154:1065-1071, 2007
  • Hochman JS, et al:Early revascularization in acute myocardial infarction complicated by cardiogenic shock. SHOCK Investigators. Should We Emergently Revascularize Occluded Coronaries for Cardiogenic Shock. N Engl J Med, 341:625-634, 1999
  • Hochman JS, et al:One-year survival following early revascularization for cardiogenic shock. JAMA, 285:190-192, 2001
  • Dzavik V, et al:Early revascularization is associated with improved survival in elderly patients with acute myocardial infarction complicated by cardiogenic shock: a report from the SHOCK Trial Registry. Eur Heart J, 24:828-837, 2003
  • Dauerman HL, et al:Outcomes and early revascularization for patients > or = 65 years of age with cardiogenic shock. Am J Cardiol, 87:844-848, 2001
  • National Heart Attack Alert Program Coordinating Committee, 60 Minutes to Treatment Working Group:Emergency department: rapid identification and treatment of patients with acute myocardial infarction. National Heart Attack Alert Program Coordinating Committee, 60 Minutes to Treatment Working Group. Ann Emerg Med, 23:311-329, 1994
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